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〈ジブリアニメ大解剖〉『ハウルの動く城』主人公ソフィーはなぜ唐突に年老いたり若返ったりしたのか…『ラピュタ』からつながるラストシーンの意味とは

集英社オンライン / 2023年6月3日 14時1分

ジブリ映画『ハウルの動く城』は、小説『魔法使いハウルと火の悪魔』を元にしているが、原作ではほとんど戦争は描かれてないという。では一体なぜ原作にはない「戦争」というテーマを宮崎駿は『ハウル』に取り込んだのか。評論家・岡田斗司夫が読み解く『誰も知らないジブリアニメの世界』 (SB新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

ソフィーが住んでいたのはドイツ帝国

『ハウルの動く城』は第一次世界大戦ともつながりがあり、舞台はアルザス。そして新しい科学技術により戦争を遂行している。すでにおわかりの方もいるとは思いますが、なかでもソフィーたちが暮らす国はかつてのドイツ帝国のことをあらわしています。アルザス地方は、第一次世界大戦勃発時点でドイツ帝国領でした。



1871年に成立したドイツ帝国は、科学技術の発展にも非常に積極的に取り組んでいました。具体的な例を挙げると、自動車産業を興したことで有名なダイムラーやベンツ、結核菌やコレラ菌を発見したコッホ、X線を発見したレントゲンなどもこの時代です。

また、ドイツ帝国として統一されるまでドイツは、それまでなかなか国家として統一されることがありませんでした。ドイツ統一によるドイツ帝国の成立は、当時の市民階級からすれば念願だったわけです。『ハウル』でも描かれていたように、貴族ではなく市民たちが軍人を応援し、自国の勝利を願うという愛国心が強く芽生えている時代でした。

「この馬鹿げた戦争を終わらせましょう」

そんなドイツ帝国ですが、第一次世界大戦で敗北を喫し、多額の賠償金を抱え、国家が崩壊してしまいます。実は、この「第一次世界大戦に負ける」という部分も『ハウル』と完全にリンクしています。『ハウル』の終盤で、サリマンが「この馬鹿げた戦争を終わらせましょう」と言います。紆余曲折あった物語がそれで突然に閉幕となるのはやはり宮崎作品にいつも見られる物語構造の破綻ですが、今回はその点は追及しないでおきましょう。

ここでサリマンがやろうとしていたのは、他国と「平和条約」を結ぶことによる戦争終結かのように見えます。しかし、本当は「私たちが負けました」と隣国に認める降伏条約でしかありません。

ソフィーたちの国土には大量の爆弾を落とされ、完全な焦土にされてしまう描写もはっきりと出てきますし、反撃する兵力も設備もほとんど失われてしまっています。

そもそも、冒頭の港のシーンで、歓声を浴びながら出航していった艦隊が、帰ってきた時には沈みかけてボロボロになり、1隻しか戻ってこない。そんな状況のなかで、サリマンをはじめとする国家首脳陣が自ら選べる選択肢は、降伏条約以外にないはずです。

平和そうなラストシーン、
本当は「再び戦争が始まる」

降伏条約によって、隣国との戦争は締結。争いのない平和な世界で、ソフィーたち擬似家族は幸せに生きる......というラストに見えるのですが、実はそうではありません。

終盤にサリマン先生が「この馬鹿げた戦争を終わらせましょう」と言ったあと、「雲の切れ間から飛行船が飛んでいる」というカットが入り、カメラが上にパンするとさらにその上をハウルの城が飛んでいるというシーンが入ります。このシーンはソフィーたちのその後を描いた何気ないシーンではなく、再び戦争の時代が来たことをあらわしています。

その根拠にこのカットの絵コンテを見てみると、「とはいえ戦はすぐにはおわらない」と書き込みがされています。

また、さらなる裏付けとして、月刊サイゾーから公開当時の鈴木敏夫のインタビューを紹介します。

***
あなたは、最後のカットをどう見ましたか? 飛行船が飛んでいるでしょ。宮崎駿としては、また新たな戦争が始まってるんですよ。あの飛行船は帰ってきたんじゃなくて、また戦場に向かってるんです。
***
※「 ジブリ鈴木敏夫に物申す!「ハウルはヒーロー失格では?」」(『サイゾー』2005年2月号)インフォバーン

イラク戦争が終わっても次の戦争がまた起きる…宮崎駿が描いた愚かさ

敗戦してもなお、再び戦争を選ぶ。この描写はまさに第一次世界大戦で敗戦したドイツ帝国とまったく同じなのではないでしょうか。

第一次世界大戦で敗戦国となったドイツ帝国は、ベルサイユ条約で莫大な賠償金を払うことになります。その後、民主国家として生まれ変わるのですが、少し経ってその民主国家のリーダーに選出されたのが、かの有名なアドルフ・ヒトラーです。

ヒトラーの独裁によって士気が向上したドイツは、さらに第二次世界大戦でポーランドへ攻め込みます。ハウルの国で起きていることは、第一次世界大戦、第二次世界大戦においてドイツで起きたこととほとんど同じなのです。『ハウル』という物語は、ドイツそのものを描いていると言っても過言ではないでしょう。

宮崎駿はドイツ帝国に似た立場の架空の世界を舞台に、第一次世界大戦を描き、ラストでは第二次世界大戦も暗示してみせました。このことを『ハウル』が影響を受けたというイラク戦争に引き戻して考えると、イラク戦争が終わっても次の戦争がまた起きる。現代においても悲しいことに戦争は終わらない。宮崎駿はその愚かさを描きたかったのではないでしょうか。

普通の人が普通に感じていること、それをそのまま映画にする

先ほどのインタビューで鈴木敏夫はこうも語ります。

***
今、現実世界の戦争はどうなってますか? いろんな戦争が、ある日突然に始まり、ある日突然終わる。そして、すぐにまた始まる。
(中略)
現実の戦争についてだって、よくわかんないよね。特に中東の問題なんて、問題の根っこもわかりにくいし。普通の人が普通に感じてること、それをそのまま映画にするとこうなるんじゃないかってことをもくろんだんだと、僕は思いますよ。
***
※「 ジブリ鈴木敏夫に物申す!「ハウルはヒーロー失格では?」」(『サイゾー』2005年2月号)インフォバーン

サリマンの突然の終戦宣言と唐突な飛行船のカットという起承転結も物語の整合性もまったくないラストには、人々の知らないうちに戦争が始まり、また終わる、人々にはそれを止められないという戦争の理不尽が表現されているのではないでしょうか。

『天空の城ラピュタ』からつながる
ラストシーンの意味

さて、戦争をテーマにラストシーンまで読み解いてきましたが、最後に『ハウル』のラストが、宮崎作品史上ではどのような意味を持つのか解説して本章を終わります。

空飛ぶ城を注意深く見てほしいのですが、地上に降り立つためのドアが完全になくなってしまっています。ソフィーやハウルたちが「もう地上に帰ることはない」という意思のあらわれでしょうか。

興味深いのが、このラストが『天空の城ラピュタ』と対となっているという点です。

『ラピュタ』で描かれるラピュタ人たちは、地上の醜い争いを避け、他人に干渉されないために、自分たちの牙城を天空に築きます。

しかしシータが「土から離れては生きられないのよ」と言ったように、ラピュタ人たちは解明不能の疫病に蝕まれ、地上へ帰ることを余儀なくされたという歴史を持っています。物語のなかでも、それまで空に憧れていたパズー、飛行石によって空をものにしていたシータはともに地上へ帰還するというラストを迎えます。

相変わらず物語は破綻してしまいましたが…

つまり、『ラピュタ』と『ハウル』は、真逆のエンディングとなっているのです。

『ラピュタ』では人間は地上つまり「社会」のなかで地に足をつけて暮らすべきというメッセージを伝えながらも、その18年後には社会から離れて生きるのも構わないという真逆のテーマを提示しているんです。

おそらく『ハウル』のなかでは、重力は老いの象徴として描かれています。だから、ソフィーは歳を取ると体が重くなって歩きづらくなりますし、苦手な日光を浴びさせられて魔力が失われた荒地の魔女は階段が上れなくなる。人が老いることと、重力が増すことを必ずワンセットで語られています。

そう考えると、重力から逃れて空に飛ぶというラストシーンは、社会的規範や老いという人間が決して抗えない世界からも解放された究極のハッピーエンドとも考えられます。宮崎駿は『ラピュタ』の頃に感じていた社会的責任を捨て、「もう老い先も短いのだから、これから先は自由に生きさせてくれ」と叫びたかったのではないでしょうか。

宮崎駿は同じラストシーンのなかで、片方では世間向けに人間の愚かさを伝え、一方では自らを奮い立たせるために老年の自由を描いたのです。相変わらず物語は破綻してしまいましたが、ハウルとソフィーのラブストーリーという王道設定のなかに、自分がやりたいことを何重にも織り込んだ、作家としての力量を感じさせる作品です。


『誰も知らないジブリアニメの世界』(SB新書)

岡田斗司夫

2023/4/6

990円

232ページ

ISBN:

978-4815617776

オタキングが読み解く宮崎駿のジブリ作品

最新作『君たちはどう生きるか』の公開迫る!
引退宣言を撤回してまで作られた新作はどんな内容になっているのか?
期待に胸を膨らましながら、 まずはこれまでの宮崎駿のジブリ長編全10作を振り返りませんか?

通称オタキング、評論家・岡田斗司夫は ジブリアニメに何を読むのか?宮崎駿をどう見るのか? 豊富な資料と知識から迫るジブリアニメ大解剖。
すべてのアニメファン、ジブリファン必見必読の1冊です。

稀代の天才アニメーターは、 いかにして国民的作家になったのか。

ジブリでの長編監督作全10作品を時系列で読み解くことで、 宮崎駿が語ってきたこと、愛したもの、またその変化と成長を分析。

各作品ともにテーマを設けて岡田斗司夫が徹底解説します。


はじめに 宮崎駿は何を描いてきたのか
第1章 宮崎駿の鋭すぎる技術論――『風の谷のナウシカ』
第2章 SFアニメはどうあるべきか?――『天空の城ラピュタ』
第3章 手塚治虫の光と影――『となりのトトロ』
第4章 「才能」とはどういうものか?――『魔女の宅急便』
第5章 飛行機オタクの大暴走――『紅の豚』
第6章 始まりは、1954年――『もののけ姫』
第7章 スタジオジブリと銀河鉄道――『千と千尋の神隠し』
第8章 戦争は続くよどこまでも――『ハウルの動く城』
第9章 グランマンマーレの正体――『崖の上のポニョ』
第10章 「堀越二郎=宮崎駿」は本当か?――『風立ちぬ』
終章 進化する宮崎駿

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