何故プラスチックゴミが海に流失するのか。では埋めればいいのか?焼却すればいいのか? 廃プラスチックのもっとも「サステナブル」な処分方法とは
集英社オンライン / 2023年6月7日 9時1分
SDGs宣言の前文でも強調されている「持続可能性」。日本では毎日約5000万本がゴミとして排出されているペットボトルを通じて、プラスチックゴミを巡るサステナブルとは言えない不都合な真実をレポートする。
2018年に生じた「脱プラスチック」への流れ
べつに私は、環境問題に取り組むのが悪いと言いたいのではありません。それ自体は大切なことです。しかし、日本では多くの人々が環境問題に深い関心を寄せている反面、それに対する理解が深いとは言えません。たとえば脱プラスチックやプラゴミ処理の問題にしても、それが地球環境の持続可能性を高めるのにどう役立つのかを深く考えず、行動だけが先走っているように見えます。
そこで、まずは誰にとっても身近なプラスチックの問題を通じて、サステナブルな環境とは何なのかを考えてみましょう。SDGsが追い求める「持続可能性」という大きな概念は、経済や社会の問題よりも、まずは環境問題について考えるほうが、理解が進むようにも思います。
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プラスチックゴミへの関心を一気に高めたのは、やはり何といっても、鼻にストローが刺さったウミガメの動画。誰が見ても痛々しくて可哀想な状態でしたから、多くの人々が海洋プラスチックの問題に強い問題意識を抱きました。
あのウミガメがコスタリカ沖で発見されたのは、2015年のことです。それから3年後の2018年には、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が「プラスチックゴミで地球を汚すのをやめよう」と呼びかけ、ペットボトルをやめて水筒を持ち歩くことや、レジ袋をやめてマイバッグを使うことなどを提案しました。同じ年には、欧州議会が使い捨てプラスチック製品の流通を2021年から禁止する規制案を可決しています。
ウミガメの動画にショックを受けたところに、そんなふうに国連やヨーロッパが「脱プラスチック」の方向性を打ち出してきたら、それを素直に受け入れてしまう人が多いのも無理はないかもしれません。日本国内でも、2020年にプラスチック製のレジ袋の有料化が始まったほか、飲食チェーン店が紙ストローを導入したり、水筒を使う人が増えるなど、その動きに追随する流れが出てきました。
しかしその一方で、「どうしてプラゴミがあんなにたくさん海に流出するんだ?」と素朴な疑問を持った人も少なくないはず。たしかに、海や川でゴミをポイ捨てする不届きな人はいます。でも、それがそんなに大量だとは思えない。少なくとも日本の場合、大半のプラスチックゴミは、自治体によってきちんと収集されて、焼却やリサイクルといったしかるべき形で処理されているはずです。
ところが、多くの人が内心では疑問を感じているにもかかわらず、それはあまり表立って議論されません。いったん世間で「これが正しい」という大きな流れができると、それに待ったをかけるような疑問を口に出すことが憚られてしまい、その流れに身を任せてしまう。この話にかぎらず、よくあることです。プラゴミ問題も、実態をきちんと把握しないまま、世間的な「正しさ」がひとり歩きしているように思えてなりません。
廃プラスチックの7割弱を焼却している日本
では、なぜ大量のプラスチックゴミが海洋に流出したのか。米国ジョージア大学などの研究グループは、2010年の1年間に世界全体で800万トンものプラスチックゴミが海に流出したと推定しています。
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そもそも私たち人類は、プラスチックを本格的に使い始めた時期である1950年から2015年までの65年間に、世界でおよそ83億トンのプラスチックを生産したそうです。一方、その間に廃棄されたプラスチックは63億トン。プラスチックは商品のパッケージなどに使われることが多いので、生産量の大半はゴミになります。はじめから捨てられるとわかっていて生産しているのですから、生産量が増えれば増えるほど、プラゴミも大量に発生する。これは避けられません。
その63億トンのプラゴミのうち、8億トンは焼却処理され、6億トンはリサイクルに回されました。残りの49億トンは、大部分は埋め立てられていますが、きちんと管理せず野積みしている国もあります。そこから海に流出したものもあるでしょう。
また、リサイクルに回されたプラスチックも、きちんと管理されなければ、結果的に海洋流出するおそれがあります。海洋プラスチックをなくしたいなら、すべて焼却処理するのがもっとも合理的ということです。
ちなみに日本では、うるさいぐらいに「分別収集をしろ」と言われているわりに、リサイクルに回されるプラスチックはそれほど多くありません。環境省によると、2013年に発生した940万トンの廃プラスチックのうち、リサイクルに回されたのは25パーセント程度。67パーセントが焼却され、8パーセントが埋め立て処理されています。
よく「日本は廃プラスチックの8割をリサイクルしている」と言われるので、この数字を意外に感じる人もいるでしょう。これは誰かがウソをついているわけではなく、「リサイクル」の定義の違いによるもの。焼却したときに出る熱を発電などに利用することを「熱回収」といいますが、それも広い意味の「リサイクル」としてカウントすると、日本は廃プラスチックの八割をリサイクルしている計算になるのです。
それはそれで、意味のある定義だと思います。しかし世界標準では、熱回収をリサイクルに含めません。ですから国際的に比較する場合は、日本のリサイクル率は二割から三割ということになるのです。
いずれにしろ、焼却率の高い日本からは、あまり海洋プラスチックが発生しません。世界平均では、プラゴミの2~3パーセント程度が海に流出しているといわれますが、もし日本のプラゴミがそんな割合で流出していたら、近海はゴミだらけになっているでしょう。
たとえばペットボトルだけでも、日本人ひとりあたり、2日に1本ぐらいのペースで使い捨てています。ざっと1日に5000万本がゴミになるとして、その2パーセントは100万本。
私の実家の裏には折戸湾という、かなり閉鎖的な湾が広がっていますが、日本全体で毎日100万本も流出していたら、そこもペットボトルだらけになるでしょう。でも、流れついたペットボトルを時々拾い集めることはあるものの、そんなにひどいことにはなっていません。世界平均と比べると、日本の海洋流出率はかなり低いはずです。
中国が輸入したプラスチックが海洋流出
では、どの国が世界平均の数字を押し上げているのか。これはもう、明らかに中国です。世界全体で800万トンと推定される2010年の海洋流出量のうち、中国が占める量は132万〜353万トン。2位のインドネシアが48万〜129万トンですから、圧倒的なワースト1位です。日本や米国とは、二桁違います。
中国は人口が多いので、ゴミの量も多くなるのはわからなくもありません。でも、二番目に人口の多いインドでも流出量は10万〜20万トン程度。中国からの流出量は、人口の多さだけでは説明がつきません。これだけの廃プラスチックが流出したのは、中国がそれを外国から大量に輸入していたからです。
30年ほど前から、中国はヨーロッパ、米国、日本などから廃プラスチックを輸入していました。石油から自前でプラスチック製品を生産するより、輸入した廃プラスチックをリサイクルしたほうが生産コストを抑えられたからです。
ところが、それがうまく管理されずに流出してしまった。森の中の川をペットボトルなど大量のゴミが流れていく動画を見たことがありますが、あれはおそらく輸入した廃プラスチックを山積みにしていたのが崩れてしまったのでしょう。そうでもなければ、森の奥にあんなにたくさんのゴミがあるはずがありません。
いずれにしろ、海洋流出問題は、廃プラスチックを中国に輸出した国々にも責任があるでしょう。まずは中国がしっかり管理してしっかりリサイクルすべきだったのはもちろんですが、自分たちで処理しきれないゴミをよそに押しつけていた側にも、やはり問題はあります。
ちなみに中国は、経済成長によって余裕が生まれたこともあって、2017年12月から廃プラスチックをリサイクル原料として輸入するのをやめました。国連事務総長が「脱プラスチック」を提案し、欧州議会が使い捨てプラスチック製品を2021年から禁止することを決めた前年のことです。
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その背景には、もう中国にプラゴミを押しつけられなくなったという事情もあるのではないでしょうか。「ウミガメをストローから守りたい」といった心やさしい理由だけで脱プラスチックを言い出したのではないと思います。
ここでヨーロッパ諸国が不思議なのは、中国に輸出できなくなった廃プラスチックを焼却しようとは考えないこと。2018年5月には「欧州は、これまで中国に送っていたプラスチック廃棄物の半分強を、他のアジア諸国に送り出した」というロイターの報道がありました。
その記事によると「行き場のない廃プラスチックの一部は、建設現場から港に至るまで、さまざまな場所に積み上げられ、新たなリサイクル市場が生まれるのを待っているという」とのこと。そんな状態では、やがて海に流出するおそれもあります。
埋め立てたプラスチックは「循環」しない
ならば、さっさと焼却して熱回収すればよいと思うのですが、欧米各国はそれにあまり積極的ではありません。以前から欧米では廃プラスチックの焼却率が低く、大半をリサイクルと埋め立てで処理していました。
OECD調べの2013年の数字を見ると、たとえばドイツは65パーセントがリサイクルで、熱回収を含めた焼却は35パーセント。フランスも焼却率はドイツと同程度で、埋め立ては28パーセント。米国は、リサイクル35パーセント、焼却12パーセント、埋め立て54パーセント。スペイン、ポーランド、カナダ、ギリシャなど、米国と同じく半分以上を埋め立て処理している国も少なくありません。
焼却に消極的な理由は、言うまでもなく、温室効果ガスの問題でしょう。たしかに、廃プラスチックを焼却処理すれば、二酸化炭素が排出されます。焼却すれば海洋プラスチックはなくせるけれど、それによって地球温暖化を促したのでは、環境を持続可能にする上で何もプラスにならない─そう考えて、埋め立て処理をしているのかもしれません。
でも、それが本当に「サステナブル」なやり方なのでしょうか。地球環境が持続するとは、簡単に言えば地球上の物質が時間をかけて「循環」するということです。たとえば水がそうでしょう。海から蒸発して雲になり、そこから雨になって地上に降り注いで、また海に戻っていく。そうやって形を変えながら循環しているかぎり、私たちが生きるのに必要な水分はサステナブルです。
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しかし、地中に埋め立てられたプラスチックは、腐敗して土に還ることはありません。そのまま形を変えずに残ります。そこで行き止まりになってしまい、「循環」しない。それのどこが「サステナブル」なのかよくわかりません。
一方、焼却によって発生する二酸化炭素は植物に吸収されるなどして循環します。前にもお話ししたとおり、二酸化炭素そのものは毒ではなく、植物にとってはご馳走になる。その意味で、廃プラスチックの焼却は「サステナブル」な処分方法だと言えるでしょう。
それによって排出される二酸化炭素の量は、人類社会の産業全体の排出量から見れば微々たるものにすぎません。それで海に流出するプラスチックを減らせるなら、環境にとってプラスのほうが大きいのではないかと思います。
文/酒井敏 写真/shutterstock
カオスなSDGs グルっと回せばうんこ色
酒井 敏
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2023年4月17日発売
968円(税込)
新書判/208ページ
978-4-08-721259-4
【元京大変人講座教授、SDGsにモヤモヤする!】
近年声高に叫ばれる「SDGs」や「サステナブル」といった言葉。環境問題などの重要性を感じながらも、レジ袋有料化や紙ストローの導入、そしてSDGsバッジなどの取り組みに、モヤモヤしている人は少なくないのではないか。
「京大変人講座」を開講した著者は、大学で「SDGs担当」になったことをきっかけに、その言説や取り組みに違和感を覚えた。人間や地球環境にとって、ほんとうの「持続可能性」とは何か。名物教授が科学的観点と教育的観点からSDGsのモヤモヤを解き明かす。
【おもな内容】
プロローグ 「キレイ」なSDGs
第1章 危ういSDGs
第2章 プラゴミ問題で考える持続可能性
第3章 地球温暖化とカオス理論
第4章 無計画だからこそうまくいくスケールフリーな世界
第5章 日本社会の自由度をいかに高めるか
終章 うんこ色のSDGs
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