〈MLB通算100勝〉「マウンド上で瞬時に相手打者の長所と短所を把握してしまう」恩師が語る、ダルビッシュが生まれながらに持っていた“投手として一番大事な能力”
集英社オンライン / 2023年6月10日 14時51分
6月9日(日本時間10日)、パドレスのダルビッシュ有(36)が日本人投手では2人目となるメジャー通算100勝を達成した。中学時代、練習嫌いだったヤンチャ坊主は、いかにして世界屈指の投手となっていったのか。中学時代の恩師である「羽曳野ボーイズ」の山田朝生会長(75)はダルビッシュの「洞察力」と「記憶力」に舌を巻いたという。
マウンドから打者の長所と短所を瞬時に把握
――研究熱心で知られるダルビッシュ投手ですが、今春のWBCではライバル国のメジャーリーガーについて、ダルビッシュ選手自身が対戦して蓄積した生データを惜しげもなく侍ジャパンに提供したことも話題となりました。
山田(以下同) 自分の持っている虎の子の生データを惜しみなくチームに提供したことを驚く声がありますが、ダルビッシュはもともとそういう子なんです。「羽曳野ボーイズ」で野球をやっている頃から、だれにでも投球のコツや変化球の握りなどをオープンに教えてしまう。いつだったか、対戦チームのライバル投手にも何の屈託もなく、いろいろと教えていたので周囲がびっくりしていたことがありました(笑)。
とにかく、昔からフラットでオープン。「みんなで教え合って、最後にみんなができるようになるのが一番ええやん」というのが、当時からのあの子の流儀だったんです。ただ、フラットでオープンというだけでは足りません。
――どういうことでしょう?
提供する生データが相手選手をきっちりと攻略できるだけの精度とレベルに達していないとダメでしょう。その点、あの子のデータは間違いない。わたしはこれまで「羽曳野ボーイズ」で750名ほどの子どもを指導してきましたが、ダルビッシュほど洞察力と記憶力に優れた選手を知りません。
あの子は打者がバットをかまえるのをパッと見るだけで、相手の長所、短所を瞬時に把握してしまうんです。また、バッターの名前や顔に記憶がなくても、一度対戦したことのある相手なら、どこが弱点でどのコースにどんな球を投げたら打ちとれたとか、過去の記憶を瞬時に思い浮かべることができる。
一度、イニングが終わってベンチに戻ってきたダルビッシュに、「さっきの打者のこと、知ってるんか?」と聞いてみたことがあるんです。すると、あの子は当たり前のような表情で「名前も顔も覚えていないけど、パッとバットをかまえた瞬間、以前に対戦したことがあって、どこにどんな球種を投げて打ち取ったのか、あるいは打たれたのかという記憶が浮かんでくる」と答えたんです。これには本当にびっくりしました。
こうした洞察力や記憶力は教えようとしても教えられるものではない。こうした投手として一番大事な能力、資質を、彼は生まれながらにして持っていたんです。36歳のダルビッシュに対して、パドレスが6年・約141億円という異例の大型契約を用意したのは、単に投げるという能力だけでなく、チーム作りへの献身や対戦データの処理能力の優秀さなどが高く評価されたのだと思います。
「昭和野球」とはかけ離れたダルビッシュの流儀
――チームへの献身という意味では、侍ジャパンの栗山監督が「今回のWBCはダルビッシュジャパンだった」と振り返るなど、「ダルビッシュこそ陰のMVP」という賞賛が絶えませんが、山田会長はどのようにご覧になっていましたか。
あの子は私の誇りです。WBCでの彼の振る舞いを見て、あらためてそう強く感じました。たとえば、宮崎キャンプへの合流時期。彼はきっちりと初日から参加していました。日本の2月はまだまだ寒いですから、自分のコンディション作りだけなら、温暖なチーム本拠地のサンディエゴなどで調整し、大会直前に侍ジャパンに合流したほうがいいに決まっている。なのに、いの一番にまだ寒い宮崎キャンプに駆けつけた。
シャイなあの子のことだから何も説明しませんが、私にはわかります。優勝するためにはチームが一丸にならないとダメだと。そのことがわかっているからこそ、初日からキャンプに合流し、若い選手らと食事をしたり、言葉を交わしたりしながら、自ら率先してチームとしての一体感を作ろうと考えたのでしょう。自分よりもチームを優先するそんな姿勢を見て、あの子を誇りに思いました。
――WBC準決勝の対メキシコ戦、侍ジャパンの円陣の真ん中で声出しをしていたダルビッシュ投手はとても楽しそうで、印象的でした。インタビューなどでもダルビッシュ投手は「野球は強くなることも必要だけど、みんなで明るく楽しくやれることもすごく大切なことだと思っている」と答えています。
WBC直前の宮崎キャンプのニュース映像を見て心打たれたシーンがあります。それはベテランから若手まで、みんな笑顔で練習していたシーンです。私は昭和生まれの古い世代ですから、野球も根性論や上下関係などを重視しがちで、あのシーンは私の知る昭和野球の概念からはかなりかけ離れたものだったんです。
ダルビッシュからは『監督の野球は古すぎます!』とよく叱られるんですが(笑)、あのシーンを見て「ああ、あの子のやりたかった野球とはこういう野球だったんだな」と思いました。そして侍ジャパンの笑顔のど真ん中にあの子がいたことがとてもうれしくてならないんです。
ダルビッシュに残された最後のタイトル
――そのダルビッシュ選手も野球選手としては円熟の領域に入ります。
ええ。野球が嫌い、練習嫌いだったダルビッシュですが、自分で工夫して練習に取り組むうちに刻々と変わっていきました。「羽曳野ボーイズ」を卒業し、高校に進学する頃には野球が好きでたまらないという心境になっていたはずです。そして、そんな彼の成長する姿を見て、当時から現在の彼の成功を確信していました。だからこそ、残りの野球人生も充実したものであってほしいと願っています。
――今後のダルビッシュ選手に期待することは?
あの子のプロ入団を祝う会のあいさつで、「プロになったらまずは新人王。そしてチームを優勝させて日本シリーズも制して、さらには五輪にも出場して世界一になってほしい」と、考えつくかぎりのことをリクエストしたことがありました。ところが、そのリクエストをあの子はあっという間にすべて達成してしまった。
あと残っていることといったら、メジャーでサイヤング賞を獲ることくらいでしょうか。あの子がサイヤング賞を獲って日本の野球ファンにプレゼントしてくれたら、もう何も言うことはありません(笑)。
取材・文・撮影/集英社オンラインニュース班
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