1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

モディ首相、カースト制度に「インドにはインドの自由民主主義観がある」…2050年、GDPで日本の4倍になる経済大国

集英社オンライン / 2023年6月28日 8時1分

「人口世界一」「IT大国」へと変貌し、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、カーストなどの人権侵害があり、表現や報道の自由が弾圧される国だった…日本であまり報じられない陰の部分を『インドの正体-「未来の大国」の虚と実』(中公新書ラクレ)から一部抜粋・再構成してお届けする。

日本企業が苦戦するインド市場

インドに進出する日系企業の進出は2018年ごろから頭打ちの様相をみせている(図表24)。うまくいかず撤退した企業も出ている。質の高い労働力確保の難しさだけでなく、カーストの存在や、労働や消費に対する考え方の違いなど価値観のギャップ、電力、水道、道路、港湾などのインフラの未整備も、その一因だろう。



在留邦人数も、筆者がインドに駐在していた21世紀初頭に比べるとおよそ5倍にあたる1万人近くに増えたとはいえ、中国に暮らす邦人数と比べると10分の1、タイの8分の1にすぎないし、ベトナムや台湾の半分にも満たない。インドの経済規模からすると、物足りない水準だ。日本の企業、ビジネスパーソンがインド進出に躊躇していること、あるいはインドで苦戦していることがうかがえる。

図表24 インドに進出する日系企業数。『インドの正体-「未来の大国」の虚と実』より

この点では、インドとの利害の一致を追求するとはいっても、インドという国を、「ひとつの国」としてとらえないほうがいいだろう。

日本とは違い、インドは広大な国土を有する。そして中国と比べると、宗教、民族、文化などの多様性はきわめて大きい。インド人というのは、同じ言葉を話し、同じ料理を食べ、同じ衣服を着るひとびとではない。

筆者は、初めてバックパッカーとしてインドを旅したとき、デリーからチェンナイまで、さらにチェンナイからコルカタまで、それぞれ車内2泊の列車旅を経験した。スピードが遅いとはいえ、ほんとうに広い国だということを実感した。

それだけでなく、デリー、チェンナイ、コルカタはどれも大都市だが、街を歩く人の顔つきから、道路の標識に書かれている文字まで、同じ国とはまったく思えなかった。北東部では、日本人そっくりな人たちもいる。筆者自身、デリーを歩いていると、インド人から「マニプーリー?」(マニプル州の主要民族)と声をかけられたものだ。

インドはむしろ「ヨーロッパ」のようにとらえたほうがいい

さらにインドは、日本のような単一国家とは違い、連邦制を採用する国でもある。各州には、道路、水道、電気といった基礎インフラの構築や教育から、投資環境の整備・規制に至るまで、日本の都道府県ではおよそ考えられないほどの権限が与えられている。

2017年にようやく「物品・サービス税(GST)」が導入されたが、それまでは間接税すら、州ごとに仕組みや税率が違っていた。こうしたことは、とくにビジネスにおいて、しばしば外国企業を困惑させてきた。あちらの州で通じたことが、こちらの州ではまったく通じない、というのはよく聞く話だ。

インドの広さ、文化的多様性、権限の分散状況を念頭におけば、インドはむしろ「ヨーロッパ」のようにとらえたほうがいいかもしれない。ドイツ人とフランス人、スペイン人、イタリア人が同居しているような国なのだ。

「インドの投資環境はどうですか?」とか、「インド人というのはどういう人たちですか?」といった質問を、筆者もよくビジネス関係者から受ける。そのたびに、「そういう発想自体をやめたほうがいいですよ」と答えることにしている。

インドを一枚岩の国、ひとびととしてみないほうがよい。モディBJP政権が、イデオロギー的にそうした国を目指しているのは事実だが、それでもインドの多様性が消滅したわけではない。

2050年の世界では、日本のGDPはインドの4分の1未満

実際のところ、モディが長年州首相を務め、その後もBJPの牙城となっているグジャラート州と、かつて左翼勢力が支配し、その後は地域政党の草の根会議派が政権を握る西ベンガル州では、食文化、インフラ事情、法制度まで、同じ国とは思えないほどの違いがある。

グジャラート州は「停電のない州」として知られ、インフラは整っているが、禁酒(ドライ)州だし、ベジタリアン(菜食主義者)が圧倒的に多い。西ベンガル州に行くと、公共交通インフラなどの整備はまだまだだが、酒はオンラインでも買えるし、魚は多くのひとびとが口にし、牛肉さえ提供するレストランもある。この2州で、同じビジネスモデルが通用するはずがない。インド全土となると、当然のことながら、もっと違いは大きい。

インドへの進出を図ろうとするときには、この現実を認識したうえで、いかに利益を上げるかを考えることが必要となる。まずは、受け入れられやすい地域と分野を絞るということになるかもしれない。

それでも、その積み重ねの結果として、すべての分野でないとしても、いくつか特定の分野では、日本がインドにとって唯一無二の存在、不可欠な存在とされる状況を創出できる可能性がある。インドがサプライチェーンの脱中国化を図ろうとしているいま、われわれにも食い込むチャンスは十分にある。

2050年の世界では、日本のGDPはインドの4分の1にも満たなくなっているかもしれない。そうなったときには、インドと日本の交渉力は大きく変わってしまっているだろう。もはや、相手にされなくなっている恐れもある。

総合的な国力では衰退に向かうことが避けられない日本にとっては、中長期的観点から、いまのうちにインドが日本を必要としつづける関係を、企業も国家も築いておくことが求められる。

NHKスペシャルにインド側が激怒し、ニューデリー支局長のビザ更新が拒否

最後に、価値観をめぐる問題に、どう向き合うかを考えてみたい。もちろんいま述べたように、インド人といっても、いろいろな人がいる。

しかし、日本人とインド人のモノの考え方を比べると、同じ「アジア人」とはとても思えないくらいの違いがある。それはともかくとして、インドが日本と同じ、「自由民主主義」体制の国といえるのかも怪しい。インドではさまざまな差別・格差が依然として解消されているわけではない。以前も、ダリトの問題を扱ったNHKスペシャルにインド側が激怒し、ニューデリー支局長のビザ更新が拒否されるということがあった。

しかし、いまはもっと深刻だ。モディ政権下での「ヒンドゥー多数派主義」、マイノリティ、市民活動、メディアの弾圧をみれば、もはや自由民主主義の制度そのものが破壊されつつあるのではないか、という疑いさえ出てくる。そこに切り込もうとした日本の某新聞社の特派員は、インド外務省のブラックリストに載っているなどという話も聞く。

すでに論じたように、欧米はこのインドの現状を、自由民主主義からの逸脱として問題視し、外交レベルでも取り上げるようになっている。

たとえば、2022年4月、ワシントンで印米外務・防衛閣僚会合(2プラス2)が開催されたとき、アメリカのブリンケン国務長官は共同記者会見で、「政府、警察、刑務所の職員による人権侵害の増加を含め、インドで起きている最近の出来事を、われわれは監視している」と、人権状況について、深刻な懸念を表明し、警告を発した。

これは2プラス2会合前に、米議会で与党民主党所属の下院議員が、ムスリムへの差別的政策をつづけるモディ政権を痛烈に批判し、インドによりいっそう厳しい態度で臨むべきだとバイデン政権に迫ったことを受けての発言とみられている。

インドにはインドの自由民主主義観がある

しかし、圧倒的な大国であるアメリカから、このように上から目線で説教されることに、インドのような誇り高い国が我慢できるはずはなかった。

ブリンケン国務長官の発言を受け、カウンターパートのジャイシャンカル外相は、その翌日、「われわれも、アメリカを含め、他国の人権状況について独自の見解をもっている」として、ニューヨークでシク教徒が襲撃を受けた事件を念頭に、アメリカにも人権侵害があると言い返した。同様の反発は、国務省の人権報告書や、国際宗教自由委員会(USCIRF)報告書などが出るたびにみられる。

かつてインドを植民地支配したイギリスをはじめ、ヨーロッパ各国、欧州議会なども、モディ政権下でのカシミール問題やムスリム差別、ウクライナ侵攻後のロシアに対する宥和的姿勢などに批判的な声をあげてきた。しかしこちらについても、インドは道義的に上から目線で言われているように感じているようだ。

2023年初め、英BBCは、2002年のグジャラート暴動に、当時州首相だったモディが関与したかについての検証番組を放映した。そうすると、モディ政権は「植民地主義思考だ」と反発するとともに、番組を視聴できるYouTubeやツイッターをことごとくブロックした。

さらにインド国内のBBC支局に対し、大規模な税務捜索まで実施してみせた。ジャイシャンカル外相らの発言からは、「ヨーロッパ中心主義」的な発想への反発がうかがえる。

モディ首相も、「われわれは民主主義の母」といってはばからないように、インドにはインドの自由民主主義観があるのであり、それを押し付けられるいわれはないと反発する。

「大国」として自尊心の強いインドに対して、欧米の価値観が普遍性をもつものだとして説教し、強制しようとするならば、利害の一致点を模索する努力はどこかに吹き飛んでしまい、価値観をめぐる「文明の衝突」に至ることになるとしても不思議ではない。そうなれば、クアッドを含め、自由民主主義の連携など、霧散してしまうだろう。

#1『非暴力のガンディーが今、インドで超政治利用されている実態…兵器爆買い、マイノリティ弾圧、やりたい放題政権に「なんでやねん!」』はこちら

#2『インド・モディ首相「私の友人、安倍さん」自身のブログに掲載した長文の追悼文と、超実利主義の二枚舌に翻弄される日本』はこちら

『インドの正体-「未来の大国」の虚と実』 (中公新書ラクレ)

伊藤 融

2023/4/7

902円

208ページ

ISBN:

978-4121507938

この「厄介な国」とどう付き合うべきか?

「人口世界一」「IT大国」として注目され、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、事情通ほど「これほど食えない国はない」と不信感が高い。ロシアと西側との間でふらつき、カーストなど人権を侵害し、自由を弾圧する国を本当に信用していいのか? あまり報じられない陰の部分にメスを入れつつ、キレイ事抜きの実像を検証する。この「厄介な国」とどう付き合うべきか、専門家が前提から問い直す労作。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください