上場企業勤めでも日本育ちでも「外国籍」というだけで住宅弱者に。自らの原体験から立ち上げた「FRIENDLY DOOR」が立ち向かう社会課題
集英社オンライン / 2023年5月24日 12時1分
思うように家を借りられない「住宅弱者」が抱える問題を解決しようと奔走する人がいる。在日外国人であり「FRIENDLY DOOR」事業を立ち上げた龔 軼群(キョウ イグン)さんだ。どのようにこの問題を解決しようとしているのか、今後の展望も含めて語ってもらった。
ひどい対応を受けた当事者だからこそ
住宅弱者問題を解決したい
――キョウさんは、不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME'S」内で、住宅弱者問題を解決するための「FRIENDLY DOOR」事業を立ち上げています。そのきっかけは何でしょうか。
留学生として来日した親族が賃貸住宅を借りられなかったことがきっかけです。私は中国生まれ、日本育ちの在日外国人です。学生のとき、中国から留学してきた親族の住まい探しを手伝ったのですが、外国籍というだけで不動産会社に物件案内を何度も断られるという経験をしました。
なんと日本人の保証人がいても断られてしまうのです。国籍が違うだけでこんなにも無情な対応をされるのか、と衝撃を受けました。
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LIFULL HOME'S「FRIENDLY DOOR」事業責任者 龔 軼群(キョウ イグン)さん
よくよく自分の生い立ちを振り返ってみると、幼少期はずっとUR都市機構が運営する賃貸住宅に住んでいて、両親は不動産会社で物件を探していなかったため、子どもながらに勝手に「家は抽選で当たるものなのかな」と思い込んでいました。今思うと、民間の不動産会社ではなかなか家が借りられなかったから、私たちの家族にはUR賃貸という選択肢しかなかったのだと思います。
「なぜ中国籍だからといって、家が借りられないんだ!」そんな思いを抱え、住宅弱者問題の解決に共感し、挑戦を応援してくれるLIFULLに入社し、2019年11月に「FRIENDLY DOOR」事業を立ち上げました。
――キョウさん自身も、家を借りられない経験があるのでしょうか。
社会人2年目で初めて一人暮らしをしたときは特に断られませんでしたが、その次に引っ越した際はオーナー審査で断られましたね。私は外国籍といっても日本育ちだし、何より一部上場企業で安定した職に就いているのにダメなのか……と思いました。
また「FRIENDLY DOOR」を立ち上げた当時の同僚がシングルマザーだったのですが、彼女もシングルマザーだからと、審査で厳しい対応を受けた経験があります。住宅弱者問題はとても身近な社会課題なのだと実感しました。
目標は「住宅弱者というだけで断られない世界をつくること」
――強い思いから立ち上げた「FRIENDLY DOOR」。その事業内容と、他社サービスと差別化できている点を教えてください。
「FRIENDLY DOOR」は、住宅弱者と、住宅弱者に親身に寄り添う"フレンドリー”な不動産会社をつなぐポータルサイトです。実は全国各地には、住宅弱者に対してきちんと対応したいと思っていて、すでに対応できている不動産会社があります。問題は、その不動産会社が探しにくいことです。
そのためサイト上で、外国籍やLGBTQなどのカテゴリごとにフレンドリーな不動産会社を検索できるようにし、住宅弱者の住まい探しをサポートしています。こうしたポータルサイトを作ったのは、日本では私たちが初めてです。
最初は社内でも「慈善事業じゃないの?」という声もありましたが、すでに「FRIENDLY DOOR」事業でマネタイズ(収益化)に成功しています。
現在参画している不動産会社は約4,700件。取り組みを進めていくうちに趣旨に賛同する不動産会社が増えてきました。
――「FRIENDLY DOOR」を運営する上での目標は、サイト上に掲載されるフレンドリーな不動産会社を増やすことなのでしょうか。
違います。目標は「住宅弱者というだけで断られない世界をつくること」です。もちろん多くの不動産会社に参画していただきたいのですが、参画してくれた不動産会社が住宅弱者にきちんと対応できなければ意味がありません。
そのために立ち上げ当時から、住宅弱者に対応するノウハウを伝えるセミナーを開催するなどして、趣旨に賛同する不動産会社へのノウハウや情報提供を行っています。また、対応方法への理解を促進するため、住宅弱者ごとの特性や注意点を反映した「接客チェックリスト」を作成し、接客・対応に役立てていただいています。
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公式note「不動産会社向け『障害者接客チェックリスト』に挑戦しよう」内より、「障害者(身体障害)接客チェックリスト」の抜粋
このほか、各不動産会社を対象にLGBTQやアンコンシャスバイアス(無意識に思い込みや偏見を持つこと)に関する研修の提供など、さまざまな活動を行っています。
「FRIENDLY DOOR」は将来"なくなるべき”事業
――事業を展開していくなかで、苦労した点を教えていただけますか。
そうですね……。はたから見たら、立ち上げ当時の社内プレゼンやリリースまでの道のりは一筋縄にはいかないことのほうが多かったですが、もう覚えていないです(笑)。
この住宅弱者問題は、最初は外国籍だけの課題だと思っていました。でも事業を立ち上げるなかで、先ほど挙げたシングルマザーの同僚を含めて、実は多くの人がそれぞれのハードルがあって、住まい探しで傷ついていることを知って。
事業を前に進める苦労よりも「この問題を解決しないと世の中はよくならない。だから早く変えなきゃ!」という思いのほうが強かったので、それほど苦労だと認識していなかったのかもしれません。
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――では、事業を運営するなかでの「直近の課題」を教えていただけますか。
最近「これは課題だな」と感じたのは、ある不動産会社でLGBTQ研修を開催した際に「私たちは性別やジェンダーで差別等はしていないし、どんなお客様にも対応しているので、なぜ研修が必要なのか」という声が上がったことです。
住宅弱者に対してきちんと対応できているかは、対応を受けた当事者本人しかわからないこと。この声を上げた方々のように「私たちはきちんと対応できている」という認識で止まってしまうのは、接客を行う上でとても危険なことです。
それに対して私たちができるのは、「FRIENDLY DOOR」に参画する不動産会社が、住宅弱者に対して適切な対応ができているかを可視化することです。今後は、不動産会社ごとの対応の特徴や対応実績などを掲載できるようにしたいと考えています。
――最後に「FRIENDLY DOOR」の今後の展望を教えてください。
「住宅弱者というだけで断られない世界をつくること」を目標に、まずはLIFULL HOME'Sに掲載いただいている3万近い不動産加盟店のうち、1万店舗以上に参画していただき、住宅弱者の選択肢が少しでも増えるようにしたいと思います。
また、不動産会社が「住宅弱者に関して取り組みたいから『FRIENDLY DOOR』と協働しよう」と思ってもらえるような存在になりたいですね。
そして10年後には「FRIENDLY DOOR」の世界観が当たり前になって、誰も断られることがなくなる社会にしたいです。そうすれば、このサービスは必要ありませんから。今後も「FRIENDLY DOOR」がいらなくなる世界を本気で目指していきます。
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