Appleによる今年の世界開発者会議(WWDC)では、例年どおり次期OSやMacの最新機種の発表が90分近く行われたあと、「もう1つ発表があります」と、これまでになかった新しいカテゴリーの製品「Apple Vision Pro」(以下、Vision Pro)が発表された。
《先行体験レポート》Apple初の空間コンピュータ「Vision Pro」登場。「これまでのVRゴーグルがおもちゃに見えてしまうほど質の高い体験」 Appleが提案する新たなデジタルライフスタイルとは?
集英社オンライン / 2023年6月7日 10時11分
現在開催中の「WWDC23」にて、Appleは初のARヘッドセット「Apple Vision Pro」を発表した。日本のメディア関係者として、ひと足先に製品を体験する機会を得たので、そこでの感想を交えながら、実際に発表されたのがどんな製品なのかを紹介したい。
「Apple Vision Pro」をいち早く体験
ただし製品の説明にあたって、Appleは昨年まで流行っていた「メタバース」という言葉も、「VR(仮想現実)」という言葉は使われず、ティム・クックCEO自身が応援している「AR(拡張現実)」という言葉を2、3度使っただけで、以後は代わりに「空間コンピューティング」という言葉を使って技術を紹介していた。
同社が39年前に発表したMacは、マウスで操作する今日のパソコン操作を広めた製品だった。16年前に登場したiPhoneは、今日のスマートフォンで当たり前のタッチ操作を広めた製品だった。
それに続くコンピュータのカテゴリーとして、「自分が今いる場所に、欲しい情報を浮かび上がらせて操作する」という新しいデジタルライフスタイルを、Vision Proで広めようというのがAppleの狙いだ。
Vision Proでどんなことができるのか?
Vision Proを着用し、まずはフォトアルバムのアプリを体験した。
iPhoneで撮影した写真が、Appleのクラウドサービス「iCloud」経由でVision Proに同期される。ここで写真を1枚選んで表示させると、自分がいる部屋の中空に、写真が大型ディスプレイよりも大きなサイズで鮮明に表示される。
特に面白いのは、パノラマ撮影をした写真だ。アイスランドで撮影された海の景色を見てみたが、写真を拡大表示させると、自分がそのパノラマ写真の中に入ったように景色が視界いっぱいに広がる。
もっと凄いのが、Vision Proで撮影した写真だ。なんと、Vision Proにはカメラも内蔵されているのだが、このカメラが立体撮影に対応しており、たとえば友人が楽しそうにしている様子を動画で撮影すると、あたかも目の前で本当に楽しそうにしているかのように表示されるのだ。
こうした立体カメラはこれまでにも存在したし、それをVRゴーグルなどの製品で見ることもできたが、Vision Proでは、撮影や写真の管理、そして再生が非常にわかりやすくスマートにまとめられている。
また、まるで映画の中に出てくる回想シーンのように写真の境界線にきれいなボカシ効果がかかっているなど、体験の美しさにもこだわっており、これまでのVRヘッドセットのような“おもちゃっぽさ”を感じさせない。
ミュージシャンが部屋の中で、自分のためだけにミニライブをしているような映像も体験した。その時点で立体的な映像にはすでに慣れていたが、その音響に驚いた。声はしっかりとボーカリストのほうから聞こえてくるし、ピアノの音はピアノから、バックコーラスの声は部屋の右に隠れていたバックボーカルの女性たちが立っている位置から聞こえてきた。
これは、Appleが近年力を入れている「空間オーディオ」という立体音響技術と、Vision Proで見える映像で正確な位置調整が行われているからだ。
従来のVRヘッドセットなどでも立体音響を使った映像作品は体験できたが、音にVision Proほどの広がりもないうえ、被写体の位置と音が聞こえてくる方向に多少のズレがあるのが当たり前だった。それでも十分楽しめるが、位置や向きがピタリと合うと、体験の質がかなり変わってくる。
Appleはよく、同社が作っているのは「テクノロジーではなく魔法」と語っているが、Vision Proはまさにそれを感じさせる。
最後に見た恐竜の体験も、リアルで迫力があった。
アプリを起動すると、まずはタイトル画面に表示された文字のリアルな影が、壁に投影される。その後、ひらひら待ってきた蝶々が体験者である私の指先に止まる。その蝶々が脚の節目の部分までかなりリアルかつ高精細に描かれている(Vision Proには、左右両方の目のそれぞれに4Kテレビ以上の解像度を持つ小型ディスプレイが用意されている)。その後、恐竜が壁から、私のいる部屋に飛び出してきた。
視線と指だけですべてを操作
わずか30分ほどの体験だったが、もう1つ驚いたことがある。操作が簡単で、まったく迷うことがなかったのだ。
VR用ゴーグルというと、ゴーグルを装着したうえで、右手と左手にコントローラを持たされて……という様子を思い浮かべる人は多いだろう。しかしVision Proでは、装着するのはゴーグルだけ。
Vision Proの世界は、すべて自分の視線と指だけで操作をする。
本体を右手で掴むと、ちょうど人差し指の来るところにダイアルのようなもの(デジタルクラウン)があるので、これを押すと目の前にアプリのアイコンが表示される(部屋の中空に突如アイコンが現れるので、最初はビックリする)。
そのうえでアイコンを眺めていくと、視線の先のアイコンが反応し、立体効果がかかる。その状態で親指と人差し指をくっつけると、そのアプリが起動される。
同じ要領で2本の指で宙を摘むようにして上下、左右に手を動かすとWebブラウザをスクロールしたり、ページを左右に送ったりすることができる。
部屋の中空に突如現れるWebブラウザの画面やパソコン用ソフトの書類画面は、ゴーグルの左右両方が4Kテレビ以上の解像度というだけあって、非常に表示が鮮明で文字も読みやすい。
Appleは、Vision Proの視界の中で、これまでパソコンで行っていたビジネスアプリの利用なども想定している(発表時の講演映像では、Macの画面がMac本体から飛び出して宙に大写しになる様子も紹介されていた)。たしかに情報がかなり大きく表示できるので、視力が低下している人にもよいかもしれない。
そんなVision Proにも、ひとつ難点はある。それは、価格が3499ドル(約48万8000円)と高価なことだ。
しかし、今回体験してみて、その意図も少しわかった気がした。
たしかに現在のVision Proは、これまでのVRゴーグルがおもちゃに見えてしまうほど、質の高い体験を実現している。
コンピュータ製品は時間が経てば、より高い性能のものをより安く作れるようになる。買いやすさを優先させて、体験の質を妥協するのではなく、まずは「質の高い体験」を優先して、これから同製品用にアプリを作ってくれる開発者たちにも、それと同水準の質の高いアプリを作ってもらおうということなのだろう。
そのため最初の数年間、ユーザー数はかなり限られてしまうが、その分、ほかに類を見ない最高品質の空間コンピューティング体験を提供する。そうやって世代を重ね、アプリが揃ってきた段階で、もう少し手頃な製品も出していこう、というのがAppleの算段なのではないだろうか。
文・写真/林信行
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