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〈「ギフテッド」と呼ばれる人たち〉音の刺激で痛み、顕微鏡のように見えすぎてしまう目…才能と障害「二つの特別」を持つ少年が、“5度しかない視野”から見た世界

集英社オンライン / 2023年7月24日 10時1分

飛び抜けた才能と障害、両方を併せ持ち「2Eギフテッド」と呼ばれる人々がいる。都内に住む小学4年生のユウ君(11)もその一人だ。「音が痛い」「文字はまるい点々」──顕微鏡のように見えすぎてしまう目と過敏な聴覚を持つ少年の、“5度しかない視野”を通して見る世界とは? 凸凹のIQグラフが示す少年の「生きづらさ」と新たなスタートを『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より、一部抜粋、再構成してお届けする。〈サムネイル写真:朝日新聞社提供〉

「音が痛くてつらい」

ユウ君は、盛岡市で生まれた。引っ込み思案で、公園に連れて行っても、他の子が遊んでいると「んー、やだ」と言って近づけないような、慎重な性格だったという。



母が「他の子と違うのでは」と感じ始めたのは幼少期だ。玄関のドアを開けるだけで目を覚まし、掃除機や車のクラクションの音にも敏感ですぐに泣いてしまっていた。日本三大花火の一つ、秋田県の「大曲(おおまがり)の花火」を見に行っても、「怖い、怖い」とずっと泣いていた。

だが成長するにつれ、泣いたりだだをこねたりすることは少なくなっていったという。大人びた性格になり、幼稚園でも友達のおもちゃを取ったり投げたりすることはなかった。𠮟ったこともほとんどない。

父の転勤で東京に引っ越し、小1から都内の公立小学校へ通った。毎日通学し、地域の少年野球チームにも入った。ボールを投げたり打ったりすることは人並みにでき、にこにこと楽しそうに練習していたという。2年生になると、試合にも出られるようになった。

小2の3学期が始まる日だったという。

始業式のその日もふだん通り学校へ行った。持って帰ってきたのは、その月の目標を書くカード。そこにユウ君は「自分がつらくならないようにすること」と書いていた。

驚いて母が聞くと、ユウ君は「音が痛くてつらい」と言った。教室にいると、同級生の声や物音の刺激が痛いのだという。「休みたい」と言った。これまであまり弱音を吐いたことはなかったので、疲れがたまっているだけだろうと母は思った。すぐに良くなるだろうと思っていたが、欠席が1週間、2週間と続いた。先生から「続くと長期化しますから」と言われたので、耳栓をさせ、静かな校長室や会議室で過ごすことになった。それでも良くならなかった。

自宅学習するユウ君。音や刺激を遮るため部屋に張ったテント内で勉強している〈写真/ご家族提供〉

勉強は、特別できたわけではないが、悪くもなかった。テストでは、問題文の読み間違いや図の見間違いでバツをつけられることが多かった。友達は多く、休み時間は外で遊ぶこともある普通の小学生だったのに、なぜだろう。母はスクールカウンセラーなどにも相談したが、ユウ君が、同級生たちがいる教室に戻ることはなかった。

母子で保健室登校を始めたある日、突然ユウ君が「痛い、痛い」と涙目で訴え出した。母は音や刺激は何も感じなかった。ユウ君が「誰かが外でボールをやっている」と言うので、母が保健室のドアを開けて校庭を見た。すると、上級生たちが体育の授業を始めるところで、ボールをバウンドさせたり、投げ合ったりしていた。保健室の中からは、その様子を見ることはできない。なのにユウ君は「針が刺さるような痛み」を感じると言った。

母は愕然とした。
「私が全く気づかないところで、これまで息子は痛みを我慢していたのだと知ったのはこの時です。これでは、学校のどこにも居場所はないだろうと実感した瞬間でした」

顕微鏡のように物を見る目

耳だけではない。目の独特な見え方も、母はユウ君が学校に行かなくなってから初めて聞かされた。

「文字が見えていないんだけど……」

自宅で学習していると、ユウ君がポツリと言った。ユウ君は刺激を遮るため、部屋にテントを張ってその中で勉強をしている。教えるのは母。くわしく聞くと、教科書の一つ一つの文字が、顕微鏡で見るように拡大表示されて見えると言った。

教科書を開いて何が見えるかを母が聞くと、「まるい点々がたくさん」と言った。印刷された文字はインクの無数の点々が集合して見える仕組みであり、その点々が見えているのだという。

「どうやって文字を読んでいるの」。母が聞くと、ユウ君は「見えた部分を、ジグソーパ ズルのように高速で組み立てている」と答えた。そんなことをどうしてできるのかわからなかったが、母はとにかく信じるしかなかった。「三角形は?」と聞くと、「角が3個あるから三角形」と言った。形全体を認識しているのではなく、角の数が三つあることを数えて判断しているということだった。

テストの問題を読み間違えていたのはこのせいだったのかと母は納得した。たしかにユウ君は、点と点に定規をあてて直線を引くことができなかったり、間近にいる鳥の姿を見つけることができなかったりしたことがあった。それもこの独特な視覚のためだったのか、と理解した。

そして思った。もしかしてずっとつらかったの?母がそう聞くと、ユウ君はうなずいた。「もうがんばりたくない」と言い、さめざめと泣いたという。

公園で野鳥を撮るユウ君。驚異的な視力で遠くの鳥も見つけられる〈写真/朝日新聞社〉

「とにかく情報がほしい」原因を探る日々

最初、母は自閉症を疑った。専門のクリニックに行った。だが医師は「相手の気持ちをくみコミュニケーションをとれる一方、感覚過敏で人と接するのが苦手というのは、当てはまる例がない。特殊ですね」と困惑した表情で言った。眼科や耳鼻科にも通ったが「異常はない」と言われたという。

とにかく情報がほしい。何が原因で、親としてどうサポートしたらいいのか知りたい。
病院を回った。

小学校の養護教諭に勧められ、学校の近くにある小児科の心理相談に行ってみた。そこで発達専門の心理士に診てもらった。心理士はまず、ユウ君と雑談した。そしてこう言った。

「落ち着きぶりや受け答えが、小学2年生ではないです。学校では疲れてしまうでしょう」

そして、発達に関する検査を受けたほうがいいと言い、「WISC‒IV」という知能検査を受けることを勧めた。

凸凹のIQグラフが意味すること

知能検査と聞き、母は少しためらった。検査は無料だというが、所要時間は1時間から1時間半ほどかかり、検査する人とユウ君が2人きりになることを伝えられたためだ。内容は「図を見たり言葉を覚えたり、簡単なもの」と伝えられていたが、知らない人と話すことが苦手なユウ君は、予想通り嫌がった。

「わらにもすがる思いでした」と母。ユウ君を「どんなふうに支援したらいいかを見つけるためのものだよ」と説得した。1カ月後に検査を受けることになった。

検査の日は大雨だった。雨が地面にはねる刺激だけで「痛い」というユウ君。なんとか病院に着き、検査室に入った。

検査室から出てきたユウ君は、黙り、つらそうだった。母に泣きつき、帰宅しても食事せず、何もやる気が起きずにいる状態が1週間も続いたという。「まだこの時は息子の目の異常がよくわからず、検査がどんなに大変だったか私も想像できませんでした。今ではかわいそうなことをしてしまったとも思います」と振り返る。それでも、検査の結果により、母が知りたかったユウ君のつらさの原因がわかっていくため、母は「本当に大事な検査でした」と話す。

ユウ君の検査の数値は、2人の意向で具体的には示さないが、母によると、言語理解はIQ130を上回った。一方、知覚推理が平均を下回っていた。その差は40以上あった。

処理速度とワーキングメモリーは、平均より少し上だった。最高値と最低値の差が40以上あるのは珍しいという。四つの指標を折れ線グラフにして線で結ぶと、激しい凸凹になっていることがわかる。

これは何を意味するのだろうか。結果をもとに心理士から最初に言われたのは、「言語理解が高すぎる」だった。心理士によれば、差が40以上あれば、集団生活で生きづらさを感じることがある、と一般に言われているという。「もし(最も高い)言語理解が平均に近かったら、問題なく学校に通えていたかもしれないですね」と心理士は話し、こう続けたという。

「特に言語理解が高い子は、完璧を求める傾向があり、不登校になりがちです」

数値化されてわかった「生きづらさ」の一因

母は、まさにユウ君の一面を言い当てていると感じた。まさかこれほど高いIQが出るとは思っていなかったが、それ以上に、IQが高いことが生きづらさを引き起こす原因になっているなんて思いもよらなかった。母は「発達障害でしょうか」と聞いた。心理士も悩みながら「そう診断はできません。『2E(※)』ギフテッドに該当すると思います」と言った。

(※)「twice-exceptional」の略。「二つの特別」「二つの特別支援を要する」といった意味がある。

ギフテッド?うちの子が?母はふたたび驚いた。だが、そんな思いはすぐに打ち消した。ユウ君は、難しい計算を解いたり、複雑な漢字を書けたりするわけではない。成績も普通だ。独特な才能といえば、野鳥図鑑に載る670種を隅から隅まで記憶していたり、説明書を見ずにレゴブロックで小惑星探査機「はやぶさ」の形を組み立てたりといったことがあるぐらいだ。

ペンを持たせると鳥の絵をずっと描き続けるということもあるが、これがギフテッドというには少し大げさすぎると思った。

心理士には、ユウ君にどんな障害があるのかは詳しくはわからないと言われた。その上で、フリースクールや2E教育に力を入れる支援団体などを紹介された。ただ「無理に学校に行かせないでください」とも言われた。いつかは学校に戻ってくれるだろうと考えていた母も、このことを境に考え方を大きく変えた。検査によって初めてユウ君の生きづらさの一因が「数値」としてわかり、納得できたからだ。

「検査がなければ息子のことを理解できないままだったと思います。子どもの言うことを信じて寄り添うことが本当に大事なことだとわかりました。そのことは今でも自分に言い聞かせています」

「波が伝わる」特殊な空間把握能力

もう一つ、ユウ君には不思議な感覚がある。母がそれを知ったのは、それから半年ほどたったころだ。

近くの物が見えていないのに、どのようにぶつからずに歩いたり野球のボールをつかんだりしていたのかと聞いた。するとユウ君は「波が伝わる」と言った。「ボールから波が伝わってくるでしょ。それで何とか」と。

「自転車に乗るのは?」と聞くと、「自分から出る波が、周りの物から出る波をキャッチし、世界が一瞬だけ透明のようになる」。それによって、あいまいだが周りに何があるかわかり、大まかな空間把握をしているのだという。

ただ、この波も強くなると「たたかれたり刺されたりするような痛み」を感じるという。

しかし、波と言われても、母にはもちろん理解できなかった。「みんな波の感覚はなくて、痛みも感じていないよ」と伝えると、ユウ君は落ち込み、泣いた。ユウ君は、みんながそうした感覚を持ち、痛みを我慢するのが当たり前だと考えていたのだという。母は落ち込んだ。学校でも、電車内でも、自宅でも、そんなつらい状況をずっと我慢していたなんて。

気づくことができず、母は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「『がんばらなくていいんだよ』と伝えることぐらいしかできませんでした」

ある日、ユウ君は自宅にあった渦巻き形のランチョンマットを抱きしめていた。「ぐるぐるがいい」と言った。また、自宅にある天然の水晶を持ってみると、楽な感覚になるとも母に言った。水晶の結晶構造はらせん状であることが知られている。お守りにして持ち歩いているという。

母は言う。

「息子は同じ世界に生きているけど全然違う世界を見ています。とにかく受け入れて、ゆっくりと歩んでいくしかないと思っています」

「5度の視野」から見る世界

そんなユウ君が脚光を浴びる出来事が、22年3月にあった。

ユウ君が描いた鳥の絵が、日本の企業などが企画したデジタルアートのコンペティションで、金賞を受賞したのだ。世界中から1248作品の応募があったなかで、唯一の最高賞だ。ある審査員からは「ずっと見つめていたくなる不思議なパワーを持つ」と評された。

最高額の賞金1万ドルが贈られ、オークションにも出品され落札されたという。

タイトルは、「カワウ型飛行都市」。

細かなタッチの線や点で、水鳥のカワウと一体化した城が飛び立つ姿を黒のボールペンで描いている。母によると、A4のコピー用紙に書いたその絵を、スキャンしてデジタル化し応募しただけだという。ユウ君は、受賞時のコメントでこう自分を紹介した。

〈ぼくの目は、みんなと同じようには見えていなくて、とても狭い範囲しかわかりません。自分の絵も、全部は見えなくて、一部分だけ見えます〉

〈小さいものは、とてもよく見えるので、ずっと遠くの方を飛んでいる鳥を見るのが好きです〉

絵を描くユウ君。心の中を表現するのが楽しいという〈写真/ご家族提供〉

賞金は、ユウ君の意向で、国外の難民を支援する団体や、障害やケアが必要な子どもの支援団体、ネパールで視覚障害者を支援している団体などに寄付しているという。「息子のカメラを買うお金ぐらいは残してもいいと思っていて、話し合い中です」と母は笑いながら教えてくれた。

公園での取材から1カ月ほどたった22年11月。ユウ君は、視覚発達の専門医による視野の検査を受けた。視野が5度しかないことがわかったという。医師は、一般的に人の視野は180〜200度あると言い、なぜそんな狭い視野で歩いたり物をつかんだりできているのか不思議がったという。

ユウ君と初めて会った時、母に手伝ってもらいながら話してくれた言葉を私は思い出す。

「これまで、一生懸命みんなに合わせちゃっていて、なぜ自分がそんなに疲れてしまうのか、わからずいろいろつらかったです。僕の努力と我慢が足りないと思っていました。でも今は、鳥を観察したり、絵や漫画を描いたりして、心の中を表現したりできることが楽しいです」

23年1月、ユウ君は特別支援学校に転校し、新たなスタートを切っている。

(年齢は2023年3月時点のものです)

文/伊藤和行
写真/朝日新聞社・ご家族提供、photoAC

『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』

2023/5/19

1,540円

208ページ

ISBN:

978-4022519078

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