「中森明菜という新人アイドルがデビューして、いまアルバム制作の準備中です。曲を集めていますから、書いてみたらどうですか?」
その頃、まだ駆け出しだった売野雅勇(うりのまさお)は、あるミュージシャンのマネージャーから、こんな仕事の依頼を貰った。コピーライターから作詞家に転じた売野が、チェッカーズの一連のヒット曲で一躍売れっ子の仲間入りを果たす“前夜”の話だ。
当時の彼は、まだアイドルに楽曲を提供したことがなく、どちらかと言えば大人がやる仕事ではないと軽蔑に近い感情を抱いていたという。
「そうは言っても書き方も分からないし、締め切りも迫ってくる。ストックと言えるものは、沢田研二に書いてボツになった1曲だけ。男性がプールサイドで10代の女の子を口説こうとしている設定の『ロリータ』という曲でした。僕はこの視点を逆にして、主人公を入れ替え、女性の目線にしたら書けるかもしれないと閃(ひらめ)いたのです」