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日本人の賃金が上がらないのは高齢化が原因なのか? 「金融抑圧」と「インフレ課税」立ち向かうただひとつの方法

集英社オンライン / 2023年8月3日 10時1分

インフレによる物価高が続く中、日本人の給与所得は上がらず、「インフレ課税」がじりじりと家計にダメージを与えている。いまや日本人の平均年齢は約48歳で世界最高水準と言われるが、賃金が上がらないのは、本当に国民の「高齢化」が原因なのか?元日銀で第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏の『インフレ課税と闘う!』より一部を抜粋、編集してお届けする。

40年前のインフレとなにが違うのか?

日本がインフレに見舞われたのは、2022年が初めてではない。遡ると、40年以上も前の1979~1982年に第二次石油危機が起こった。1979年のイラン革命が引き金になった原油高騰から始まったインフレである。1980年の消費者物価上昇率は7.7%まで上がる。余波は、1981・1982年にも残ってインフレ率を高止まりさせた。



しかし、現在とは様々な経済条件が大きく異なっていた。特徴的なのは、賃金上昇率と預金金利の水準が高かったことである。家計が受けるインフレの痛みは、それらの効果によって大きく緩和されていた。

それに比べて現在は、物価が上がって、賃金も上がりにくく、かつ預金金利もゼロ%近くに張り付いたまま。それがインフレ課税を生み出す。何も手立てを講じなければ、時間とともにジリ貧になっていく。これは、格差拡大にもつながる。40年前のインフレとは根本的に違うのだ。

では、なぜインフレ率に、賃金上昇率や預金金利が同調して動かない事態が生じているのだろうか。一体、その違いの背景にあるものは何なのだろうか。例えば、1990年代のバブル崩壊、それに続く金融危機なのか? いや、欧米各国は同じような金融危機を2008年のリーマンショックで経験した。しかし、欧米は「日本化」しなかった。

一つの仮説は、人口動態だ。象徴的なのは、日本人の平均年齢(中央値)が高齢化したことだ。1985年の平均年齢は32.5歳であった。最近(2020年)は48.4歳だ(国連統計)。32歳と48歳の体力は著しく違っている。それに比べて、米国の平均年齢は現在も38歳。カナダ・イギリス・フランスの41~42歳と比べても、いくらか若い。

人口構成の格差が、経済データの背後にはあり、現在の日本経済のパフォーマンスに影を落としていることが暗示される。1985年の日本は、若くて伸び代が十分にあった。国の若さが賃金上昇や金利水準の高さにも反映している。これは、企業の従業員の平均年齢を考えれば、よくわかるだろう。

平均年齢が32歳の企業は、シニアになるまでまだ賃金水準を上げていかなくてはいけないと経営者が思う。しかし、もう48歳ならば、ベースアップの期間は終了して、経営者は従業員の給与水準を見て、もう十分に高すぎると感じる。むしろ、70歳まで働いてもらうのならば、賃上げではなくて、50歳以降は賃下げをして長くいてもらおうという発想に傾く。

賃金が上がらないのは本当に高齢化だけが原因なのか?

経済データの低調さは、定性的に言えば、企業の従業員が高齢化して、以前ほどに活力を発揮できなくなったことにあるのだろう。低い賃金上昇率と超低金利に国民が慣れてきた原因も高齢化が影を落としている。みんなが労働運動を盛んに行って、賃上げを勝ち取ろうという元気がなくなったこともかたちを変えた高齢化ということができる。

筆者は、この問題の分析はもっと用意周到に、かつ牛が食物を反芻するように、何度も検討する必要があると思う。「なぜ、インフレ率に、賃金上昇率や預金金利が同調して動かないのか?」という疑問の答えについて、「本当に高齢化だけが原因なのか??」と何度も疑ってかかる必要がある。

例えば、企業の利益は増えているのに、その分配は十分に行われているのか。シニアになれば、賃金の上増しは不要という発想は、それこそ平均寿命が70歳だった時代の感覚ではないか。

私たちは、むしろ70歳まで働く可能性がある。だから、年齢によって一律に賃金カットをするのは悪平等だ。生産性の高い従業員には、年齢とは無関係に高い給与を支払うべきではないか。

実は、経営者の頭の中に、過去の常識が根強くあって、60歳以上には高い給与を渡さなくても十分に暮らせるだろうという先入観があるのではないかとも考えられる。「人生100年時代」の報酬分配は、まだ新しいパラダイムが確立されていないのだ。

新しいパラダイムが存在しないときは、時代遅れだとわかっていても、多くの人が旧パラダイムに頼るものだ。それが、従業員の高齢化の中で、賃上げが思うように進まない理由になる。

さらに次の論点として、賃上げの不全と並ぶ、超低金利はどうなのだろうか。「本当に高齢化だけが原因なのか?」を再度考えたい。

そこには日銀の政策スタンスが深く関わっている。日本は、インフレなのにまだマイナス金利政策を維持している。2022年末、物価上昇率が4%近いのに、デフレ時代のマイナス金利をまだ是正しようとしない。

世界中では、EU、スイス、デンマーク、スウェーデンもマイナス金利を次々と解除した。日本だけがまだ止められない。これは、経済状況を見て慎重なのではなく、むしろ、政府の債務負担に配慮したものだと考えられる。

歴史を紐解くと、同じような事例が戦争後に起こっている。第二次世界大戦後のイギリスがそうだった。戦時債務の急増に対して、イングランド銀行は短期の財務省証券(Tビル)の金利を1945年10月に1.0%から0.5%にした。長期金利も3%近辺だった水準を2.5%に誘導しようとした。これは、国債価格維持政策である。

国債価格を高値に中央銀行がつり上げると、金利は低くなる。こうした維持をイングランド銀行は1979年にサッチャー政権の改革が行われるまで断続的に継続した。中央銀行が、財政事情に配慮して、人為的に金利水準を押し下げる状況を「金融抑圧」(Financial Repression)と呼ぶ。イギリスの公的債務残高の比率は1960年に109%、1980年に49%に下がった。金融抑圧は約40年間も続いたとされる。

「金融抑圧」こそ円安が続く理由のひとつ

これはイギリスだけに特有のことではない。米国でも、第二次世界大戦で発行した国債残高の利払いを軽減するために、FRBは財政に従属して、国債価格維持を継続した。ようやく、1951年に政府とFRBの協定(アコード)が結ばれて、FRBの独立性が果たされた。

日銀も、高橋(是清)財政で国債引き受けを決定して、2・26事件以降は軍事費を国債発行で捻出する体制に組み込まれた。税収に基づかず、急増する軍事費を賄えるようにバックアップしたのだ。

今後の日本経済を考えると、最悪の場合、第二次世界大戦後のイギリスや米国と同じような運命を辿る可能性があると考えられる。ハイパーインフレや長期金利の急上昇というマーケットの反乱が起こるのは、「ハードランディング・シナリオ」だ。仮に、それを避けられても、じわじわと円安が進み、インフレ課税が長期間にわたって続くというシナリオに追い込まれる蓋然性は高い。

実は、この金融抑圧が、私たちを円安に陥れている原因の一つだ。経済学の教科書では、インフレ期には通貨が減価すると教えられる。ならば、2022年のようなときは、欧米の方がインフレ率が高いのだから、ドル安・ユーロ安になり、円高になるはずだ。

しかし、現実はそうならなかった。ドル高、円安になった。理由は、米国が利上げをして、日本は利上げできなかったからだ。欧米の国民は、インフレ課税の資産目減り分を中央銀行の利上げによっていくらか取り返せていると言える。

問題は、私たち日本人の金融資産運用を金融抑圧の下でどうするかだ。円資産は、高い利回りが期待できないとなると、やはり海外金利で運用するしかない。欧米各国は、インフレに応じて利上げを進めている。利上げができない日本に対して、海外では利上げをしている。ならば、私たちも運用資産の一部を海外にシフトさせるしかない。

文/熊野英生 写真/shutterstock

インフレ課税と闘う!

熊野 英生

2023年5月26日発売

1,980円(税込)

四六判/344ページ

ISBN:

978-4-08-786138-9

もはやインフレは止まらない!
これからの日本経済、私たちの生活はどうなる?

コロナ禍やウクライナ戦争を経て、世界経済の循環は滞り、エネルギー価格などが高騰した結果、世界中でインフレが日常化している。2022年からアメリカでは、8%を超えるインフレが続き、米国の0%だった金利は5%を超えるまでになろうとしている。世界経済のフェーズが完全に変わった!

30年以上、ずっとデフレが続いた日本も例外ではなく、ここ数年来、上昇してきた土地やマンションなどの不動産ばかりでなく、石油や天然ガスなどのエネルギー価格が高騰したため、まずは電気料金が上がった。さらに円安でも打撃を受け、輸入食品ばかりではく、今や日常の生鮮食品などの物価がぐんぐん上がりだした。2021年までのデフレモードはすっかり変わり、あらゆるものが値上げされ、家計にダメージが直撃した。

これからは、「物価は上昇するもの」というインフレ前提で、家計をやりくりし、財産も守っていかなければならない。一方、物価の上昇ほどには、給与所得は上がらず、しかもインフレからは逃れられないことから、これはまさに「インフレ課税」とも言えるだろう。

昨今の円安は、海外シフトを進めてきた日本の企業にとってもはや有利とは言えず、エネルギーや食料品の輸入が多い日本にとっては、ダメージの方が大きい。日本の経済力も、かつてGDPが世界2位であったことが夢のようで、衰退の方向に向かっている。日銀の総裁も植田総裁に変わったが、この金融緩和状況はしばらく続きそうだと言われている。

しかし日本経済が、大きな転換点に直面していることは疑いもない。国家破綻などありえないと言われてきたが、果たして本当にそうなのか?
これから日本経済はどう変わっていくのか? そんななかで、私たちはどのように働き、財産を築いていくべきなのか?
個人の防衛手段として外貨投資や、副業のすすめなど、具体的な対処法や、価値観の切り替えなども指南する、著者渾身の一冊!

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