黒瀬深「立憲民主党は中国のスパイです」事件…進むネトウヨの若年化。ネットの”便利さ”しか知らない世代の危険性とは
集英社オンライン / 2023年6月9日 19時1分
日本の戦前・戦後史、そして近年のネット技術の発展が生みだした「シニア右翼」の実像に迫った『シニア右翼-日本の中高年はなぜ右傾化するのか 』(中公新書ラクレ、著者・古谷経衡)から、ネット言説が簡単にシニアも若年層も「右翼」に転向させてしまう危惧について一部抜粋、再構成してお届けする。
戦後生まれのシニアが「ネット動画」から右翼に転向
シニアがシニア右翼になった原因の前提にはネット技術(ブロードバンドインフラ)にあり、また未完のままで終わった戦後民主主義の弱さにこそあるとした。戦争を知らない戦後生まれのシニアが「ネット動画」からもたらされる「一撃」で次々とシニア右翼に転向していく。だが右翼の対義である革新側も右翼と同等に高齢化が進んでいるではないか、とする批判はたしかに事実である。
革新勢力の筆頭である日本共産党の党員は1990年代前半の約50万人から2020年現在30万人を割り込みピーク時からほぼ半減となった。機関誌『しんぶん赤旗』の購読者数は1970年代に300万部を超え『毎日新聞』など全国紙と遜色ない発行部数を誇ったが、現在では辛うじて約100万部と、3分の1に減少している。
日本共産党や傘下団体が主催する反戦・反政権集会に行くと、その参加者のほとんどがディープシニアで40代はぼちぼち、30代はほとんど見られない。まして20代の若者は1000人規模の集会であっても数える程度である。党員や支持者のシニア寡占は、革新側でも凄まじいものがある。
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加齢したシニアがシニア右翼となるのであれば、革新側でもシニアが多いのはどういう訳だろうか。答えは簡単で、彼らは強力な戦後民主主義の護持者であり「ネット動画」による一撃を食らってもなお動じないほどの確固とした価値観を有しているからだ。
強力で体系化された価値観を有している者は「ネット動画」というノイズに左右されない。日本共産党を支持するシニアも高速インターネットを利用し、スマートフォンを保有し、ネット動画に触れていることは明らかだが、彼らの民主的自意識が強烈なゆえにそういった動画や歴史修正主義に傾倒してしまう弱さを持ちえないのである。
「メディアが伝えない真実」という出鱈目に傾倒
戦後民主主義は未完であるが、それでも戦後日本人の中のある部分に、その崇高な理念を検証・分析し、その結果ますます民主的自意識を確立させることの重要性を認識した人々は少なくない。
そこまで強力な民主的自意識を成立させるには経験や知識の蓄積が必要で、一般的にそのためには長い時間がかかる。結果としてその時間経過が彼らの年齢をシニアにしただけであり「高齢者が古臭い左翼思想にしがみ付いている」のではない。長い経験が彼らを戦後民主主義の真の護持者に育てたのであり、革新の高齢化は原因ではなく結果にすぎないのである。
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しかし革新側の年齢構成が高齢のまま推移するのは、その下の世代に戦後民主主義の重要性を継承できていないからである。すでに述べた通りその理由は戦後民主主義が未完で終わっていることにある。戦後民主主義の足腰がさらに弱まってしまい、真の民主主義的意識がはぐくまれないからこそ、その下の世代にも意識の循環が生まれない。革新のシニア化は、ある時期まで辛うじて生きていた戦争の失敗と反省という原体験を継承した人々が、その支持の主役となりそのまま加齢した結果である。
ブロードバンド技術を自明のごとく受け入れ、ネットを利用する「後発」のユーザーたち。微温的にしか戦後民主主義を受容してこなかったシニアは、それが故にもたらされるネット動画の虜になって金属疲労が頂点に達するようにあるとき「ポキッ」とそれが折れて「メディアが伝えない真実」という出鱈目に傾倒していく。
ネットが”不便”だった時代を知らない若者と右翼思想
だが重要な問題点がある。ブロードバンド技術を自明のごとく受け入れネットを利用する「後発」のユーザーたちは、シニアだけにとどまらないということだ。なぜならブロードバンド技術が当たり前のように普及し、そこから初めてネット利用を始める人々は、ネットの歴史を知らないという意味では若年層も同様だと言えるからである。
現在25歳の若年は、10歳で本格的なネット利用を始めたとしたら2007年以降のネット空間しか知らない。20歳で同等の過程をたどると2012年以降のネット空間しか知らない。すでに述べた通り例えば2007年は高速インターネットが廉価にかつ簡便に、日本中に網の目のように張り巡らされている時代である。ネットがいかに不便で信用に足らないものだったのかという時代を経験していない若年層にも、シニア右翼と同様に「ネット万能論・無謬論」にひた走る素地が十分にあるといえる。
2021年8月30日、京都府宇治市のウトロ地区に放火し7棟を焼いて逮捕・起訴された男の年齢は22歳(当時)だった。男は京都府警や弁護士に対し犯行動機として「韓国が嫌いだった。日本人に注目してほしかった」と述べた。ウトロには在日コリアンが多く居住しており、その源流は戦前この地区にあった軍需工場の跡地に敗戦直後の混乱と朝鮮戦争勃発により祖国に帰ることができなかった人々が、やむを得ず定住を開始したことに始まる。
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「ネットに書かれていること正しい」低劣なネットリテラシー
しかしその土地利用にあっては戦後の訴訟を経て権利関係が確定しており、不法に居住しているわけではまったくなく、そもそも彼らは在日コリアンばかりでなく帰化して日本人になった人々も含まれている。「韓国人」という男の主張自体がまるで正確ではない。にもかかわらずウトロを巡るネット言説を見ると、「朝鮮人が不法に土地を占拠してウトロに居座っている」とか「韓国人が戦後のどさくさに紛れて土地を収奪して占領した結果がウトロなのだ」などが乱舞する。男は事実ですらないネット言説をそのまま鵜呑みにすることで勝手な憎悪をつのらせ、犯罪史上まれにみるヘイトクライムに及んだのだ。
このような無思慮で垂直的なネット言説の信仰は「ネットに書かれていることがすべて正しい」という簡単に言えば低劣なネットリテラシーから生まれている。とりもなおさずそれはネットの書き込みは信用できない、というブロードバンド時代の前に広く存在したネット空間への批判・懐疑の精神が無かったからである。生まれながらにして快適なインターネットインフラを当たり前として受容する若年層にも、シニアがシニア右翼となるのにまったく類似する「ネット利用の後発性」が見られる。
ネトウヨのアイドル黒瀬深は20代の男性だった
刑事事件にこそ発展しなかったが、ネット右翼によるアカウントの中で一時期極めて有名になったのは「黒瀬深」なるツイッターアカウントである。黒瀬は最盛期14万人のフォロワーを持った。右傾雑誌や番組に登場した経験を持たない市井のアカウントとしては極めて多くのフォロワーを獲得した界隈の有名人である。
黒瀬のアカウントの中は彼らが「反日リベラル」と認定して敵視する立憲民主党を中心とする野党議員への攻撃で埋め尽くされていた。この攻撃の中には完全なデマによる誹謗中傷が含まれており、これを名誉棄損に該当するとして立憲民主党の米山隆一議員が損害賠償を提起して民事事件になった。
黒瀬は「明らかに中国が日本を狙っているにもかかわらず、立憲民主党や共産党が〝米軍基地は沖縄から出ていけ〟〝自衛隊の兵器購入要らない〟〝憲法改正しなくていい〟などと言っているのは、中国のスパイだからです」などと意味不明で根拠の無いツイートを連発していた。これに刺激されたネット右翼はこのツイートを拡散するなどし、看過できないとして立憲民主党の公式アカウントが黒瀬に反論している。
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注目すべきなのは黒瀬の自称であった。黒瀬は「若いころ網走刑務所に服役していた」「若いころ、大学生時代は複数の国をバックパッカーとして渡り歩いた」などと、自らが社会経験を豊富に積んだシニアであることを仄めかすような発言を繰り返していた。
その内容を見ると矛盾する部分も確かにあって信憑性は低いものの、私は漠然とやはり黒瀬の年齢はシニアなのではないかと疑っていた。ところが黒瀬が原告である米山代議士と200万円で和解すると、黒瀬の正体が週刊誌によってすっぱ抜かれた。「網走刑務所服役」「若いころのバックパッカー経験」などは全てうそで、彼はシニアなどではなく20代の男性だったのである。
完備された後のネット技術しか知らない弊害
ネット右翼の主体はシニアであるという常識が覆されることになり、私は衝撃を受けた。むろんこういった若年世代のネット右翼は例外であり、ネット右翼の主力が依然としてシニアであることはやはり事実である。しかし例外としてもこれまで様々な調査の中で推定されてきたネット右翼の年齢層とは明らかに異なり、年齢的にはるかに下方にある黒瀬やウトロ放火事件の犯人が出現してきたことについては一考に値する教訓を残した。
この原因は、明らかに若年層においてネットリテラシーが育まれていないことである。シニア右翼と同じように、彼らは世に生を受けた瞬間からすでに高速インターネットを当たり前のように利用していた。仮に黒瀬が29歳だとしても、彼の本格的ネット利用開始は21世紀初頭以降になる。1990年代に存在したネットのカオス状態をまったく知らないまま、後発組としてネット利用を「疑うことなく」開始したのである。
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自明の事として与えられた快適なネットインフラの利用により、ネット言説からの一撃が簡単に彼らを「右翼」に転向させてしまうことの脆弱性は、シニアと年齢的に対極にある若年層にも共通して存在する。完備された後のネット技術しか知らないことの弊害は、シニアの反対である若年層の一部に及んでいる。
『シニア右翼-日本の中高年はなぜ右傾化するのか 』(中公新書ラクレ)
古谷 経衡 (著)
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2023/3/8
¥990
新書 : 288ページ
978-4121507907
あなたの隣にいる!
久しぶりに実家に帰ると、穏健だった親が急に政治に目覚め、YouTubeで右傾的番組の視聴者になり、保守系論壇誌の定期購読者になっていた――。こんな事例があなたの隣りで起きているかもしれない。中にはネット上でのヘイトが昂じて逮捕・裁判の事例が頻発している。そのほとんどが50歳以上の「シニア右翼」なのである。若者を導くべきシニア像は今は昔だ。これは決して一過性の社会現象ではなく、戦前・戦後史が生みだした「鬼っ子」と呼ぶべきものであることが、歴史に通暁した著者の手により明らかにされる。
そして、導火線に一気に火を付けたのは、ネット動画という一撃である。シニア層はネットへの接触歴がこれまで未熟だったことから、リテラシーがきわめて低く、デマや陰謀論に騙されやすい。そんな実態を近年のネット技術史から読み解く。 かつて右翼と「同じ釜の飯を食っていた」鬼才の著者だからこそ、内側から見た右翼の実像をまじえながら論じる。
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