「わかってる! 今だけだから! フィリピンにお金送るのも!」毎月20万以上を祖国に送金するフィリピンパブ嬢と結婚して痛感する「出稼ぎに頼る国家体質」
集英社オンライン / 2023年7月11日 19時1分
研究と調査の一環で訪れたフィリピンパブで、ホステスとして働いていたミカと出会い、結婚した著者(中島弘象氏)。日本に住んでいるミカの姉一家のアパートの一室に居候し生活をする国際結婚家庭のリアルな姿を『フィリピンパブ嬢の経済学』(新潮新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
月10万円以上+医療費、学費……終わらない送金
ミカとの結婚生活の中で、僕にとっての一番の問題は、フィリピンへの送金にまつわる問題だ。
ミカが日本に来た理由は、フィリピンの家族を経済的に支援するため。出会った時は、ミカは月6万円しか給料がなかったにもかかわらず、毎月その半分の3万円を送金していた。マネージャーとの契約を終えてフリーとなり、毎月何十万と稼げるようになると、送金額は増えていき、月に10万円以上送金するようになった。
結婚すれば少しは送金について考えてくれるのでは、と淡い期待を抱いたこともあったが、むしろ金額は増えていった。
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写真はイメージです
「いつまでフィリピンに送金するの?」
「私が仕事してる間はお金送るよ。フィリピンの家族助けたいもん」
結婚したばかりの頃は、僕も定職に就いておらず、ミカの姉の家に居候し、ミカの収入に頼って生活していた。だから送金に対しても特に不満を言うことはできなかった。
だが、フィリピンの家族の生活費、病気をしたら医療費、学校が始まる時期になると学費に加え、急な出費もすべて日本から送らなければならない。この先いつまで送金が続くか不安になる。
国民の1割が海外で出稼ぎ労働者になるフィリピン
フィリピンは国民の1割が出稼ぎ労働者として海外に出ている、出稼ぎ大国だ。フィリピンの国際空港には、海外出稼ぎ労働者専用口がある。その数の多さが窺い知れる。また、こうした専用口を作る以外にも、海外雇用庁や海外労働者福祉局があり、国として海外出稼ぎ労働者に対して、様々な支援を行っている。いわば国をあげて、海外出稼ぎを推奨しているのだ。
海外からの送金は、国のGDPの実に1割程度に当たる。ショッピングモールには、送金会社が何社も入っているし、街中にも外貨両替所が至る所にある。
こうした海外からの送金で生活が成り立っているフィリピンの家族は多い。頭では国同士の経済格差、フィリピンの海外出稼ぎの仕組みや、海外送金によりフィリピンという国の経済や家族が支えられているということは理解できる。日本に出稼ぎに来たミカと結婚するということは、自分もこうした仕組みの中に組み込まれるということも理解していたつもりだった。
それでも、実際に毎月の定期的な送金や、臨時送金として大きな金額をフィリピンに送るのを間近で見ると、頭ではなく感情の部分で「大変だな」と思ってしまう。
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日本に来るために、マネージャーとの間で結んだ契約は、奴隷契約といえど、切れれば自由の身となれる。だが、フィリピンの家族への送金は終わらない。いつまで毎月大金を送り続けなければならないのかわからない。
ミカがフィリピンパブ勤めを終え、妊娠、出産し、姉の家を出た後も、毎月、少額でも生活の足しになればと送金は続いていた。僕だけの稼ぎの中から、家賃、光熱費、食費などを払い、残った僅かな金の中からフィリピンへ送金する。
正直、日本での生活は楽ではない。それでもフィリピンからは、「お金を送ってくれ」という連絡が頻繁に来る。生活費としての定期送金以外にも、病院代はもちろん、ビジネスで急に資金が必要になった、車のローンを払ってくれなど、そういった金の無心にも対応しなければならない。ミカが働いていない今、その金を出すのは僕だ。
「明日お母さんの誕生日だから、1万円送るからね。お金ちょうだいよ」と、仕事から帰ってきてまず聞くのが、フィリピンへの送金話という時は、さすがにガクッと力が抜ける。
「日本はお金持ちの国だと思ってるからね」
フィリピンの親戚からは、電話やメッセンジャーで「食べるものがないから食費を送ってくれ」「病気だから薬代をくれ」と何度も連絡が来る。家族には送金をしろと言うミカだが、親戚からの要望に関しては、「全部無視して。お金ちょうだいしか言わないから」と言う。
ミカの携帯には、未読メッセージと、出なかった着信履歴の山が残されている。ミカに連絡がつかない親戚たちが、夫の僕に連絡をしてくる。僕もやりとりするうちに、すぐに「お金を送ってほしい」というお願いに変わるのに疲れ果てて、返信をしなくなった。
「日本はお金持ちの国だと思ってるからね」とミカは言う。今は確かに、フィリピンに比べれば日本の方が経済的に豊かだ。フィリピンでは、僕が日本人と分かると「私も日本に行きたい」といってくる人は多いし、実際に日本で働くことを目指している友人もいる。
だが実際は、いくらでも送金をできるほど豊かな生活ではない。サラリーマンとして貰える給料は額面上の金額から厚生年金、健康保険、住民税など、かなりの額が引かれるから、手取りにすると驚くほど少なくなる。そこから、生活費を捻出するのだから、正直、余裕はない。
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90年代に興行ビザで来日し、その後日本でシングルマザーとして3人の子供たちを育てたあるフィリピン女性はこういう。
「日本はお金持ちの国だと思った。昔はいっぱい稼いだこともあった。でも自分で生活してみると大変。毎月、家賃、ガス、水道、保険、子供の学費。そんなん払ったらお金ない。日本で何のために仕事をするか。それはお金持ちになるためじゃない。支払いをするため。でもフィリピンにいる家族はそのことをわからない。だからずっとお金ちょうだいばかり言う。こっちの生活のことなんてわからないし、考えない」
日本に対して、金持ちの国というイメージしか持たないフィリピンの家族や親戚たち。ミカも、遠く離れた家族を心配させたくないから、大変な部分は見せようとしない。フィリピンに帰る時は大量の土産を持参し、家族に小遣いをあげ、日本で「成功」しているようにみせる。だから家族からの急な金の無心にも、何としてでも応えようとする。
いい加減、断ってくれよ、フィリピンへの送金で夫婦喧嘩に
当然、我が家の夫婦喧嘩の原因の多くは、フィリピンへの送金についてだ。僅かばかりの貯金ができても、フィリピンの家族からの要請で送らなければいけない時もある。
「いい加減、断ってくれよ。日本での生活もあるんだよ」
「私も頑張ってるじゃん。ずっと自分の欲しいもの買ってないよ。全部ご飯と子供のため、私の分は何もいらない。だから少しはフィリピンに送ってあげてよ」
「こんなんじゃいつまでたってもお金なんて貯まらない! 子供が大きくなってからもっとお金かかる!」
「わかってる! 今だけだから! フィリピンにお金送るのも!」
「今すぐ止めて!」
と、大喧嘩になる。
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フィリピンへの送金は、出稼ぎで来日したフィリピン女性と結婚すると、必ず直面する大きな問題だ。「フィリピンの家族を支えられる範囲で送る」という人もいれば、「フィリピンには送らせない」や「フィリピンに送る分は奥さんが稼いだ中から送る」など、いろいろな意見を聞く。どれが正しくてどれが間違っていると言いづらいのは、その家庭のことだからだ。
我が家の場合、フィリピンへの送金をどこまで許すか、明確な数字やルールを決めることもできず、いまだに夫婦で意見が分かれている。結局、ミカに金を渡してしまったものの、僕が腹を立てて1人で部屋に籠ったり、しばらく互いに口を利かなくなることもある。
それでも、送金に一番悩んでいるのはミカだということも、近くで見ていてわかる。普段から自分の欲しいものは我慢し、服もカバンも何年も同じものを使っている。少しでも安い、半額になっている商品を買ったり、毎月の食費を計算しながら買い物をしている。ミカは普段は家計を気遣いながら、慎ましい生活をしている。
フィリピンの親族から金をせびられまくるフィリピンパブ嬢
「頭痛いわ、ほんとに。お金ばかり」
相変わらずのフィリピンからの送金の要請に、ミカはしばしば頭を抱える。「食べ物がなくなった」「電気代が払えない」「歯が痛いから歯医者に行きたい」、困ったことがあれば、全てミカに連絡が来る。ミカも何とかして送金をするが、どうしても無理な場合は「今はお金ないから送れないよ」と言うと、
「じゃあ、誰が家族の面倒を見るの⁉ 家族大事じゃないの⁉ 見捨てるの⁉」と、責められる。ミカはため息をつき「何とかするから待ってて」とだけ言う。
フィリピンパブで働いていた時、収入が少ない月は客からプレゼントしてもらった金のブレスレットを質屋に入れ、送金したこともあった。
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そうした苦労を間近で見てきたからこそ、「ひどいな、今までミカが頑張ってお金送ってたのに。何にも苦労知らないんだな」と声をかけた。
「昔の方が楽しかったな。お金なかったけどみんな仲良かった。今は皆お金が欲しいだけ。なんか寂しい」少なくとも昔は、皆がミカに金の無心をすることはなかっただろう。だが今は「久しぶり、元気にしてる?」の次の言葉は「お金を送ってほしい」だ。
「家族が大事じゃないの?」と言うフィリピンの家族は、日本にいるミカを大事にしているといえるのだろうか。ミカは、「送金をするな」という僕からのプレッシャーと、「送金しろ」というフィリピン家族からのプレッシャーの狭間で、悩み続けている。
そして送金をめぐる最大の喧嘩は、夫婦間におさまらないものとなった。
毎月20万円以上の送金
ミカが妊娠をしたのを機に、僕たち夫婦は今後の生活について真剣に考えるようになった。僕は毎日、日雇いに出るようになり、ミカはお腹が大きくなるまでフィリピンパブで働いていた。僕は生活費を稼ぎ、ミカは産まれてくる子供のために少しでも金をためようと働いていたが、お腹がだんだんと目立つようになり、フィリピンパブの仕事を辞めた。
この時から、僕の収入だけで生活するようになった。ミカに、いくら貯金できたかきいてみた。
「お金全部フィリピンに送っちゃった」
貯金は、なかった。稼いだ金の大半は、フィリピンに送金をしていたという。
「え⁉ なんでそんなに送ったの⁉」
「しょうがないじゃん。フィリピンの家族大変なんだもん」
僕がミカから聞いていた毎月の送金額は10万円だった。だが、実際は毎月20万円以上フィリピンに送金していた。
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日本といえど、月に20万円を稼ぐのは、簡単なことではない。それを丸ごとフィリピンに送っていたのだ。今まではミカが稼いだ給料から送っていたから何も言わなかったし、詳しくも聞かなかった。だがこれからは違う。僕たち2人だけではなく、子供も育てていかなければならない。
「いつまでもこんなに送金はできないよ。何のためにフィリピンパブで働いてたの? 子供のためじゃないの? どっちの家族が大事なの?」
「もうわかったから」
送金額の大きさと、まったく貯金していなかったことに驚き、互いに大きな声を出してしまった。
この時は、まだミカの姉の家での居候生活中だったから、ミカの姉と母に送金でもめているのを聞かれてしまった。ミカのお腹もだいぶ大きくなってきていた。
『フィリピンパブ嬢の経済学』 (新潮新書)
中島 弘象
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2023年6月19日
902円
240ページ
978-4106110023
フィリピンパブ嬢との出会いと交際は、すったもんだの末に見事ゴールイン。これで平穏な日々が訪れるかと思いきや、妻が妊娠。新たな生命の誕生とともに二人の人生は新たな局面に突入する。初めての育児、言葉の壁、親族縁者の無心と綱渡りの家計……それでも「大丈夫、何とかなるよ」。異文化の中で奮闘する妻と支える夫の運命は? 話題作『フィリピンパブ嬢の社会学』に続く、抱腹絶倒のドキュメント第二弾!!
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