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アメリカンドリームを夢見る中米移民たちを乗せて走る「野獣列車」。屋根に人が乗り、線路脇からは食料が投げ込まれる衝撃的な光景

集英社オンライン / 2023年6月14日 11時1分

妖精、ワニ、そして移民にギャング!? 撮影コーディネーター・嘉山正太は、今日もカオスな中南米で撮影中。ある日、アメリカを目指す移民を取材するべく、彼らが乗っているという貨物車、通称「野獣列車」を探しに行くことになるのだが……。同氏初の書籍『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー』(発行:集英社インターナショナル、発売:集英社)から、一部抜粋・再構成してお届けする。

あなたの夢はなんですか?

「夢」という言葉がある。誰でも幼い頃に抱く、将来なりたい仕事や目標、あるいは憧れ。そういった意味でぼくらは日常的にこの言葉を使っている。いつかそうなるといいな、と思って、人は努力したりしなかったり。人は夢を抱き続ける。



「あなたの夢はなんですか?」

もう何百人というラテンアメリカの人に、ぼくはこの質問をしてきた。そして、その度に、胸にトゲが刺さったような少しだけ苦い感覚を覚えるのだった。

それはなぜか。日本では定番のこの質問。だが、世界のいろいろな場所では、この質問が定番になっていない。「夢」の意味がわからない人が、そこにはいる。そのとき彼らは、質問の意味がわからない。そして、その「わからなさ」という手触りを感じるとき、ぼくは、途方に暮れた感覚に陥る。またこの質問をしてしまった、と後悔する。ぼくらと同じような夢を持っていることが当たり前と思っていた自分に失望する。

ぼくと彼らの間には、深い川が流れているのを感じる。それはまるで、アメリカとメキシコの間に流れる、国境沿いの川のように暗く、冷たく、そして深い。その川の存在を感じる度に、やるせない気持ちになる。なぜ、こんなにも川が暗く、冷たく、深いのか。なぜ、彼らは川の向こう側にいて、ぼくらはこちら側にいるのか。あるいは、彼らから見れば、ぼくらが向こう側で、彼らがこちら側にいる。

ぼくは夢を抱くことになんの疑問を持つことなく、この歳まで生きることができた。それはとても特殊な環境でもあるということを、ぼくは川を渡って、気づいたのだった。

移民の守護聖人たち

初めて彼女たちの存在を知ったのは、メキシコに来てまもない頃だった。着いたばかりで意気込んでいたぼくは、いつもメキシコのおもしろいことを探していた。

そんなときに、ピーンと心惹かれる映像を見た。それは、「パトロナス(守護聖人)」と呼ばれる人たちのドキュメンタリーだった。その姿は衝撃的だった。なにもないジャングルの中を列車が通過する。「野獣」という異名を持つその列車の屋根の上には、たくさんの人が乗っている。彼らは移民だ。

メキシコ南部から出発するその列車に乗って、メキシコーアメリカ間の国境を目指す。轟音とともに、列車は密林の中を駆け抜ける。遮るものはなにもない、一路北へ、北へ。轟音で走り去る列車。その線路脇に立って、列車に乗る移民に食べ物を投げ渡している女性たちがいた。それが、パトロナスの人たちだった。ぼくは、初めてその姿を見たときから、彼女たちの姿が目に焼き付いていた。

写真提供/Las Patronas

この人たち、一体なんなんだ……。こんな活動をしている人が、メキシコにいるなんて。一体、なんのために? それに、電車の屋根に乗ってアメリカを目指す移民? なんで、そんなことをする必要があるんだろう?

ぼくは、自分もメキシコに来たばかりの移民ということもあって、この移民をめぐる物語に惹かれていったのである。

移民をするとはどういうことか

移民。移り住んだ民。辞書によると「労働を目的にして外国に移り住むこと」とある。つまり、仕事を求めて、外国に移り住む人たちのことだ。豊かな蓄えがあって、それだけで生活できる人は別として、ほとんどの人は、外国に住む=働くことでもあるから、移民ということになる。

そういう意味では、ぼくも移民だ。そして、自分が移民だということをダイレクトに感じるのは、移民局に行くときだ。メキシコで労働ビザを取得して働きはじめると、毎年、移民局に行ってビザの更新手続きをする必要がある。これは国によって制度の違いはあるだろうけれど、基本的に外国人が住んで働く場合は、ほとんどの国で移民局というところで行われる。

メキシコシティの場合は、移民局はポランコという高級住宅街に位置していた。いつ行っても、そこは朝から大勢の外国人であふれ、長蛇の列ができていた。移民局はお役所仕事で、あの書類がない、この書類がない、と言われることが多かった。

最初のうちは、自分の用意した書類に不備があったのかと思って、すごすごと引き返していたけど、後で見返してみたら、足りないと言われていた書類はちゃんと用意してあって、移民局側が見落としていたということもあった。そんなことを繰り返しながら、移民局の一挙手一投足に目を光らせて、毎年ビザの更新を行っていた。

内心はビクビクもしていた。なぜなら、彼らがぼくがメキシコに住んでいいかどうかを決めるのである。権力は絶対で、彼らがNOと言えば、ぼくは明日からメキシコに住めなくなってしまうのである。高圧的な態度の役人の姿を見ながら、これが移民という立場なのか、と思っていた。

一方で、移民局に来ている人たちを見るのはおもしろかった。メキシコ国内にあるのにメキシコ人以外の人の方が多い建物。それが移民局だ。説明するまでもないかもしれないけど、メキシコ人は、メキシコに移民する必要がないので、移民局に来る用事はない。ぼくの妻でさえ、どこに移民局があるのかすら知らなかった。

そこに、毎日のようにたくさんの外国人がやってくる。よく見かけたのは、アフリカ系の人々、アジア系の人々、そしてメキシコ以外のラテンアメリカ系の人々だ。たまに欧米系の白人もいたけれど、圧倒的に有色人種の人たちが多かった。アメリカへの移民排出がとても多いメキシコという国に、移民をしたいという外国人もとても多いのだった。

そして、ぼくを含めてみんな一様に緊張している。ビザが切れればオーバーステイになってしまう。なんとか、その前までに手続きを終えたいが、もしここで駄目になれば……。いろんなことを思いながら人は移民局に向かう。泣いている人も見た。それが喜びなのか悲しみなのか、そこまで表情を窺う余裕はなかったけれど。
こうして、ぼくも移民だという自覚を持つようになっていった。だから、この国にいる移民に興味を持つようになったのは自然の流れだった。

ラテンアメリカの夢、移民の夢

「次のテーマは、夢なんだ」
「夢、ですか……」
「またなにかいい撮影できそうだったら教えてよ」

テレビ局の知り合いの方からの電話だった。夢か……これは難しいな……。冒頭にも書いたように、このラテンアメリカで夢を語ることは難しい。人々が夢を持っていないと言うつもりはない。

だが、日本とは、やはり違うのだ。日本では当たり前に感じる「夢を持つ」という感覚。これがここでは難しい場合が多いのだ。そんな普通のことが、普通じゃない。彼らの普通は、ぼくの普通でもない。そんな連続の毎日で、ぼくは夢というテーマにどう道標を立てていいのか悩んでいた。あるいは、ラテンアメリカにおける夢というものを、ぼくはわかっていなかったのかもしれない。目の前にあるのに、見過ごしていたのかもしれない。

「いつもどおり、見に行きたいものを見に行けばいいじゃない」
悩むぼくに、妻は言った。
「ラテンアメリカの人、メキシコの人にだって夢はあるわよ」
「そう、だよな」
「ただ、日本とは形が違うだけでしょ」
「まあ、そうだよな」
「あなたは、なにを見たいの?」
「ぼくの見たいもの……」

あ……パトロナス、いけるんじゃないかな。ぼくが初めてパトロナスを見てから、すでに何年も経っていた。もし、いまなにかを見るんだとしたら、ぼくはパトロナスの人たちを見てみたい。
「パトロナスね……わたしも行こうかな」
「え? 君も?」
「いまベラクルスは、アレだし……」

彼女が「アレ」というときは、決まって「治安がよくない」ということだ。そっか、まあ、危なくないわけはないよな。

「なんでそんな顔してんの。たまには、夫の仕事ぶりも見ないといけないからね。ちゃんと仕事ができてるのか」

そう言って、彼女はほほえんだ。
じゃあ、行くか、パトロナス。それから、ぼくは企画書を書き上げ、パトロナスの人たちがいるベラクルス州コルドバへと旅立った。企画書には「アメリカを目指し夢を追い続ける移民たち」と書いた。そこにどんな夢があるのか、それを見に行くのだ。

熱帯の地へ

暑かった。ベラクルスは、いつ来ても暑い。もわっとした空気が体中にまとわりつく。
ベラクルス州、コルドバ。熱帯に近い気候でジャングルが生い茂っている土地である。遠くには、霊峰オリサバを見ることができ、海が近いせいもあって空気は湿気をはらんでいる。朝起きると、南の鳥たちが甲高い声で合唱をしている。人々は涼しげな服をまとい、いつも額に汗を滲ませている。人々の肌は浅黒く、健康的に日に焼け、厳しい日差しがそこかしこに降り注ぐ。それが、ベラクルス。そして、このコルドバの先に、パトロナスの人々がいる。

写真はイメージです

彼女たちと連絡を取るのは至難の業だった。メキシコではよくあることなのだが、取材相手があまりにも田舎に住んでいると、まずインターネットがない。そのために、電話で連絡を取るしかないのだが、その電話すら、いくら鳴らしてもつながらないときが多い。そんなときはどうするのか? また鳴らすのである。鳴らしても出ないときは、出るまで鳴らす。 これが第一の鉄則。それでも、出ないときは? 実際に行ってみる、である。

文/嘉山正太 写真/shutterstock

今回のエピソードを基に嘉山正太が脚本を執筆した、衝撃のオーディオドラマ『移民と野獣』(制作:SPINEAR)が、現在各種サービスで配信中です。ぜひご聴取ください。
https://www.spinear.com/shows/iminto-yaju/

マジカル・ラテンアメリカ・ツアー
妖精とワニと、移民にギャング

嘉山 正太

2022年9月26日発売

2,090円(税込)

四六判/276ページ

ISBN:

978-4-7976-7417-0

移民問題の取材のためメキシコのベラクルスを訪れた、ネットメディア『ライトハウスポスト』記者・蛇ノ目悟(演:新祐樹)。移民支援施設で知り合った元ギャングの男・カルロス(演:江頭宏哉)の壮絶な過去を知った蛇ノ目は、謎に包まれたメキシコの真実を報道すべく、移民たちと共に「野獣列車」に乗り込む。アメリカを目指す危険な旅路の果てに、彼らを待ち受けている運命とは……。

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