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《ドラッグ蔓延も深刻化》被害額950ドルまでの窃盗は「軽犯罪」扱い…“万引き天国”サンフランシスコに広がるディストピアの闇

集英社オンライン / 2023年6月28日 12時1分

全米屈指の都市として名高いカリフォルニア州サンフランシスコ。シリコンバレーと合わせた「ベイエリア」は、IT・テクノロジーのメッカとしても有名だ。そのサンフランシスコは現在、窃盗やドラッグ、警察官不足、ゴーストタウン化など、数多の問題を抱えている。「世界でもトップクラスの富裕層が住む街」に何が起こっているのか。実際に訪れて、その様子を見てきた。

“IT成功者”が住む、ベイエリアの文化的中心地

「サンフランシスコ」と聞くと、皆さんはどんなイメージをお持ちだろうか。

ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに続く、全米の人気都市? 坂の多い街並みを走るケーブルカーや赤い色が印象的なゴールデンゲートブリッジ、世界一脱走が難しい監獄島・アルカトラズなど、数多くの観光名所がある街? 1960年代のヒッピー文化を歌ったスコット・マッケンジーの名曲「花のサンフランシスコ」も有名だ。



日本人にとっては、1990年代にミスタードーナツがサンフランシスコのチャイナタウンをイメージした飲茶メニューを提供したり、2002年頃に新庄剛志がサンフランシスコ・ジャイアンツで活躍したりと、もしかしたら全米第3位の巨大都市・シカゴよりも馴染みが深いかもしれない。

実際に同市を訪れたことがある人なら、このサンフランシスコにシリコンバレーを合わせた「ベイエリア」が、今日の社会を牛耳るテクノロジーのメッカであり、個人資産10億ドル(1400億円)以上の超富裕層が世界一多く住むエリアであることもご存じかもしれない。

ただし、AppleやGoogle、Meta(旧Facebook)などの本社があるシリコンバレーは、わずかに郊外型のショッピング施設があるだけで、美術館などの文化施設や観光地はほとんどない。そのため、こうした巨大企業に勤める裕福な経営陣の中には、街の賑わいを求めてサンフランシスコに住む人も少なくない。

TwitterやPinterestのように、サンフランシスコに本拠地を置くIT企業も多い。動画サービスのYouTubeも、サンフランシスコ郊外のサン・ブルーノに本社がある。

米国カリフォルニア州北部に位置するサンフランシスコ(出典:shutterstock.com / Lynn Yeh)

そんな土地柄だけあって、この20年ほどの間に、もともと高かった不動産価格がさらに高騰している。50平米ほどの1室アパートでも、家賃は月額50万円を下らない。小さな家でも買おうとすれば、普通に数億円の買い物になる。東京・港区の2〜3倍以上の不動産価格だ。

「ITで成功した世界でもトップクラスの富裕層が住む街」と聞くと、先進的な未来都市を想像する人もいるかもしれない。たしかに最近では、街中で「Cruise」という無人の自動運転タクシーが走り回っているなど、未来的な部分もあるにはある。

一方で、コロナ禍以降、街の中心部ではまるで末世のような荒廃とした様子を目にすることも多い。

1回あたり13万円までは盗み放題

筆者がそんなサンフランシスコの変貌を目の当たりにしたのは、2022年6月。パンデミック後、はじめて訪米したときだ。

久しぶりに街一番の高級ショッピングエリア・ユニオンスクエアの周辺を散策していたら、かつて高級百貨店「バーニーズ・ニューヨーク」があったビルの壁に、張り付くように立っている男性がいた。閉店したバーニーズ・ニューヨークを見て感慨に耽っているのかと思ったが、よく見るとビルの壁に立ち小便をしている。東京で言えば、銀座のような高級百貨店エリアで、だ。

シリコンバレー企業に勤める友人にこのことを話すと、2021年頃はもっとひどかったそうだ。

その友人がサンフランシスコの中心街にある雑貨店で会計をしていると、そのすぐ後ろを、両手一杯に商品を抱えたホームレスが、会計もせずに店を出ていこうとしていた。

もちろん窃盗だが、店員は諦めた様子で、大声で罵りながら会計作業を続けている。捕まえる素振りも見せなければ、警察を呼ぶこともしない。友人が「警察を呼ぼうか?」と聞くと、店員は「どうせ警察は来ない」と諦めていたという。

驚くのは、これが珍しい事件現場ではなく、コロナ禍のサンフランシスコにおける“日常”だということ。そこかしこの店で日々、同じようなことが今でも繰り返されている。

勇気ある客が窃盗犯を押さえつけて返品させたケースもあるが、その結果、暴力沙汰に発展し、殺傷事件に発展した例もある。そのため、最近ではほとんどの店員や客、さらには近くを通りかかった警官までもが、そのまま窃盗を見逃しているのだという。

サンフランシスコのあるカリフォルニア州では、2014年に悪名高き「州法修正案47」が可決した。驚くべきことに、この修正案では、被害額950ドル(約13.5万円)以下の窃盗は「軽犯罪」扱いなのだ。

それでもコロナ禍以前では、この法律が問題になることはなかった。

しかし、2021年7月に状況が一変。ロサンゼルス近郊にあるファッションディスカウントストア「T.J.マックス」で、2人組の若者が両手一杯に商品を抱えたまま、白昼堂々と会計をせず、店外に出ていく事件が起きた。その様子を捉えたビデオがソーシャルメディアで広がり、テレビでも報じられた。すると、全米規模で模倣犯が続出したのだ。

その後、ほかの地域では模倣犯による窃盗は減ったが、サンフランシスコでは、これが2023年夏現在でも続いている。

2014年11月の「州法修正案47」により、被害額950ドル以下の窃盗は軽犯罪扱いとなった(出典:shutterstock.com / rarrarorro)

高層オフィスビル街は“ゴーストタウン”に

その理由については、さまざまなことが言われている。だが、先の「州法修正案47」が、こうした行為を助長していることは明らかだろう。

それに加えて、サンフランシスコの警察不足という問題も関係している。土地柄、不動産価格が高く警察官が住める場所ではないためか、サンフランシスコでは2010年頃から警察官の数が減少しており、問題となっていた。

重犯罪への対応や、観光地や学校行事などに警察官を配備することも多いため、常態化した窃盗に時間を避ける警察官がほとんどいないのだ。

サンフランシスコでは、警察官の人員不足という問題も起きている(出典:shutterstock.com / ChameleonsEye)

もちろん、これだけ窃盗が常態化してしまうと、商業は成り立たなくなってしまう。コロナ禍に入ってから、サンフランシスコ市内の中心地では驚くほど多くの店舗が廃業したり、無期限の休業を実施したりしている。

「GAP」「バナナ・リパブリック」などのファッション系ショップをはじめ、「AT&T」が運営する携帯電話ショップ、スーパーマーケット「ホール・フーズ・マーケット」など、閉店を発表した企業の数はすでに25社以上にのぼる。米国最大の薬局チェーン「ウォルグリーンズ」にいたっては、市内の5店舗を一斉に閉店した。

閉じたまま営業を再開しない飲食店なども多いが、実はこれにはもう1つ理由がある。今のサンフランシスコは、観光地にはそれなりに人がいるが、オフィス街などには平日の日中でもほとんど人がいないのだ。

サンフランシスコでは、テクノロジー関連以外の企業でも、社内のIT化が進んでいることが多い。そのためパンデミックが落ち着いたあとも、多くの企業が自宅からのリモート勤務を継続しており、おしゃれな高層オフィスビルが立ち並ぶエリア(東京で言うと、大手町のような場所)が、ほぼゴーストタウンのような状態なのだ。

それゆえに、かつてはランチで賑わっていたであろうビル周辺の飲食店も、「CLOSED」のプレートを出して鎖をかけたままになっていることが多い。

市内で人を見かける場所と言えば、先に触れたユニオンスクエアや湾岸沿い、公園、美術館などの観光スポットと、多くのホームレスが住むテンダーロイン地区(Twitter本社のすぐ近く)くらいという極端な状況になっている。

もっとも2022年春頃までに比べると、これでも状況はかなりよくなったそうだ。

不動産価格の高騰とインフレによる物価の高騰、そこにコロナ禍が重なり、2019年からの3年間でベイエリアではホームレス人口が35%も増加したという(サンフランシスコ市調べ)。

このため2021年末から2022年の春頃までは、大幅に増えたホームレスが、元々ホームレスが多かったテンダーロイン地区だけに収まりきらず、ユニオンスクエアを含む観光の中心地にも溢れていたという。

筆者がバーニーズ・ニューヨーク跡地で見かけたホームレスも、その名残だったのだろう。2022年夏、観光が再び動き始めてきたのに合わせてサンフランシスコ市が観光スポットを中心に重点的に警察を配備し、ホームレスを追い出し始めた。その影響で観光エリアは徐々にかつての姿を取り戻し始めたが、それによってテンダーロイン地区の状況は一層ひどくなった。

「ドラッグ蔓延」でさらに泥沼化

ここまででも十分ひどい状況だが、今のサンフランシスコにはもっと深刻な問題がある。それは、ドラッグの蔓延だ。

コロナ禍において「フェンタニル」という500円ほどから買える安価かつ中毒性の高いドラッグが全米で広がった。このドラッグ中毒がもっとも深刻に広まっているのが、サンフランシスコのテンダーロイン地区だ。訪れてみると、道のそこかしこに、このドラッグの中毒者が溢れている。

フェンタニルは摂取すると感覚が遮断されてしまうようで、道の真ん中で身体をクネっと曲げた状態で立ったままピクリとも動かない状態の人が、そこかしこにいる。

また公衆トイレがないため、道の真ん中で排泄をしている人も多い。排泄中のそのままの姿勢で止まってしまっている人、歩道の真ん中に倒れこんでそのまま動かない人もそこら中にいる。もしかしたら、まだ生きているかもしれないが、死んでいる可能性もある。2023年の最初の3ヶ月間だけで、このフェンタニルの過剰摂取による死者は41%も増加したという。

そこまで危険なドラッグでありながらも、多くのホームレスが一時的に心の痛みを和らげるために使用を続けているのだ。

サンフランシスコではドラッグの蔓延が深刻な問題となっている

そんなドラッグ中毒者が溢れる危険な地区にも住宅があり、学校に通う子どもたちもいる。

筆者が本稿の取材のために友人の車でエリアを回っていると、何か物々しい警備がされている公園があった。何事かと思ってよく見ると、警察官によって周囲がガードされた公園の中で、運動会のような学校行事を行っているところだった。公園の中だけは、健全な学園生活が広がっているが、警備をしている警察官の足下には、生死不明のホームレスが転がっている。なんとも奇妙な光景だ。

その後、公園から2ブロックほど登った道を車で走っていたら、アジア系男性とアフリカ系男性が口論をしていた。そして突如、女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思ったら、アジア系男性がカバンから拳銃を取り出して構えていた。その様子を見て悲鳴をあげる女性もいるが、見慣れた光景とばかりに、チラっと様子を見て友人と談笑をしながらその横を通り過ぎていく女性2人組もいる。まさにカオスな状況だった。

拳銃を取り出して口論をする男性

世界一の富裕層が集う都市でありながら、状況が改善しそうな気配は見えてこない。いや、それどころか悪化の一途を辿っている。

最近、ホームレスにドラッグを売っているディーラーやその仲介者たちたちが、ホームレスたちにドラッグ代を稼がせるために、お店の窃盗をさせているという。お店から盗んできた盗品を安く引き取っては、街一番の大通りで堂々と路上販売しているのだ。

街の大通りでは窃盗した物品が堂々と販売されている

日本には、今でも世界的成功を収めたIT企業が集まるベイエリアに強い憧れを感じている人が少なくない。たしかにサンフランシスコの観光地の多くは、コロナ禍を経てもその美しさを保っている。富裕層が住むおしゃれな高級住宅エリアに行けば、相変わらず海や丘の景観は美しいし、遠くに見下ろす摩天楼の街並みにも息を呑む。

しかし、いざ街中に足を運んでみると、人のいないビジネス街を無人の自動運転タクシーが周回。高級ブランドと高価なグルメを求める観光客が賑わう地域から数ブロックも離れると、ドラッグに溺れたホームレスたちが、魂を失った状態で静止している。

今のテクノロジー社会のいびつな成功が生み出した「ディストピア(反理想郷)」を感じずにはいられない光景だ。


文・写真/林信行

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