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「子供たちにもマーヴェリックが必要だ。だから、お前はまだここにいる」最後の映画スターによる、最後のスター映画『トップガン マーヴェリック』が救ったハリウッドの“現在”

集英社オンライン / 2023年6月16日 11時1分

全世界で興行収入2000億円以上、公開時に歴代11位の売り上げを記録した『トップガン マーヴェリック』。だがその成功の影には死に体のハリウッドの姿がある。この作品が現代のハリウッド映画で、如何に突出した存在であるかを映画・音楽ジャーナリストの宇野維正が紐解く。

「監督以上」の存在としてのトム・クルーズ

トム・クルーズという不世出のハリウッド・スターの功績を振り返る時、欠かせない視点は、彼が現代の映画界における「アクター兼プロデューサー」のパイオニア的存在であることだ。

トム・クルーズ以前にもクリント・イーストウッドやロバート・レッドフォードを筆頭に、自身のプロダクションを立ち上げて映画製作に深く関与してきたハリウッド・スターは存在しているが、その多くは監督業に進出する上で「自分の撮りたい映画」を作るための足がかりとしてのプロダクション設立だった。



しかし、1993年に自身のエージェントであったポーラ・ワグナーとクルーズ/ワグナー・プロダクションズを設立して以来、クルーズはあくまでもアクターとプロデューサーという立場に徹して、『ミッション:インポッシブル』(1996年)から『ミッション:インポッシブル3』(2006年)までのほぼすべての主演作品のプロデューサーを兼任し、出演作以外の作品ではプロデューサーとして、『アザーズ』(2001年)のアレハンドロ・アメナーバル、『ニュースの天才』(2003年)のビリー・レイ、『エリザベスタウン』(2005年)のキャメロン・クロウ、『Ask the Dust』(2006年)のロバート・タウンといった交流の深い監督の作品をサポートしてきた。

クルーズ/ワグナー・プロダクションズの製作ではない作品としては、ロンドンでの撮影が1年以上の長期間に及んだことでギネスレコードにも認定されたスタンリー・キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)や、その時点ですでにハリウッドのトップアクターだったにもかかわらず群像劇における助演のポジションで臨んだポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』など、クルーズはスターとしての効率や看板よりも、映画人としての好奇心や探究心を優先して出演作を選んできた。

そんなキャリアの設計が可能となったのも、クルーズ/ワグナー・プロダクションズという収益の基盤があったからだ。クルーズ/ワグナー・プロダクションは2008年の『ワルキューレ』(2008年)の製作を最後に解散するが、その後もクルーズは多くの主演作でプロデューサーを兼任し続け、作品の手綱を握り続けている。

当初、2019年夏に公開が予定されていた『トップガン マーヴェリック』は、プロデューサーの一人であるクルーズが実機での撮影にこだわったことで撮影が長引いて2020年夏の公開に一旦延期。その後、パンデミックに入ったことでさらに公開が何度も延期されることになったわけだが、その間、ネットフリックスとアップルTVプラスはパラマウント・ピクチャーズに巨額の配信権を提示したという。

今となってみれば「『トップガン マーヴェリック』をストリーミングサービスで公開するなんて!」と誰もが思うだろうが、実際にパラマウント・ピクチャーズは同時期に製作した『シカゴ7裁判』(ネットフリックス)、『ラブ&モンスターズ』(ネットフリックス)、『星の王子ニューヨークへ行く2』(アマゾンプライムビデオ)、『ウィズアウト・リモース』(アマゾンプライムビデオ)、『トゥモロー・ウォー』(アマゾンプライムビデオ)を各ストリーミングサービスに売り渡した。

もしクルーズがプロデューサーとしての権限でストリーミングサービスへの売却を断固として拒否していなければ、2022年の『トップガン マーヴェリック』現象はなかったかもしれない。

2020年にはすでに完成していた『トップガン マーヴェリック』は、世界的に平常の映画興行が戻ることが見込まれていた2022年5月まで公開が伸ばされ、結果的にアメリカでは国内歴代興収5位(公開当時)の7億1873万ドル(約970億円)、全世界では歴代興収11位(公開当時)の14億9349万ドル(約2000億円)という空前の大ヒットを記録した。

パンデミック後、最も映画館への足が遠のいていた、前作『トップガン』(1986年)にノスタルジーを抱いている50代以上の世代もようやく安心して映画館に足を運べるようになったタイミングで、カンヌ、ロサンゼルス、東京とストリーミングサービスで公開される作品では考えられない規模の派手なプロモーション活動をおこない、CGIに頼らないスクリーン映えするスペクタクル・アクションを売りにするエンターテインメント大作を送り出し、若い世代をも巻き込んでハリウッド発としては久々の社会現象を巻き起こす。

そのすべての企画、演出、主演を務めたのは、トム・クルーズその人だった。

批評の成層圏を超えた
『トップガン マーヴェリック』

劇中のクライマックスで描かれたミッション同様、こうして『トップガン マーヴェリック』は数々の奇跡をクリアすることで映画館に幅広い層の観客を呼び戻したわけだが、さすがのクルーズも想像してなかったのは、ちょうど『トップガン マーヴェリック』の公開日と配信日が重なった『ストレンジャー・シングス4』(ネットフリックス)や『オビ゠ワン・ケノービ』(ディズニープラス)の初週再生数を、36年前に公開された前作『トップガン』の再生数がアメリカ国内で上回って、ストリーミングチャートでトップに立ったことだろう。

クルーズにとってその後のキャリアの大きな足がかりとなった『トップガン』が、公開から36年を経てクラシックとして新しい世代をも惹きつけていることには、公開当時この作品が「流行りもの」として消費され、その後も長らく「80年代ハリウッド映画」の象徴として多くの場合批判的に語られてきたことをよく知る世代としては、正直なところ少々戸惑ってしまう。

兄のリドリーと同様にCMディレクターから映画監督に転身したトニー・スコット監督の作品が、批評家や映画マニアからも支持されるようになるのは、TVコマーシャル的な作り込んだ照明や構図や、当時散々MTV的と揶揄されたポップソングを使用した劇中イメージシーンの演出法から脱した、90年代後半以降の作品からだった。

『トップガン マーヴェリック』の監督を任されたジョセフ・コシンスキーは、そんな当時のトニー・スコット作品のタッチを部分的に援用しながらも、6KのデジタルカメラによるIMAX映像を駆使して本作を前作よりも画面のスケール感を強調した映画的なルックに仕上げてみせた。果たすべきミッションに向かってほとんど脇道に逸れることなく一直線に物語が進行し、終盤に大きな見せ場が連続する脚本も、前作よりもはるかに洗練されている。

しかし、だからといって『トップガン マーヴェリック』が現在のような絶賛一色に値するような普遍的な傑作かと問われると、少々口籠もってしまうのも事実だ。今さらリアリズム的な観点を持ち出して本作の設定やストーリーにツッコミを入れるような無粋なことをするつもりはないが、一つの自律的な作品として評価するには、映画としてあまりにもいびつで、あまりにも自己言及的なのだ。

冒頭のシーンでも中盤のシーンでも、パイロットスーツに身を包んで任務に向かう途中、マーヴェリックは同僚から「なんて顔をしてるんだ」と声をかけられる。腐れ縁の元恋人ペニーからは「そんな目で見ないで」と言われる。

どんなあり得ない設定もミッションもトム・クルーズの「顔」で乗り切り、初老手前の男女のロマンスもトム・クルーズの「目力」で乗り切る『トップガン マーヴェリック』は、正しくは、「最後の映画スター」による「最後のスター映画」として評価するべき作品だろう。

『トップガン』と同じ1986年に公開された『ハスラー2』は、当時61歳のポール・ニューマンがクルーズにハリウッドのトップスターのバトンを渡した作品だった。しかし、2023年に同じ61歳になるクルーズにはバトンを渡す相手がいない。それは本作に出演しているルースター役のマイルズ・テラーやハングマン役のグレン・パウエルが役者として頼りないからではない。我々が生きているのが、そういう時代だからだ。

「君がハリウッドを救ってくれた」

我々が生きている時代。それは、クルーズのような「映画スター」が出演する、『トップガン マーヴェリック』のような「スター映画」が世界中の映画館のスクリーンを席巻するのが、いつ最後になってもおかしくない時代だ。

興行として『トップガン マーヴェリック』に比肩し得る作品といえば、現状ではMCU作品くらいしかないが、果たしてトム・ホランドあたりのMCU作品の主演俳優が36年後に再び同じ役を演じて、それを世界中が熱狂で迎えることを想像できるだろうか?

あるいは、現在のハリウッドで36年前のクルーズに最も近い存在と言えるのはティモシー・シャラメあたりになるのだろうが、主に作家性の強い監督のアート系作品に出演することで自らのブランド価値をキープし、モードの世界でファッションアイコンとして君臨し、アップルTVプラスのCMで「ねえアップル、僕に電話して」とカメラに向かって語りかけているシャラメが、36年後どころか、10年後に映画界の顔であり続けているかどうかも怪しい。

少なくとも、ハリウッドのメジャースタジオ作品はシャラメのような突出したスターを引き止めるだけの求心力をもはや持っていない。

クルーズ以降の「アクター兼プロデューサー」としては、2001年にプランBエンターテインメントを設立して以降、プロデューサーとしてアクター以上の才覚を発揮したブラッド・ピットのような存在もいる。

あるいは、「ワイルド・スピード」シリーズ経由でハリウッドのトップスターへと上り詰めて、やがて袂を分かつこととなったヴィン・ディーゼルやドウェイン・ジョンソンのような存在もいる。しかし、いずれももう50代のハリウッド・スターたちであり、彼らの後を引き継げるほどの人材も現在は見当たらない。

『トップガン マーヴェリック』の撮影現場には、監督のコシンスキーだけでなく、製作と脚本に名を連ねているクリストファー・マッカリー、そしてクルーズと数々の作品をともに作り上げてきたブラッド・バードやダグ・ライマンといった、かつての戦友とも言える監督たちがこぞって訪れたという。

それはクルーズがこれまで「アクター兼プロデューサー」として培ってきた人望の賜物だが、きっとそれだけではない。現役で仕事をしているハリウッドの監督たちの間にも、クルーズこそがハリウッド映画にとって「最後の希望」だという共通認識があるのだろう。

スピルバーグとトム・クルーズ(2023年 オスカー・ノミニーズ・ランチョンにて) 写真/アフロ

2023年2月、『フェイブルマンズ』の監督と『トップガン マーヴェリック』の主演俳優というだけでなく、それぞれの作品でプロデューサーも務めているスピルバーグとクルーズは、アカデミー賞の候補者たちが招かれる昼食会で久々に顔を合わせた。その席でスピルバーグがクルーズに「君がハリウッドを救ってくれた。劇場への配給システムも救ってくれた。これは本当のことだ」と熱く語りかけている様子を収めたショート動画は、瞬く間に世界中に拡散された。

『トップガン マーヴェリック』でエド・ハリス演じる海軍少将は言う。「終わりが来るのは必然なのだ、マーヴェリック。お前のような存在は絶滅に瀕している」。

マーヴェリックは答える。「そうかもしれません。でも、それは今日じゃない」。

そして、観客の気持ちを代弁してくれたのは、クルーズが続編を製作する上でその出演を絶対条件として譲らなかった、喉頭癌を患って撮影当時は半引退状態にあったヴァル・キルマー演じる海軍大将、マーヴェリックのかつてライバルだったアイスマンだ。

「海軍はマーヴェリックを必要としている。子供たちにもマーヴェリックが必要だ。だから、お前はまだここにいる」。


文/宇野維正 写真/松木宏祐


6月16日

1,056円(税込)

新書判/240ページ

ISBN:

978-4-08-721267-9

ハリウッド映画が危機に瀕している。

配信プラットフォームの普及、新型コロナウイルスの余波、北米文化の世界的な影響力の低下などが重なって、製作本数も観客動員数も減少が止まらない。

メジャースタジオは、人気シリーズ作品への依存度をますます高めていて、オリジナル脚本や監督主導の作品は足場を失いつつある。

ハリウッド映画は、このまま歴史的役割を終えることになるのか?

ポップカルチャーの最前線を追い続けている著者が、2020年代に入ってから公開された16本の作品を通して、今、映画界で何が起こっているかを詳らかにしていく。

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