【漫画あり】浴室で日本刀を振るひきこもり少年の末路。「ひきこもりは精神疾患」ということを伝えないのは、自治体や国の責任逃れでしかない。「今後はメンタルヘルスの人たちへの対応が得意な地域と苦手な地域に分かれます。そもそも精神科病院が機能していない東京は、それが最も苦手な街でしょうね」
集英社オンライン / 2023年7月2日 18時0分
日本で初めて説得による精神障害者の移送サービスを行う「トキワ精神保健事務所」を始めた押川剛氏。その押川氏が原作を手がけ、社会の闇をリアルに描いた問題作、漫画『「子供を殺してください」という親たち』(新潮社)に込められた思いとは…。
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ひきこもりはうつ病の一種で精神疾患
――子供たちを取り巻く現代の問題としてトー横界隈がある一方、『「子供を殺してください」という親たち』の【ケース19 奴隷化する親たち】に出てくる直之のようなひきこもりの子供たちにも、押川さんは接してきました。直之は自立支援ホームにつながることができましたが、やはり若いうちの方がリカバリーしやすいのでしょうか?
やっぱり若い方が、社会に対してつながりやすくなりますよね。そういう子供さんを抱えている親は、「見守って」とか「ドアの外から声かけして」といった、通り一辺倒の心理学的手法をとっていることが多いんです。でも、親御さんたちが願っているのは、彼らが社会につながっていくことですよね。
ひきこもりの専門家から心理学的なアドバイスをずっともらっていると、日本ではひきこもりの増加という結果になってしまうんです。社会から見れば私宅監置、つまり昔でいう座敷牢です。そういう生活を続けていると、脳が萎縮してしまうという精神科医もいます。歳をとればとるほど社会とつながるのは難しくなっていく。
でも、若いうちならばアプローチの方法がまだたくさんあります。他の病気と同じで、ほったらかしてしまうと、最終的には治療の選択肢が狭まり、予後不良になってしまう。歳を取ってからだと、最後の最後の「命をどうするか」という話になってしまうんです。
――放っておくと、どんどん悪化していってしまうと。
そうなんです。日本のひきこもり対策は、定義を広げ過ぎたという大問題もあり、いわゆる社会的なひきこもりの方を主な対象としています。そのため長い間、「家の中に置いて見守る」という心理学的アプローチの仕方がとられてきました。しかし近年では、長期ひきこもりは対人関係の他、うつ病などの精神疾患が主な要因だと、九州大学が証明したんですよ。実際に血液検査をすることで、科学的にも医学的にも明らかな特徴が出ているんだそうです。
ただ、そんな重大な発見を大々的に取材したのはCNA(Channel NewsAsia)というシンガポールの国営放送で、日本では小さくしか報道されませんでした。というのも、そこに予算をつけると、これまでの日本のひきこもり対策が根本から間違いだったということになってしまうからです。私がずっと見てきた長期ひきこもりも、ほぼ精神疾患なんですよ。
それが本物のひきこもりです。
そのことをちゃんと伝えないのは、自治体も、国としても治療をする義務を放棄できるから。そうなると、ますます私宅監置の流れは進んでいきますし、以前も言いましたが、今後はそういったメンタルヘルスの人たちへの対応が得意な地域と苦手な地域が本当に分かれると思います。そもそも精神科病院が機能していない東京は、それが最も苦手な街でしょうね。
法改正でまともな病院がなくなっていく可能性も…
――以前のインタビュー(#2)では、東京には多摩地域に大きな精神科病院があると言っていましたよね?
実は、昨年12月に精神保健福祉法が改正されて、段階的に施行されます。とくにパーソナリティ障害と呼ばれる、性格の歪みからくる精神疾患――法律用語では精神病質と言いますが、それが「精神障害者とは」の文言から削除されたんです。つまり、この国はそういう人たちを精神障害者とする概念がなくなってしまいました。
残るのは昔からある統合失調症と知的障害、ギリギリ薬物依存症だけで、あとは積極的な治療の対象じゃなくなるんです。日本は予防や治療をすることを放棄して、そういう人たちがいる場所だったら被害に遭わないように逃げて行くしかないという風に、決定されたんですよね。これは劇的にやばい事態ですが、みんな言い切りません。だから私はこれからどんどん言っていこうと思います。
――話を聞いているとどんどん悪い方向に進んでいるように思います。
まさしくその通りです。それと、第1巻の【ケース1 精神障害者か犯罪者か】に登場する荒井慎介は、措置入院でも任意入院でもなく、医療保護入院という入院形態なんですが、これも来年4月以降、入院期間は最大で半年になります。彼らは「(病院を)出たい、出たい」と言いますから、そう言われたら、病院側も病状に関係なく「じゃあ退院させましょう」ということが合法的にできる条文ができたんです。
そして、ちょうどそのタイミングに合わせて、八王子市の精神科病院「滝山病院」の調査報道をNHKが行いました。人権侵害の病院だと大々的に報じたわけです。患者さんへの暴力はあってはならないことですが、だからといって、精神科病院の存在自体を否定するようなプロパガンダはどうかと思います。
現実には、精神科病院の職員が患者さんから暴力を受けて大怪我を負っている例も少なくありません。でも、そちらは報道すらされませんよね。
ああやって題材を出して、しれっと法改正に導いていくのは、昔からある厚労省のやり方なんです。でも、いまはもう、精神疾患にまつわる家族の問題や近隣トラブルが周知されてきて、一般市民の方から、「もちろん暴力はいけないけど、精神科病院の職員だって大変なんだ。精神科病院がなくなっては困る」という意見が出ているじゃないですか。
梅毒の細菌が脳に入る「脳梅毒」
――報道の反応を見ても、そういった声は少なくなかったです。
だから、市民にとっても、家族にとっても、当事者にとっても事態はどんどん悪くなっていっているんです。障害のある子供に親が手をかける事件は相変わらず起きていて、そもそも国が、制度や法律を変えてまで事件化を後押ししている。私もそろそろ、この殺し方だったら執行猶予が付きますよというような指南をする『始末の仕方(仮)』という本を、別名義で出そうかと思うくらいです(苦笑)
――『「子供を殺してください」という親たち』とは、正反対ですね(笑)。漫画の方では、今後の展開について考えていることはありますか?
次回は梅毒を取り上げます。梅毒といっても、私が経験したケースは、梅毒の細菌が脳の血管に入ってしまった「脳梅毒」(脳梅)で、実は認知症として施設に入っている人の中には脳梅の人がいるんですよ。でも、そこは医者も見極めできていません。ギリギリまでわからないんですね。
私が見た患者さんは、梅毒の治療は一時的には受けていて、鼻も何もすべてちゃんとあるんです。でも、最終的には「なんだよ!」「うるせえんだよ!」「だから何だってんだよ!」の3語しか言えないんです。見た目の部分ではわからないけど、細菌が神経に入り込んで脳を侵しているんですね。そういった脳梅の人も、入る病院は精神科病院なんですよ。
――脳梅という言葉も初めて聞きました。すごく怖いですが、あまり提唱されていないですよね。
梅毒は症状の出方にも個人差があって、複雑な進行形態をとるため、表に出るのは分かりやすい情報だけです。今回、梅毒をテーマにするにあたって、懇意にしている精神科医に見極めがどうなっているか聞いたら「実はもう、見分けがつかないケースもあります」と言っていました。 私は、その事実にかなり昔から遭遇しているので、これが押川の見てきた梅毒だというものを見せたいと思います。
――ちなみに、脳梅の治療法はあるのでしょうか?
脳梅になったら、もう長くはないのではないでしょうか。最後は認知症のようにもなりますが、認知症と思ってアプローチしたら大間違いなんです。私が携わった患者さんも、意外と社会性があって、本能的に女の人の前では大人しく話を聞いていたりしますからね(笑)。
11巻【奴隷化する親たち】寺島直之のケース
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取材・文/森野広明
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