昨年8月に発売された漫画『地元最高!』は、女子の日常を描く王道の人気ジャンルだが、その内容が異色かつ斬新なテーマで「イカれてる!」「沼る」と話題になった作品だ。可愛い絵柄やキャラクターとは裏腹に、暴力やクスリ、虐待や貧困などにまみれた物語が展開する。
【漫画あり】最もコスパのいい拷問とは…ヤキ入れで大切なのは「相手に本気で今日、ここで死ぬんだ」と思わせること。問題作『地元最高!』を手がける会社員・草下シンヤ
集英社オンライン / 2023年7月26日 19時1分
裏社会をテーマにした書籍編集者、作家、漫画原作者だけでなくYouTubeのプロデューサーなど多彩な顔を持つ草下シンヤ氏。昨今では有吉弘行、aiko、香山リカといった著名人からSNSで取り上げられ、Twitterのフォロワー数は22万人を超える話題の漫画『地元最高!』のヒットが記憶に新しい。そのヒットの裏側とは…。
可愛いキャラクターたちが残酷な日常を生きる問題作
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『地元最高!』の主要キャラクターたち
草下氏は「漫画だから笑えたり、面白がれるものにしなければいけないけど、できるだけリアリティを求めるようしている」という。どのようにして作品づくりに関わっているのかを聞いた。
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編集者・草下シンヤ氏
「漫画家のusagi氏とは以前から付き合いがあり、ラッパー・D.Oの書籍や私が書いた小説『半グレ』の表紙絵を頼んでいました。その彼が2021年にTwitterで『地元最高!』の連載を始めたんです。
彼はキラキラ系や爽やかさ全開の王道系女子による日常マンガではなく、田舎のリアルなアウトローな少女たちの日常を描く漫画をやりたいと言っていました。Twitterを見て“ついに始めたかー”と思いました。
1話目から十分面白かったけど、編集者としてもっと世界観を掘り下げられると直感しました。それですぐusagiさんに電話して『編集、手伝いましょうか』『お願いします』って感じで協力するようになったんです」
草下氏が実際に物語構成に関わるようになったのは、主人公格のシャネルちゃんがほのぼのとしながらも、かなりエグいものを売っている露店商の様子が描かれた6話目からだという。
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草下氏が編集として入った6話目の1コマ
「これはネーム段階では2ページでした。しかし、もう少し現場の情報がほしいと思い、モデルにしている関西地区で実際に今も開かれている“泥棒市”の様子のリアリティを強化するために1ページ増やしました。
片方だけ売られた靴や、ピカピカに磨かれた10円玉を20円で売る様子などは実際に見られるものですし、『そのクスリは遊べるけど、大事なものたくさん落としちゃうから気をつけてね』というのもusagiさんが実際に聞いた言葉です」
このモデルとなった“泥棒市”は、一般的なフリーマーケットの感覚ではあり得ない商品が売買された露店で、一昔前まで関西のある地区では高架下で大々的に行われていた。しかし今は規模を縮小し、深夜1時頃にひっそりと開店しているという。
『地元最高』の面白さはここにあり、フィクションでありながらノンフィクション的な要素が散りばめられているのだ。
拷問や危険ドラッグの裏ネタの情報源は世間話
精神科医の香山リカ氏もTwitterで「『子ども支援』に関わる人は見てほしい」と言うほどだ。例えば6話目でシャネルちゃんが「わたし漢字読めないんだよね」というセリフもまた心に突き刺さる言葉だが、アウトローの世界に触れていると、年代問わず漢字が読めない人を見かけるという。
「漢字が読めない、計算ができない、九九もできないという人は年代問わずいます。それとシャネルちゃんやその他の登場人物もご飯を食べるシーンで握り箸をしていたり、ちひろちゃんが手づかみでご飯を食べていますが、裏社会を生きる人たちが食事のマナーや作法を身につけていないというのは珍しいことではありません。彼らの幼少期の環境の悪さを目の当たりにする瞬間ですね」
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カップラーメンをご馳走だと信じて疑わないキャラも…
実際にはあってはならないことだが、悪の世界においては理に叶っていると感じるシーンやセリフも多く存在する。それが、紅麗亞(クレア)先輩が後輩のシャネルちゃんやちひろちゃんに「ヤキ入れは徹底的にやれ」と説教するエピソードだ。
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拷問や犯罪の極意に説得力があるのも草下氏の膨大な取材による知識の賜物
「中途半端な暴力ではなく想像を絶する痛みを与え続け、相手に本気で『私は今日、ここで死ぬんだ』と思わせる。そこで止めれば、『殺さないでくれてありがとう』と感謝の気持ちに変わる、というシーンですね。これは武闘派ヤクザに聞いた話です。
66話目に紅麗亜先輩が拷問するシーンで足の裏をバールでぶっ叩くシーンも、復讐屋が行っているものです。足の裏は痛めつけてもバレにくい上に神経がたくさん走っているので痛みをより効果的に与えられるため、“コスパがいい”そうです」
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顔や露出した肌を傷つけないので見た目にバレにくい点でもコスパのいい拷問だという
ヤクザに復讐屋に半グレに強盗(タタキ)…。さまざまな危険な人たちを取材する草下氏だが、実際は世間話から聞くことがほとんどだという。
「こうしたインタビューを受ける場においては、便宜上、“取材”という言葉を使うことが多いですが、ほとんどが世間話の中で聞くことが多いです。
例えば、今日はかつてハッカーとか危険ドラッグの売人だった友人とランチしたんです。すると、今、アメリカで乱用拡大が大問題になってる通称“ゾンビドラッグ”(動物用鎮静剤のキシラジンとオピオイド鎮痛薬のフェンタニルを組み合わせたドラッグ)は実は彼が2010年当時に売人をしていた時も扱っていたって話になったんです。
当時、日本で広がらなくて本当によかったと思いましたよ…。こんな感じで、いろんな方と食事やお茶する中で情報が自然と入ってきます」
唯一無二の漫画原作者として
昼も夜も関係なく、さまざまな人と接し、飛び交う会話の中で生まれるや作品の数々。草下氏は現在、漫画『地元最高!』の編集だけでなく、様々な作品の執筆や編集をしながら『地元最高!』を刊行している彩図社の社員として編集長業もこなしている。現在、自身が担当している作品は立ち上げ前のものも含めると8作品にものぼるそうだ。
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現在、5作品の漫画原作を担当している
「つい最近、別冊ヤングチャンピオンで連載中で単行本が出たばかりの漫画『私刑執行人』は原作を書いています。私が執筆した小説『半グレ』のコミカライズも連載中で、これは漫画家・山本隆一郎先生のネームチェックと裏社会の情報提供が主な仕事ですね。ヤンマガwebの『ごくちゅう!』や『ゴールデンドロップ』も情報提供とストーリー協力で関わっています。
編集として関わっている『地元最高!』を加えて、連載中の5作品がすべて犯罪ものなので、そろそろ犯罪以外の作品もやりたいなぁと仕込み中のものもあります」
好調に見える仕事ぶりだが、過去を振り返ると、時代に先行し過ぎた内容だったために数字としては振るわなかった作品もあるという。
「ビッグコミックスピリッツで2018年に連載開始した『ハスリンボーイ』はシナリオも書きましたが、翌年に連載を打ち切られちゃいました。大学の奨学金を返済するために裏稼業に手を染める大学生の話でしたが、当時としてはその設定に“リアリティがない”とか“主人公がバカすぎる”って評価が散々で。でも、闇バイトが明るみになってきた今ならこの設定は十分にリアリティーがありますよね」
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『ハスリンボーイ』
現在は裏社会ものの作品がメインとなっているが、かつてはロシア文学好きが高じて東欧の独裁国家を舞台とした漫画『ぼくのツアーリ』(ヤングエース)という作品の原作も担当した。この作品もロシアとウクライナ間に戦争が勃発した今なら、注目されてもおかしくない。
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『ぼくのツアーリ』
「これは旧知の編集者からの、旧ソビエト時代の重たいテーマの物語をやりたいというオーダーをもとに始めた連載でした。2019年にコミック化をしましたが、2巻で終わってしまいました。
ソ連の崩壊によって誕生した未承認国家をめぐる話なので、めちゃくちゃマニアックですよね。でもまさに今のロシア・ウクライナ情勢を見ると、読み物として興味深いんじゃないかと思うんですよね」
「犯罪を他人事ではなく、なるべく一番身近なものに」
現在、草下氏のTwitterはフォロワー数が12万人。インフルエンサー並みの発信力がある。これについても独自の見解があった。
「基本的にはTwitterは備忘録的でありネタ帳的な感じで使ってるんです。今日ランチした元ドラッグの売人から聞いた話などもツイートしましたし。それ以外は、やはり商品をいかに購買に結びつけていくかをうまく告知する場として使っています。『ぼくのツアーリ』は今こそ読んでほしいから、投稿しようと思うんです」
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備忘録として活用しているTwitterには有益な情報も多い
もちろん備忘録や告知だけが目的ではない。
「なにより犯罪が実は身近なものであるということを発信していきたいんです。詐欺や強盗だったり、さまざまな事件があちこちで起きている中で、いつ何時、自分もそれに巻き込まれるかわからない状況になっている。犯罪をテレビの向こうのものとして捉えないように、ある程度、近いものとして捉えることを発信していきたいという思いがあります」
裏社会の人間と深く関わる草下氏だが、その本人は静岡県の沼津市で父は建設会社に勤め、母は専業主婦で2人兄弟の長男としてごく普通の中流家庭で高校卒業までを過ごした。現在44歳。自身のパートナーや家族について聞くと「プライベートな情報は表に出さないようにしている」という。
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自身の素性はなるべく言わないようにしているという
「特定の犯罪集団や国家絡みの事件や陰謀など、本当に拉致や誘拐の危険もつきまとうテーマを扱うこともあるので、個人情報を公にすることはリスクでしかないんですね。
以前、総会屋を取材した時に印刷ギリギリのところで『掲載辞退したい』と申し出があり、断って掲載に踏み切ろうとすると私の自宅住所が知られており、背筋が凍ったことがあります。だからプライベートな情報は極力出さないようにしています。そもそも私の情報なんか誰も知りたくないですけどね」
どんな裏社会に関わる人間も、自分の子供を持つと人が変わったように丸くなるという話を聞くことがある。長年、裏社会を取材してきた草下氏に、最後に「自分の子孫を残したいという欲はないのか」と聞いた。その答えは裏社会を取材してきた裏方編集者としての答えそのものだった。
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「生まれてくる子供は宝ですが、私は自分からわざわざ人間を増やさなくていいと思っています。子供といっても“小さな人間”ですからね。
それはどこかで人間に絶望しているからかもしれません。さまざまな取材を経て、人間の欲深さや救えない部分を見過ぎてきてしまったのかな。しかし、それでも人間を嫌いになりきれないところに面白さがあると思います」
人間に絶望していると言いながらも「人と関わり表現していきたい」という。
「特異な人生を歩んでいる人は大勢います。そして彼らの中には過去との折り合いが付かずに苦しんでいたり、現状でトラブルを抱えている人も多い。ただ、その苦しみの経験が、いつか同じような状況に苦しんでいる人を助けたり、ちょっとした希望になったりする。そうした誰かの経験が誰かの救いになるような物語を紡いでいきたいんです」
『地元最高!』はまさに、そんな物語の1つだ。
【漫画】『地元最高!』(1~10話)を読む(漫画を読むをクリック)
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取材・文・撮影/河合桃子
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