1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

ギターヒーローは誰に殺されたのか。『ぼっち・ざ・ろっく!』が明らかにした、「ギターは“所有からシェアの時代”」、そしてギタリストの存在理由

集英社オンライン / 2023年6月10日 17時1分

アニメ化もされた漫画『ぼっち・ざ・ろっく!』(はまじあき原作/芳文社刊)の影響でギターの人気が高まり、売上も好調だという。反面、往年のロックバンドのアイコンであったといえるギタリストは、年々影を薄くしている印象だ。ポピュラー音楽に詳しい、武蔵大学社会学部メディア社会学科教授の南田勝也氏に話をうかがった。(サムネイル左画像/©はまじあき/芳文社・アニプレックス)

ギター需要増加は弾くためではなく、ファン活のため


『ぼっち・ざ・ろっく!』は、超絶技巧のギターテクニックを持つが、極度の人見知りで友だち作りができない女子高校生「後藤ひとり」こと通称「ぼっちちゃん」が、高校生同士でバンド「結束バンド」を結成し、活動に打ち込んでいく様を描いた作品。



動画投稿サイトにて「ギターヒーロー」としても活動するぼっちちゃんが華麗にギターをかき鳴らす姿に、アニメ視聴者の視線は釘付け。実際に楽器屋でもギターの売上が飛躍的に伸びたという報道もあった。アニメ効果でギターの売上が伸びたという事例は、同じく芳文社の漫画『けいおん!』(かきふらい原作)も挙げられるが、アニメや漫画による楽器の購買意欲の向上は我々の想像以上と言えよう。

南田氏は同作のテーマとなる“バンド”を作中で丁寧に描いたことが、ギター売上増加の要因であると語る。

「音楽アニメの『ぼっち・ざ・ろっく!』が成功したのは、ギタープレイヤーである主人公(ぼっちちゃん)の成長譚よりも、バンドの結束を押し出していた点にあると思っています。作中のバンド名自体が“結束バンド”ですしね。ぼっちちゃんのキャラ設定は強烈で、コミュ障がこじれて自室の押し入れで3年間ひたすらギターを練習してきたというものです。

そんな陰キャの彼女がバンドを組むことができたのは、ギターが凄腕だったこともありますが、入学した高校で(人の性格をあげつらわない)陽キャのともだちができたこと、メンバー募集していたのがベースとドラム、つまりリズム隊で、サウンドの核がしっかりいたことも大きいです。これら三つの偶然が揃うのはいわば奇跡的で、現実にはなかなか起きそうにもないのですが、この三つの要素があればたしかに伸びしろを期待できるバンドになるな……という説得力が生まれます。ファンタジーだけど妙に現実味を感じるのはそのあたりでしょう。

バンドのやりがい、楽しさ、喜びを受け取った視聴者は多いんじゃないかな。そして一人でも練習できるギターはやはり他の楽器よりは敷居が低いですし、いまはコロナ禍で外出できないけどコロナ後にバンドをはじめたい!と、ギターを手にした人が多かったと考えます」

また南田氏は、かつて一般的だったギター購入の動機と比較し、さらに同作がもたらした特異な点について次のように指摘する。

「従来であれば、憧れのギタリストの弾くフレーズを習得するためにギターを購入する人が普通に多かったでしょう。しかし、『ぼっち・ざ・ろっく!』の影響でギターを購入した人たちには、アニメで描かれたグッズを収集したいという目的もあったかもしれない。ぼっちちゃんと同じようなギタープレイをしたいかというと、なにしろ押し入れに3年間こもらないといけないわけなので、それは目標にされていないと思います。

ギターを買って、もちろん練習はするにしても、“聖地巡礼”をして、ギターの写り込んだ写真をSNSにシェアする。そういうグッズとしての側面はあるのかなと。ちなみにこれは批判しているわけではなく、私自身も、アナログレコードを買ってきて一回も再生せずに部屋のインテリアとして飾っていたりしますからね。消費社会の最終形態とでも言いましょうか」

コンサートホールからフェスへ…ギタリストの役割の変化

『ぼっち・ざ・ろっく!』人気が高まる一方、ロック界では衝撃的な報道が流れた。今年1月に、「ザ・ヤードバーズ」で活動し、先進的な奏法でファンを魅了したギタリストであるジェフ・ベックが78歳で亡くなったのである。近年、ロックミュージック黄金期に活躍したギタリストの訃報が相次いでおり、悲しみの声が広がっている。

そうしたなかでネット上では、現代はカリスマ的人気を持つギタリストの存在が少なくなってきているという声も見受けられた。『ぼっち・ざ・ろっく!』の人気ぶりを見ていると、この温度差は対照的にも思える。

「往年のロックを愛し、現在のシーンに疎くなってしまった層からすると、たしかにそう思ってしまうでしょう。しかし、実際にはバンドにおけるギタリストの役割は決して減ってはいません。言い換えれば、時代の流れによって根本的にバンドサウンドの聴かせ方が変わったと見るべきです。

それには、ロックバンドのライブの舞台が、コンサートホールから野外フェスに変化していったことが大きいです。90年代前後まではコンサートホールが主流で、観客は指定された座席で鑑賞することが一般的でした。こうした鑑賞スタイルでは、観客はミュージシャンの歌唱や演奏やパフォーマンスの一挙手一投足をじっくりと見ることになるので、往年の名ギタリストたちはギターソロをたっぷりと披露することができたんです。とりわけ70年代から80年代にかけてのハードロックやヘヴィメタルは、大型のホールやスタジアムで公演することが多く、ギターソロという見せ場を必ず用意していました」

2000年代を前後にロックバンドの舞台が野外フェスへと変わるにつれて、ギタリストの立ち位置は大きく変化することになったという。

「野外フェスとなると座席はないですし、観客もじっくり演奏を鑑賞するというよりは、音楽に合わせて踊ったり、客同士で身体をぶつけ合ったりする参加スタイルに変化していきました。そのため、ギタリストがギターソロを弾いても観客のノリ的に合わず、そもそもステージを見ていなかったりします。そこで、ギターソロをフィーチャーするのではなく、全体のアンサンブルを重視したバンドがウケてくるようになります。

なお、『ぼっち・ざ・ろっく!』の結束バンドも、ぼっちちゃんのギターテクを前面に押し出すのではなく、あくまでバンド全体のアンサンブルを意識した演奏になっています。ぼっちちゃんもギターソロを弾くだけではなく、バンド全体で重厚感のあるサウンドを作ることに徹しています。ロック全体の流れとしては、ギタリストの役割が往年のファンが思っているような派手なものではなくなっているのです」

ロックが死なない限り、ギターヒーローは現れる

かつてはギターのサウンドを売りにするバンドが多かったが、現在はほかの楽器とのアンサンブルを重視したバンドが主流になっている。ギタリスト個人で目立つというよりは、バンドのなかでどんな役割を果たせるのか、という流れに集約していると言えよう。

そう考えると、『ぼっち・ざ・ろっく!』も現在のロックバンドの事情を踏まえた作品、音楽づくりになっている点で上手く時流に合わせた作品として評価できるだろう。

しかも現代のギタリストの技術は低くなるどころか、むしろどんどん高まっていると南田氏は分析する。

「正直、今のバンドは耳コピ(楽譜ではなく音源を聞いて楽曲をコピー、演奏すること)がしづらく、複雑で難易度の高いフレーズを作っています。やはり技術力の高いバンドじゃないと生き残っていけない実力社会ですし、フェスだと自分たちの箱ではないアウェーの地でライブすることになるので、必然的にテクニックの高いバンドが求められるんです。フェスの観客は気まぐれですし、そっぽ向かれないようにバンドは相当研鑽を積んでいますね」

往年の名ギタリストたちとは別の形で今のギタリストたちはプレイスタイルを確立し、ファンの支持を集めているということか。
最後に南田氏は人々が望む限り、ファンが憧れるギタリストは現れると語ってくれた。

「ロックは昔も今も社会的不適合者の集い、アウトサイダーたちの拠りどころという側面があります。社会のしきたりや押しつけに不自由さを感じて、『自分にはロックしかない』と考え、反権力や反常識をメッセージに込めます。

かつてはそれが不良性と密接に結びついていましたが、現在は、そうした大きな社会への反抗よりも、身近な社会での繊細な違和感、たとえば学校のいじめや、個人的なトラウマなど、この社会にうまく歩調を合わせられない自分像をベースにした“弱者の反撃”が期待されていると言えます。

『ぼっち・ざ・ろっく!』はまさにそれなんですよね。『陰キャならロックをやれ!』というキャッチコピーがありますが、社会的に立場の弱い人がロックを選択し続ける限りロックは死にません。その共感のネットワークがある限りは、それぞれのバンドのギタリストがそれぞれのファンにとっての“ギターヒーロー”になることにいささかの変化もないでしょう」


取材・文/文月/A4studio

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください