【現地取材】バルサ、アーセナル、チェルシー…ビッグクラブが続々と資金を投入。欧州女子サッカー「爆発的人気」の背景にあるしたたかなビジネス戦略
集英社オンライン / 2023年5月21日 14時1分
近年、ヨーロッパのスポーツシーンで急成長を見せているのが女子サッカーだ。特にチャンピオンズリーグのビッグマッチともなると1試合で9万人もの観客を集めるのだが、この爆発的な人気の背景には何があるのか? 4月末から行われた2022-2023年シーズンの女子CL準決勝を現地取材し、その熱気の理由に迫った。(前後編の前編)
女子サッカー史上最多観客動員数となる9万1648人
近年、ヨーロッパで女子サッカーが大変な盛り上がりを見せている。
例えば2021-2022シーズンの女子チャンピオンズリーグ(以下、女子CL)準決勝のバルセロナ―ヴォルフスブルクの第2戦では、カンプ・ノウスタジアムに女子サッカー史上最多観客動員数となる9万1648人のサポーターが詰めかけた。
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昨年4月28日に行われた女子CL準決勝のバルセロナ―ヴォルフスブルクの第2戦。電光掲示板には観客動員数「91.648」の文字が(写真/AFLO)
さらに昨年行われた女子ユーロ(ヨーロッパ選手権)の決勝、地元イングランド対ドイツの試合では、サッカーの聖地ウェンブリースタジアムを8万7192人の観客が埋め尽くした。これは現時点で、男女を通じたユーロの歴代最多観客記録となっている。
2004年のアテネ五輪前から女子サッカーを取材し、日本での競技人気の盛衰を目の当たりにしてきた者にとって『かの地で女子サッカーが今、どんな受け入れられ方をしているのか』は、ぜひとも掘り下げてみたいテーマだった。
そんな中、格好の機会を見つけたのだ。
4月22日から5月1日にかけ、2022-2023年シーズンの女子CL準決勝が組まれた。カードはバルセロナ―チェルシーとアーセナル―ヴォルフスブルク。同大会がホーム&アウェイで争われるのは準決勝までなので、それぞれのクラブのサポーターにとって『おらが街のチーム』をホームスタジアムで応援できる最後のチャンスとなる。
となると大勢の地元観客が詰めかけるだろうから、短期間でスペイン、イングランド、ドイツでの女子サッカー人気のほどを確かめられるはずだ。とるものもとりあえず取材旅程を組んだことは言うまでもない。
代表の躍進が国内リーグ人気を底上げ
◎チェルシー―バルセロナ(4月22日 スタンフォード・ブリッジ@ロンドン)
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会場となったスタンフォード・ブリッジの正面入り口。チェルシー女子チームの試合では大一番でのみ使用される
試合前、イングランドの女子サッカーに精通した英紙デイリー・テレグラフのトム・ガリー記者に話を聞いた。テレグラフはイギリス高級紙の中でもサッカー報道に力を入れている新聞で、彼は女子サッカー番となって9年だという。
「今期の女子スーパーリーグ(以下、WSL。男子のプレミアリーグに相当)では、チェルシーのようなビッグクラブのホームゲームだと3000~4000人ほどの観客が入りますね。上位同士の好カードとなると、1万人を超えることもあります」
意外な数字だった。日本の女子サッカーのトップカテゴリーであるWEリーグに比べるとはるかに多い動員数なのだが、驚くほどの大盛況というわけでもない。
それでもイングランドにおいては、昨年までと比較して国内女子リーグの観客数が伸びているという。
「やはり去年、イングランド代表が女子ユーロを制したことが大きいです。もっと遡れば2015年カナダ女子W杯での3位入賞、2019年フランス女子W杯での4位入賞など、国際大会での好成績がポジティブな影響を与えていることは間違いありません」
こうした状況や昨今の社会的風潮を踏まえ、特にプレミアリーグのビッグクラブは女子部門の強化に本腰を入れ始めているとか。
「男子並みとは言わないまでも、各ビッグクラブは女子部門に多額の資金を投じています。さらにWSLでは通常、サイズの小さいセカンドスタジアムで試合が行われることが多いのですが、今日のバルセロナ戦のように多くの入場者が見込めるビッグマッチでは、男子がプレミアで使うメインスタジアムを会場にして収益増を図るとともに、試合や女子チームそのものの『格』を演出するようになりました」
だが平均で3000~4000人、まれに1万人越えというレベルの動員という現状を考えると、ビッグクラブは投資額に見合うだけのリターンを女子部門から得られているのだろうか。
ビッグクラブが続々と女子部門に資金を投入
「確かに収支のバランスは取れてないでしょうね。でも各クラブは今、女子チームの未来に対して投資しているところなんだと思いますよ」
近い将来、稼げるコンテンツに育つことを期待してリスクを取っているというわけか。世の流れからからして、今後女子プロスポーツの観客が増える可能性は十分見込める。理想主義というより、むしろしたたかなビジネス戦略に基づいた強化なのだろう。
となると女子サッカー興行を成り立たせるため、選手の質を高めなければならない。日本では運動センスと身体能力に秀でた少女がなかなかサッカーをプレーしてくれない現実があるが、イングランドではどうなのだろうか。
「女子スポーツの中で最も人気があるのはサッカーです。そして才能のある若い女子アスリートの多くは今、サッカーをやりたがります。イングランドでは他にホッケーやネットボール(バスケットに似た英連邦諸国で盛んな女性向け種目)も盛んなのですが、そうした競技は最終的にプロとして食っていけませんし」
プレスルームを出て、ピッチそばの記者席に腰を下ろす。大盛況のスタジアムを想像していたのだが、見渡してみるとバックスタンド2階席や北側ゴール裏の2階席には空席が目立っていた。
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チェルシーーバルセロナ戦の試合前。スタンフォード・ブリッジのメインスタンドは観客でぎっしり埋まっていたが、バックスタンドには空席も目立った
現在の欧州女子サッカー界最強とされるバルセロナを迎え、決勝進出がかかる一戦だというのにこれは意外だった。昨季までWSL3連覇中のチェルシーといえど、華麗なパスワークを誇るバルセロナ相手となると勝ち目はないと諦めたファンが多かったのか?
試合が始まると、やはりボールを支配したのはアウェーのバルセロナの方だった。前半早々にゴールを奪うと、あとは持ち前の自在なパス回しで相手にほとんどチャンスを与えず、そのまま逃げ切った。
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飲水タイム中のチェルシー。8番の選手左側の後ろ姿はエマ・ヘイズ監督。WSLで輝かしい実績を残している指揮官だが、披露しているサッカーはモダンとは言い難い
チェルシーは速くて強いオーストラリア代表の点取り屋、サム・カーの裏抜け一発頼みの縦パスばかりで、攻撃が単調この上ない。つまり、まだまだクラブの投資に見合うだけの“ゼニの取れるサッカー”になっていないのだ。
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スタンフォード・ブリッジ横にあるチェルシーの公式グッズショップ内には、女子選手の写真パネルも飾られていた。手前に写っているのが、エースFWのサム・カー
ただそれでも、わざわざスタジアムまで足を運んでいるファンの熱量には目を見張らされた。スタンフォード・ブリッジのスタンドには家族連れや女性同士の観客ばかりでなく、男子チームの試合にも足繫く通っていると思しき強面のアンチャンの姿も少なからず見受けられる。
だからバルセロナ側のファールチャージやレフェリーのきわどい判定の際、客席から一斉に沸き起こるブーイングの音圧は、Jリーグの試合でも味わえない本場の迫力に満ちているのだ。日頃からこんな環境でプレーしていれば、WSL選手のメンタルはいやでも鍛えられるだろう。
後半途中に発表された観客数は、2万7697人。見た目より入っていたんだなという印象だった。
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試合後、選手を乗せたバスを出待ちするファン
女子CL制覇に向け年間予算約15億円
◎ヴォルフスブルク―アーセナル(4月23日 フォルクスワーゲン・アレーナ@ヴォルフスブルク)
ヴォルフスブルク市には、独フォルクスワーゲン社が本社を構える。世界で一、二を争う自動車会社の企業城下町という意味では、日本の豊田市と似た立ち位置だ。
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ヴォルフスブルク駅のすぐ裏に、フォルクスワーゲン本社工場がある。4本の煙突は工場横に作られた火力発電施設のもの。文化遺産にも指定されている
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自動車テーマパーク『アウトシュタット』のエントランスビル。ヴォルフスブルク駅からフォルクスワーゲン・アレーナへ歩いて向かう途中にある
ヴォルフスブルクは、ドイツ代表でもエースFWであるポップの負傷がまだ癒えず、欠場。一方のアーセナルも得点源のミードやミーデマ、快速ウィングのフォード、イングランド代表主将でもあるウィリアムソンらを欠いていて、どちらもベストとは言えない陣容となった。
キックオフ前、女子サッカーに明るいドイツ人ジャーナリストを探す。独紙「ビルト」の女子サッカー番、ロバート・シュライヤー記者が快く協力を承諾してくれた。
「ドイツでの女子サッカー人気は、以前から高いものがありました。やはり、代表チームが国際舞台でずっといい成績を残し続けてきたのが大きいです。女性の個人競技ではテニスやウィンタースポーツも人口が多いですが、団体競技となるとサッカーがダントツです」
ドイツ代表は女子W杯で優勝2回、オリンピックで優勝1回、女子ユーロにおいては欧州諸国で断トツの優勝8回(西ドイツ時代を含む)を誇る。
「女子ブンデスリーガの公式記録によれば、直近の試合まででヴォルフスブルクの今季ホーム戦平均観客数は、5829人。ただ去年10月に行われた宿敵バイエルン・ミュンヘンとの天王山は、いつものサブスタジアムではなくこのフォルクスワーゲン・アレーナで行われ、2万1287人のサポーターが詰めかけました」
イングランド同様、ドイツでも強豪とされる女子チームへはここ数年、クラブの経営陣が積極的に投資を行っているそうだ。
「そうでないと年々競争レベルが上がってきている女子CLで勝ち抜いていけません。ちょっと強化の手を緩めると、たちまち置いていかれてしまう。ヴォルフスブルクは女子部門に、年間1000万ユーロ(約14億8000万円)の予算を割いていると聞いています」
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公式グッズショップ入り口には女子チームのDF、ラーフ選手の大写真が。記事中に登場するシュライヤー記者曰く、「特にスター選手というわけでもないんだけどね」
中高年も熱心に応援する小さな街の“市民の娯楽”
男子CLのものとは異なる、2021年に新たに作られた女子CLオリジナルのアンセム(テーマ曲)がスタジアムに流れる。両チームの選手が入場してくると、ほどなく試合が始まったのだが……。
ゲーム内容が、期待していたほどのレベルにないのだ。スコア上は2点を先行されたアーセナルが後半の2ゴールでドローに持ち込むという手に汗握る試合展開ではあったのだが、安易なボールロストとアバウトなクロスと甘い競り合いが随所で見られるのが気になった。
もちろん双方とも主軸を欠いているので本来の姿でないことは百も承知だけれど、女子CLというヨーロッパの頂点を争う大会の準決勝にしては、少々物足りないと言わざるを得ない内容だった。
容れ物(大会運営やプレー環境)の整備に対して、中身(試合レベル)がプロのスポーツ興行として自立できるまであともう一歩のところまで来ているのだが、その最後の詰めがまだわずかに足りないというべきか。
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ヴォルフスブルクーアーセナル戦のメインスタンドには、男女中高年層の姿が目立った
ただし、ヴォルフスブルクの地におけるサポーターと女子サッカーとの絆の強さには、注目すべきものがあった。
当日の入場者数は2万2617人。フォルクスワーゲン・アレーナのキャパシティーの7割以上が埋まった計算になる。試合の数時間前から会場外で客層を観察していたところ、やはり女子サッカーの試合らしく若い女性同士や少女同士、家族連れが目についた。
ところがスタジアムに入ってメインスタンドを見ると、区画の大多数は中高年の男女が占めていたのだ。その彼ら、彼女らはスタメン紹介の段階から会場MCが煽るコール&レスポンスに照れずに参加して大声を出し、試合が始まるとチャントを歌い、しかるべきタイミングでチームマフラーを頭上に掲げた。
ヴォルフスブルクはフォルクスワーゲン社のためにある人口約12万人の小さな街だ。アミューズメント施設といえばフォルクスワーゲンが作った自動車テーマパークの『アウトシュタット』ぐらいで、至近に大都市もない。
だから我が街のサッカークラブ、VfLヴォルフスブルクを男女チーム問わず応援するのが市民の大切な娯楽のひとつであることが、スタジアムの光景からも察せられた。こんなお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんが家族にいれば、その子供や孫も自然に男女ヴォルフスブルクの試合に足を運ぶようになるだろう。
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メインスタンドのヴォルフスブルクサポーターは歳こそ重ねていても、盛り上げどころになるとこの通り
ホームタウンの規模やスタジアムの収容人数を考えればニュースになるような観客動員を記録するのは不可能だろうが、ヴォルクスブルクもまた、女子サッカーが熱い街なのだった(後編に続く)。
取材・文・撮影/河崎三行
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