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気づかぬうちに円資産の価値がどんどん減価している! 日本国民はほぼ不可避、本当に怖い「インフレ課税」

集英社オンライン / 2023年8月2日 10時1分

財布の現金や預金通帳の数字には何も変化が起こらないのに、秘かに円の購買力が失われていくーー昨今、日本円を蝕んでいる「インフレ課税」とはいったい、なにが恐ろしいのか?元日銀で第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏の『インフレ課税と闘う!』より一部を抜粋、編集してお届けする。

政府債務と家計資産が同時に消える

隠れた日本の債務削減作用として、インフレ効果がある。物価が2倍になれば、過去の債務価値は半分(1/2)に減る。これは、物価が2倍になって、税収も2倍になるという関係があるから、債務返済能力が高まって、債務の実質価値が半分になるという解釈もできる。

政府は、さすがにインフレ調整を前面に出すことはできないので、経済規模(名目GDP)を尺度にして、政府債務が先々は相対的に小さくなるという見通しを発表している。



2023年1月の「中長期の経済財政に関する試算」(成長実現ケース)では、2022年度の公債等残高の対名目GDP比が217・0%と過去最高になった後、10年後の2032年度は171・7%まで下がる見通しになっている。名目GDPが1・36倍に増える効果を見ているのである(この間、一般会計の税収も1・36倍)。

注意したいのは、政府債務残高が軽くなるとき、同時に家計金融資産残高も軽くなることだ。日本全体のバランスシートでは、資産と負債は裏腹の関係でつながっている。家計が金融資産を取り崩して納税すると、その税収の一部が政府債務の返済に回って、政府債務残高を減らす。反対に、政府が低所得者向けの給付金を3兆円ほど支給すると、家計金融資産残高は3兆円増える。

もう一方で、給付金を全額国債発行で賄うと、政府債務残高は3兆円増える。政府債務の増減と、民間部門の資産増減はパラレルに動く。同様に、実質価値で見たときは、政府債務残高が2%ほどインフレで減るとき、家計金融資産も2%ほど減ってしまう。こうした国民資産の価値の減少は、増税と同じ効果を持つので、インフレ課税(Inflation Tax)と呼ばれる。

日銀の黒田前総裁が利上げ観測を全面的に否定してきた理由

このインフレ課税は、債務者には有利である反面、債権者には不利に働く。長期貸付をしている人には特に不利である。そのため、債権者は貸付金にしかるべき金利を適用し、それも期間が長くなるほど高い金利を上乗せしている(期間プレミアム)。

国債利回りは、もともとインフレ見通しを織り込む仕組みである。長期国債が10年後に償還されるときの額面+クーポンの金額が、インフレ分を調整して、その時点でどのくらいの価値になるかを計算して、流通価格を決めて取引している。流通価格=割引現在価値になる。

もっとも、日本の場合は、日銀が国債市場に介入して、流通価格が下がりにくいように、高値で買いまくるオペレーションをすることで、需給コントロールを極端に強めてきた。その結果、長期金利は極端に低下している(流通価格は高値維持)。

この傾向は、2016年9月にイールドカーブ・コントロール(YCC)という仕掛けを作って、10年金利の基準を0%にすることで極まった感がある。つまり、将来のインフレリスクに見合う分を、債権者は受け取れない状態なのである。

反面、日本の投資家は、インフレ課税のリスクに対して、極めて脆弱になってしまっている。超低金利が当たり前という感覚が浸透して、不意打ちのようなインフレに遭遇しても、投資家たちは機敏に動けない。こうしたインフレ課税には、日銀の金融政策が極めて深く関与している。

超低金利によって内外金利差が拡大することが一層の円安を促す。円安が加速するから輸入物価が上がって、消費者物価も上昇する。それでも超低金利を修正しないので、円資産の減価が進んでしまう。

黒田前総裁は、インフレ課税によって政府債務残高が減価することを知らなかったわけがない。今にして思えば、黒田前総裁は、2022年に消費者物価が上昇し始めてから、「物価上昇は一時的」とか、「賃金が上昇していないので、自分が思っている物価上昇ではない」と言って、利上げ観測を全面的に否定してきた。

もしかすると、そうした態度の裏には、インフレ課税を通じて政府債務残高を減価させることを暗に見過ごしていたのではないかと疑ってしまう。

債務者が得をして、債権者が損をする

もしも、日本政府自身が、増税や大胆な歳出カットを行って政府債務を減らしにかかったとしたら、その痛みが批判の的となっただろう。政治的反発や国民からの不満も高まったであろう。それに比べると、インフレ課税は、秘かに円資産の価値を減価することができる。政府債務残高も、気づかれないうちに重さが軽くなっていく。

国民は、自分たちの円資産の購買力が徐々に消えてしまうことに意識を向けにくい。しかも、円資産を持っている限りは、国民が逃れることが最も難しいかたちの課税方式である。債務者は秘かに得をして、債権者は何も動けないままに損失を被ってしまう。財布の現金や、預金通帳の数字に何も変化が起こらないのに、こっそりと購買力を失っていくのがインフレ課税の怖さだ。

こうした効果について、詳細に過去の分析を進めたのは、20世紀の偉大な経済学者ジョン・M・ケインズ(1883〜1946)である。1923年に出版された『貨幣改革論』では、インフレ作用と財政問題について深い洞察が示されている。

正直に告白すると、筆者はケインズのアイデアを下敷きにして、本書を書いている。ちょうど100年前の巨人の肩の上に乗って、インフレの影響について見通すことができるのだ。

ケインズが指摘しているのは、インフレが富の分配を変えてしまうことである。新しく価値を創出できる企業家(実業階級)はインフレの中で得する機会を得る。反対に、貯蓄者(投資階級)は過去の所得から蓄積された富をインフレで失う。これは、債務者が得をして、債権者が損をするのと同じ意味である。

文/熊野英生 写真/shutterstock

インフレ課税と闘う!

熊野 英生

2023年5月26日発売

1,980円(税込)

四六判/344ページ

ISBN:

978-4-08-786138-9

もはやインフレは止まらない!
これからの日本経済、私たちの生活はどうなる?

コロナ禍やウクライナ戦争を経て、世界経済の循環は滞り、エネルギー価格などが高騰した結果、世界中でインフレが日常化している。2022年からアメリカでは、8%を超えるインフレが続き、米国の0%だった金利は5%を超えるまでになろうとしている。世界経済のフェーズが完全に変わった!

30年以上、ずっとデフレが続いた日本も例外ではなく、ここ数年来、上昇してきた土地やマンションなどの不動産ばかりでなく、石油や天然ガスなどのエネルギー価格が高騰したため、まずは電気料金が上がった。さらに円安でも打撃を受け、輸入食品ばかりではく、今や日常の生鮮食品などの物価がぐんぐん上がりだした。2021年までのデフレモードはすっかり変わり、あらゆるものが値上げされ、家計にダメージが直撃した。

これからは、「物価は上昇するもの」というインフレ前提で、家計をやりくりし、財産も守っていかなければならない。一方、物価の上昇ほどには、給与所得は上がらず、しかもインフレからは逃れられないことから、これはまさに「インフレ課税」とも言えるだろう。

昨今の円安は、海外シフトを進めてきた日本の企業にとってもはや有利とは言えず、エネルギーや食料品の輸入が多い日本にとっては、ダメージの方が大きい。日本の経済力も、かつてGDPが世界2位であったことが夢のようで、衰退の方向に向かっている。日銀の総裁も植田総裁に変わったが、この金融緩和状況はしばらく続きそうだと言われている。

しかし日本経済が、大きな転換点に直面していることは疑いもない。国家破綻などありえないと言われてきたが、果たして本当にそうなのか?
これから日本経済はどう変わっていくのか? そんななかで、私たちはどのように働き、財産を築いていくべきなのか?
個人の防衛手段として外貨投資や、副業のすすめなど、具体的な対処法や、価値観の切り替えなども指南する、著者渾身の一冊!

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