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インフレ真っ只中で日本が生き残るカギは「賃上げ」にあらず。カナダや韓国よりも低い「労働生産性」を上げるにはどうすればいいか?

集英社オンライン / 2023年8月4日 10時1分

インフレにより物価は上がる一方なのに、日本では給与所得が上がらず、「インフレ課税」は重くのしかかるばかり。唯一の打開策は、日本の「生産性上昇」にあるという。元日銀で第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏の『インフレ課税と闘う!』より一部を抜粋、編集してお届けする。

企業が賃上げをしても生活が楽にならない理由

私たちは物価が上昇して、勤め先に何とか賃上げをしてほしいと願う。生活コスト増加の1万円分に対して、賃上げによる1万円の収入増加でカバーができればと思う。これは、極めて明快な理屈である。

それは正論なのだが、事情はそう簡単ではない。世の中は、皆が賃上げをし始めると、労働コストの増加分をそのまま価格に転嫁し始めるからだ。世の中全体の変化を「マクロの変化」と呼ぶ。物価上昇率は、このマクロの変化だ。



賃金が3%上がったとき、価格転嫁が進んで物価上昇率が3%上がってしまうと、実質賃金の上昇率は0%である。単なる賃上げでは、実質賃金が上がらなくなるという問題が起こる。

次に、その理屈を簡単に説明したい。多くの企業では、2021年頃から値上げを実施してきた。輸入インフレによって原材料コストが上昇してきたからだ。企業にとっては、売上原価率が上昇すると、付加価値率(=付加価値÷売上)が圧縮される。だから、販売価格を引き上げて、付加価値率を一定に保つように、価格転嫁に踏み切ったのである。

これまで企業の価格転嫁の作用は働きにくいと見られてきたが、2021年以降の経験では必ずしもそうではなかった。仕入コストの増加は、販売価格にそれなりに転嫁されてきた。食品などでは、1社が値上げをすると、他社も追随して値上げに走る。それまでの値上げはしないという横並びが崩れて、値上げするという横並びへと動かされた。

今後、賃上げによって人件費が増えると、企業はやはり値上げに踏み切るだろう。理由は、利益を維持するためには、人件費の上昇率と同じ程度に付加価値を上昇させて、労働分配率を一定に保とうとするからだ。

ここで考えたいのは、すべての勤労者が賃上げされると、物価が上昇してしまい、結局は実質賃金は上がらなくなってしまうという矛盾についてだ。このロジックは、経済学では「合成の誤謬」と言われる典型的なパラドックスである。

日本の生産性の伸び率は、絶望的に低くはない

では、このパラドックスを前提にして、私たちはなすすべがないのだろうか。この点について、筆者は打開の道があると考えている。それは、物価上昇率と賃金上昇率の間に、「生産性上昇」という伸び代があるので、それを高めていく。

生産性とは、労働生産性=一人当たりの労働の成果を高めることである。勤労者一人当たりの生産物が増えるとき、企業にとっては一人当たり人件費に対する生産物もまた増える。

財務的な視点で考えると、労働生産性が向上するときは、生産物の増加によって、付加価値額(=販売価格×付加価値率×生産数量)が増えている。労働投入量1単位当たりに対して、生産数量が増えている。このとき、労働分配率を一定にしていても、付加価値の増加率に併せて、同率で一人当たり賃金を増やすことができる。労働生産性上昇=実質賃金上昇率になっている。

ここでのポイントは、販売価格が据え置かれていることだ。生産性が上昇するとき、物価を抑制しながら、賃金を増やせる。つまり、実質賃金を上昇させるには、生産性上昇が不可欠になる。繰り返しにはなるが、「単なる賃上げ」ではなく、「労働生産性を引き上げながら、賃上げをする」ことが重要なのだ。

一方で、物価対策として最低賃金を上げることは、生産性上昇を伴わないので、効果的な対策とは言えない。日本の最低賃金は、2021年10月に3.1%、2022年10月に3.3%と連続して過去最高の伸び率を記録したが、パート・アルバイトの賃金上昇は2022年は0.8%と鈍かった。

最低賃金の引き上げは、低所得者対策であり、すべての勤労者にあまねく利益を還元するものではない。追求すべきは、マクロの生産性上昇ということになる。

生産性に関して、日本は国際的に低い国だとされている。日本生産性本部が毎年発表しているランキング表(労働時間1単位当たりの生産性)では、38か国中で27位(2021年)になっている。カナダや韓国よりも一人当たりの労働生産性は低いという結果である。

しかし、生産性の伸び率自体に注目すると、それほど絶望的に低くはない。過去10年間(2012~2022年)の生産性の推移は、コロナ前(~2019年)は他の先進国と同じくらいのペースであった(図表2-2-4)。問題は、コロナ禍の2020~2022年に再び他国との差がついたのではないかという点である。コロナ禍で日本企業は相対的に出遅れてしまった可能性がある。グラフでも日本は2020年の生産性は一段低くなってしまった。

日本企業から生産性を奪う「重石」

コロナ禍では、世界中でデジタル化を梃子にして、企業の生産性を飛躍的に高めようということが叫ばれた。DX化である。そのためには、仕事のプロセス自体を見直して、成果を追求することがDX化の肝である。

しかし、そうした「絵に描いたようなDX」は進まなかった。DXとは革命的転換を指すが、組織のあり方を変えようとは思わずに、道具であるデジタル機器だけを新しいものに取り替えても、何か新しい付加価値は生まれない。テクノロジーの性能を前提にして組織を変革することが本筋だ。

そうでなければ、余計な作業が増え続けて、デジタル化は生産性を高めない。最近、日本企業の生産性が高まらないのは、過去に排出された余計な作業=ブルシット・ジョブを処理できないからだという意見が多く見られる。

日本の生産性は、順位こそ低いが、伸び率だけで見ると、コロナ前(2012~2019年)は順調に伸びていた。伸び率は低くないのに、水準が低い理由は、日本の生産性の足を引っ張っている何らかのファクターが重石のようにあるからではないか。

その正体の一つが企業内に巣くっているブルシットだろう。ブルシットとは、品のないスラングで、「くそどうでもいいもの」を指す。「いまいましい」という感じだろうか。利益とは無関係に、無意味なルールを盾に仕事の効率を下げる行為だ。

過去の個人的な体験でも、他人の仕事に割り込んできて、無意味な手続きを押しつけることしかしない人がいる。わかっていながら誰もそれを制止できないこともある。だから、経営者はよほど鋭く監視の目を光らせておかないといけない。会社の中には、ブルシット・ジョブを量産する人が隠れている。上から眺めて見ても、面従腹背の人は見分けにくい。

さらに、日本の組織の課題は、そうした体質をデジタル化と同時に滅菌することだ。日本企業にたまった長年の澱のようなものを一掃する。口だけではなく、皆が勇気を出して、非効率なことにNOをいうことが絶対に必要だ。

私の知っているある辣腕の経営者は、口癖のように「あんたたちは本気で稼ぐ気があるんか?」と言っていた。この問い掛けは、ブルシット・ジョブを殺菌する魔法の言葉になるだろう。

文/熊野英生 写真/shutterstock

インフレ課税と闘う!

熊野 英生

2023年5月26日発売

1,980円(税込)

四六判/344ページ

ISBN:

978-4-08-786138-9

もはやインフレは止まらない!
これからの日本経済、私たちの生活はどうなる?

コロナ禍やウクライナ戦争を経て、世界経済の循環は滞り、エネルギー価格などが高騰した結果、世界中でインフレが日常化している。2022年からアメリカでは、8%を超えるインフレが続き、米国の0%だった金利は5%を超えるまでになろうとしている。世界経済のフェーズが完全に変わった!

30年以上、ずっとデフレが続いた日本も例外ではなく、ここ数年来、上昇してきた土地やマンションなどの不動産ばかりでなく、石油や天然ガスなどのエネルギー価格が高騰したため、まずは電気料金が上がった。さらに円安でも打撃を受け、輸入食品ばかりではく、今や日常の生鮮食品などの物価がぐんぐん上がりだした。2021年までのデフレモードはすっかり変わり、あらゆるものが値上げされ、家計にダメージが直撃した。

これからは、「物価は上昇するもの」というインフレ前提で、家計をやりくりし、財産も守っていかなければならない。一方、物価の上昇ほどには、給与所得は上がらず、しかもインフレからは逃れられないことから、これはまさに「インフレ課税」とも言えるだろう。

昨今の円安は、海外シフトを進めてきた日本の企業にとってもはや有利とは言えず、エネルギーや食料品の輸入が多い日本にとっては、ダメージの方が大きい。日本の経済力も、かつてGDPが世界2位であったことが夢のようで、衰退の方向に向かっている。日銀の総裁も植田総裁に変わったが、この金融緩和状況はしばらく続きそうだと言われている。

しかし日本経済が、大きな転換点に直面していることは疑いもない。国家破綻などありえないと言われてきたが、果たして本当にそうなのか?
これから日本経済はどう変わっていくのか? そんななかで、私たちはどのように働き、財産を築いていくべきなのか?
個人の防衛手段として外貨投資や、副業のすすめなど、具体的な対処法や、価値観の切り替えなども指南する、著者渾身の一冊!

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