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仏教版ディズニーランドが伊香保温泉に? 台湾寺院はなぜ日本の観光地に根付くのか?【急増する異国の信仰施設】

集英社オンライン / 2023年7月26日 11時1分

日本で増え続ける、外国の宗教施設。とりわけ、ここ30年で数を増やしているのは、台湾の伝統仏教「佛光山」の寺院である。台湾の宗教のなかでもアクが強く、ときにわが国の創価学会とも比べられることのある同団体は、いかにして日本に根付いているのだろうか。

中国の国家主席や国務院総理が訪日した際に、天皇陛下と総理大臣以外でほぼ必ず面会する人物は誰かご存知だろうか。それは創価学会名誉会長で、SGI会長の池田大作だ。創価学会は文化大革命中の1960年から中国への接近に強い関心を見せ、1972年の日中国交正常化にも少なからず貢献。池田大作自身も10回にわたり訪中をおこなっている。



中国外交は、過去に世話になった「井戸を掘った人物」(孫文の友人だった宮崎滔天や、国交正常化時の総理だった田中角栄などもそうだ)に対しては数世代先までお礼の挨拶を欠かさない習慣があり、中国要人訪日時の「池田詣で」も、ひとつはそうした意味があるのだろう。

中国側から見た創価学会は、日本で最も大規模でしかも権力を握っている(創価学会を支援母体とする公明党は日本の与党だ)日中友好団体だ。当然、政治的な利用価値を見出されていることもいうまでもない。

仏教版ディズニーランド?

いっぽう、台湾には創価学会とやや似たポジションの仏教系の宗教団体がある(もちろん否定的な意味で言っているわけではない。念のため)。その名は佛光山という。

ちなみに、創価学会が、伝統仏教の日蓮正宗の講(信徒組織)が本山と決別して教団化したことで「新宗教」とされているのに対して、佛光山は教義面では中国臨済宗(日本の臨済宗は約800年前の栄西の時代にここから分かれている)の法系を継いでおり、伝統仏教の枠内にある。ただ、台湾の伝統仏教4大教団のうちでは最も派手でキャラ立ちした――。人によっては、「アクが強い」と見られがちな教団でもある。

超巨大な本堂に鎮座する御本尊。伊香保の法水寺にて(撮影:Soichiro Koriyama)

佛光山は、日本を含む海外に約200施設を展開。ほか、世界各国に多数の大学を開設し、さらに仏教学院ほか各種学校や老人ホーム、出版社、衛星テレビ局、茶館などの多角経営も行っている。

なかでも高雄の大本山である佛光山寺は、台湾最大級の仏教聖地として知られるいっぽう、現地のメディアから「仏教版ディズニーランド」と書かれるほど、一般人向けの娯楽や観光にも力を入れている施設だ。事実、高雄の佛光山寺は観光地として有名で、日本でも20年以上前から『地球の歩き方』などの観光ガイドブックに掲載されている。

こうした方針は、2023年2月に95歳で遷化(逝去)した佛光山教団の開祖・星雲(釈星雲、星雲大師)が唱えた「人間仏教」の考えにもとづく。最初は娯楽や実利が目的だったとしても、とにかく佛光山に近づいてもらうことで、仏法は広がるという考えなのだ。

豪華な寺院を建てたわけ

佛光山を開いた星雲は1927年、中国江蘇省揚州市生まれの中国人である。父親は1937年に南京に行商に出たきり行方不明(日本軍の侵攻に巻き込まれた可能性が高い)、やがて母とともに父を探すために南京に出た際に出家し、そのまま成長して中国臨済宗の法灯を継承した。だが、戦後に国共内戦が激化。中国共産党の支配を嫌った星雲は1949年に台湾に脱出した。

当時の台湾は中華世界全体から見れば辺境(かつ日本の50年間の植民地統治の影響を受けた土地)で、中国仏教の信者は少なかったが、星雲は日曜学校を開いたり、仏教雑誌を発行したりして熱心に布教を続ける。

やがて信者が増えていき、星雲は1967年に高雄市に佛光山寺を建てて、佛光山教団の礎を築いた。教義面以外での佛光山の特徴は、娯楽色の強い華美な寺院を建設しがちであることと、多角経営によってそれを可能とするだけの膨大な資金力を持つこと、そして宗祖である星雲個人を賛美する傾向が強いことだった。

伊香保の法水寺はとにかく巨大。日本国内の佛光山系の寺院のなかでも有数の規模だろう(撮影:Soichiro Koriyama)

「政治和尚」と呼ばれた開祖

佛光山は伝統仏教の範囲内にある教団だが、信者がほぼゼロの状態から戦後に急成長した点や、一般市民の一部からときに「引いた」イメージで見られる場合もある点は(もちろん「仏教版ディズニーランド」を楽しむ一般の台湾人もかなり多いが)、ちょっと新宗教的な匂いも持つ。

熱心な国際進出、多角経営方針やメディアの重視、カリスマ的な代表者に対する崇拝傾向などは、日本の創価学会と似た部分もある。余談ながら、星雲と池田大作とは1歳違いでほぼ同世代でもあった(ただし、両者に直接の面識はないか、すくなくとも交流を大きく宣伝するような関係ではなかったらしい)。

さらに別の共通点もある。たとえば「政治」を好む点だ。佛光山は創価学会のように自前の政党こそ組織していないものの、開祖の星雲本人が1949年に中国国民党に加入。これは政治迫害を避けるための入党だったと説明されているが、台湾の主要な宗教者で国民党籍を持つのは星雲だけだとされる。

1998年には当時の副総統だった連戦から「吾党之光」(わが党の光)の文句が書かれた額を贈られているほか、国民党の党務顧問などいくつかの役職についている。いっぽう、佛光山がある高雄市の歴代市長は、国民党か民進党かを問わず星雲への挨拶を欠かしておらず、星雲の側も民進党とも一定の関係を持っていた。生前の星雲は、台湾では「政治和尚」のふたつ名で有名であった。

施設内の一室では、星雲の遷化にあたって彼の功績を伝える展示が行われていた(撮影:Soichiro Koriyama)

中国との親密な関係

佛光山と創価学会のもうひとつの共通点は、中国との政治的距離の近さである。もともと中国大陸生まれの外省人1世である星雲は両岸交流への関心が強く、1990年代後半には、かつて自身が中国にいたころに住職を務めていた江蘇省宜興市の大覚寺が荒れ果てていることを知り、佛光山から資金を出して非常に豪壮な寺に建て替えている。

のみならず、国民党が中国大陸側との協調路線を明確にした2000年代以降は、両岸の平和的統一を訴える政治的な主張も行うようになった。

星雲は世代が近い江沢民(元国家主席)とは2回会っており、同じ江蘇省出身である関係もあって個人的にも信頼関係を築いたらしい。また、2014年には国民党名誉首席の連戦が率いる訪中交流団に加わる形で習近平とも面会した。この際、習近平は星雲に「(星雲)大師が私に送ってくださる書籍は、すべて読んでいます」と声を掛け、星雲も習政権のスローガンである「中国の夢」を大いに讃えてみせた。

佛光山の中国との距離の近さは、創価学会と負けず劣らずなのだ。そもそも、中国は1950年代から当時国交がなかった日本へのアプローチとして仏教外交を利用しており、創価学会と深い関係を築いたのも、この文脈の延長線上のことだった。佛光山についても、やはり中国の仏教外交チャンネルの大きな柱である。中国から見れば、台湾に対する統一戦線工作のうえでは欠かせないファクターだ。

伊香保に根付いた仏教版ディズニーランド

もっとも、佛光山は教義それ自体は「まとも」である。日本においても、1993年に東京都板橋区に最初の日本拠点・東京佛光山寺が建立されて以来、山梨県の佛光山本栖寺、さらに名古屋・大阪・福岡などの各地に寺を建てている。なかでも豪壮なのが、2018年に群馬県渋川市の伊香保温泉のすぐ近くに建てられた佛光山法水寺だ。

関東の名湯として長年知られてきた伊香保温泉は、周辺に牧場や遊園地、複数の美術館や博物館などが点在し、これらをめぐりながら滞在するのがおすすめだ。そして2018年からは、この近隣の観光スポットに法水寺が加わった。渋川伊香保温泉観光協会のウェブページにもばっちり記載されており、現地で信頼を得ているようだ。

日本にある佛光山系の寺院のなかで、法水寺は台湾本国の大本山と同じく「観光」に特化した寺院である(海外の宗教施設が普通の観光施設として市民権を持つ事例は、日本ではあまりないだろう)。

なんとコスプレコーナーも存在。「人間仏教」の実践のためには、まず参拝者に楽しんでもらわないといけないのだ。法水寺にて(撮影:Soichiro Koriyama)

日本で観光名所化する台湾寺院

今年の4月中旬、法水寺に実際に行ってみたところ、山腹の広大な空間が寺域になっており、駐車場から本堂(大雄宝殿)まで238段もあるという石段が長々と伸びていた。天候は快晴で、ウグイスの鳴き声と新緑が五感に心地いい。寺域には宿坊のほか、写経所や禅堂などさまざまな建物があり、いずれも極めて壮麗だった。

温泉旅行のついでに見に来る人も多いらしく、10分間に1組くらいは訪問者がいる。多くは日本人だが、なかには伊香保温泉に来たついでにお参りにきたという台湾人観光客の信者もいた。

「人間仏教」を掲げる佛光山だけに、山内には仏様のコスプレコーナーがあるなど、日本の寺では見られないシュールな一角もある(けっこう楽しい)。いっぽう、寺院内の仏像にはそれぞれ、それがどういう仏様なのかを解説する日本語の文章が付いていた。予備知識がない人にも教えを伝えようとする親切な取り組みは好印象だ。

とりあず筆者もお釈迦様のカツラをかぶってコスプレしてみました(撮影:Soichiro Koriyama)

出口付近には、台湾式の精進料理をおしゃれな形態で出す「ベジカフェ 滴水堂」という食堂がある。日本の場合、精進料理は味の薄いストイックな作り方がなされることが多いのだが、中華圏の場合はむしろ、「肉を食べてはいけないのでかわりに大豆で肉と似たような味を再現する」といった、いわば肉料理や魚料理のジェネリック料理を作る。

この中華系精進料理は「素食」と呼ばれ、本物の肉や魚の料理と勝負しても負けないほど美味しいのが特徴だ。たとえ肉や五葷(ネギやにんにくなど)を絶っても美食を諦めない、中華文化らしい食べ物である。

海外展開と多角経営に成功した宗教

佛光山はややアクが強い教団だが、宗教的には真面目だ。実際に法水寺を見ても、とにかく間口を広げて多くの人に仏教を広めたいという意気込みを感じる。日本の寺院関係者が学ぶべきところもたくさんありそうだ。

世界展開をおこなっていることを大々的に宣伝。ブラジルや南アフリカにもある⁉(撮影:Soichiro Koriyama)

もっとも、佛光山のアグレッシブな海外展開や布教、多角経営などの特徴が、今後も現在のテンションを保っていけるかは見通せない。特に政治への接近や中国共産党との熱心な交流は、外省人の1世である星雲の個人的な思いが大きいと思われるだけに、今後は世代がかわることで徐々に変わっていきそうだ。

新興教団を大成長させたカリスマ的な宗教家が亡くなることで、当初は尖っていた教団の雰囲気がマイルドになり、よくも悪くも普通の宗教団体として社会で受け入れられていく。佛光山もこのパターンに入っていくのかもしれない。伊香保温泉を訪れたときには、すこし足を伸ばしてそんな佛光山の変化をウォッチしてみるのも面白そうである。

取材・文/安田峰俊 撮影/Souichiro Koriyama

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