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「移民だから助けるわけじゃない」メキシコ全土に名を轟かせる移民支援団体パトロナスが、手を差しのべ続ける“ただひとつのシンプルな理由”

集英社オンライン / 2023年6月14日 11時1分

妖精、ワニ、そして移民にギャング!? 中南米で10年以上活動を続けてきた撮影コーディネーターが、日本ではありえないマジカルな実体験の数々を綴った書籍『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー』より、メキシコで20年以上にわたって移民の支援を続ける女性グループ、ラス・パトロナスについて一部抜粋・再構成してお届けする。

「そのうち帰ってくるよー」

今回のパトロナス行きは、実際の撮影の前にロケハンを兼ねて行くことにしていた。なぜなら、先ほども書いたように、ベラクルス州は当時かなり治安が悪くなっており、安全に取材ができるかどうかを確かめる必要があったのだ。そしてなによりも、実際に撮影に入る前にパトロナスの人々と信頼関係を築くこと、これが一番大切だった。そのために、ぼくは信頼するドライバーのマヌエルと妻と一緒に、パトロナスのところに向かった。



自然に囲まれた風景を抜けると、一本の線路が走っていた。ぼくらは、聞いた住所をもとに地元の人に場所を聞きながら車を走らせていた。コルドバの大きな街を抜けると、そこから先は田舎道で、先になにがあるのかわからない気味悪さがあった。周り一面にはサトウキビ畑が広がっており、天然のザワワが聞こえていた。

撮影/嘉山正太

そして、線路を何本か越えると、1つの建物が見えてきた。建物に大きく、〝LAS PATRONAS〞と書かれており、そこにはメキシコの聖母・グアダルーペの画も描かれていた。

ここか。メキシコシティから、約4時間半。やっと到着したその場所は、どこにでもありそうな田舎の家だった。ここがメキシコ全土に名を轟かせる、パトロナスの本拠地か。

ぼくらは恐る恐る扉を開けて入る。大きな空き地を抜けると奥の方に、母屋がある。中に入ると、むき出しの地面に大きな机が置いてあり、台所では2人の年配の女性が食事をつくっていた。机には男性が1人、うだる暑さで参っているかのように、突っ伏していた。

なんだか、安宿みたいな雰囲気の場所だな。ぼくは海外旅行をしていたときによく利用した安宿の光景を思い出していた。

「あの、すいません! 代表のノルマさんいますか?」
台所で料理をつくっていたおばちゃんが、笑顔でこちらに向かってくる。
「あんたたち、どっから来たの?」
そのおばちゃんは、恥ずかしそうに俯きながらぼくに話しかけた。ニコニコと満面の笑みで。
「えーっと、日本のテレビで、今日は取材で来たんですけど……」
「電話した?」と言って、彼女は、おもむろに予定表を奥から取り出してチェックしはじめた。
「ああ、あんたたちね。いまノルマはいないんだ。ゆっくりしてってね」
「え? いない? ノルマさん、いないんですか? いつ帰ってくるんですか?」
「そのうち帰ってくるよー」と彼女は鍋をかき混ぜながら答えた。

そこには、都会のメキシコシティとはまったく違う、穏やかな時間が流れていた。の、のどかだ……なんだ、ここは。とある農村。天気は快晴。正午少し前の穏やかな風が、中庭に吹いている。

台所には、2人のセニョーラがいて、お昼ご飯をつくっている。この匂いは、唐辛子とトマトのソース。メキシコの煮込み料理・ティンガかな。庭にはグアバの木が生えていて、南国の匂いを出している。机に座った男の人は、ボーッとしたまま、空を眺めている。気づけば、ぼくらも、テーブルに座って、空を一緒に眺めはじめていた。妻は、セニョーラの近くに行って、楽しそうに話していた。

メキシコの田舎の風景が、そこにはあった。古き良き時代のメキシコ。誰も焦ることもなく、そして、のんびりと暮らす。その空気が、このパトロナスに来たときの第一印象だった。

ノルマさん、登場

しばらくすると、トラックが停まる音が聞こえた。荷台には、たくさんの荷物が積んである。
「ああ、暑い暑い」と、汗を拭きながら、1人の女性が家に入ってきた。
「あ、ノルマさんですか?」
ぼくの顔をジロリと見る。
「誰だい、あんたは?」
「あ、この間、電話した日本のテレビ局なんですけど」
「なーに、あんた、本当に来たの?」彼女は突然顔を満面の笑みにして、笑い転げた。
「こんなとこまで日本から来るなんて、信じられないねえ」

周りのみんなも、この豪快な笑いにつられて、顔をほころばせている。ものすごいパワーだ。

「ちょうどよかったよ、なんでも聞いてくれ。これから荷ほどきするんだ。あんたたち、ご飯は? ここでは一緒に食べるんだ! みんなに挨拶はしたのかい?」矢継ぎ早に、話しかけられる。
「それよりも、ここまで日本からだと遠かっただろ」
「えーっと、まずですね、ぼくは日本から来てないですよ。メキシコシティに住んでるんです。電話で言ったじゃないですか……」
「あぁ、だから、スペイン語話すのか。日本から来るって言うから、わたし、日本語なんてひと言もわからないからずっと緊張してたんだ」

周りは大爆笑。のどかな風景に笑い声が響いた。この雰囲気、ぼくが昔ビデオで見た、張り詰めた感じとは大違いだった。暖かく、そして、どこまでも純朴な感じ。みんなで集まって、ワイワイやるのが好きな人たち。パトロナス、こんな感じなんだ。

「ああ、そうだ、ちょっとこれ」とノルマさんは奥に行って、1冊のノートを取ってきた。
「ちょっとそこに名前書いておいて」

そのノートには〝Prensa(報道)〞とスペイン語で書いてある。取材に来たメディアの名簿ということか。ノートを開いてみると、中身は真っ新だった。

「ノルマさん、これなにも書いてないけど?」
「そりゃそうよ、だって、今日つくったんだもん」そう言って豪快に笑う。
「ボランティアの子たちに言われてさ、記録も残した方がいいよって」
「なるほど。ぼくが、その一番でいいんですかね」
「だって、わざわざ日本から来てくれたんだろ」
「いや、だから……」
「わかってるわよ」そう言って、また笑った。

そして、ぼくはそのノートの一番上に名前を書いた。

なぜ「知らない奴ら」を助けるのか?

さて、さっそく取材開始である。パトロナスの人たちの一挙手一投足をこの目に焼き付けるのだ。こんなとき、取材の鉄則は1つ。それは、取材対象者の中に入ってしまうことである。

ノルマさんは、街のスーパーマーケットから支援物資をもらいに行って、帰ってきたところだった。トラックの荷台いっぱいに積まれた食料。これは移民の人たちのために地元のスーパーが提供してくれた、廃棄処分になる少し前の食料だ。パン、豆、ツナやミックスベジタブルの缶詰、スパゲッティ、お米、ケーキ。ん? ケーキ? なぜか大量にケーキがある。先ほどまで料理をつくっていたおばちゃんがニコニコしながら、大きな鍋いっぱいのメキシカンピラフを持ってくる。

「そのケーキは、近所のスーパーからもらったんだよ。移民の人たちにあげてくれって」
「でも、ケーキ、1つまるまる。ホールケーキですよね」
「そうだねぇ」
「え、このケーキをあげるの?」
「まあ、そうだねえ」そう言って、おばちゃんたちは、食事を袋に詰めはじめた。
「こうやってしっかり口を結ばないと、袋から食事がこぼれちゃうからね」
おばちゃんたちは、非常にテキパキと動いて、食事をどんどんとビニール袋に詰めていった。
「こうやって食事をどんどん、用意しておくんだよ。列車はいつ来るかわからないからね」
「え、わからない? じゃあ、どうやって待ってるの?」
「汽笛が聞こえるんだよ……その音が聞こえたら、外に出るんだ」

へえ。汽笛の音が聞こえるのか。なるほどな。でも、汽笛を聞いてから飛び出しても間に合うのかなあ。そう思いながら、ぼくは妻と運転手のマヌエル、おばちゃんたちと一緒になって、どんどんと食料を袋に詰めていった。

撮影/嘉山正太

袋詰めをしながら、彼女たちの思い出話を聞いていた。恥ずかしそうに俯きながら喋るおばちゃんは、フリアといった。
「この活動をはじめたときは、家族から反対されたわよ。なんで、そんな知らない奴らを助けてるんだって。なんか別の理由があるんじゃないかって、疑われたりさ」

ここにやってくる移民は、大半が中米の人だ。グアテマラやホンジュラス、エルサルバドルなど、中米のなかでも治安や経済状況がよくない国の人たち。そんな国の人たちからしたら、メキシコはものすごい大国に見える。そして、実際に大国だ。領土も大きいし、人口も多い。経済規模だって、中米の他の国に比べれば桁外れに大きい。だから、そこには見えない壁がある。アメリカとメキシコの国境に建つ壁のような。そこに歴然とした「差異」があるわけじゃないけど、人々はそこで区別し、区別される。

たとえば、日本人のぼくからしたら、ホンジュラス人とメキシコ人の違いはわかりづらい。同じラテンアメリカの国だし、兄弟のようなものじゃないかとも思ってしまう。でも、自分たちを含むアジアの国々についても同じことが言えるだろうか?

たとえば、中国と韓国と日本は同じアジア地域だけれど、違う国だし、言葉も全然違う。でも、ラテンアメリカでは、同じアジアなんだから兄弟みたいなものと思っている人も多い。はたから見てもわからない違いはどこにでもあるのだ。

たった一つのシンプルな理由

ノルマさんが続ける。
「最初はね、ここに商店があるだろ。そこの商店に、知らない人たちがやって来たんだよ」

たしかに、パトロナスの家には、小さな商店がくっついている。
「そこにね、なにか飲み物を売ってくれ、って言う人たちが来たんだよ。それで、よく見たら、近くの電車に同じような人たちが乗ってるじゃないか。だから、その人たちに食事をあげるために、パンとか簡単なものを用意したんだよ」
「そんなはじまりだったんですね……」
「でも、しばらくの間はね、彼らが移民だっていうことは知らなかったよ」
「え? そうなんですか?」
「別に移民だからって理由で助けたわけじゃなかったから。困ってそうな人がいたからさ、それで力になれないかと思ってね」
困っている人がいたから、助けた……。
「ここには、食べ物もたくさんあるし、わたしたちはなにか困っていることがあるわけじゃないし、ありがたいことにね」

撮影/嘉山正太

正直、ガツーンと頭を殴られたような感じがした。ぼくは、彼女の話を聞くまで、勝手に頭のなかでパトロナスのいろんなストーリーを妄想していた。ノルマさんたちがここまで「移民」を支援するのは、なにか理由があるんじゃないか。家族に「移民」がいるんじゃないか。「移民」というキーワードに目が眩んでいるところもあるんじゃないか、と。眩んでいたのは、ぼくの方だった。

困っているから、助ける。たしかに、ぼくも時折その現場に遭遇するときがある。メキシコで、ラテンアメリカで、なにか困ったことが起きるとき、たしかに見てみないふりをする人はいるけど、いつも声をかけてくれる人がいるのも事実だ。それは、都会よりも地方の方が多い。

何度見知らぬ人に「大丈夫?」と声をかけてもらっただろうか。ノルマさんたちの活動は、その延長に思えた。毎日、食事をつくって、袋詰めにして、列車が来るのに合わせて渡す。その活動は、きわめてシンプルな理由からはじまっていたのだった。

そのとき突然、汽笛の音が鳴った。


文/嘉山正太 写真/shutterstock


今回のエピソードを基に嘉山正太が脚本を執筆した、衝撃のオーディオドラマ『移民と野獣』(制作:SPINEAR)が、現在各種サービスで配信中です。ぜひご聴取ください。
https://www.spinear.com/shows/iminto-yaju/

マジカル・ラテンアメリカ・ツアー
妖精とワニと、移民にギャング

嘉山 正太

2022年9月26日発売

2,090円(税込)

四六判/276ページ

ISBN:

978-4-7976-7417-0

移民問題の取材のためメキシコのベラクルスを訪れた、ネットメディア『ライトハウスポスト』記者・蛇ノ目悟(演:新祐樹)。移民支援施設で知り合った元ギャングの男・カルロス(演:江頭宏哉)の壮絶な過去を知った蛇ノ目は、謎に包まれたメキシコの真実を報道すべく、移民たちと共に「野獣列車」に乗り込む。アメリカを目指す危険な旅路の果てに、彼らを待ち受けている運命とは……。

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