バイデンの「老人力」も台湾政策には戦略不足…世界の60%以上のシェアを占める「台湾の半導体」をめぐる米中の思惑
集英社オンライン / 2023年7月25日 8時1分
世界的なシェアを誇る「台湾の半導体」が注目される中、米中の台湾政策はどのように変化しているのだろうか。ロシアと米国を知り尽くした手嶋龍一氏と佐藤優氏が対談した『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中央公論新社)より「ウクライナ戦争と連動する台湾危機」についてお届けする。
カギを握る「台湾の半導体」
佐藤 アメリカが台湾政策を意図的に転換させたというのは、非常に重要な指摘です。私はそこには、中国、台湾の変化を見据えたうえで、時代に即した外交の幅を作りたいという意図も働いたのではないのかと思うのです。客観的にみて、中国の力がついた。そして、実は台湾も力をつけている。
日本経済新聞編集委員の太田泰彦さんが、『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』という本に書いているのですが、台湾積体電路製造(TSMC)という会社は、他社から受託して半導体を生産するファウンドリーの市場で60%のシェアを占めるばかりでなく、技術力すなわちチップの集積度の高さでも他の追随を許しません。台湾には、他にも有力なファウンドリーが集まっていて、書名にあるように地政学的な存在感が、いや増しているわけです。
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台中にある台湾積体電路製造(TSMC)
中国にどれだけ工場が増えたといっても、台湾の半導体がなければ、世界に太刀打ちできる製品はつくれない。アメリカからすれば、もし本当に台湾が「一つの中国」に呑み込まれてしまったら、そのテクノロジーのサプライチェーンから排除されてしまうかもしれません。様々な情報が吸い取られるリスクもあります。
手嶋 現代の産業の〝コメ〟である半導体は、広範なものづくりに絶大な影響を与えているだけではありません。国際政治や経済安全保障にもインパクトを与える戦略物資です。
佐藤 だからアメリカは、「台湾の半導体」を取り込もうと腐心もしてきました。莫大な補助金を出してTSMCの工場をアリゾナ州に誘致したのも頷けます。太田さんの本には、アメリカがいかに半導体を重く捉えているのかが分かる、次のようなエピソードが紹介されています。
「釘が1本足りないため、馬の蹄鉄が駄目になった。蹄鉄一つがないため、馬が使えなくなった……」
米国の第46代大統領に就任してからわずか約1カ月後のこの日、バイデンはマザーグースを引用して半導体サプライチェーンの重要性を強調した。もとの歌詞はこう続く。馬が走れないので、騎士が乗れず、騎士が乗れないので戦いができず、戦いができないので王国が滅びた……。釘とは半導体チップのことだ。
(『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』太田泰彦、2021年、日本経済新聞出版)
バイデンの「老人力」
手嶋 少し前のアメリカの資本主義は、繊維産業や鉄鋼産業が消滅しても、システムの構築力や情報力は群を抜いており、世界の首座は揺るがないと考えていた節がありました。しかし、いまや尖端的な半導体産業を国内に擁していなければ、アメリカの覇権は立ちゆかないと考えるようになりました。〝半導体チップ恐るべし〟ですね。
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台湾は世界の半導体受託製造分野で世界の60%以上のシェアを占める
佐藤 アメリカや中国にとっても、半導体王国となった台湾は〝核心的利益〟です。それだけにアメリカは、安定した米中関係を時に犠牲にしても、新たな核心的利益となった台湾という半導体王国を握っておくことが肝要と考えている節もあります。このように戦略環境が変化するなか、アメリカからすれば、半世紀も前の〝ゲームのルール〟に囚われすぎるのもいかがなものか、そう思い始めているのでしょう。
手嶋 確かに尖端的な半導体産業は、新しい〝ゲームのルール〟を左右するほどに重要だということですね。
佐藤 バイデンは持ち前の「老人力」を駆使しつつ、台湾条項の見直しに敢えて踏み込んだようにも思います。2021年3月に、テレビ番組で司会者から、「プーチン氏は殺人者だと思うか?」と問われて、バイデン大統領はしばし考えてから「そう思う」と答えて、ロシアが駐米大使を召還する騒ぎに発展しました。
手嶋 あのときも、あのバイデンだからと、あの程度で収まった面もあると思います。〝老人力〟侮るべからず。
佐藤 前任者のトランプは、ディールに拘り過ぎましたが、バイデンは、ロシアに厳しく出るぞと外交の幅を広げようとしたわけです。こういう局面では、〝老人力〟はまことに使い出があります。
バイデンの揺らぎが台湾有事を呼び込む
手嶋 バイデン大統領には、巧まざる〝老人力〟や即興の対応力はあるのですが、台湾政策を転換するに際して欠かせない明確な対中戦略は持ち合わせていないと思います。
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今年5月、米国ニューヨーク州で演説をするバイデン大統領
佐藤 ロシアのウクライナ侵攻に際した対応も同様ですね。そこには透徹した戦略眼は感じられません。
手嶋 日本のメディアは、ウクライナ戦争の開戦前夜に、バイデン政権は巧みな情報戦略を発動したと賞賛しています。しかし、どこが〝巧み〟なのか、僕には理解できません。機密情報の手の内を明かしたくらいで、稀代のインテリジェンス・マスターであるプーチンを動かすことなどできるはずがありません。同様に、対中国、台湾政策を巡るバイデンの言葉の揺らぎを北京がどう受け止めて、どう行動するのか、先の先まで読んでいるとは思えません。
佐藤 バイデン大統領の東京での発言からおよそ2か月後の2022年8月2日には、当時のナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪れ、中国を大いに刺激しました。
手嶋 ペロシは、国民党政権下の政治犯の拘置所跡である「国家人権博物館」を訪問し、台湾の民主化を絶賛しました。さらには、香港から台湾に逃れてきた書店の店主にも面会するという念の入れようでした。台湾に「自由と民主主義」が根付いていることを様々な形で褒め上げ、中国を批判しました。
佐藤 ペロシの訪問は、中国の台湾侵攻を誘発しかねないリスクを孕んでいます。ペロシは下院議長の退任を見据えて、意図して中国を刺激するために訪台したのですが、台湾の反中国派のなかにも本音では迷惑だと受け取った人たちがいたはずです。
手嶋 果たして、習近平政権はこれに激しく反発し、「報復」に打って出ました。中台の中間線を越えて「重要軍事演習」を敢行し、台湾を取り囲むように9発の弾道ミサイルを発射し、このうち5発は日本のEEZ(排他的経済水域)に落下しました。
北京の指導部は、弾道ミサイルに実弾を込めるよう前線の部隊に命じました。1996年の台湾危機では空砲でしたから、緊張のステージは明らかに高まっています。これに対抗して米海軍も原子力空母「ロナルド・レーガン」を中核とする空母打撃群をフィリピン海に出動させました。
佐藤 台湾海峡を実弾が飛び交う事態になれば、日本列島も台湾有事から無縁ではいられません。
手嶋 日米の安保体制は、究極のところ、台湾有事に備えたものですから、米中が相戦うことになれば、台湾有事は、直ちに日本有事に転化します。米軍基地が置かれている日本列島は、中国が放つミサイルの標的になります。
『ウクライナ戦争の嘘-米露中北の打算・野望・本音』(中央公論新社)
手嶋 龍一 佐藤 優
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2023年6月8日
256ページ
978-4-12-150796-9
ウクライナに軍事侵攻したロシアは言語道断だが、「民主主義をめぐる正義の戦い」を掲げるウクライナと、米国をはじめとする西側諸国にも看過できない深謀遠慮がある。戦争で利益を得ているのは誰かと詰めれば、米露中北の「嘘」と野望と打算、その本音のすべてが見えてくる。世界は迫りくる核戦争の恐怖を回避できるのか。停戦への道はあるのか。ロシアと米国を知り尽くした両著者がウクライナ戦争をめぐる虚実に迫る。
・アメリカはウクライナ戦争の「管理人」
・ゼレンスキーは第三次世界大戦を待望している?
・英国秘密情報部が「情報」と「プロパガンダ」を一緒くたにする怖さ
・戦場で漁夫の利を貪る北朝鮮の不気味
・ロシアがウクライナ最大の軍産複合体を攻撃しないわけ
・米国とゼレンスキーは戦争を止められたはずだ
・戦争のルールが書き換えられてゆく恐怖
・恐るべきバイデンの老人力
・プーチンが核兵器に手をかけるとき
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