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なぜヨーロッパはムスリムの増加で深刻な混乱に陥ったのか…欧州の価値観よりムスリムコミュニティーを重視する本当のわけ

集英社オンライン / 2023年8月1日 8時1分

移民問題を議論できないまま、在留外国人は増加を続け、彼らなしには社会が回らなくなりつつある日本の現状。「移民のジレンマ」ともいうべき現在の状況はなぜ起きているのか。『人口亡国 移民で生まれ変わるニッポン』(朝日新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

「ヨーロッパでは失敗した」とは?

ヨーロッパを例にして移民の反対論を展開する論者もいる。それはヨーロッパでは、移民・難民の受入れによって社会が混乱しているというものだ。

メディアでは、ヨーロッパの状況について「移民・難民」とひとくくりにされることが多いが、移民と難民はまったく性質が異なる。

移民は政府がその国に必要な働き手等として正規に入国を認めた人たちであり、彼らの入国を問題視する国はない。一方、難民や非正規の移民の対応にはヨーロッパは苦慮している。



その理由の一点目は、予測不可能な大量難民の発生である。アフリカ、中東諸国での紛争の発生によって、大量の難民が流入する危機がある。国内の政治の不安定化に加え最近では気候変動による難民の増加も起こっている。

つまり、ヨーロッパ各国が計画的に受入れを望む移民以外の流入、しかも各国の受入れ許容量を超える数の大量流入にヨーロッパは苦労し、また将来も苦労するだろう。大量難民の発生は世界でどのような紛争が起こるか次第であり、予測不可能で対応が難しい問題といえる。ウクライナからの数多くの避難民の流入もその例だ。

島国である日本についていえば、近代、そうした大量の難民が日本に押し寄せたことはなく、北朝鮮の崩壊や台湾有事の際にはそうした事態となり得る可能性はないとはいえないが、本書ではこれ以上、言及しない。

しかし、ヨーロッパでも、移民に対する苦労がないわけではない。それは過去の政策の誤りによるものだ。実際に定住化が進む現実を無視して、「一時的な滞在者」「景気の調整弁的な労働者」としての対応を長らくとってきたことだ。つまり、定住化が進む外国人に対して、受入れ国の言語教育や文化・習慣について教育することをおこたり、また子弟の教育をなおざりにしてきた結果、起こった社会の分断である。受入れ側の市民と移民との間に溝が生まれ、移民による貧困地区の固定化といった現象を生んだ。

二点目の理由はムスリムの存在だ。ヨーロッパとムスリム圏は長い対立の歴史を持ち、また独自の文化・習慣を維持し続ける傾向のある人たちもいる。その文化や習慣がヨーロッパにとって重要な民主主義的な価値観(男女平等など)にそぐわない場合、その対立は大きくなる。

ムスリムによる『西洋の自死』

ヨーロッパはムスリムをどのようにとらえているのだろうか。

ヨーロッパにおけるムスリムの問題を正面から扱った書に『西洋の自死移民・アイデンティティ・イスラム』(ダグラス・マレー著、東洋経済新報社、2018年)がある。

同書では、ヨーロッパ各国においてムスリムが急増している状況を伝え、このままでは「私たちの知る欧州という文明が自死の過程にある」と危機を訴える。

ヨーロッパの大都市では移民・難民が増加しており、2011年のイギリスの国勢調査では、ロンドンの住人のうち「白人のイギリス人」が占める割合は44.9%となり、また2060年までにはイギリス全体でも「白人のイギリス人」は少数派になると多民族化が進む状況を伝えている。

ムスリム人口の増大はヨーロッパ文明の根底にもかかわる。ヨーロッパ文明の根底にはキリスト教がある。ヨーロッパではキリスト教社会の中で、「人権」などの自由主義、民主主義の原理が育まれてきた。それがムスリムの増大によって、ヨーロッパ文明の土台が掘り崩されるのではないかというのだ。

従来、想定されたのはムスリムであっても、欧州で長年暮らすうちに民主主義的な価値観になじみ、それを受容するということだった。しかし、一部のムスリムはコミュニティを作り、欧州の価値観である言論の自由や寛容さ、ジェンダーの平等などよりもムスリムの価値観を重視する。それが進めば欧州社会の亀裂を生み、最終的には「西洋の自死」につながるとする。本書は23カ国語に翻訳されるほど世界的に注目され話題になった。

九州大学の施光恒教授は「欧州『移民受け入れ』で国が壊れた4ステップこれから日本にも『同じこと』が起きる」で、『西洋の自死』を紹介している。

「欧州をはじめ、移民は多くの国々で深刻な社会問題となっている。にもかかわらず外国人単純労働者を大量に受け入れようとするのであるから、受け入れ推進派は最低限、欧州のさまざまな社会問題から学び、日本が移民国家化しないことを十分に示さなければならなかった。現代の日本人はやはり『平和ボケ』しており、移民問題に対する現実認識が甘いのではないだろうか」と指摘する。

「手遅れになる前に、本書『西洋の自死』を多くの日本人が読み、欧州の現状や苦悩を知り、日本の行く末について現実感をもって考えてほしいと思う」と、欧州での出来事が日本でも同様に起こるのではと懸念する。

将来は日本でもムスリムが増加

『西洋の自死』の主張と日本との関係についてどう考えればよいのだろうか。

まず多民族化が進むヨーロッパではムスリム以外の移住者はまったくといってよいほど問題視していない。問題になるのは一部のムスリムと、民主主義と相いれない極端な思想を持った集団だろう。民族の違いではなく基本思想の違いへの懸念と言える。

筆者の知るヨーロッパの学者や知識人の多くは、ヨーロッパ各国はEUを推進してきたように、情報、物流、人の流れを促進し、それによって経済は発展し、豊かな社会がもたらされると考えている。欧州各国はムスリムについてその取り組みに苦労しながらも、草の根レベルでは自治体やNPOが彼らの社会への包摂のために、言語教育、文化習慣の教育、さらに子どもの教育などにも対応した、「統合政策」と呼ばれる政策が実施されている。

ヨーロッパ各国では移民の割合は人口の10%をはるかに超えて、ムスリムの増加が続いている。それを今更、逆行させることは現実的には不可能といってよいだろう。その中で、『西洋の自死』が指摘するような社会の分裂が大きな課題とならないように、各国政府および自治体、市民社会が取り組んでいるという状況だろう。

日本人はヨーロッパに対して白人社会というイメージを描きがちだ。しかし、現実にはワールドカップで活躍するヨーロッパのサッカー選手を見れば、ヨーロッパはすでに世界から多様な人びとを受入れている。そしてそれをヨーロッパ人の大多数が「自死」と考えているだろうか。とてもそうは思えない。

東京五輪・パラリンピックでは「多様性と調和」が大会理念とされたが、次期のオリンピック開催国のフランスのスポーツ担当相は「東京から多様性のバトンを受け取った」と述べ、理念に共感する姿勢を示している。

では、日本でのリスクはどうだろうか。

日本では、外国人の犯罪率は低く、またヨーロッパで最大の問題となっているムスリムも少なくて問題となっていない。しかし、将来は日本でもムスリムが増加していくだろう。

日本のムスリム人口

日本に住むムスリムは、在留外国人では2018年6月時点で15万7000人とされる(「信仰の自由に関する国際報告書〈2020年版〉―日本に関する部分」、在日米国大使館と領事館)。日本人のムスリムを合わせて約20万人と推計され、全人口の0.16%に相当する。外国籍のムスリムは在留外国人全体の7%弱と想定され、その割合は小さい。その多くがインドネシア、パキスタンであり、バングラデシュその他、少数だが中東、アフリカ出身者、さらに米国やヨーロッパ出身者らもいる。

日本に住むムスリムは東南アジア出身者が多いが、日本の文化との親和性が強く、彼ら自身、排他的なコミュニティを作ることなく、多くは日本社会の一員として溶け込んで暮らしている。

宗教上の理由で、ハラールフードの入手や、祈りの場所としてのモスクが近所にないなどの課題を抱えているものの、現状を見る限り『西洋の自死』が指摘するヨーロッパが直面するような課題が日本に起こるとは考えにくい。

また今後、移民の数が増えたとしても、ムスリム国から優先的に受入れるなどの特別な措置を行わず、通常の移民政策をとる限り、移住者の多くをムスリムが占めるような事態にはならないだろう。

ただし、ムスリムという日本人がこれまで経験してこなかった人びとを受入れるには、社会において一定の知識や対応が求められる。すでに全国にモスクは100カ所以上あると言われる。日本人の異文化理解を進める上で、異文化度の高いムスリムは格好の学びの対象になるだろう。東京・渋谷区には東京ジャーミイと呼ばれる日本最大のモスクがあるが、ムスリムに興味を持った日本人がひっきりなしに訪れている。

コロナ禍前、国際交流基金は「東南アジア・ムスリム青年との対話事業(TAMU)」を行っていた。東南アジアのムスリム青年を日本に招き、彼らが日本の各地域を訪問し、日本の文化や課題を現地の人びとから聞き、また意見交換をするという事業だ。

2018年、筆者は日本の人口減少の課題について話をするため、東京で行われた彼らと日本のムスリム青年との対話の場に参加した。驚いたのは日本人でムスリムとして生きる青年が身近に存在することだった。日本人参加者には慶應大学や早稲田大学の学生が含まれており、慶應大学の女子学生は長年、家族とともに中東で暮らした経験から、両親ともムスリムに改宗しており、ヒジャブ(頭と首を覆う布)をつけて参加していた。

彼女のように日本人でありながら家族ぐるみでムスリムというのは極めてレアなケースだろうが、ムスリムとの国際結婚によってムスリムに改宗するケースや、その子どもがムスリムとして日本で育てられるケースも増えている。

1980年代以降の外国人ムスリムの流入と、国際結婚の結果、国内にもムスリム家庭が形成されている。日本人がムスリムと結婚するときはムスリムへの改宗を求められることが多いからだ。誕生する第二世代は通常、幼い頃からムスリムの価値観のもとに育てられるが、なかには、学童期から差異を意識し続け、家庭の価値観と級友らの意識や生活のギャップに苦しむ青少年も多いという。

移民の数が増えてくれば当然、ムスリムの人びとも入ってくる。しかし、22世紀の日本はともかく、少なくとも今後数十年はムスリムの人口が10%に達するような欧州の状況と、日本の将来を同一視して心配する必要はない。ただムスリムに限らず、今後、南アジア、西アジア、最終的にはアフリカといった文化や習慣の違いのより大きな人たちが増加するのは間違いない。その意味で、日本人は異文化に対する寛容性、対応力を上げていくことが必要不可欠になるだろう。

「人口減少を受入れよう」という主張

さて、移民は必要ないとの意見の中に「人口減少するのはやむを得ない。減少を前提に最適な社会を作ればよい」という考え方がある。

ベストセラー『未来の年表』(講談社現代新書、2017年)の著書で知られる河合雅司氏は、「人口減少によって大きな問題は発生するが、移民の受入れよりも、『戦略的に縮む』ことで日本は小さくとも輝く国になることができる」と主張する。

そして「戦略的に縮む」ためとして、五つの提言を行っている。

まず「高齢者の削減」として高齢者年齢を75歳以上と再定義する。このことで従来の高齢者に相当する人びとの活躍を促進する。

二番目に、利便性が高い24時間営業の店舗をなくし、24時間社会からの脱却を説く。

三番目に、行政サービスの効率化と集中のため、人口密度が低く効率の悪い地域から高い地域への移住を促進し、非居住エリアを明確化する。

四番目に、遠く離れた都道府県同士を「飛び地」として合併し、その結果、大都市部と地方の自治体が結びつきを深めるという「都道府県の飛び地合併」を主張する。

五番目に、国際分業の徹底として、日本の得意分野に絞ることで、日本人自身の手でやらなければならない仕事と、他国に委ねる仕事を思い切って分けてしまう。

また外国人の受入れについては、将来的に「移民としてやってきた人と日本で誕生したその2世の合計人数が、日本人を上回る日が遠からずやってくる」「日本人が少数派になることを許容すること」として日本が「別の国家」になることの危惧を提示する。

『人口亡国 移民で生まれ変わるニッポン 』(朝日新書)

毛受 敏浩

2023年6月13日

935円

256ページ

ISBN:

978-4022952240

"移民政策"を避けてきた日本を人口減少の大津波が襲っている。GDP世界3位も30年後には8位という並の国になる。まだ、日本に魅力が残っている今、外国人から移民先として選ばれるための政策をはっきりと打ち出して、この国を支える人たちを迎えてこそ、将来像が描ける。

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