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「変革」を拒み続ける日本の教育機関…前例踏襲、参入者への妨害を続ける教育ムラのルール

集英社オンライン / 2023年6月13日 10時1分

現在の学校教育に対する社会に評価は高いといえない。なぜ、あたかも岩盤のごとく変化に乏しい教育界の体質になってしまったのか『「低学歴国」ニッポン』 (日経プレミアシリーズ)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

#1

ブランドはなくても即戦力になれる大学

京都市営地下鉄東西線・太秦天神川駅から徒歩約3分の好立地に近代的なキャンパスを構える京都先端科学大学(京都市右原区)。

2021年6月、真新しい工学部校舎では新入生約100人が3教室に分かれてデザイン基礎の授業を受けていた。外国籍の教員が英語で講義し、時折、日本人助手が日本語で解説する。スタッフの一人は「入学直後なので日本人助手の解説が入るが、集中的に英語の指導をしているのでいずれ日本語解説はなくなる」と説明してくれた。



京都先端科学大を運営する永守学園は、一代で世界一の総合的なモーターメーカーを築いた永守重信•日本電産会長が理事長を務める。18年に旧京都学園の理事長に就任した永守氏は、19年に法人名を京都学園から永守学園に、大学名を京都学園大から京都先端科学大に変更、私財100億円以上を投じて大胆な大学づくりに乗り出した。22年現在で大学(5学部)・大学院(5研究科)、付属中学・付属高校、保育園・幼稚園を擁する総合学園に発展している。

“永守カラー”の象徴が20年設置の工学部機械電気システム工学科だ。1学年の定員は200人。入学後すぐにロボット、マイコン応用システム、ウェブアプリの製作に取り組ませ、モノづくりの面白さを体験させる実践重視の工学教育を行う。学習には電子教材を積極的に活用、「世界で使える英語」を徹底指導する。卒業研究の代わりに企業の課題解決に取り組む「キャップストーンプロジェクト」を導人、卒業後すぐに実践の場で活躍できるプロフェッショナルを育成するというのがうたい文句だ。

日本電産・永守重信がブチぎれた、日本の文科省審議会

永守氏が大学改革に乗り出したのは既存の学校に対する強い不信感がある。日本電産を創業した当時は難関ブランド大学卒の学生を採用できるはずもなく、入社するのはノーブランド大学の卒業生ばかりだった。

その後、会社が急成長し社会の評価も高まるとブランド大卒の学生も入社するようになった。だが、いざ彼らを採用してみるとブランド大卒とノーブランド大卒で仕事ぶりになんの違いもない。「大学は社会が求める学生を世に出していかなければならないのに、学生も家庭も学校も企業もブランド志向が非常に強く、即戦力になる人材が育っていない。これでは世界で戦えない。ならば自分で学校をつくろう」

だが、大物経済人といえども教育界参人の道は平たんではなかった。工学部の開設では文部科学省の審議会から「定員200人は多すぎるとか、重箱の隅をつくような細かい注文がついた」。モーターの重要性も分からない人が設置認可の審議会で的外れの指摘をしてきた。認可は当初の想定より2カ月遅れ、「募集活動に入れず、初年度の学生募集で大打撃を受けた。一時は全国紙に抗議の広告を出そうかと真剣に考えた」という。

「企業は許認可が少ないから、自分でどんどん改革しないといけないが、学校は文科省が許認可の権限を持っていてフレキシブルでない。改革には限度もあり四苦八苦している。以前は医学部も持ちたいと考えていたが諦めた」と語る。一方で「それでも最近は文科省内に理解者が増えている」とも話す。

あまりにも高い教育界への“参入障壁”

JR軽井沢駅から車で20分。長野県軽井沢町に4万9500平方メートルの広大なキャンパスを構える「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAK ジャパン」(小林りん代表理事)は14年に開校した日本初の全寮制国際高校だ。

浅間山にほど近いキャンパスには、校舎棟や生徒・教職員棟、体育館、ゲストハウス、集会所、ウェルネスセンターなどが立ち並び、八十数力国から集まった約200人の高校生が学ぶ。①生徒と教員は世界中から応募し、授業は原則英語②生徒全員が寮生活③生徒の多くに奨学金を給付し、真のダイバーシティーを追求――を特色とする国際性豊かな高校だ。

私立のインターナショナルスクールで、世界中の大学に進学できる国際バカロレア認定校だが、日本の学校教育法が定める正規の高校(一条校)でもあるというのが強みだ。

小林代表理事は高校時代に日本の教育に疑問を抱いて海外に留学、その後、東京大と米スタンフォード大大学院で学んだ。外資系金融機関や国際協力銀行、国連児童基金(ユニセフ)などでキャリアを重ねた。09年、「国境や分野を問わず社会に変革を起こすゲームチェンジャーを育てる」学校を創るためにISAK ジャパンの設立準備財団の代表理事に就任、開校に向けて邁進したが、その道のりは苦労の連続だった。

「外資系企業の出身者が経営する学校で本当に十分な教育をできるのか」

例えば教員の資格問題。教員も生徒も国内外から集めるというのが基本的なコンセプトだが、外国籍の教員は当然のことながら日本の教員免許は持たない。そうした制度的な問題を一つ一つクリアする作業が続いた。中でも想定外かつ最大の関門は学校法人の新設認可に不可欠な県の審議会の承認だった。

「外資系企業の出身者が経営する学校で本当に十分な教育をできるのか、実は利益目的ではないのか」「他校から生徒を奪うのではないか」。審議会では畑違いの「新規参入」に私学関係者らの懸念が噴出した。認可は見送りになり、校舎の建設は中断を余儀なくされた。

関係者に学校の理念を説明して回るなど広報活動を強化して巻き返しを図った結果、ようやく半年後に認可を得たが、開校できたのは当初計画の1年後だった。当時を振り返って小林代表は「学校は公的なサービスだ。新規参入者が同業者に迷惑をかけないためにも、評判を得るための努力が必要になる」と語る。

実務を前面に出した大学なのに、論文数で評価?

仲間内で固まる教育界は新参者にとって壁が高い。私立学校を全く新しくつくるには高校以下は都道府県、大学や短大は文科省の審議会による学校法人の設置認可が必要だ。審議会の委員の多くは既存の学校関係者で、事実上、既存勢力が新規参入を認めるか否かの決定権を持っている。

例えば四年制大学は少子化が進む中でも増え続け、21年度は803校と01年度より134校も増えたが、大半は短大など既存校からの転換で新規参入はまれだ。

大学を運営する学校法人の経営権を譲り受け、新たな学部をつくる場合でも審議会の認可が必要だが、異分野から全く新しい発想を持った経営者が参人しようとすると審議会の理解を得るのに苦労するケースもある。

こうした"参入障壁"を打破するため小泉純一郎内閣時代に導入されたのが、構造改革特区による株式会社立学校制度だ。

前例踏襲の思想は教育行政に徹底

東京都心部のJR御茶ノ水駅前のビジネスビルにキャンパスを構えるデジタルハリウッド大(杉山知之学長、東京・千代田)は04年、デジタルハリウッド大学院大学として開校、05年に学部を併設して今の校名に改称した。

構造改革特区の株式会社立大学で、映像やコンピューターグラフィッ(CG)、ウェブ、アニメ、グラフィックデザイン、IT (情報技術)プログラミングなどのデジタルコンテンツの制作技術を学ぶユニークさが特徴だ。

「(自前で用地や校舎を用意するなど規制が厳しい)学校法人は数十億円もの設立資金が必要で、ベンチャー企業が進出するのは無理。(規制がゆるい)構造改革特区の株式会社立だから大学をつくることができた」と杉山学長は振り返る。

それでもいざ、国に設置認可を申請すると、有名大学の教授が名を連ねる審議会では「すぐに役立つ人材を育てるというが、大学とはそういうものではない。浅薄だ」と酷評された。委員の理解を得ようと担当官僚が「海外にモデルとなる大学はありますか」と聞いてきたので、「モデルはない」と告げると「そうですか。前例がないのですか……」と困惑された。

前例踏襲の思想は教育行政に徹底していた。実務を前面に出す大学として開校から20年近くたった今でも、開校後の外部評価では論文数が重視され、全国でも10位前後を維持する大学発ベンチャーの設立数はあまり評価されない。文化の違いは深刻だ。

変わらない“教育ムラ”のルール

岡山市の朝日学園グループは2つの学校法人の下に幼稚園、小学校、中等教育学校、通信制高校を擁する新興校だ。烏海十児学園長が一代でゼロから築いた。

学校法人が2つあるのはわけがある。中等教育学校の前身である中学校を04年に開校する際に学校法人の設立を目指し岡山県と事前協議したが、審議会で認可の見通しが立たず、特区を使った株式会社立で発足したからだ。

発足後に学校法人に転換することができたが、当時を振り返って鳥海氏は、「中高は競合校が多く、新規参入には既存校の反対があった」と語る。「学校は責任が重く、ある程度の参入制限も必要だが、意欲のない既存校は新しい人に経営権を譲るなど新陳代謝を進めた方が社会のためだ」と指摘する。

構造改革特区による株式会社立学校は、安易な事業計画が相次ぎ粗製乱造気味に陥ったこともあり、廃校や学校法人転換が進み、今は熱気はすっかり冷え切っている。

だが、経済社会が激動する時代に、いつまでも“ムラ”のルールにこだわり、変革を認めない学校制度で本当によいのだろうか。教育の特質を考えれば、質を保証する最低限の仕組みは必要だ。しかし、それを盾にして新しい血を導入する努力を怠っているようでは日本の教育に未来はない。

『「低学歴国」ニッポン』

日本経済新聞社

2023年5月9日

990円

B40判/216ページ

ISBN:

978-4296117376

大学教育が普及し、教育水準が高い「教育大国」――そんなニッポン像はもはや幻想?
日本の博士号取得者数は他先進国を大きく下回り、英語力やデジタル競争力の世界ランキングでも年々遅れをとっている。

とがった能力の子をふるい落とし、平均点の高い優等生ばかり選抜する難関大入試。世界の主流とずれる4月入学。理解が早い子にも遅い子にも苦痛なだけの「履修主義」指導……。

岩盤のように変化を忌避する学校教育はいま、私たちの未来をも危うくしている。
世界をけん引する人材を輩出するには、「何」を変えればいいのか。教育の今をルポし、わが国が抱える構造的な問題をあぶり出す。

【目次】
はじめに 日本人の「低学歴」化を見つめる
第1章 変わらない日本の「学校」
第2章 いびつな日本の「学歴」問題
第3章 二極化する「入試」、形骸化する「偏差値」
第4章 「学校崩壊」避けるためにできること

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