給食中にクラスメイトをフォークで刺した加害者―薬をうまくコントロールできない発達障害の子供たち
集英社オンライン / 2023年7月10日 10時1分
発達障害の子供たちの中には、医者から処方された薬をうまくコントロールできていない子も少なくない。福岡商業施設女性刺殺事件の加害者もその一例であると考えられている。
少年院で「薬漬け」に…
コロナ禍の2020年の真夏の8月、福岡市内のショッピングモール「マークイズ福岡ももち」で、15歳の少年による無差別殺人が起きた。
事件の2日前まで、加害者の少年は少年院に収容されていた。彼はそこを出てから一度は更生保護施設に入ったものの、翌日に脱走。その後、福岡市内をさまよう中で、21歳の女性に目をつけ、女子トイレに押し入って性行為を求める。だが、女性から断られたことに腹を立て、包丁で刺殺したのである。
この少年は小学生の頃に発達障害があると診断され、小学校中学年の頃から精神病院、児童自立支援施設、医療少年院など複数の施設をたらい回しにされていた。だが、家庭環境の劣悪さと障害が合わさり、それらの施設で暴力的なトラブルをくり返した。そのため、少年院にいた頃には医者から精神を落ち着かせるための薬を処方され、「薬漬け」の状態になっていた。
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後に少年は、拘置所で私と面会した際、次のように語った。
「少年院とかで薬を飲んでいる時は24時間ボーとしているだけでした。食欲もわかないし、なんか自分が生きているかどうかもよくわからない感じです。それで少年院を出ることになった途端、いきなり薬を止めさせられ、今度はぜんぜん違う人間になったみたいにグチャグチャになりました」
一般的に少年院を出た後に薬の継続的な服用が期待できない場合は、在院中に薬を抜いた状態に慣れさせる場合もある。だが、出院の直前にいきなり薬を止めれば、それまで薬で抑えていたものが噴き出し、異常な精神状態になるケースも見られる。彼の場合が、まさにそうだったのだろう。
そして彼は「グチャグチャ」のまま白昼の凶行に至ったのである。
発達障害の少年たちの非行問題を取材していると、医者から処方された薬をうまくコントロールできていない人に出会うことが少なくない。
家庭、学校、学童、習い事、地域行事などにおいて、現代の子供たちは昔以上に「規律」に従うことが求められている。教員が学級崩壊を防ごうと管理教育を強めたり、親が子供にGPSを持たせるなどして行動を監視したりしているのがそのあらわれだ。
「発達障害だから暴力を振るうわけではない」
厳格な規律に縛られた社会では、輪を乱す行動をするような子供はすぐに目をつけられる。そして病院で発達障害と診断されれば、その日からケアの対象となり、人によっては発達障害の特性を抑える薬が処方される。
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大半の子供にとって薬を服用することはプラスに作用する。心が落ちついたり、他人の話に耳を傾けられるようになったり、不用意な発言がなくなったりするのだ。多少の副作用はあるものの、生活そのものは安定するといえる。
しかし、それを実現するためには落ち着いた生活環境の中で、周囲の協力を得ながら、その人に合った薬を適切に服用する要がある。逆にそうした環境がなく、適した薬の服用ができなければ、子供たちは精神をかき乱されてしまう。
拙著『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』(平凡社新書)でインタビューをした医師は次のように語っていた。
「発達障害だからといって暴力を振るうわけではありません。彼らの特性が暴力を生む場合は、彼ら自身が親の虐待など暴力的な環境で育ったケースが多いといえます。彼らは親を真似して暴力を振るったり、二次障害として行為障害から反社会的なことをしたり、劣等感が膨らんで自暴自棄な行動に走ったりするのです」
少年院などの矯正施設で、医者から薬を処方されているのは、こうした子供たちが少なくない。薬の服用によって彼らの荒れた言動はある程度抑えられるが、同時に副作用を抱えることになる。少年院でよく聞くのが次のような言葉だ。
「薬を飲む前は寝ている間もイライラしていて、目が覚めたらそばにいる人に暴力を振るっているような状態でした。ここで薬を飲みだしてからイライラは収まったけど、すごくだるい状態がつづいています。頭痛や吐き気もあります。なんか体が自分の体でなくなったようで、運動するのもだるくて、ずっと半分寝ているような感じになります」
あるいはこんな意見もあった。
「心が落ちついて楽にはなるけど、楽しいとか、嬉しいといった感情がなくなります。何かをひらめくとかもない。ただ静かに生きてるみたいな感じ」
劣悪な家庭環境で育ち、常に激しいイラ立ちの中で生きてきた子供にとって、薬によって心の安定を得られるのは決して悪いことではないだろう。副作用はあれど、周りと衝突せずに済んでいるという自覚は生まれる。
福岡商業施設女性刺殺事件の場合
ただし、少年院は周りの大人がすべて理解者であり、24時間見守ってもらえている特殊な環境だということだ。そこから離れた場合、彼らは適切に服薬することができなくなり、トラブルを起こすことがある。先の医師は次のように語る。
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「かなりひどい暴力を振るう子供たちは、家庭が壊れていることが少なくありません。親が暴力を振るう、親自身が発達障害や精神疾患に悩まされている、親が子供をネグレクトしているといったことです。
そうなると、医者が薬を飲んだ方がいいとアドバイスして処方したところで、子供たち本人がそれを正しく服用することができません。少年院で医者や法務教官が24時間生活の管理をしていればいいですが、そこを出てしまえば家族の支援がないので自力ではそれができない。それで勝手に薬の服用を止めたり、飲んだり飲まなかったりすることで、逆に子供たちが苦しい状況に陥ることがあるのです」
冒頭で述べた福岡の殺人事件の加害少年がまさにそうだろう。彼が処方されていたのは薬の中には発達障害用以外のものも含まれていたようだ。しかも、親は出院後の息子の引き取りを拒否していた。そうした状況でいきなり薬を止めさせ、出院させたのだから、突然精神のバランスを崩した状態で社会に放り出されたのと同じだ。
私は他にも、発達障害の子供が薬のコントロールができずに起こした事件をたくさん知っている。
たとえば、ある17歳の少女は幼少期から激しいイラ立ちに心をかき乱されており、目の前にいる人にほとんど無差別的に食ってかかるような状態だった。小4の時に再婚した養父が見るに見かねて病院へ連れて行き、複数の薬を服用するようになり、少しは精神状態が落ちついた。
だが、中2年の時、その養父に少女は性的虐待を受ける。それで少女は家出をするのだが、同時に医療機関とのつながりが絶ち切られ、薬を服用することができなくなった。彼女は再び激しいイラ立ちに苛まれ、夜の街で通行人を襲って暴力を振るうなどの行為をくり返した。そして最後は逮捕され、少年院へ送られることになった。
これとは反対のケースもある。15歳の少年は、教育に厳しい両親の元で育った。少年はADHDで集中力が続かず、動き回ってしまう特性があった。両親は勉強に集中させようと病院で薬を処方してもらった。
「発達障害は薬を飲めば治るものではない」
服用をはじめて間もなく、少年は落ち着つくようになり、勉強にも集中できるようになった。だが、薬の副作用として非常に攻撃的な性格になった。誰かが悪口を言っているのではないかという被害妄想に囚われ、些細なことで他人に怒鳴り散らしたり、つかみかかったりするようになったのだ。
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少年が事件を起こしたのは、中学2年の時だった。給食中にクラスメイトとくだらないことで口論になり、激昂した彼は相手をフォークで刺したのだ。その後、彼は薬の副作用で攻撃的になっているとされ、服薬を中断するように指示されたが、教育熱心な両親は別の医療機関へ行ってまた薬を出してもらい、少年はさらに複数回にわたって暴力事件を起こすことになった。
このように見ていくと、薬を適切に使えるかどうかが、その子の生きやすさ、生きづらさに直結することがわかるだろう。先の医師は次のように述べる。
「発達障害は風邪とは違って薬を飲めば治るものではありません。だから、本来は薬を飲まないでもある程度うまく生きていけるようにしなければならないのですが、それをせずにとにかく薬を飲ませろというふうになると、コントロールできる環境や力のない子供たちが不利益を被る可能性があります。薬はコントロールできて初めて意味のあるものになるのだということは認識しておく必要があるでしょう」
社会の寛容さが失われ、医学が発展すればするほど、偏った特性を薬で抑制しようという空気は強まるかもしれない。ただ、薬を適切にコントロールできる人とそうでない人がいることは、社会が把握しておかなければならない。
取材・文/石井光太
★取材協力者募集
シリーズ「発達障害アンダーグラウンド」では、発達障害の人々が抱えている生きづらさが社会の中で悪用されている実態を描いています。発達障害は、時として売春、虐待、詐欺、依存症など様々な社会問題につながることがあります。もしそうしたことを体験された人、あるいは加害者という立場にいた方がいれば、著者が取材し、記事にしたいと考えています。プライバシーや個人情報をお守りすることはお約束しますので、取材を引き受けていいという場合は下記までご連絡下さい。
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