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9万人超の観客を集めるバルサ女子戦のチケットは“接待ツール”に! VIPラウンジ、男女平等、ファンサービス…急成長する欧州女子サッカー「強さの理由」

集英社オンライン / 2023年5月21日 14時1分

近年、ヨーロッパのスポーツシーンで急成長を遂げている女子サッカー。その爆発的な人気の背景を探るべく、4月末から行われた2022-2023年シーズンの女子CL準決勝を現地取材。前編のロンドン、ヴォルフスブルクから後編ではバルセロナ、ロンドンを現地取材した。

試合前から客を徹底的に楽しませるカンプ・ノウ

近年の欧州における女子サッカー人気の爆発的な高まりの実態を探るべく、女子チャンピオンズリーグ(CL)準決勝を国をまたぎながら10日間で4試合観戦した弾丸取材。ファーストレグを終え、ヴォルフスブルクから格安航空会社で向かったのはバルセロナだった。



◎バルセロナ―チェルシー(4月27日 カンプ・ノウ@バルセロナ)

カンプ・ノウの様相は、ここまで見てきた女子CL準決勝の2戦とすべてが違っていた。まさに祭りなのだ。試合開始の2時間以上前から隣接するスナックスタンドやカフェやキックターゲットゲームやオフィシャルグッズショップに人があふれているだけでなく、スタジアム正面ゲートすぐ外の歩道も大混雑している。

やがて彼ら、彼女らは車道上をも埋め尽くし、一帯は通行止め状態になってしまった。にもかかわらず、出動している警官たちはそれを静観している。何が起こるのかと眺めていると、向こう側からバルサの選手たちを乗せたチームバスがやって来たのだ。

すると人々は一斉に旗を振り、叫び、チャントを歌い、腕を振り上げ、一部の者は発煙筒まで焚いて、スタジアム入りするバスを出迎えた。

カンプ・ノウに到着したチームバスに『車道』上から大声援を送るバルサファン

これが、9万人超の観客を集めることができるバルサ女子チームの愛されぶりなのだ。

いざゲートが開くと、正面入り口前の広場ではミニブラスバンドがバルサの応援歌や『君の瞳に恋してる』『Viva La Vida』『Bad Romance』といった新旧のヒット曲を奏で、開門を待ちわびていたサポーターを歓待。

スタジアムが開門すると、ノリのいいミニブラスバンドの音楽が出迎えてくれた。エース選手プテジャスの着ぐるみ(人が入っているのは下半分だけ)は、伝統のメルセ祭名物の巨大人形『ヒガンテス』を模したもの

そこから少し離れた一角には、バルサのエンブレムをかたどった枠で記念写真を撮れるスペースも設けられている。

バルサのエンブレムをかたどった枠の中で記念撮影ができるコーナー

スタンフォード・ブリッジやフォルクスワーゲン・アレーナでは、「試合そのものが最大のエンターテインメントだ」との心意気なのか、アトラクションや見世物の類いは一切提供されない質実剛健ぶりだった。ところがカンプ・ノウは対照的に、来場した客を試合前から様々な仕掛けで徹底的に楽しませてくれるのだ。これはクラブ規模の差によるものなのか、あるいはお国柄の違いなのか……。

2万円超の『VIPチケット』が提供するものとは?

ところで準決勝4試合のうち、このバルセロナ―チェルシー戦だけは記者としてではなく、一般客として観戦した。

もちろん他の3試合と同じように、バルサに対しても事前に取材申請を行っている。しかし大一番とあってスペイン内外のサッカーメディアから申し込みが殺到したのか、どういうわけか申請が却下されてしまったのだ……。ならばとクラブの公式サイトで売り出されている同戦のチケットを片っ端から調べてみると、こんなカテゴリーを見つけた。


【VIPチケット】〈プレーヤーズ・ゾーン〉
・カンプ・ノウで最高の位置にある、心地よい座り心地のシート。
・プレーヤーベンチのすぐ横で観戦する臨場感。
・スタジアム内のVIPラウンジへ通じる、専用エントランスからの入場。
・試合開始1時間半前から試合終了1時間後まで、豪華な飲食を御提供。

場所はメインスタンド1階中央の最前部で、気になる価格は149ユーロ(約2万2千円)。対チェルシー戦で最も安い3階スタンド席が13ユーロ(約1900円)であることを思えば、破格の料金だ。

ただ変動価格制を採っているカンプ・ノウでは男子チームの試合、例えば女子のチェルシー戦4日前の4月24日に行われたアトレティコ・マドリード戦となると同じ〈プレーヤーズ・ゾーン〉のVIPチケットが1350ユーロ(約19万8700円)に設定されていたので、それを考えるとリーズナブルだともいえる。

記者として取材できないのなら観客としてめったにできない体験をしてやろうと、思いきってこのチケットの購入を決めたのだが、これが大正解だった。欧州女子サッカーシーンの知られざる一面に触れることができたのだ。

外光を取り入れるモダンな内装の広いVIPラウンジに通されると、壁に沿って各種ケータリングを提供するコーナーが設けられているのが見える。ドリンクはビール、赤・白・スパークリングのワインが飲み放題。

モダンな造りのVIPラウンジ

フードは、その場で原木から削いでくれる生ハム(ハモン・イベリコなのかどうかは聞きそびれた)、ピンチョス系の各種つまみ、目の前で作ってくれるホットドッグ、さらには中華風焼きそばやカツサンド(説明札にローマ字でKatsu Sandoと書いてある)まである。

VIPラウンジの各種ケータリングの中では、原木からその場で削いでくれる生ハムが一番人気だった

ワインだけでなくビールも飲み放題。銘柄はチームスポンサーでもあるESTRELLA DAMM

なんとチキンカツサンドまであった。味もおいしかったのだが何かが足りない感じ。よくよく考えると、日本が誇る調味料『とんかつソース』が使われていないのだった

そしてスタンドに用意されているVIPシートは、クッションが入ったふかふかのものだった。謳い文句通り、ピッチ上のチームベンチがすぐそばにある。

座面と背もたれにたっぷりクッションが入ったVIPシート

スタジアム開門前の熱狂的な盛り上がりもあり、僕はこの試合で、女子サッカーの最多観客動員記録が更新されるのを期待していた。ところがスタンドを見渡すと、3階部分には空席が目立つ。アウェー戦で圧倒的な実力差を見せつけたので、「わざわざ自分がカンプ・ノウに出向いて声援を送るまでもないか」と考えた地元サポーターが多かったのだろうか。

“接待ツール”としても機能するバルサ女子戦チケット

事実、バルサはホーム戦でもチェルシーを圧倒した。結果は1-1のドローだったが、危なげのない注文通りのゲームマネジメントを見せ、合計スコア2-1で女子CL決勝進出を果たしたのである。

最終的な入場者は7万2262人。3階席は最後まで埋まらなかったが、なにせそもそもの箱が大きい。この数字は、今季女子CLの最多観客記録となった。

カンプ・ノウの3階席までは埋まらなかったが、それでも7万2262人の入場者数を記録した

同カードの第1戦、チェルシーのホーム試合の記者席で、カタルーニャ州最大の日刊紙『La Vanguardia』のエデュルネ・コンセホ記者と交わした言葉が思い出される。彼女は女子サッカー番となって14年のベテランだ。

「普段、バルサ女子チームのホーム戦は小ぶりなエスタディ・ヨハン・クライフで行われているから、集客数の平均は4000~5000人ぐらいかしら。女子チームが完全プロ化したのは2016年。以降、クラブは積極的な投資をするようになったの」

今のバルサ女子はスペイン代表選手を多く抱えているが、ノルウェー、スウェーデン、スイス、イングランド、ブラジル、ナイジェリアといった国からも一流選手を集めている。だからこそ強く、強いからこそ客も集まる。

男子チームがリーグ戦でも国王杯でも優勝できなかった昨シーズンは、「女子チームの試合の方がパスがよくつながって面白い」という声がバルセロナファンから上がったほどだ。

試合後のVIPラウンジで、チケットホルダーの何人かに「なぜわざわざVIPチケットを購入したのですか」と声をかけてみた。女子高校生4人組は「お小遣いを貯めて買ったの」と微笑ましい答え。興味深かったのは小さな子供二人を連れた若夫婦で、「仕事の取り引き相手からプレゼントされたんだ」とのこと。

つまりVIPチケットは、熱心なバルサ女子ファンの自分への御褒美というだけでなく、接待ツールとしても機能しているのだ。2万円超の女子サッカー観戦チケットの存在がサポーターの間で知れ渡っていて、しっかり売れているだけでなく、その席のビジネス利用という文化まで存在していることには驚かされた。

そうこうするうちに辺りがざわざわし始め、係員が人だかりの真ん中を貫くようにてきぱきと導線を作った。そこへ試合後のシャワーを浴びて着替えたばかりのバルサ女子選手が姿を現すや、若い女性ファンから「キャー」という歓声が起こる。

選手たちは客の着ているユニフォームにサインをしたり、スマホでの2ショット撮影に応じたりしながらラウンジを通り過ぎていく。VIPチケットの特典には、こうして選手と触れ合う機会も含まれていたのだ。

客前を通ったプレーヤーはチームの全員ではなく選ばれた3、4人ほどだったのだが、一番人気だったのはやはり一昨年、昨年の女子バロンドール(世界年間最優秀選手)受賞者、アレクシア・プテジャスだ。

試合後のVIPラウンジで、プテジャスと2ショット写真に納まる少女。彼女にバルサ女子の中でお気に入りの選手はと聞くと、もちろん答えは「アレクシア!」

彼女は膝前十字靭帯断裂の重傷を負って以来、この試合で10か月ぶりのベンチ入りを果たしている。交流タイムも終わりVIP客が徐々にラウンジを去り始める中、そのプテジャスとの2ショット撮影を叶えた女の子の母親に話を聞くことができた。

「バルサ女子の試合をスタジアムで見るのは1シーズンで2、3回かしら。今日みたいなVIPチケットは確かに高い(子供は半額)けど、男子の試合ほど法外な値段じゃないから何とか買えるじゃない? うちは家族そろってバルサ女子の大ファンなの。去年は(バルサが進出した)女子CL決勝を見るため、一家で(決勝開催地の)トリノまで行ったわ」

プテジャスとの写真撮影を叶えた少女の一家。昨年は女子CL決勝戦に進出したバルサを応援するため、イタリアはトリノにまで行ったという

羽振りのいい話に聞こえるかもしれないが、この家族はごく普通の身なりで、特段の富裕層といった印象は受けなかった。親子共通の楽しみのため、年に幾度かの贅沢をした感じだ。日本に置き換えると、一家で東京ディズニーランドに出かけるような感覚だろうか。その散財の対象が、バルサ女子なのだ。

男女選手を均等にプッシュする欧州ビッグクラブ

◎アーセナル―ヴォルフスブルク(5月1日 エミレーツ・スタジアム@ロンドン)

前日の4月30日、交通手段の確認のため試合と同じ時間帯にスタジアムの下見へ出向いた。まず目に飛び込んできたのは、正面入り口の上にあるアーセナルの歴代名選手たちが描かれた巨大な壁画だった。

エミレーツ・スタジアム正面入り口に描かれた巨大壁画

文字通りスタジアムの顔になっているこの壁画で注目すべき点。それは、男女選手が均等に描かれていることだ。右にベルカンプら男子レジェンドの一群が、左にケリー・スミスら女子レジェンドの一群がいて向かい合っている。

こうした配慮は、今回訪れた女子CL準決勝の他会場でも見られた。
チェルシーのオフィシャルグッズショップの店内には男子のみならず女子の人気選手の写真パネルも飾られ、ヴォルフスブルクに至ってはオフィシャルグッズショップの入り口横という一等地を占めていたのは女子チームの選手のパネルだった。

バルセロナではカンプ・ノウの正面ゲート上に男女スター選手の大写真が同人数ずつ掲出されていたし、スタジアム前にあるチームスポンサーの自動車ブランドの広告看板に登場しているのも、男女の主力選手たちだ。

男女選手を均等にプッシュする姿勢が、現在の欧州強豪クラブでは徹底されているのである。

カンプ・ノウの正面入り口には、スター選手の写真が男女同数掲出されていた

カンプ・ノウ前にあるチームスポンサーの広告看板も、この通り

そしてこの日の夜、アーセナルの公式サイト上で、ヴォルフスブルク戦のチケットがソールドアウトとなったことが発表された。前売り段階で6万人超が購入したのだという。女子の試合でエミレーツ・スタジアムが札止めになるのは史上初とのこと。

双方のチーム力が拮抗している上、セカンドレグの勝敗がそのまま決勝進出の可否に結び付くだけに、「自分たちが現場でサポートしてやらなければ」の気持ちが働いたのだろうか(カンプ・ノウが満員にならなかったのと逆の心理というわけだ)。

エミレーツ・スタジアムは6万人超の満員観客で埋まった

果たして翌日、エミレーツ・スタジアムのスタンドは最上階までぎっしり埋まった。女子CL準決勝の会場で唯一のフルパックだ。入場者数の公式発表は6万63人。

試合は開始早々からオープンな展開となり、互いに点を取り合って2-2で延長戦に突入。両チームとも勝ち越し点を奪えないままPK戦にもつれ込むと思われた延長後半14分、アーセナルDFのミスからヴォルフスブルクのゴールが決まって2-3で勝利し、決勝進出を決めた。

劇的な結末ではあったが、第1戦同様に緻密な組み立てはさほどなく、女子サッカーの新しい戦術トレンドのようなものは感じられなかった。アメリカの女子プロリーグほど選手個人頼みではないものの、内容的には大味だったように思う。

むしろ印象的だったのはこの試合の観客層だ。女子CL準決勝4試合の中では、バルセロナと並んで少女や若い女性の比率が目に見えて多く、応援の熱量も高かった。

彼女たちや、一緒にいた母親、祖父といった人々にローラー作戦よろしく、「男子にはない、女子サッカー特有の魅力が何かあると思いますか?」と問いかけてみた。すると異口同音に

「選手が身近な存在で、親しみやすいところ」

との答えが返ってきた。

これはエミレーツ・スタジアムだけのことではない。スタンフォード・ブリッジで、フォルクスワーゲン・アレーナで、カンプ・ノウで、観客に聞いても女子サッカー番記者に聞いても、申し合わせたかのように皆が同じ言葉を口にした。

その答えを具現化したかのようなシーンを、アーセナル―ヴォルフスブルク戦で見ることができた。

アーセナルーヴォルフスブルク戦は6万63人の観衆で埋まった。女子の試合でエミレーツ・スタジアムが満員になったのは、クラブ史上初のこと

試合開始の1時間ほど前にアーセナル主将であるマケイブがピッチの下見に現れた際、1階スタンドの最前列で応援ボードを掲げていた少女が何やら懸命に声をかけた。するとそれに気づいたマケイブは彼女に駆け寄り、ボードにサインをしてあげたのだ。

あとから僕が少女にボードを見せてもらうと、「私の絵にサインをしてください」の言葉と、彼女の手によるアーセナルの4選手の似顔絵が描かれている。その中のマケイブの絵の上には、先ほどもらったばかりのサインがあった。

自作の似顔絵入りボードを掲げて試合開始2時間前から熱心に応援していた少女とその母親。2年前からエミレーツ・スタジアムに通っているが、女子チームの試合にしか来ないという

こちらはロンドン近郊ミルトンキーンズから来た祖父と孫娘。「(アーセナルの大黒柱)ウィリアムソンの実家は、うちから歩いて5分のところにあるのよ!」と嬉しそうに語ってくれた

こうして選手と気さくに触れ合える関係を女子サッカーのファンは愛し、クラブ側もまた双方の距離の近さを大切にしている。

そこへ練習環境の整備や各国からの一流選手の補強が加わって競技レベルも近年ぐんぐん向上し、まだ完成形とは呼べないまでも、見て楽しい、金を払うだけの価値のあるエンターテインメントへと着実に育ちつつあるのだ。

女子CLにおけるベスト16以降の1試合平均の観客動員数は、コロナ禍前の2018-2019年シーズンで5000人。それが2022-2023年シーズンでは、決勝戦での観客数を加える前の段階で1万800人と、倍増しているのである。

ロンドン、ヴォルフスブルク、バルセロナ、そしてまたロンドン……ヨーロッパの女子サッカーが今、自立して収益を出せる興行規模にまで迫ろうとしている様に触れることができた10日間の取材だった。

取材・文・撮影/河崎三行

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