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なぜ『静かなるドン』は電子書籍で爆売れしているのか!? 昭和、平成の連載漫画が令和の今も色褪せない理由(後編)

集英社オンライン / 2022年5月17日 7時1分

紙版の累計発行部数は4600万部を超え、電子版の売上は2020年の1年間で6億円にも及んだ。完結から10年経った作品がこれだけの売上を記録するのは、極めて異例のことだ。一体なぜ『静かなるドン』はこれほどの人気を誇るのか!? 「週刊漫画サンデー」の元編集長で『静かなるドン』の担当編集を務めた実業之日本社漫画出版部の森川和彦氏に、そのヒットの理由を訊ねた。

「今月の売上、なんか一桁違うんやけど」電子配信で人気が爆発

実は30年以上前から、『静かなるドン』は電子版でも好調な売上をキープしていたという。

実業之日本社が『静かなるドン』の電子版配信をはじめたのは、作品が連載中の1999年のことだった。当時は大手出版社も電子書籍への展開にまだ慎重な姿勢だったが、むしろフットワークの軽い中小出版社がガラケーでのコマ配信に積極的に取り組んでいた。



その頃から電子書籍書店や電子書籍取次と関係を築いていたのも今につながっていると森川氏は言う。

「20年以上前から電子配信を続けているので、累計の数字は膨大なものになります。総合UUPVの数字では、日本の総人口に迫るのではないでしょうか。ただ、配信当初から好調とはいえ今ほどの金額が動いているわけではありませんでした」

『静かなるドン』が電子書籍の市場で爆発的に売上を伸ばしたのは、完結から7年ほど経った2020年のことだった。

連載は2013年に108巻で完結

「コロナ禍の少し前くらいに、極端に電子書籍の売上が増えたんです。数字も一桁変わって、新田先生から『今月の売上、なんか一桁違うんやけど』と電話がかかってきました。各電子取次・電子書店さんのプロモーションによるものだと思うんですけど、ちょっとビックリする数字でしたね。私たちが思っていた以上に、潜在的な読者のニーズがあったのだと思います」

最初の言葉のとおり、これと言って特別なことはしていない……はずが、読者がページをめくる手を止めない108巻の長編が電子書籍のニーズにぴったりハマった。「ピッコマ」「LINEマンガ」等のサービスがそれを見逃さずにプロモーションを打ったことで、結果的に年間6億円というとてつもない売上につながったのだ。

また『静かなるドン』が1話完結のストーリーではなく、各話ごとに“ヒキ”を持たせて終わる形式だったことも、タップひとつでどんどん読み進められる電子書籍のスタイルにマッチした。

「『漫画サンデー』では基本的に1話ごとの読み切り感を持たせることを重視していたのですが、『静かなるドン』ではそれをやっていなかった。108巻に渡ってしっかりストーリーの軸があるから、読者も全巻読みたくなるんでしょうね。飛ばし飛ばしで読んでも成立するストーリーだったら、ここまでの売上にはならなかったかもしれません」

『静かなるドン』が時代を超えて愛される理由

さらに予想外だったのが、長年に渡って男性向け漫画誌に掲載されていた『静かなるドン』が、電子書籍の市場で若者や女性の読者を獲得したことだ。

主人公・近藤の名言と恋愛ストーリーも秀逸

Twitterでは若い女性と見られる読者の感想ツイートも多く、森川氏もそんなところにニーズが隠れていたとは思ってもみなかったという。当の新田氏も電子書籍で女性ファンを獲得するとは想像もしておらず、森川氏がそのことを伝えるとたいへん喜んでいたそうだ。

「『漫画サンデー』を読んでいる若い女子なんていませんし(笑)、まさか女性読者がこんなに増えるとは思っていませんでした。今の読者は『漫画サンデー』という雑誌があったことも知らないし、中山秀征さん主演でドラマ化されたことも知らないでしょう。連載当時とまったく違う読者にウケたというのは、おそらく他に例がないことだと思います。最初の読者層と電子書籍での新しい読者層で、2作品分の爆発が起きたという感覚ですね」

全108巻という壮大なスケールで物語をしっかり描き切っていたこと、1話完結ではなく軸になるストーリーを確立していたこと、電子コミックサービスが潜在的なニーズを見逃さずにプロモーションを打ったこと……こうした要素が組み合わさって、『静かなるドン』は新たな読者層を獲得した。

しかし、なによりも重要なのは、昭和と平成を駆け抜けたこの作品が、令和の時代に読んでも古臭さを感じさせない魅力を持っていたことだ。サラリーマン社会の人間ドラマとヤクザ物ならではの矜持と義理人情、そしてヒロイン・秋野明美との淡い恋――。そこには世代を問わず多くのファンに愛される、普遍的な魅力が詰まっている。逆に言えば、『静かなるドン』はそれだけ長い間、過小評価されていたということだ。

部長や組幹部の憎めない名脇役たち

「題材はヤクザですが、静也と秋野さんの恋愛ドラマもあって、そこのドキドキ感や切なさはいつの時代も普遍的なものですよね。プリティの川西部長や新鮮組の生倉など、脇を固めるキャラクターも魅力的。ギャグの描写も古くなると笑えないこともありますけど、『静かなるドン』は不思議と今でも笑えます。時代を経てもいいものはいい、というある意味では当たり前の話かもしれませんが、それだけの強度がある素晴らしい作品だったということです」

『静かなるドン』が電子書籍の市場で再び脚光を浴びるのは必然だったと言えるだろう。だからこそ、特別なことはなにもしなくても、時代を超えて読者の心を掴むことができたのだ。

取材・文/山本大樹 ©新田たつお/実業之日本社

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