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インド・モディ首相「私の友人、安倍さん」自身のブログに掲載した長文の追悼文と、超実利主義の二枚舌に翻弄される日本

集英社オンライン / 2023年6月27日 8時1分

国力の増大を武器に国際的な影響力を急速に高めているインド。「世界経済を牽引する存在」として注目があつまるインドという国を、本当に信用していいのかを問う『インドの正体-「未来の大国」の虚と実』(中公新書ラクレ)から一部抜粋・再構成してお届けする。

#1

ビジネスライクでドライな国…「私の友人、安倍さん」の二枚舌

現時点でもそうだが、2030~50年代のインド太平洋地域と世界を見据えたとき、第3の大国に台頭するインドの動向がカギを握る。

当のインド自身は、アメリカであれ、中国であれ、どの国のいいなりにもなりたいとは思っていない。世界のキャスティングボートを握る「スイング国」としての立場を利用して、各国から異なる利益を引き出すことで「世界大国」へ飛躍する戦略を望むだろう。



われわれにとって一見、都合の良いパートナーに思えて、じつは非常に厄介な国だ。けれども、この地域と世界で、影響力を増すことが確実視されるインドを無視するわけにもいかない。万一、インドが中国に飲み込まれる、あるいは抱き込まれるような事態になれば、「自由で開かれたインド太平洋」、リベラルな秩序は崩壊する。そうならないようにするためには、われわれはインドとどう付き合っていくべきなのか?

インドの特性を踏まえたとき、まず強調しておきたいのは、われわれもビジネスライクに徹することだ。インド人のなかに、義理人情とか、人間同士の深い絆のようなものがまったくないとはいわない。

モディ首相は、2022年7月に安倍元首相が凶弾に倒れたのを受け、すぐに「私の友人、安倍さん」と題する長文の追悼文を、数多くの思い出の写真とともに自身のブログに掲載した。さらに、日本政府主催の国葬儀にも出席し、安倍元首相の思い出を岸田首相に語ったときには、感極まって泣きそうになる場面もあったと伝えられている。

けれども、だからといってモディ政権の政策が、そうした個人的関係によって決定されてきたわけではない。

モディ政権が安倍政権時代にとった一連の政策のなかには、安倍首相の意向に反するものはいくつもある。この間のインドは、中国主導のAIIBに参加し、SCOにも正式加盟する一方、クアッドの強化には―少なくとも2020年のガルワン衝突まで―否定的な態度を示しつづけた。極めつけは、安倍首相が旗を振り、インドの加盟が不可欠と呼びかけたRCEP交渉から、モディ首相は土壇場で離脱を表明している。いずれも、インド自身の利害にもとづく判断なのだ。

アルタと称される実利の達成をなによりも重視する戦略文化

インドには、アルタと称される実利の達成をなによりも重視し、そのためにプラグマティックに行動する戦略文化が根付いている。

そこでは、他者、他国との関係は、当然ドライなものにならざるをえない。永遠の友もいないし、全面的な友などもありえない。いま、利害を共にする相手と、協力できるイシューで協力していく。単純にいえば、それだけであり、それ以上のことが頭にあるわけではない。

仏教のつながりや、タゴールと岡倉天心、ボースと日本軍との協力、パール判事の日本無罪論などを論拠に、日本とインドは固い絆で結ばれている「はずだ」、といったロマンチシズムが以前は散見された。

ナショナリストとしての安倍元首相自身のなかにも、そうした情緒的な前提は当初あったかもしれない。価値観を共有するアジアの民主主義国として、手を携えて中国に対峙できる、そういう発想だ。

しかし、インドはそんなに簡単にわれわれの思い通りになるような都合の良い国ではなかった。第2期安倍政権になると、そうした甘い幻想は後退し、双方の利害がおおむね一致するイシューで粘り強く交渉する傾向が顕著になったように思われる。民生用原子力協力協定の締結や、ムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道への新幹線システム導入などは、その成果といえる。

インドが日本に期待していること…中国とインドの戦争になったとき日本はどうする

対米同盟を基軸とした先進国である日本と、戦略的自律性を維持するとともに、みずからを途上国、「グローバル・サウス」に位置づけるインドとのあいだで、そもそも利害がすべて一致するなどということはありえないし、多くの部分で一致するとすらいえないかもしれない。

それでも、インドの現在、そして今後の影響力の大きさを考えれば、一致する部分を探して一緒に行動し、ウインウインの関係を創りだすことが求められるだろう。先に挙げた安倍―モディ時代の成果は、その可能性を示唆している。

そうなると、まず着手しなければならないのは、相手側がなにを望んでいるのかを正確に把握することだろう。この点で間違いなくいえるのは、安全保障面でアメリカが日本に対して果たしているような役割は、日本に対しても、アメリカに対しても、インドが期待しているわけではない、ということだ。

それは、戦略的自律性を重んじて同盟を忌避するがゆえの話だけではない。そもそも、アメリカや日本が、インドのために、中国やパキスタンとの陸上での戦いに命を懸けてくれるなどとは考えていないからだ。

もちろん、ウクライナにアメリカが行ったような兵器供与や情報提供は、インドも期待しているし、実際に2020年以降の中国との軍事対峙のなかでも行われた。しかし、それ以上の協力は、ウクライナの事例をみても考えにくい。

アメリカは1人の兵士も戦場に送っていなければ、ロシア本土の攻撃を可能とするような兵器の提供にも、慎重な姿勢を示しつづけた。バイデン大統領が吐露するように、ロシアとの直接の衝突は第3次世界大戦の勃発につながりかねないからだ。こうしたことを踏まえると、アメリカも日本も、中国との全面戦争につながるような戦いには、巻き込まれたいと思うはずがない。インドはそうみている。

中国の「債務の罠」への警戒感が国際社会に広がった

もともと、インドが安全保障面で期待していたのは、われわれが2国間での、またクアッドでの連帯を示すことで、インドの敵対者を牽制し、侵略行為を、「政治・外交的に」抑止することだった。しかしこれまでもみてきたように、自信を深める習近平体制下の中国には、その効果はあまり期待できないかもしれない。そうすると戦争になる前に、兵器協力などを通じてインド自身の軍事力を高めることが必要になる。

つまり、兵器の輸出や共同開発・生産を進めるということだ。けれども、この点ではロシアとも深く広い軍事協力をつづけているインドとの協力には、アメリカでさえ躊躇するところがある。日本の場合には、これにくわえて、憲法・法制度上の厳しい制約があり、きわめて難しい。

そうした事情は、インドも理解している。そのうえで、インドがクアッド、とくに日本に期待しているのは、非軍事分野での協力だ。インド外交研究者の溜和敏も指摘するように、インドはクアッドの「経済政策」としての側面に力点を置くようになっている。科学技術においても、近年の中国の伸張には目覚ましいものがあるとはいえ、「質の高いインフラ」など、日本の技術力は依然として高く評価されている。

それに、中国が建設したスリランカのハンバントタ港が、結局「借金のカタ」に取られてしまったことをきっかけに、中国の「債務の罠」への警戒感が国際社会に広がった。そうしたなかで、返済可能で、透明性の高いインフラ支援を求める声があがっている。インドがクアッドや日本に期待するもののひとつとして、インドのみならず、周辺国に対しても、中国に依存しないようなインフラを提供してくれることが挙げられる。

モディ首相はスリランカ経済危機への対処での連携を日本に要請

具体的に進行しはじめたプロジェクトもある。インド北東部の開発だ。「鶏の首」でつながったインド北東部は、これまでとくにインフラの整備が遅れてきた。しかしこの北東部の諸州は、対中安全保障のみならず、通商上も、ミャンマーに接する要衝だ。

日本は2017年から「日印北東部開発調整フォーラム」、「日印アクト・イースト・フォーラム」を発足させ、この地域の道路網の整備などを支援している。

インドやバングラデシュと、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国とのコネクティヴィティ(連結性)を強めることは、「アクト・イースト」を掲げるモディ政権の望むところであるばかりか、ASEANに多くの拠点をもつ日本企業にも利点が大きいとみられている。成長が確実視されるインドやバングラデシュを、市場としても、サプライチェーンとしても組み込みやすくなるからだ。

インフラと関連して、債務問題での協力も、日本やクアッドに期待するところは大きい。これからの話だけでなく、これまでに膨らんでしまったインド周辺国の多額の対中債務は、スリランカだけでなく、今後はモルディブなどでも経済危機を招くことが懸念されている。

「債務の罠」にはまれば、その国への中国の影響力はますます強まる。そもそも「債務の罠」から各国を救い出さなければ、新たなインフラ支援などできるはずもない。2022年のクアッド首脳会合直後に開かれた岸田首相との個別会談で、モディ首相はスリランカ経済危機への対処での連携を要請したという。

いかにして中国に依存しないサプライチェーンを構築するかで

これらにくわえ、とくにコロナ禍で起きた中国との軍事対峙以降、インドが強い関心をもつようになってきたのは、経済安全保障の観点から、いかにして中国に依存しないサプライチェーンを構築するかである。

2020年、モディ政権は、生産連動型優遇策(PLI)を発表した。これは、医薬品、自動車、携帯電話、電子機器などの部品・完成品をインドで生産すれば、その生産高に応じて政府の補助金が企業に支払われる仕組みだ。投資を呼び込んで「メイク・イン・インディア」を実現するための具体策として注目されている。

その後、モディ首相は2022年のIPEF参加に際して、サプライチェーン強靭化を、信頼、透明性にもとづきできるだけ早く進めなければならないと強調した。モディ首相自身が掲げる「自立したインド」という目標のためには、脱中国のサプライチェーン構築は喫緊の課題と位置づけられており、その点での日本やクアッドの役割への期待は大きい。

世界の多くの企業は、コロナ禍で中国からの部品調達に苦労した。いまや中国依存のサプライチェーンの危険性は、世界でひろく共有されているように思われる。米アップル社は、iPhoneなどの製造を中国からインドに移しはじめた。一部では中国経済からの切り離し、いわゆるデカップリングがすでにはじまっている。日本企業にとっても、サプライチェーンの多元化は重要な検討課題となりつつある。PLIスキームなどを活用して、インドを生産拠点のひとつにくわえるかどうかを真剣に検討すべきときであろう。

このように国も企業も、双方の利害が一致するところで付き合っていく、プラグマティックな姿勢が、まず必要だろう。

『インドの正体-「未来の大国」の虚と実』 (中公新書ラクレ)

伊藤 融

2023/4/7

902円

208ページ

ISBN:

978-4121507938

この「厄介な国」とどう付き合うべきか?

「人口世界一」「IT大国」として注目され、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、事情通ほど「これほど食えない国はない」と不信感が高い。ロシアと西側との間でふらつき、カーストなど人権を侵害し、自由を弾圧する国を本当に信用していいのか? あまり報じられない陰の部分にメスを入れつつ、キレイ事抜きの実像を検証する。この「厄介な国」とどう付き合うべきか、専門家が前提から問い直す労作。

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