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「あなたの、夢はなんですか?」日本では定番のこの質問が、時としてラテンアメリカの人々に通じない理由

集英社オンライン / 2023年6月19日 17時1分

メキシコで20年以上にわたって移民の支援を続ける女性グループ、ラス・パトロナス。彼女たちはなぜ支援をやめないのか? 中南米で10年以上活動を続けてきた撮影コーディネーター・嘉山正太氏の初の書籍『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー』(発行:集英社インターナショナル、発売:集英社)から、一部抜粋・再構成してお届けする。

「ここまでしてくれる人たちはいない」

「ありがとう、ありがとう」
「靴もあるのよ?」
「俺は、靴が欲しい」
「何センチ?」
「27センチだけど」
「28センチしかないけど」
「入ればなんでもいいよ、ありがとう」

ぼくは、初めてそこで移民の人たちを間近に見た。彼らは怯え、怖がっていた。そして、そんななかで助けに来てくれている彼女たちに、感謝を越えたなにかを感じているように見えた。



「ここまでしてくれる人はいないよ」
ポツリと1人の移民が言った。ぼくは夜の街灯の下、移民たちと交流する彼女たちの姿を見ていた。

撮影/嘉山正太

翌日、パトロナスの家に行くと、何人かの移民の人たちがいた。パトロナスの家には移民の人たちが休める宿泊設備があった。簡易的なベッドなのだけれど、中米からの長い旅を経てきた移民の人たちにとっては、きっとありがたい環境だろう。

「でも、タダってわけじゃないよ。ここに来たら、できる範囲で働いてもらうんだ」とノルマさんは言っていた。

たしかに、移民の人たちも、ここで食料の袋詰めの作業を手伝っていた。移民の人たちが、同じ移民の人たちを助ける。それは一体、どんな気持ちなんだろう。

ノルマさんはその日、日中は出かけてしまっていた。パトロナスの家は、豪快な彼女がいないと、のんびりした農村の風が吹き抜けて、とても静かな場所になる。あ、そうだ、と思い出して、ぼくは自分の車に向かった。着なくなった古い服を寄付しようと持ってきていたのだった。フリアさんに手渡すと、彼女ははにかんで恥ずかしそうに俯いて喜んでいた。

「チャリで来た」少年

その日、お昼をみんなで食べて、午後は思い思いに休んでいた。ここでの生活はのどかだ。列車が来るまでに準備をしておくだけでいい。ぼくは中庭に出て涼んでいた。あれ? 1人の移民の少年が、見馴れた服を着ている。彼は、ぼくが寄付した服を着ていた。彼はまだ幼くて、10代の少年に見えた。

「やあ、どこから来たの?」
「ホンジュラスから」
「何歳なの? かなり若そうに見えるけど」
「16歳」
「え? 16歳って、めちゃくちゃ若いね」
「おじさんがアメリカにいるから、俺も行ってみようかなって」
「すごいね」
「前にいた街でさ、ここの噂聞いて」
「え、噂? パトロナスの?」
「なんかめちゃくちゃ親切なおばちゃんたちがいるって」
「めちゃくちゃ親切なおばちゃんたちね……ふふ、たしかに……」
「あんたどっから来たの?」
「ぼくは、日本から。でも、メキシコシティに住んでるんだ」
「あんたはアメリカ行かないの?」
「ぼく? ぼくは……行かないな」
「そっか」
「……なんで、アメリカ行ってみたいの?」
「えーなんでだろう、やっぱ向こうの方がチャンスがありそうじゃん。地元にいても、なにもないし」

ぼくは少し戸惑っていた。初めて会った移民の少年の、キラキラした瞳に。
「ここまでは電車で来たの? 危なくなかった?」
「ちょっと待ってて」そう言って、彼は奥に引っ込んでしまった。

しばらくして彼は現れた。手には、ボロボロの自転車を抱えて。
「なに、それ?」
「俺、これで来たんだ」
「え?」
「この自転車に乗って来たんだよね」
「え? どっから? ティエラブランカから? 数十キロあるでしょ?」
「違うよ、ホンジュラスから、この自転車に乗って来たんだよね」

必要性と好奇心

信じられなかった。ホンジュラスからここまで、直線距離でも1000キロはあるだろう。しかも、ジャングルを通過するようなハードな道だ。

「ちょっと調子悪くなってたから、もうタイヤも交換したんだ」

マジ……かよ。なんだろう、この感覚。前に感じたことがある、とぼくは思っていた。どこかで、こんな少年を見たことがあると思っていた。……そうだ思い出した。バックパッカーだ。ぼくが昔、南米をバスで冒険旅行していたとき、いろいろなところで「チャリダー」と呼ばれる人たちに会った。

南米を自転車で回っている人たちだ。知らない場所に行ってみたい。したこともないようなことをしてみたい。自分が驚くようなことをやり遂げてみたい。ぼくが南米で出会った旅行者たちは、いつもそんな目をしていた。

ぼくは、その少年にも同じような感情を抱いた。そこで、ずっと抱えていた大きな疑問がまた浮かび上がってきた。移民ってなんなんだ? 貧しさから逃れるために、祖国を離れるだけの存在か。

もちろん、それはそうだろう。でも、その少年の自転車を見たとき、ふと思った。彼らは、人生を前に切り開こうとしている人たちでもあるんじゃないかと。倒れるなら、前のめりに倒れたいと思っている、そんな人たちなんじゃないか、と。

移民について撮影するとき、いつも頭に入れていることがある。それは「移民しない人の方が多い」ということだ。移民しない人の方が、圧倒的多数なのである。もちろん、移民にはメリットもあるが、いいことばかりじゃないことは、容易に想像がつく。仕事は? 住むところは? 食事は? 帰ってこられるのか? 友だちはできるのか? 人生はどうなるのか? 不安は尽きない。

しかし、不安以外にもなにかあるはずだ。それはたとえば、好奇心と呼ばれるものだ。ぼくは、移民の人たちには潜在的にこれを持っている人が多いように感じている。たしかに地元に残れば危ない、仕事もない。でも、移民をしようとしたって、危険はたくさんある。ゼロかイチかでは割り切れない。きっと、両方あるだろう。移民をする「必要性」と、「好奇心」と。そして、好奇心はいつも人々を遠くへと運ぶ。

「ねえ、どこまで行くの?」
ぼくは、少年に聞いた。彼は、にっこりと笑って答えた。
「俺は初めてなんだ、移民の旅が。だから、行けるところまでね」
夕陽に照らされた少年の顔を、ぼくは見られなかった。それは、あまりにもまぶしかった。

守護聖人の夢


「えーっと、これは聞きにくいんだけどさ……」
撮影の最後、ぼくは俯きながらノルマさんに聞いた。彼女は笑いながら、こっちを見ている。どんな質問が来るんだろうか、と。

「あなたの、夢はなんですか?」
「……」

ほら、やっぱり。こんな質問するんじゃなかった。少し後悔した。この質問で今日までの関係がこじれるんじゃないかとも思った。

撮影/嘉山正太

ノルマさんは、じっと黙って空中を見つめていた。そして、ボソッとつぶやいた。
「ここをやめること、かな」
「え?」
一瞬、彼女がなにを言っているのかわからなかった。
「ここをやめることが、夢? アメリカに行く、困っている人を助けているここを、やめる……」
「……困っている人がいなくなって、ここをやめる。それが夢、だね」

やめるために続けている。そんな夢があるのか。
「夢」の意味がわかっていなかったのはぼくだった。彼女たちには、彼女たちの夢がある。ぼくの物差しでは測りきれない夢のカタチがある。

ぼくは未だに思い出す。あのジャングルの熱気を、移民たちの歓喜の叫びを、耳をつんざく列車の咆哮を、そして、列車が運ぶ彼女たちの夢を。

文/嘉山正太 写真/shutterstock



今回のエピソードを基に嘉山正太が脚本を執筆した、衝撃のオーディオドラマ『移民と野獣』(制作:SPINEAR)が、現在各種サービスで配信中です。ぜひご聴取ください。
https://www.spinear.com/shows/iminto-yaju/

マジカル・ラテンアメリカ・ツアー
妖精とワニと、移民にギャング

嘉山 正太

2022年9月26日発売

2,090円(税込)

四六判/276ページ

ISBN:

978-4-7976-7417-0

移民問題の取材のためメキシコのベラクルスを訪れた、ネットメディア『ライトハウスポスト』記者・蛇ノ目悟(演:新祐樹)。移民支援施設で知り合った元ギャングの男・カルロス(演:江頭宏哉)の壮絶な過去を知った蛇ノ目は、謎に包まれたメキシコの真実を報道すべく、移民たちと共に「野獣列車」に乗り込む。アメリカを目指す危険な旅路の果てに、彼らを待ち受けている運命とは……。

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