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被害者のことを「今さらそんなことを考えても仕方がない」と答える受刑者も。福祉施設化する刑務所と「更生」の意義

集英社オンライン / 2023年7月10日 19時1分

強盗殺人の罪によって無期懲役囚となった1人の男。彼は当時日本で最長とみられる61年の服役期間を過ごしていた。取材班が長く向き合うことになる日本一長く服役した男との出会いを、『日本一長く服役した男』(イースト・プレス)から一部抜粋・再構成してお届けする。

“反省”のためのプログラムは

では、改善更生のための刑務所のプログラムは、どのようになっているのだろうか。

かつての刑務所は、1908(明治41)年に制定されて以来、100年近く続いた「監獄法」のもとで運用されてきた。その枠組みでは、受刑者の社会復帰や改善更生に向けた処遇方法が十分に定められていなかった。

そんな中、名古屋刑務所で事件が起こる。2001(平成13 )年に刑務官が集団で受刑者の下着を脱がせて消防用ホースで水を浴びせて死亡させ、翌年には別の複数の刑務官が、革手錠付きのベルトで受刑者2人の腹部を締め上げて死傷させた。相次いで発生したこの事件をきっかけに、受刑者の人権への配慮が欠如しているなどの批判が強まり、ついに監獄法は全面改正されることとなった。



そうして2006(平成18)年に施行されたのが、「受刑者処遇法(刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律)」で、さらに翌年にその一部を改正した「刑事収容施設法(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)」が施行されると、受刑者の改善指導の柱として教育プログラムが整備され、「特別改善指導」が行われるようになった。

特別改善指導とは、薬物依存があったり、暴力団員であったりと、社会復帰に向けて特別なハードルがある受刑者に対して行われる専門的なプログラムである。依存や組織からの離脱を目指すものなど、種類は全部で6つある。

殺人などの重い罪を犯した受刑者には「被害者の視点を取り入れた教育」が行われる。自らの罪の大きさと向き合い、被害者や遺族の苦しみや心の傷を認識させるカリキュラムが組まれ、再び罪を犯さない決意を固めさせるとともに、遺族に対する誠意を持った償いを促していく。

では実際、彼らはどう向き合おうとしているのか。私はその場を取材する機会を得た。

「更生」とは、一体何なのか

この日は、少年院でも勤務経験を持つ教育専門官と呼ばれる職員が、80代の高齢受刑者と面談をしていた。

「犯した罪はなんですか?」
「強盗殺人です」
「刑期は?」
「無期です」

最初は、本人確認のような質問が続いた。この受刑者は高齢だが、口調ははきはきとしていて、認知機能の衰えはさほど感じられない。

「今、事件を振り返ってどのように思いますか?」
「本当に申し訳ないことをしたと思っています」
「被害者のことを今でも考えることはありますか?」
「いや、考えないようにしています」
「それはなぜですか?」

職員の顔が急に険しくなった。黙った受刑者に対し、質問が繰り返される。

「考えないようにしているのは、どうしてですか?」

長い沈黙が続く中、静まり返った部屋で、職員は受刑者が口を開くのをひたすら待つ。本人は何と答えるつもりなのか。その場にいた私の心拍数も上がっていく。張り詰めた空気を感じ、取材でなければ、この気まずい空間から出て行きたいところだった。

「なんというか、今さらそんなことを考えても仕方がないというか」

間髪入れずに職員が尋ねた。

「その言葉を被害者が聞いたら(被害者は)どう思うと思われますか?」
「被害者には申し訳ないことをしたと思っています」

これまでのやりとりが最初に戻ってきたような気がした。その後、職員が質問を変えてみても、高齢受刑者は「申し訳なかった」という言葉を繰り返すだけだった。同じ場所をぐるぐるとループしているようで、その先に進む気配はなかった。

彼は確かに反省の言葉を口にしている一方で、この場をやり過ごそうとしているようにも見えた。自分の心を守るための防衛反応として思い出したくなかったのか、この職員との相性が悪かったのか。あるいは長期にわたる服役で、もはや自暴自棄になってしまっていたのか。この日しか見ていない私には、彼がなぜそういう態度をとったのか、真の理由はわからなかった。

刑務所の取材では、耳にたこができるほど「更生」という言葉を聞く。しかし、現場を目にすると、「罪と向き合いながら、再犯せずに社会で生きていく」という、私の思い描いていた「更生」は、現実とかけ離れているように見えた。受刑者を隔離して反省させる場所として考えていた刑務所は、少なからず福祉施設の機能も果たしていた。そこで服役する高齢受刑者の中には「更生」どころか、罪を認識しているかも危うい者がいる。

どうやら私はあまりにも「更生した/していない」という二分化した考えに囚われすぎていたのかもしれない。「更生」とは、一体何なのか。

知らずと紡がれた糸

2019(令和元)年6月、モヤモヤとしたまま私は、刑務所の高齢化の様子を、熊本の地域ニュースで特集として放送した。テーマは「福祉施設化する刑務所」。どこかで見たような内容だった。

刑務所のVTRはわずか3分半ほど。考えがまとまらぬまま勢いでロケ・制作をしたため、切り口となるような問題意識がはっきりしないままだった。普段目にすることが少ない刑務所の映像にはインパクトがあったものの、それ以上は何も伝えられていなかった。

「本質をついていない……」。自分でそう感じていた。

放送を終えてからしばらくして、先輩の杉本記者から仕事終わりに「ちょっとメシでも食わないか」と誘われた。杉本記者は、私の2つ上の先輩だ。一緒にサツ担をしていた時期もあり、ときどき飲みに行く仲だった。以前から「生きづらさ」をテーマに受刑者の社会復帰などを取材していて、刑務所や受刑者の立ち直り支援の動向にも詳しい。そのため放送前からよく相談に乗ってもらっていた。

職場近くの適当な居酒屋に入ると、さっそく、先日の特集の話になった。

「この前の企画は、不完全燃焼だったな」

事情をわかってもらっているだけに、その一言はずっしりと重く、返す言葉が出てこなかった。私は反省せざるを得なかった。

そんなとき、杉本記者は思いがけない言葉を口にした。

「木村、60年以上服役した無期懲役囚が、今度仮釈放されるのを知っているか?」
「それって……」

記憶を辿ると、刑務所で見たある光景が浮かんできた。

刑務所内でロケをしていたときのことだ。その日は、高齢受刑者と職員の面接の様子を撮影できることになっていた。

一人の受刑者が刑務官の付き添いのもと、一礼して面接室に入ってきた。男は高齢で痩せこけていて、腕の血管がくっきりと浮かび上がっている。介助はなく、自力で歩けるようだが、背中は少し曲がり、挙動は安定しない。職員の机の前に置かれた椅子の前に立つと、再び一礼をした。

「番号と名前を確認します」
「○○番、△△です」

この日は、仮釈放に向けた意思確認などを行う面接だった。受刑者と対面しているのは、社会福祉士の資格を持つ福祉専門官だ。2、3の確認の後、福祉専門官は受刑者にこう尋ねた。

「△△さんは、刑務所に入って何年くらい経ちますか?」

男は答えない。
長い沈黙が続いた。
しびれを切らした福祉専門官が「わからないですかね?」と追加で尋ねる。

「はい」

男はあっさりと答えた。何年入っていたのかも思い出せないほど、記憶力が低下しているのか。あるいは、よほど長期にわたって服役をしていて数えるのもやめてしまったのか。

「今、おいくつになります?」
「80ぐらい」
「正確な年齢はわからないですか?」
「はい」

ここでもあっさりと回答した。やはり認知機能に若干の衰えがあると見受けられる。

「外に出たら何がしたいですか?」
「仕事をしたいです」

その意志だけは明確だった。社会復帰後の就労を望んでいるようだ。

職員は他にも、社会に出てから心配なことはあるかなど質問を重ねたが、男からはっきりとした答えを得ることができないまま、面接は終わってしまった。正直よく分からない面接だった。

男は無期懲役囚だった。この時、刑務所は高齢受刑者などを対象にした特別な制度を利用して、仮釈放に向けた手続きを進めていた。恥ずかしながら、このとき無期の受刑者の仮釈放がどういう意味を持つのか知らなかった私は、この男にそこまでの注意を払っていなかった。ましてや、これから密着取材することなど、このときは想像もしていなかった。

男が犯した罪は強盗殺人。服役期間は当時日本で最長とみられる61年に上った。

そう。この男こそ、後に私たち取材班からAと呼ばれ、1年以上にわたって向き合い続けることになる「日本一長く服役した男」だった。

日本一長く服役した男

NHK取材班 杉本宙矢・木村隆太

2023年6月19日

1,990円(税込)

四六判/336ページ

ISBN:

978-4-7816-2216-3

男は何故、61年も服役しなければならなかったのか。
更生と刑罰をめぐる、密着ドキュメンタリー。

令和元年秋、1人の無期懲役囚が熊本刑務所から仮釈放された。
「日本最長」61年間の服役期間を経て出所したのは、80代のやせ細った男。
出所後も刑務所での振る舞いが体に染みつき、離れないでいた。
男はかつてどんな罪を犯し、その罪にどう向き合ってきたのか?

一地方放送局の記者2人とディレクター1人の取材班は、男に密着取材を行った。
更生の物語を期待し、取材を進めるものの、一向に態度が変わらない男。
それでも彼らは、この謎めいた男がなぜ服役し、どう罪と向き合ったのか
伝えることをあきらめなかった。
取材班が一丸となって、各々の巧みな取材手法を使い分け、番組制作を進めていった。

度々の全国放送が見送られつつも、
いよいよ放送前日となったある日、取材班に衝撃的な連絡が入った。
その時、彼らがとった行動とは――

「更生」とは。「贖罪」とは。そして「報道」とは。
3年にわたる取材の全記録。

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