【漫画あり】「これを人生最後の作品にしよう」。ダンサー志望から漫画家に転身した漫画家が描く『ワンダンス』が唯一無二のマンガだと確信できた1コマとは
集英社オンライン / 2023年7月7日 12時1分
2024年に開催されるパリ五輪の正式種目にブレイクダンスが採用されるなど、注目を浴びているストリートダンス。とはいえ、「どういう競技なのか、よく知らない」という人もいるのでは? そこでオススメしたいのが、知識なしでその深い魅力に触れられる本格ストリートダンスマンガ『ワンダンス』だ。著者の珈琲先生に、過去の挫折から現在の思いまで聞いた。(前後編の前編)
【あらすじ】
吃音症で自分の気持ちを表に出すのが苦手だった高校1年の小谷花木(こたに・かぼく)は、人目を気にせずダンスに没頭する湾田光莉(わんだ・ひかり)に憧れて、未経験のダンス部に入部。部長の宮尾恩(みやお・おん)や先輩の厳島伊折(いつくしま・いおり)、技巧派B-BOYの壁谷楽(かべや・がく)らと出会い、ダンスの魅力に目覚めていく。
あの頃の夢の続きを作品で…
――まずはストリートダンスを題材に選んだ経緯を教えてください。
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『ワンダンス』の作者・珈琲先生
珈琲 前作(『しったかブリリア』)や前々作(『のぼる小寺さん』)では、自分があまり経験していないことを描いてきたので、次はあまり人に言いたくなかった過去の失敗をちゃんと題材にした方がいいのかなと思ったんです。僕は19歳ぐらいで一度ダンスをやめていて、その時は「もうダンスに関わりたくない」と思っていたんですが、それから10年経って、夢の続きみたいなことが描けたらと。
集英社オンラインA(以下、編集A) おぉ! コミックス3巻のカバー袖にある著者コメントに「あの日の夢の続きを見せる。」とありましたよね。私も学生時代にストリートダンスに打ち込んでいて、報われなさを感じてきたので、あの言葉がめちゃくちゃ響きました。
珈琲 そうなんですね。
編集A ストリートダンスの動きを平面上で表現するってめちゃくちゃ難しいことだと思うんです。だけど、『ワンダンス』は、今まで見たダンスマンガの中で一番それに成功している。作中に出てくる音楽にもリスペクトを感じますし、「どんな方がこの作品を描いているんだろう?」と思って、お会いしてみたくて、今回インタビューをお願いしたしだいです。
珈琲 経験者にそう言ってもらえるとうれしいです。それ、記事に書いといてくださいね(笑)。
リアルなダンサーの姿を描く
――『ワンダンス』は、一凛高校ダンス部1年の小谷花木(カボ)と湾田光莉(ワンダ)のダブル主人公ですが、ご自身がダンス経験者ということで、カボと重なる部分はありますか?
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珈琲 カボ君はまわりからいじられても、その場を和ませるような返しをしてきためちゃくちゃ包容力がある人。ですから、人と接する時の僕とは全然違います。ただ、吃音は自分の経験を描いているので、重ねている部分もあります。あくまで僕の症状でしかないので、「共感してもらえるのかな?」という思いはありました。でも、実際に描いてみたら、吃音症の人から「すごいわかる」「勇気をもらいました」とか、まわりに吃音症の人がいるという方から、「このマンガのおかげで向き合い方がわかりました」ってDMが来て、よかったなと。
――前向きになれる作品ですもんね。自分の気持ちを表現するのが苦手だったカボが、少しずつ自分を表現できるようになっていく過程にグッときますし、カボとワンダの恋模様も気になります。とはいえ、恋愛ありきではないというか。
珈琲 カボ君がワンダさんのことをすげえ好きだと思うときもあれば、ダンサーとして本気でリスペクトしていたら、恋愛どころじゃなくなるんじゃないかという思いもあって。
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――本作は成長物語でもあるわけですが、先々の展開まで編集さんと打ち合わせをなさっているんですか?
珈琲 あまり打ち合わせをしない方だと思います。基本的にまず僕がプロットを送って、編集者ふたりが話し合って返事をくれて、それを受けて微調整してって感じですね。最初の大元のままいくことが多いです。
『ワンダンス』担当編集・ジュール氏 「こうしてほしい」とかではなく、「次はこれが見たい」といった伝え方をすることが多いですね。
珈琲 ストリートダンス文化って、思いっきり中指を立てたり、相手の身体的特徴をストレートに言う側面があるじゃないですか。そこで、「この表現だと嫌がる読者がいるかも」と指摘してもらうことも。どこまで避けるのか難しい部分ではありますが、よかったなと思うこともあるんです。
ダンスが題材の邦画やドラマって、ダンサーが日常でも高圧的に描かれていたりするんですが、実際のダンサーは優しくて、自信がなかったりする人も多い。編集者のおかげで、そこはリアルに描けているんじゃないかと思います。
ダンス素人の読者を引き込む戦略
――ダンサー同士の会話もリアルですよね。専門性の高い作品だと、説明役から「これは〇〇ということか!」みたいな合いの手が入りますが、『ワンダンス』にはそれがない。なのに、いつのまにかダンスやバトルの見どころや楽しみ方がわかると言いますか。
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作者の珈琲先生自身も多彩なダンスを踊れる
珈琲 最初の1、2巻ぐらいまでは説明したほうがいいのかなと思っていましたが、マンガというより教科書みたいになってくるので、それはやめようと。読者の中には特にダンスのことが好きじゃない人もいるわけで、その人達に読んでもらうために、共感も大切にしました。例えば、ダンサーを超人のように描くと、読む方も入っていけないじゃないですか。ダンサーも家でご飯を食べて、家でトイレして、夜寝ているので、そういった生身の部分を描くようにして。
――1巻の見開きのインパクトもすごかったです。「この作品は長く続きます」という決意表明のようにも感じました。
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珈琲 最初の頃は、「これを人生最後の作品にしよう」ぐらいの感じでやっていたので。だけど、あれだけキャラクターを作ったのに実際にしゃべるキャラクターはあの半分も出てきていないし、今は何か他の題材も描いてみたいと思ったりしています。
――長く続けて欲しい半面、違うジャンルの作品を読んでみたい気もします。ところで、連載序盤の集団ダンスからバトル形式に進んで、一段とギアがあがりましたよね。
珈琲 僕自身がソロでフリーで踊っていたので、それが一番楽しいと思っているんです。だけど、「ダンス」と聞くと振り付けのある集団ダンスを思い浮かべる人が多いじゃないですか。だから、最初は集団ダンスから入って、意識的にバトル文化との対立構造にもっていったんです。
ビートのある音楽で踊ってほしい
――そこも戦略だったんですね。ところで『ワンダンス』というと、やはりダンスシーンの斬新な作画だと思います。どうやって描いていらっしゃるんですか?
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珈琲 最近は自分でポーズをとって、写真を撮って、それを下書きにしています。最初の頃に発見したなと思うのは、振りぬく動きがあったとして、ムーブ後の決めポーズより予備動作を描いた方がカッコいいということ。後者を見ただけで、次にこういう動きがくると頭の中で補完されるじゃないですか。ブレイクダンスはキメのシルエットがカッコいいので、実は一番描きやすいですね。難しいのはロック(ストリートダンスの一種で立ちダンス)。動きの繋がりを見せなきゃいけないので。
編集A 例えばJAZZを題材にしたマンガ『BLUE GIANT』(石塚真一)もそうですけど、静止画なのに本当に音が聞こえてくるように感じるじゃないですか。『ワンダンス』も画面から音が聞こえてくるような、会場の一体感や熱気も伝わってきます。
珈琲 『BLUE GIANT』は僕も読みました。決めゴマが真っ黒なバックに楽器を持っている絵なので、擬音がない方が読者に想像してもらえていいなと思って、ダンスバトルでは一切、擬音を描かないようにしています。
――ダンスシーンのエフェクトには、光の玉やバイタルサインみたいなヤツが描かれていますよね。
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珈琲 あれはビートです。ストリートダンスは絶対にビートのある音楽を使うので、社交ダンスやバレエとは違うんですよということを強調するために描いています。僕はとにかくビートのある音楽で踊ってほしいので。
――だから、作中にミュージカリティ(音を捉え、音楽を楽しむことができる能力)という言葉が頻出するんですね。
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珈琲 そこも意識的にやっています。ダンスってどうしてもフィジカルな面に目がいきがちじゃないですか。それもあって、体の使い方や体力面のキツさを描いたダンスマンガが多いと思うんですけど、前提として音を聞かなければダンスではない。実は、僕が挫折した部分もそこなんです。即興で踊りながら、音が聞けなかった。
――そうなんですか?
珈琲 今は聞けるんですけど、当時は「おれ、こんなエグいムーブできるんだぜ」っていうのを見せたくて、フィジカルに重点を置いていたんです。ところがある時、先輩から、「お前がやってるのはダンスじゃない」と言われて。愛あってのアドバイスなんですけどね。それから10年ぐらいたって、「音を聞くってこういう感覚か」というのを理解できて、他の作品と差別化するために、あえてこのマンガでは、「音楽こそが全てだ」という描き方をしています。
――コミックス8巻カバー袖の著者コメントに、「当時あれだけ練習しててもわからなかったことが、描いてみたらあっさり気付くことがある」とありました。
珈琲 そうなんです。やはり、描くために(ダンスを)よく見るようになって、気付くことが結構あって。自分も少しだけダンスが上手くなりました(笑)。
『ワンダンス』第1~2話を読む
漫画は下のボタンをクリック
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/07/03094316111410/0/003_01.jpg)
取材・文/山脇麻生 撮影/名越啓介
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