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ウクライナ戦争以後の世界と日本――新・安全保障論特別座談会 柳澤協二×伊勢﨑賢治×加藤朗×林吉永

集英社オンライン / 2022年5月19日 13時1分

2022年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻。ウクライナ軍の徹底抗戦で戦闘が継続する4月1日、この座談会は行われました。戦況の帰趨は現時点で依然不透明ですが、この戦争は現在の国際秩序の限界を抉り出していることは確かです。安保理常任理事国であるロシアによる侵略をふまえ、戦争を抑止し、よりましな「戦後」秩序を形成するには何が必要なのでしょうか?安全保障や紛争調停の専門家にお集まりいただいた本座談会は秋以降に刊行予定の集英社新書のために行われましたが、この戦争を考えるための視座をいちはやく提供するために、冒頭と最後の部分をウェブ用に構成したものです。構成・文=松竹伸幸 撮影(鼎談)=等々力菜里 (トップ画像/AFLO)

冒頭発言——柳澤協二
●戦争が起きたことをどう考えるべきか

柳澤 2月24日にロシアによるウクライナ武力侵攻がありましたが、とにかく非常にショッキングな出来事でした。まさかこの時代に、こんな戦争をするとは全く思っていませんでした。ロシアの軍隊がウクライナの東部二州を囲むように集結していたので、ドンバスの統治をめぐる何かの政治的な思惑を秘めてやっているのだろうという程度の感覚しか私は持ってなかった。そのため余計にショックだったのです。

一方、両国の間には軍事力の圧倒的な差があるとはいえ、集結しているロシア軍は15万とか19万と言われていて、そんな数ではとてもウクライナ全土の占領などはできません。それも、まさかキーウ(キエフ)に向かって武力侵攻することはないだろうと判断していた根拠の一つなのですけれども、その観測も裏切られました。しかし、実際に侵攻されてみて、背後にある圧倒的な軍事力の差を考えると、ウクライナ、特にキーウが陥落して政権が打倒されるようなことはもう時間の問題ではないかと非常に悲観的に見ていたところ、ウクライナの人たちが結構善戦している。ロシアについて見ると、電撃作戦みたいなことをやるのかと思ったら、かなりもたついていて、非常に下手くそな戦い方しかしていないという感じもある。そうやって事態が進行しているのが、この間の事情です。

ただ、いずれにしても、こういう戦争が起きたことをどう捉えるかというところで、まず私は、いろいろ考えたというか悩まざるを得ませんでした。これまで私の一貫した問題意識は、どうやって国家間の対立を戦争にしないようにできるかという、その道を考えるところにあったのです。しかし、現に起きてしまった戦争のことを考えると、プーチンが正気ではなかったと言えばそれで済んでしまうのですが、そこから何も教訓が出てこないのです。

●侵略をやめさせるために動機や背景を考える

柳澤 もう一つの見方として、ゼレンスキーのほうに問題があるのではないかという主張をする人がいます。西欧のおだてに乗って、余計なファイティングポーズを取ったゼレンスキーのほうが悪いという言い方をするわけです。ただこれもちょっと違うと思います。こういう戦争を起こしてはいけないのですから、ひとりの人間としてこれをどう捉えるかといえば、やはり戦争を起こした者を許してはいけないということが、まず原点になければいけないと思います。

しからばどうするべきか。即時停戦を求める団体、人々の声明はいろいろあるようです。けれども、停戦をするには、攻めてきた側がその気にならないといけません。守っている側に停戦を求めても、それは無理な話なのです。だから、停戦を求めるのではなくて、攻めてきた側が戦争行為そのものをすぐに止めさせることが基本でしょう。そうすると、では一体なぜ攻めてきたのだという、その動機なり背景なりを考えなければいけない。

そのことを考えると、確かに、冷戦が終わって予想よりずっと早くドイツ統一があり、ソ連が崩壊して以降、その後NATOが東方拡大をしていく問題がある。この問題に対して、ロシア側の不満なり不安感が当時から確かにあったんだろうとは思います。しかし、だからといって、この問題を反米の枠組みで捉えて、やはり悪いのはアメリカだという言い方は、これは全然私の感覚に合わないのです。そういう問題があったとしても、それを戦争という形で、小国を攻める戦争をするような形で解決しようとすることは、やはり本当に禁じ手なのであって、そこに踏み切ったプーチンを許してはいけないのです。

ただし、この戦争をどう止めていくかということになると、それに対して戦争をもって応えるというのは、ますます戦争を拡大して泥沼化していくことです。だから、私はこれまで大きな戦争をどう起こさないようにするかを考えてきたけれども、そういうことを考える前に、起きた戦争をどう止めるか、武力の拡大によらずにどう止めるかを考えるところに、今回の戦争を考える一つの意味があると思っているのです。だから私は全然政治的には力はないのですが、開戦の当初から、プーチンの戦争をどう止めるかという国際世論を高めなければいけないという主張を、紙に書いたりもして、国会議員などにも伝えてきたのです。

●国連総会の役割、経済制裁の意味

柳澤 そういう中で、国連総会がロシアを非難する決議をしたことは大事だと思います。いうまでもなく、ロシアは国連常任理事国ですから、この問題について安保理は機能しないので、国連総会による批判は当然やらなければいけない。こういう国際世論による包囲網をつくっていくことがどうしても必要なのです。

経済制裁をどう考えるかは、なかなか難しいテーマです。しかし、本当に戦争を止めるような力を持つ措置を取ろうとすれば、しかもそれを武力ではなくて経済制裁でやろうとするのだったら、いわゆる「返り血」は覚悟してでも相当強力な実効性ある制裁をしなければいけないと思っていたし、そう書いてきました。実際の事態の進行を見ると、国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアが除外されるとか、時間はかかるけれどロシアへのエネルギー依存をやめる方針が出されてきていることとか、物事はそのように進んでいるようです。その結果、弱者への影響をはじめいろいろな被害はあるけれども、起きた戦争に対する対応として必要なことでもあるし、まず戦争を止めるほうが優先課題という意味ではやむを得ないことだろうと見ています。

ただし、戦争というのは、経済制裁と国際世論だけで止めるには、かなり時間がかかります。戦争を始めた側が疲れてきて、もう止めたいと思うような状況にならないと、なかなか終わることはない。現実の動きを見ると、ここに来て停戦交渉が一応動き出していることは大事ですが、プーチンがまだその時期ではないと言っているようです。戦争を仕掛けたロシアの側も、相当な被害を現に被っているようですが、戦争を継続する意志をさらに少しでも減らしていくようなプロセスが必要なのだろうと思います。

●どうやって停戦するか

柳澤 ゼレンスキーが出している停戦の条件は、細かく言えばいろいろ問題があるかもしれませんが、全体として理にかなったことだと思っています。NATOという集団的自衛権に基づく同盟関係ではない形のウクライナ独立の保証を求めるとか──誰がその独立を保証する当事者として適当かという問題は措いて──、クリミアについては15年間話し合いましょうとかの条件です。これも、多分15年たてばプーチンもいないだろうという思惑もあるのかもしれないが、この種の領土をめぐる争いについては、とにかく冷却期間を取るというのは合理的な提案だろうと思います。

ただ、東部二州の扱いについては何も触れておらず、ゼレンスキーはプーチンと直談判したいと言っている状況です。これはなかなか難しい問題で、プーチンの側にどこかで幕引きをしようとする意図が生じたとすると、不愉快なことだけれど、どこかでプーチンに花を持たせるような結末を考えなければいけないという局面がそろそろ出てくるのかなとも思います。それが東部二州の事実上の割譲みたいな結果になるのかもしれない。ただ、そうなったとしても、それはウクライナの決断なので、批判するわけにもいかない。また、それをのもうという気配すら、今のところプーチンには見えないのが状況です。

とにかく、心情的にはウクライナに本当に頑張ってもらいたいと思っているわけだけれども、現実には人道危機のような状況を何とか早く終わらせなければいけないという要素もあります。そういう意味で、この戦争を早く終わらせるためには、プーチンがある程度の窮地に陥って、戦争継続を諦めることが一番大事だと思うので、そういう方向にぜひ進んでもらいたいと思っています。

●戦後の国際秩序をどうするか

柳澤 ただ、そろそろ考えなくてはいけないのは、この戦争が何らかの形でけりがついたとして、その後にどうしていくのかということです。一つは、当事者同士が何らかの合意に達したのに、他国が制裁を続けられるかという問題もある。しかしながら、当事者同士がいいと言ったとしても、それはしょせん武力でなし得た現状変更を認めることだとすれば、それを国際社会は許していいのかという問題でもあるわけです。こういうところについてどう折り合いをつけていくのかという非常に難しい問題がある。

それからもう一つは、こういう戦争を二度と起こさないためにはどうするのかということです。そこを今回は議論したいのですが、一番鍵になるのは、武力を使わないような世界を展望するとすれば、やはりそれは戦争しないという国際世論をどうつくるかにかかっている。それから、プーチンが言い出した核兵器による脅しのことも含めれば、核の使用を絶対に許さないような国際世論をどう盛り上げていくかということです。本当に目の前で戦争の状況を我々はテレビで見ているわけですから、こういうことを二度と起こさないという国際世論をつくるということ、これがこれからの課題になっていくんだろうと思います。

冒頭になりましたが、この戦争を見ていて、今日時点での私の思いを言えば、そんなところになると思います。

冒頭発言——伊勢﨑賢治
●侵攻の前にロシアの研究者の意見を聞いた

伊勢﨑 実は、今回の戦争が起きるちょうど3か月前の昨年末、NATO加盟国の2か国、ロシアに接するノルウェー、そして米露の権益が衝突する北極海に浮かぶアイスランドに招待されて行ってきました。ノルウェーでの会議を主催したのは、オスロ国際平和研究所。ノーベル平和賞の最初のショートリストを出すところです。研究者を世界から集めた会議ですが、そこにはロシアからの研究者も来ていたのです。

この会議の議論の焦点は「ロシア」です。東部2州の周りにロシア軍が集中し出したのが、去年(2021年)の4月頃からでしたので、会議があった11月末から12月にかけての頃には10万以上の兵力がウクライナの周りに集結して、危機感が高まっていたのです。ノルウェーは、NATO加盟国でありながらロシアと接している国ですから、ノルウェーの国内政局と世論は、当然ですが歴史的に二極化され揺れてきました。ロシアを刺激しない派と、NATOべったり派の間を。この時の世論は後者の方に振り切られ始めていましたから、僕を含め集まった研究者たちの緊張感は、半端ではありませんでした。

ロシアの研究者と議論するのは、僕にとって初めてではありません。アメリカ・NATOのアフガニスタン戦が佳境の時、ロシアの国防省に呼ばれ専門家たちと交流したことがあります。アメリカとNATOの苦境をよく分析しているなぁという印象の記憶が残っています。でも、ロシア国外で議論するのは初めてでした。

日本の一部の国際政治学者とロシア専門家たちは、この戦争が今年2月24日に“突然”始まった侵略行為という印象操作を意識的にやっているように見えます。だからこそプーチンのことをunpredictable(予測不可能)な怪物だとか、完全に正気を失った異常者とまで言っている。

しかし、開戦の3か月前のノルウェーでの僕たちの議論では、ロシアによる開戦は明確に予測されていた。プーチンだったら「この機」を逃さないだろうと。じゃあ具体的な開戦の時期は? 今年のアメリカの中間選挙、それまでのいつかだろうと。

バイデン政権の一方的な撤退宣言によって引き起こされた、昨年8月のNATOのアフガン戦争の敗退は、アメリカとアメリカ以外のNATO諸国との信頼関係に決定的な亀裂を生んだのです。NATOは、この屈辱的な敗戦、それも、これは日本の研究者全般に欠落した認識なのですが、NATOが設立以来初めて、そして今のところ唯一のNATO憲章第5条(NATO加盟国のひとつに対する攻撃はNATO全体への攻撃とする、という原則)作戦の完敗を総括さえできていない状態だったのです。

アメリカ国民も、NATO諸国の国民も、自らの兵を新たな戦場に送るなんて絶対に支持しない厭戦気分の状態。だから、プーチンがやるのだったら今。アメリカの中間選挙前までにやるだろうと。

●「キーウにも迫るだろうが占領は考えていない」というロシア人研究者の見解

伊勢﨑 じゃあ戦端が開かれたら、その後はどういう戦況になるか。今、柳澤さんが最初におっしゃったように、現在動員されているロシアの兵力では、ウクライナ全土の占領はできるわけがありません。これはアフガン戦争の経験からも明らかです。アメリカとNATOが束になって、人口4000万のウクライナよりちょっと人口の少ないアフガニスタンを平定できなかったのです。ピーク時で20万の兵力を送り、圧倒的な空爆力で攻め、同時に最終的に30万に達したアフガン国軍、それでも軽装備のタリバンに完敗してしまったのです。プーチンは冷静に見ていたはずです。その前の冷戦期には自分たちもアフガニスタンで痛い目に遭っていますしね。

だから、ロシアにはウクライナを占領統治する能力も意思もない。プーチンが言う「非ナチ化」とか「武装解除」は、ウクライナの政治軍事体制を根こそぎ変えることです。これは、時間をかけて駐留しない限り実現できません。だからプーチンの「ブラフ」なのです。

「首都キーウにも迫るだろうけれど陥落させるまでのリスクはとらない」。そういう見方がなされたのです。

もちろん、ロシアは徴兵制がある国ですから、ロシア国民に広くそれを敷けば、昔の赤軍みたいに80万とか100万というような総兵力を確保できるかもしれない。けれども、ロシア人研究者は、「それは絶対あり得ない」と。

柳澤 ロシアの研究者が言った。

伊勢﨑 はい。きっぱりと。広い徴兵を敷こうとしたら、国民の方が黙っていない。今のロシアは昔と違う、ということでした。

そのリスクをプーチンは頭に刷り込んでいるはずだから、リザーブ、予備役を使うぐらいに止めるだろうと言っていました。

●占領統治に莫大な兵力が必要だと誰もが分かっている

伊勢﨑 僕は2017年に太平洋地域陸軍参謀総長会議(PACC)という会議にアメリカ陸軍から呼ばれて参加しました。場所は韓国ソウルです。ちょうどトランプがソーシャルメディアで米朝開戦をほのめかしていて、世界中、特に日本国民とメディアが騒然となっていた時です。僕がNATO主要諸国を含む親米32か国の陸軍のトップ達に講演を頼まれたテーマは、まさに「占領統治」。チャタムハウスルールで、会議中の受け答えは口外しない紳士協定が原則でしたので、どの国の誰が何を言ったかは明かせませんが、“斬首作戦”を実行した後に、北朝鮮を占領統治するというシミュレーションをやったのです。

北朝鮮の人口を2500万人として、試算では50万人から70万人の兵力が必要だと。32か国が束になっても、そんな総兵力は拠出できないという結論になりました。だから、戦争は起きてないわけです。

同じ試算を当てはめると、ウクライナの人口を4000万人として、必要兵力は80万人以上。それもロシア一国で。総動員しても土台無理なのです。

「占領統治」はブラフだとして、プーチンの狙いは何かを見極めなければなりません。やはり、既にロシアが勝手に独立を承認した東部ドンバスのふたつの州と、2014年以来実効支配を続けているクリミアをウクライナが放棄すること。そして、NATOにウクライナを「トリップワイヤー化(*)」させないこと。
*トリップワイヤー(仕掛け線)化:抑止戦略論上の用語。超大国や軍事同盟が、敵国の軍事力に均衡するよりずっと小さい兵力をその敵国の間近の緩衝国家に置き、際限のない軍拡競争のジレンマを回避する抑止力とすること

それが最低限の戦争目的であり、それ以上のものは、戦況次第で引き出せるものは引き出す。そういうことになるのではないかと。ふたつの州とクリミアの支配だけだと、クリミアがいわゆるエンクレーブ、飛び地になってしまうので、中間にある都市マリウポリを陥落させ「回廊」にする。それを更に西に、モルドバとの国境にまで拡大すれば、ウクライナは黒海にアクセスできない「内陸国」になる。

柳澤 オデッサも含めてね。

伊勢﨑 はい。その「内陸国化」がプーチンのこの戦争の最終目標であり、首都キーウへ侵攻はするが、それは見せかけで、東部と南部に展開しているウクライナ軍を誘き出し、同地を手薄にさせる陽動作戦だろうと。これらが開戦3か月前のノルウェーでの僕たちの予想だったのですが、かなり的中しています。ロシアの研究者は、我々が考えるほど政府寄りではありません。

柳澤 ありがとうございます。では加藤さん、お願いします。

冒頭発言——加藤朗
●貧しいウクライナの戦後は悲惨である

加藤 個人的なことを言うと、私はウクライナには因縁があります。ひとつは、2014年に突然私のGメールが乗っ取られたのですが、私の名前で、ウクライナで反政府側の集団にとっ捕まって人質に取られているから、ここの銀行に身代金振り込んでくれというメールが各方面に送られたのです。実際、私はその前から何度か紛争地に行ったこともあるし、捕まったこともあったので、ひょっとしたらと思った人もいたらしいんですけども。まあ、加藤がこんなにうまい英語書けるわけがないからこれは絶対に嘘だといって、みんなが信用しなかった。実はそれが一番こたえたんですけどね。

それと2017年3月、キーウとハリコフに行きました。そのため、毎日のようにあそこがやられている映像を見せられると、相当へこみました。だから、今もあまり冷静にこの問題について話すことができないのですが、それでも時間がたって、自分なりに整理が少しはついたかなという思いはしているんですけども。

案外みんなが理解してないことがあって、ウクライナって、私は初めて行ったときに、ここはアフリカかと思ったぐらいに貧しいところでした。

柳澤 貧しいですか。

加藤 貧しいです。ウクライナには過去の栄光は確かにあるでしょう。由緒ある教会や歴史的建造物など、本当にいっぱいある。だから、それに目を奪われて、何となく我々はものすごく発展した、ある意味では我々と同じような先進国同士の戦いだというふうに思いがちですけれども、経済的にどうかというレベルで考えると、とても先進国のレベル同士の戦争ではない。

参考までですが、ウクライナの一人あたりGDP(2020年)は3741ドルで、日本の10分の1です。購買力平価が1万3000円で3倍ぐらいになっていますから、貧しくてもアフリカよりはましかなと思いたいんですが、実際に見た目の印象でいうと、ウガンダやケニアのナイロビぐらいのレベルです。

ロシアだってひとりあたりのGDPは1万ドルで、世界全体のGDPに占める割合は2%もないのです。だから、GDPが2%ない国と、0コンマ何%という、この2国が戦争しているのです。例えばイランは、1980年4月から経済制裁を受けているのに、ひとりあたりGDPは1万3000ドルあります。

ですから、ロシアもウクライナも、この戦争が終わった後は相当悲惨です。ロシアは本当に経済的に立ち直れるかどうかという話です。これを頭に置いた上で、この戦争とは何だろうかと考える必要があります。

●ウクライナ戦争は19世紀型の戦争

加藤 本当に不明を恥じているのは、私は30年前に『現代戦争論 ポストモダンの紛争LIC』(中公新書、1993年)という本を書いて、これからの戦争は国家間の戦争ではない、非国家主体の戦争だとずっと言い続けてきたことです。だから、今回の戦争が起きて、本当に私の研究は何だったのだろうかと、反省しきりです。

今、戦われているのは間違いなく、19世紀型のクラウゼヴィッツの三位一体戦争です。国民と軍隊と政府による戦争です。世論がどうかという問題よりも、もっとむき出しの暴力が出てきている戦争です。停戦の問題を考えるにしても、この戦争の性格を押さえる必要がある。それともうひとつ、戦争の原因をどこに求めるのかということですが、こういう古典的な戦争の場合には、やはり指導者の価値観や世界観が大きく影響します。

それで、古典的戦争で参考になるものは何か。やはりキッシンジャーの『外交』(邦訳、上下巻、日本経済新聞出版、1996年)という本だと思い至りました。その中にロシアに関する記述があります。私は印象として大ロシア主義に基づく祖国防衛戦争だろうとは思っていたのですが、やはり『外交』にこういう記述があったのです。

「アメリカが自己を例外的な存在とみなす考え方は、時には道徳的十字軍に走らせ、時には孤立主義に走らせた。一方、ロシアが自己を例外的だとみなす考え方は、これ、宣教(ロシア正教、共産主義──加藤の注釈)の精神を呼び起こし、多くの場合、軍事的冒険に引きずり込んだ。」(『外交(上)』193ページ)

これがキッシンジャーのロシアに対する見立てなのです。もうひとつは以下の記述です。

「アメリカでは全てが契約関係に基づいているが、ロシアでは全てが信仰に基づいている。この違いを生んだのは、かつて教会が西側で選んだ立場と東側で選んだ立場の相違である。西側では二重の権威(教会と政府)が存在したが、東側では一つの権威(ロシア正教)しかなかった。」(同前)

ここでキッシンジャーが信仰というのは共産主義も含めてということです。だから、今、プーチンの思いの中には、キッシンジャーの考え方からすれば、宣教、宗教を広めている、ロシア主義を広げるということなのです。そのロシア主義とは何だろうかというと、ここでまたキッシンジャーが引用しているのが、ドストエフスキーの言葉なのです。

「国民に聞きなさい。兵隊に聞きなさい。なぜあなた方は立ち上がったのか、なぜあなた方は戦場に赴き、そこから何を期待しているのかと。彼らは一人の人間として答えるであろう。我々はキリストに仕え、抑圧されている同胞を解放しようとしている。我々はたとえヨーロッパを敵にまわしてでも、これらの抑圧された同胞のお互いの協調を図り、その自由と独立を擁護しなければならない。」(同前)

キッシンジャーが『外交』を書いたのは、今から28年前の1994年です。キッシンジャーのロシアに対する評価が当たっていると思ったので、ここに引用しました。基本的には冷戦後の国際秩序が崩壊し、第一次世界大戦以前の古典的秩序に回帰したのかもしれません。

●NPT体制と国連の機能不全

加藤 それからもっと深刻な問題があります。それはNPT体制(核兵器不拡散条約体制)が崩壊したことです。

もちろんNPT体制以前にも、核を恫喝の材料とし、道具として使った例はあります。アメリカにしても、朝鮮戦争のときもそうでしたし、ベトナム戦争のときもそうです。しかし、非核保有国に対してここまで露骨に核の恫喝をかけた例は、過去にありません。これは、NPT体制に対する明白な挑戦というよりも、この体制の崩壊としか言いようがないのです。これは極めて深刻な問題だと私は思っています。

それからもうひとつは、国連の集団安全保障体制の機能不全です。これは前から言われていたことで、もともと集団安全保障体制というのは、設立の当時から問題は抱えていたのです。これは当たり前の話で、国連安保理の常任理事国が国連憲章に違反する行為を行っても安保理は動けない。とりわけ、世界の軍事費のおおよそ半分近くを使っているアメリカが何か事を起こしたら、ほかの国がどれだけ束になってかかっても、それを収めることができない。原理的にそれは無理だとは分かっていた。にもかかわらず、ここまで露骨にされると、もう一度国連のあり方は考え直さざるを得ないだろうという気がします。

だから、常任理事国の拒否権をどうするかということと、それから総会をどのように有効に機能させるかということは本格的に考えなければいけない。けれども、この問題を突き詰めていくと、現在の国連を一度解体して、新たに立て直す必要が出てくるだろうというのが、私の予感です。

その意味で、国際政治的には新たな国際構造、つまり国際秩序を形成することが求められる。今回の戦争は、戦争といっても、内戦とか何かの地域的な紛争ではなくて、国際政治の構造そのものを転換してしまう構造戦争だということです。だから我々が冷戦時代にいろいろ考えていた戦争とか、それから非国家主体がどうのこうのと言っていたのは、構造戦争ではないのです。いろんな話合いとか経済力とかそういうものを使いながら、ルールの変更みたいなものが起こるだろうということを想定しながら、戦後77年もやってきたはずなのに、そのルールを暴力で、武力でもって変更することが行われた。何十年も国際政治学をやってきた者とすると、今まで何を勉強してきたんだろうか、全部御破算だという話です。もう、19世紀末に戻っている、第一次世界大戦以前に戻っている。だからもう一度、立て直す必要がある。そういう意味では、本当に個人的にもいろんな意味でへこみました。

冒頭発言——林吉永
●戦争の歴史を年表にして見てみた

この地域の戦史とか自衛官としての経験から話をせよということでありましたので、あえてウィキペディアを自分なりに整理して、戦争の年表をつくったことがあるのですが、それを一般の市民の方にお見せしたところ、ヨーロッパではどうしてこんなに戦争起きるんだという質問を受けました。それに対する答えとしては、好戦的な文化を持っているとしか答えようがない面があります。

しかし、それで片づけたら何も解決しません。そこでまず、紀元前から今に至るまで、百年ごとに何回戦争が起きているかを整理してみました。戦争そのものをどう概念づけるか、定義するかによって、回数のカウントの仕方が変わってくるのですが、現実には古代からの記録の有る無しが曖昧ですから仕方がないので、記録されているものだけを統計的に見てみました。

例えば2000年から2015年の間に起きた戦争については、スウェーデンのウプサラ大学が、25人以上の死者が出た武力闘争、武力紛争を含めて戦争だとして整理しています。その資料を調べると、16年間に27回、つまり半年に一回戦争が起きています。しかし、その戦争が継続した年数を累計してみると、もう207年も戦争していることになるのです。ヨーロッパが中心なのですが、暇なく戦争しているということでもありました。

それから、伊勢﨑さんはこれまで、アフガン戦争はアメリカがやった戦争の中で歴史的に一番長いとおっしゃったことがありますが、私に言わせるとインディアン戦争が一番長いのです。白人が移民してから200年ぐらいやっている。僕は、父親が日本郵船の船の乗組員で、東シナ海で米海軍の潜水艦に沈められたこともあって、アメリカに対して敵がい心をむき出しにするので、こんなことも言うのですが。

アメリカ合衆国としては1776年からインディアン戦争が始まり、500余の部族を北アメリカ大陸で制し、排除し、あるいは隔離し1923年に最後の戦争がありました。この間147年間も北米原住民制圧の戦いを行っています。

●ウクライナの戦争と占領の歴史を見る

それからもうひとつ、ウクライナはどんな国かを追跡するため、年表を用意してみました。実線が独立していた時期で、破線が他国に支配されていた時期です。ウクライナは、8世紀にキエフ・ルーシが成立してから後、今日に至るまで、合計約580年間、国の歴史の半分の長期にわたり支配されていました。

在ウクライナ日本国大使館ウェブサイト年表を参考に作成。デザイン=MOTHER

支配されていても、実は安定していた時期があったようです。ポーランド・リトアニア共和国に支配されたときです。ポーランド・リトアニア共和国は、戦争して一緒になったのではなく、王子様とお姫様が恋愛結婚して平和的に共和国をつくったのです。そのときにウクライナの70%ぐらいがポーランド・リトアニア共和国に支配された。おそらく幸せいっぱいの夫婦に幸せに支配されたんだろうと思います。だから現在、ウクライナの人が戦禍を避けてボーランドに逃げ込むのもよく分かります。いずれにせよ、ウクライナそのものは歴史的に戦争の繰り返しが極めて多く、国が滅びた、また復活したという歴史を歩んでいることが見えてきます。

●第二次世界大戦と重ねて見ることができる

それから、加藤さんがえらく反省しておられるのを伺って、そうじゃないと言いたい部分があるのです。今回の戦争は、クラウゼヴィッツの言う伝統的戦争であることは、確かに形はそうなんですけれども、様々な現象を見てみますと、戦争そのものが変革しているのではないかと私は思っております。

戦争というのは、あるひとりの国家指導者の不満とか野心が時代精神に一致して、それが戦争に転化されていくことは地政学的にも戦争学的にも常にあったことで、それはすごく理解できます。しかし私は今回の戦争はむしろ、伝統的戦争の最終的なフェーズであった第二次世界大戦に重ねることができるという認識を持っています。プーチンにヒトラーを重ねて見ているのです。

それは私が、プーチンの精神が衰弱して持たなくなってしまうのを期待しているからでもあります。ヒトラーは、部下が言うこと聞かなくなっておかしくなった。特にモスクワ攻めに失敗し始めると、前線、カリーニングラードの森林の中に防空壕や前線基地をつくってそこで指揮をしていたのですけれど、暗くて昼夜が分からなくなるのです。そうするとヒトラーは不眠症になり、部下は深夜までヒトラーに付き合わなくてはならないなど、薬を飲んで寝るようになる。それで、医者も「おかしい、自律神経失調症ではないか」と思うほど、正常ではなくなっていく。作戦の形勢も劣勢が重なったその結果、部下は言うこと聞かなくなる。悪循環が繰り返されるとヒトラーの精神的ダメージも大きくなり心身を壊していきます。

連合軍が盛り返し、パリ市内に入ってきたときには、ヒトラーは退却してもいいからパリを焼き払えと言うのですが、部下は言うこと聞かない。副総統をしていたルドルフ・へスに至っては、単身、飛行機でイギリスへ渡って、ヒトラーに断りなく勝手に停戦交渉をしたりもする。

伝統的戦争の時代とは違って、現在は国際システム、国際社会のひとつの地政学的な広がりがあります。移動距離が長距離になり、かつ所要時間が短縮されているとか、通信ですとか移動手段であるとかが発達したことによって、戦争がきわめて身近なものになっています。それこそ朝御飯を食べながらウクライナの戦闘を見ている。キーウの市民が、あるいはリビウの市民が、自分の家がなくなった、子供が死んだと泣いているのを、飯を食いながら見るような時代になっている。それが今の戦争なのです。それに対して同情はするけれど、何もできないと悔しい思いをしている。気分が他人事ではなくなっていくんですね。

日本の場合は、所与の国家と私は名づけているのですが、もともと日本列島があるところに国が出来上がった幸せな民族なのです。誰かに国土を奪われたこともないし、自分たちで奪った国土でもない。ですから日本人には、大陸で行われている戦争の形態は全然理解できていないのです。しかも先の戦争体験者がいなくなって、戦争学から遠ざけられ軍事に疎くなっていますから、はっきり言えば脳天気なのです。政治家からしてそうなのです。

●ロシアのユーラシア主義と中国の一帯一路が合体すると

地政学的にはおかしいと言われるかもしれないので、ご指導いただきたいのですが、冷戦構造崩壊の直後に、モスクワ大学にアレクサンドル・ドゥーギンという地政学の学者が戻ってまいりまして、ユーラシア主義を主張し始めます。プーチンがいたくこれを気に入りまして、「将来のロシアはどうあるべきか」ということをテーマにして、ドゥーギンが論文を書くのですが、それはユーラシア主義の拡大というものでした。

まず元のソビエト連邦の範囲だけでユーラシア経済連合をつくったんですけれども、それだけでは何せ貧乏ばかりなのです。だからドゥーギンは、「ロシアは日本とドイツを引き込まなければいけない」として、2013年頃ですが、領土問題ではドイツと日本に妥協してもいいじゃないかとプーチンに言うのです。いわゆるカリーニングラードの問題と、それから北方四島の問題だろうと思います。そういうところを日本国政府は全く嗅ぎつけていない。だから機を失してしまうことが多くある。

ところが、ドイツのメルケルはその辺をしっかり押さえていて、まず経済的にということで、ノルド計画ワン・ツーをやったのです。今はそれが経済制裁上悩ましい問題になるわけですけれども、当時は見事にロシアとの接点をつくっていくわけです。

今回の戦争がユーラシア主義に沿っているとすれば、元のソビエト連邦に含まれていた国が外へ出てしまうのは地政学的、勢力的にはきわめて問題があるのです。NATOとの対峙で安全保障上の安定にも問題が生じるというのは理解できます。

そうなってくると、次に発生するのが中国問題です。中国にはチャイニーズドリームというものがあり、具体的には一帯一路が非常に盛んに進められているわけですけれども、ロシアのユーラシア主義と中国の一帯一路が合体すると、理屈の上では非常にうまくいくのです。お互いが利益を共有できる。いわゆる価値観も共有してしまうのです。そうすると旧西側にとっては経済も安全保障も対峙するととんでもないことになると思っております。

プーチンひとりの考え方でやっているロシアと、プーチンと同じようにひとりの考え方で進めている習近平の中国が、こうして一緒にやろうかということになると、対抗国にとってはきわめて厳しい競争、競合相手になります。ロシアがウクライナに侵攻している戦争をやめさせたいという側としては、厳しい冷戦の次の形が生まれてくるのではないかと感じております。

●敵も味方も一緒になって戦後秩序をつくれるか

そういった意味では、大事なのは、単にこの戦争をやめさせることはもちろんですが、戦後の秩序をどう回復するかということです。通常、戦後秩序の回復は、勝った側が負けた国に対して意思を強制するものであったわけです。今まではそういうことが多い。第一次世界大戦では、それがドイツにインパクトを与えたからヒトラーが反旗を翻すわけです。第二次世界大戦後は、国連をつくってドイツと日本が監視下に置かれるわけです。

そういったことを考えますと、戦後秩序の形成で成功した例というのは、敵も味方も一緒になって戦後秩序をつくったウエストファリア体制しかない。その後は全部、勝者が敗者に対して強制する戦後秩序だったのです。

そういった面で本日は、どういう戦後秩序が考えられるのか、皆様の考え方をお聞きしたいと思っております。そういう中で日本という国、日本人が役割を果たせる何かが生まれてくるのであればもっとすばらしいと思っております。

新しい国際秩序を形成する条件
●ロシアの側に何らかの大義はあるのか

柳澤 大事なテーマが提示されていますので、順次、議論していきますが、まず伊勢﨑さんが紹介されたロシアの研究者のお話です。戦局はそのお話の通りに動いているわけですが、ではプーチンがそう考えていたということは、私たちだけが知らなかったというだけでなく、バイデンだって多分知らなかったのではないかと思います。ただ、そうであればあるほど、東部二州で何らかの手柄を立てようという目的のために、あんなに大勢の人を殺すような戦争をやるということが、余計に許し難い感じになってしまう。でもそれは、そういう指導者がいて、そういう戦争を起こしている現実があるというしかない。

これって本当に、何というのか、本当にどうしようもない状態に置かれているというか、情状酌量すべき余地、同情すべきものが全く見えないのです。ロシアの側、プーチンの側には。その点はどうなのでしょうか。

伊勢﨑 僕は戦争をやる指導者は全て悪魔だと思っています。プーチンであれアメリカの歴代大統領であれ、そこはどの国の指導者でも同じです。今回のプーチンが、“より”悪魔なのは、戦後の「復興」にビタ一文も払わないだろうということです。戦争の勝利者には、復興の責任という問題が付随します。プーチンは、ゼレンスキー政権のレジームチェンジは敢えてせず、破壊するだけ破壊して、その復興の責任を西側に押しつける算段です。冷戦時代にソ連がアフガニスタンに侵攻して、同国を焦土にした後、戦争を終結させ、戦後賠償の責任さえ一切果たさなかったように。今回のウクライナ戦争を、「自由と民主主義」のための代理戦争と位置づけ、徹底抗戦のため武器だけを供与し戦争継続を支援したアメリカ、全NATO・EU加盟国は、もはや復興の責任から逃れられません。日本も、です。

柳澤 ロシアに同情する議論をする人の中には、プーチンはNATOの東方拡大に対して非常に恐怖も感じていたし、物すごい不満を募らせていたのであって、それに寄り添わなかった欧米が悪いという人もいます。けれども、プーチンはふたつのことを言っているのです。NATO拡大のことと同時に、ドンバスでウクライナによってロシア系の住民が迫害を受けていて、だから解放しなければいけないと言っている。実際にあの地域では、ロシア系とウクライナ系の人たちが争っているから、多少の暴力沙汰は当然あるのだろうとは思います。けれどもそれがこんな戦争をするまでの脅威かというと、僕は全然そうだとは思わない。プーチンがそのふたつの理由を挙げて戦争を正当化しているけれども、何というか、彼の考えている本当の戦争の動機はそれとは違うと感じます。

●イラク戦争その他の戦争と違いはあるか

伊勢﨑 今おっしゃったのは戦争の大義の問題ですよね。ロシア国民に対してもそう説明している。それが本当にプーチンの個人的な動機かどうかは、本人に聞いてみないと分かりません。だけどそれが大義になったのは事実です。

柳澤 大義ということになると、2003年3月に開始されたイラク戦争のことを思い起こします。あの戦争の大義となったのは「イラクが大量破壊兵器を開発している」ということでしたが、結局それはなかった。同時にあの戦争は、まさにレジームチェンジ、政権転覆を掲げてやった戦争でした。しかし、さっき加藤さんがおっしゃったけれど、違法な戦争なのに誰もアメリカを制裁もできないし、誰もアメリカを止められない。しかし、大量破壊兵器が口実になったという意味でいうと、違法だけれどそれなりの正当性はある武力行使とは言えるというような捉え方があったわけです。ただ、今度のロシアのウクライナ侵略の場合は、国連憲章違反という点は一緒だけれど、ロシアの中でしか通用しない話なのです。けれども、国連憲章違反を言い出すと、そういう戦争を大国はどんどんやってきているので、何が違うのかを考えると難しい。

伊勢﨑 難しいです。いわゆる国際法違反、国連憲章違反、武力で現状を変更するという事例は他にもある。例えばイスラエルによる東エルサレム、ヨルダン川西岸地区、ガザ、そしてゴラン高原の占領。そして、いまだに続く入植活動。

柳澤 ああ、大国ではないけどあるんですよね。

伊勢﨑 はい。同じロシアによるものでも、2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合も。国際社会は大変に危機感を募らせたけれど、アメリカ・NATOは、今回ほどは動かなかった。総出で戦っていたアフガン戦で忙しかったというのもありますが。

平和を担保すべき大国が平和を脅かしている下で

柳澤 私にもそういうことに無頓着過ぎたという反省はあります。ただ、イラク戦争のときだって、何千万人もの人が参加したと言われる反戦デモがあったけれど、やはり戦争は止められなかった。ただし、それはアメリカのその国力やソフトパワーの低下という意味で、アメリカ自身がツケを払うような状態にはなっている。今回の事態もその一つのツケなのかもしれない。

けれども私は、どこの国が悪いという思考方法ではなく、つまり反米とか反ロシアという枠組みで考えるのではなく、この際だから今まで目をつぶってきたことも含めて、とにかく、力を持った国が武力で好き勝手をやるのはいけないという、そういう国際基準を何とかつくれないかなと思っています。やった後にツケを払わせるのではなく、やらせない国際基準です。

第二次大戦後の国際秩序の設計図は、加藤さんのお話にもあったように、大国がそういうことを担保してやるというものだった。けれども、その平和を担保するべき大国そのものが、アメリカも含めて国際秩序を破っている現実が今、目の前で起きている。これを放ってはおけないということなんです。

では、そういうときに大国にお願いするだけでいいのかというと、それがもう全然機能しなくなっているとすると、やはり民レベルの動きが必要です。政府がやらないなら市民がやるしかないだろうという、今のところ私の言い方は勢いだけしかないのですが、何かそういう方向を模索していくことが求められます。国連総会の役割を重視するのは、私は結構いいアイデアだと思います。あるいは核兵器に関する運動もどんどん盛り上げていく、そういう中で何かその、大国の都合だけに左右されないというか、あるいは大国が縛られざるを得ないようなルールをつくっていかないと、人類が危ないという感じを持っています。それはナイーブといえばナイーブなのですけれど。

*座談会ではその後、「今後の国際秩序をどう構築すべきか」「日本とアジアへの影響をどう考えるか」「戦争を回避するために日本人が考えるべき国家像」をテーマに語り合いました。刊行予定の集英社新書でご覧ください。

終わりに——停戦協議をめぐって
●停戦しても戦争の火種は残るから

柳澤 最後の、今回の戦争の結末をどうするかという問題です。今後の戦争の行方に左右されるとは思うのですが。

加藤 この戦争は、冒頭で述べたように構造的な戦争ですから、停戦で参考になるとすると、おそらく第四次中東戦争のときの停戦監視のような問題になると思います。

柳澤 今回の戦争では、停戦は成立するかもしれないけど、戦争の火種はずっと続きます。それをどうするのかを考えておかねばなりません。

伊勢﨑 プーチンはもちろんですが、ゼレンスキーも、今のところ、それぞれの国民の強い支持を維持しています。これは、一般論として、停戦交渉を進めやすい環境にあると言えます。紛争が疲弊化してくると、それぞれの陣営の内部の統制が利かなくなってくるのですね。交渉を「弱腰の妥協」と捉える強硬派が暴れ出すのです。これが心配されるのは、むしろウクライナの方です。ゼレンスキーが民族主義者から背中を撃たれる心配をしなければならない。そうなる前に、早期の交渉が必要です。

占領統治をする軍事能力がないロシアにとって、ウクライナのレジームチェンジは当初からのプーチンのブラフであることは既に述べました。プーチンの方も、求心力のあるうちのゼレンスキー政権の方が、利益を誘導しやすい相手と考えるはずです。

停戦協議はまだ難航しそうですが、それが成立したとしても戦争の火種は、果たして、なくなるのか。おっしゃる通りです。親ロシア系の人々は、東部のドンバス以外にも混住しているのですから、ここまで傷つけ合った民族的な断絶は、紛争再発の火種になり続けるでしょう。ですから、“戦後”復興において、日本を含めた西側の援助は、単にインフラ支援だけではなく、民族和解へのケアが焦点となってくると思います。

●ロシアは大国の座から降りる

柳澤 そういう意味で、戦争の決着というのは、やはりお互いが納得して認め合わないとあり得ないわけですね。

伊勢﨑 そういう意味での納得はないでしょうね。多分傷はずーっと残っていく。恐らく一世紀単位で。

柳澤 残りますよね。

今までと違うのは、ロシアがプレーヤーの主役であることです。そのプレーヤーの主役を管理していかなければいけないという難しさがあると思います。大国が管理できないのですから。

加藤 このウクライナの戦争の結果、多分ロシアが大国の座から降りるんだろうと思います。経済力も回復不能です、しばらくの間は。

柳澤 そうならざるを得ないでしょうね。

加藤 そうなってくると、あとに残るのは、ロシアの巨大な北朝鮮化という深刻な問題が起こることです。

柳澤 分かりますね。

●民族の和解は必要だが問題の性格は異なる

加藤 ウクライナも復興が簡単ではないので、ヨーロッパが相当荒れる、荒廃する可能性が出てきている。

それと先ほど民族和解の問題が出てきましたが、ロシアとウクライナの問題は民族問題ではなくて、ロシアがソ連邦のときに移住政策でいろんなところにロシア人を移住させたことによる問題です。それが今火種になっている。モルドバのウクライナ国境は沿ドニエストル自治共和国で、ここにはロシア系の人たちが入っていて、そこまでつなぐと初めてウクライナの包囲が完成するのです。ロシアは多分そこまで狙っていたんだろうと思います。

ほかのコーカサスや中央アジアにも、1920年代からロシア人の移住がずーっと続いています。あの辺りはイスラム教の人たちが多かったんですが、バスマチの蜂起という名前で有名ですけれども、共産党がやってきて徹底してイスラム教徒を弾圧したんです。一体どれぐらい虐殺されたか分からないぐらい虐殺した後、そこに住んでいた人々をシベリアに送り込むのです。その後にロシア人が入ってくる。その結果、コーカサスや中央アジアの辺りには、ずっとロシア人が残っている。それを今、残っているロシア人がここは自分たちのところだと言っているわけで、単純に民族問題ではないと私は思っています。

むしろこれに近いのがユーゴスラビアの崩壊でしょう。ユーゴスラビアも同じように、セルビア人が各共和国にいて、そのことが問題になって紛争が激化しました。セルビアは割と小さかったからみんなで抑え込みましたけれど、あんな小さくなってしまったので、セルビア側は不満たらたらですよ。ロシアに対してはさすがに同じことはできないから、結果的に、和解政府をつくるしかないかもしれませんが、それならばジョージアから始めて、各地域で和解政府をつくっていかないとどうしようもないという状況です。

柳澤 それも含めて、旧ソ連のような大国としての求心力を持ったロシアの存在感は確実に失われてしまいますね。

加藤 そういう意味では、これからの周辺国では、逆に今度はロシアに対する反撃も起こってくるだろうと思います。ジョージアでも、オセチアでもそうでしょうね。

●国連安保理の解体を求める意見までも

柳澤 結局、武力で目的を達成しようとしたことの失敗というか、反作用というか、逆に大国であらんとするための武力行使が自らの大国としての墓穴を掘るという、こういう結末になるんだろうということですね。

伊勢﨑 それは結果的に、ずっと問題視されていた国連安保理の機能不全が、世紀末的に印象付けられる、ということでしょうか。

加藤 形式的にはロシアはずーっと常任理事国でい続けるでしょうけどね、今の状況では。

伊勢﨑 はい。国連安保理に「拒否権」があることで、国際連盟の時のような決裂を予防し、少なくともUnited Nations(連合国)の形を維持し、戦勝五大国間の戦争を抑制してきたのですが、国連安保理を解体せよ、というような意見も出てきていますものね。

柳澤 感情論としてはそうなるでしょうね。だけど、実際にそれは難しいので、国連総会の機能をもっと実質的なものにしていくということになるのでしょうね。

伊勢﨑 はい。それが後の国連平和維持活動PKOの元祖となったのですが、1956年、英仏が戦争当事者で、同じく安保理が機能不全に陥った第二次中東戦争の時に、国連総会で国連緊急軍が創設されたように。

加藤 ロシアに対する国連総会の非難決議で、旧CISの共和国で反対、棄権がどうなったかを見ると、モルドバ、ウクライナ、トルクメニスタン、ジョージアは賛成に回ったのです。反対に回ったのはロシアとベラルーシだけです。残りのカザフスタン、キルギス、タジキスタンは実は棄権に回った。このことは何を意味しているかというと、ロシアがまさに正統性を失っているということです。これを基にして国連改革が進められるかどうかが問われるのでしょう。

●ロシアの悪あがきの行方はどうなるか

一つ怖いのは、プーチンの悪あがきでしょうね。

加藤 そうですね。本当に。

これであっさり引き下がると思えないですよ。

加藤 独裁者が追い詰められると何をするか分からないというのは、シリア紛争でもはっきり分かったのです。シリアのアサドは、ダマスカス周辺まで追い詰められたのですが、それを助けるためにロシアが軍事介入し、アレッポは平地になりました。何万人死んだか分からないです。

柳澤 あれもひどい戦争でした。

伊勢﨑 そこにアメリカが、地位協定もなしに、悪政とは言っても一応は主権を担うアサド政権の許可なしに駐留しているわけですから。

柳澤 まだ常駐しているのですか。

伊勢﨑 しています。油田があるところに。

加藤 多分何か形式的な言い訳をしていると思いますけどね。

伊勢﨑 はい。あくまでも「テロとの戦い」が名目です。だけど、国連安保理の決議もなく、アサド政権はもちろん、それに反抗するシリアのいかなる政体の要請も受けていない駐留です。違法どころの騒ぎではありません。

個人的には私は停戦協議を悲観的に見ています。

柳澤 私もそんなに楽観的ではない。ただ、ゼレンスキーが出した停戦条件というのは、私は支持できる。ああいう方向で行けということは言っていい話だなと思います。

加藤 多分、戦場で決着がつくまで停戦できないでしょう。国家間戦争って、歴史的に見て、どちらかがギブアップしないと終わらなかったですから。インド・パキスタンとか中東もそうでしたけれども。

伊勢﨑 終戦と停戦は、分けて考える必要があります。印パ戦争のように終戦には至らなくても、停戦は必ず、どんな戦争にも訪れます。一日でも早く停戦をしようと苦心する勢力に、常に僕は身を置きたい。だって、民衆が死ぬだけですから。

それと国連が戦争を終わらせる機能を持っていないですから。戦後処理、戦後秩序を形成する機能はもう麻痺していますから。

柳澤 まさにロシアが常任理事国ですしね。

加藤 この戦争が終わったら、ロシアにはもう秩序を形成する力はないと思います。

(了)

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