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恐怖! スマホがあなたの脳を支配するメカニズム…1日の利用時間が10時間超の10代が「最も幸せでない」と感じるワケ

集英社オンライン / 2023年8月1日 17時1分

なぜ、人はお酒や甘いもの、ラーメン、スマホ、パチンコなどに依存してしまうのかを説く『悪習慣の罠』(扶桑社)より、スマホ依存が招く悪習慣のメカニズムについて一部抜粋・再構成してお届けする。

「いてもいなくても変わらないから、遅刻してもわからないね」

こころは、総合病院で働く看護師だ。私も知っている病院だが、こころを診察したときに、彼女の勤務状況を聞くと、大変そうだった。

こころが、ある日、初めて仕事に遅刻した日のことだった。前の晩はなかなか眠ることができず、ベッドの中でスマホを見ていた。うとうとしたら目が覚めるのを繰り返しているうちに寝入ってしまい、ハッと気づいて時計を見たら始業時間だったというわけだ。



化粧もせずボサボサの髪で慌てて職場に出てきたこころを先輩ナースの紗江が見て、みんなに聞こえるような声で言った。

「あれ、今来たんだ。さすが、偉い人は余裕あるねー。でもさ、いてもいなくてもそんなに変わらないから、遅刻してもわかんないね」

もう1人のナースがアハハと笑った。同期の仲間や後輩は、聞かないふりをしたり、下を向いたりしていた。

1年前から紗江とこころは折り合いが悪かった。それどころか、病棟の看護師全体からこころは避けられていた。原因はわかっていた。ベッドから立ち上がろうとしていた脳梗塞の高齢男性患者を見た紗江が、

「おじいちゃん、勝手に動かないでください」

と言ったとき、こころは、自分の祖父が注意されたような気がして、つい反論してしまった。

「『おじいちゃん』じゃなくて高柳さんです。それに、動くのは高柳さんの自由だと思います」

その日から、紗江のこころに対する風当たりがキツくなった。周りのみんなも必要なこと以外は話をせず、目も合わせなくなった。

自分だけが入っていないメッセージグループ

ある日の昼、病棟の休憩室にこころが入ると、それまで部屋の外まで賑やかに聞こえていた笑い声が一瞬で静かになり、みんな下を向いてスマホを見始めた。

どうやらこころが入っていないSNSのメッセージグループができていて、そこで会話をしていたらしい。以前、仲の良い同期がこっそりと教えてくれた。こんな地味な嫌がらせが続いている。

この前は、大切な提出書類があるのをこころだけ渡されずに看護師長から怒られたこともあった。もらっていないと言うと、紗江がずっと前に渡していると言う。休憩室に戻ると、こころの荷物の上にその書類が置かれていた。シフトも変だった。病院が救急当番で忙しい日は、必ずこころが夜勤になっていた。

休憩室でみんなが目配せをしたり、スマホを見ながらクスクス笑うのを感じながらお弁当を食べようとした。だが、食欲が湧かない。卵焼きは大きな塊になって喉につかえるようで、うまく飲み込めなかった。

マンガを読めば未来に向かって突き進む主人公になりきることができた

なんとか夕方まで仕事をこなしたが、心身ともに疲れ果てていた。どんなふうにしてアパートに帰ったのかよく覚えていない。ベッドの上に座ると急に体が重くなるのを感じた。強い睡魔が襲ってきて、倒れ込むように体を横たえ眠りに落ちた。

目が覚めると23時だった。体が重たくて起き上がる気がしない。手元にあったスマホを開き、通知が来ているSNSを開いて友達の投稿をしばらく見続けた。その日のニュースをチェックして、今度はマンガアプリを開く。マンガを見ているとあっという間に時間が経ち、その日の嫌な出来事をしばらくの間忘れることができた。

こころはマンガやアニメが大好きだった。自信をなくしていて落ち込むことがあっても、マンガの主人公になりきってその世界に入っているときは、強くなれたような気がした。

こころの父は、朝は早く出かけて夜遅く帰る生活だった。付き合いの食事会が多いらしかった。深夜に帰宅するので夜は顔を合わせないことが多かった。仕事が忙しく残業続きだと言っていた。

母は、こころと同じ看護師だった。こころが中学生になったころから夜勤に入るようになり、すれ違いが多くなった。家族で一緒に食卓を囲むことはほとんどなくなった。たまに父も母も早く帰ると、口を利かずにしんと静まり返った夕食になるか、口論が始まることが多かった。

しかし、家の中の空気が重苦しくても、マンガの中の世界は笑いで溢れていた。こころが将来への希望を持てなくても、マンガを読めば未来に向かって突き進む主人公になりきることができた。

小学生のころからマンガが好きで、小遣いでレンタルコミックを借り、弟と2人で夢中で読みまくったものだった。高校生になると、スマホアプリでマンガを読むようになった。友達に、「これ面白いよ」と勧められたマンガが読みたくなって、マンガアプリをダウンロードしてみたのがきっかけだった。

それからというもの、通学時間は必ずマンガを読み、家に帰っても夜遅くまで読んだ。駅のホームでも読みながら歩くこともあり、人にぶつかってヒヤリとすることもあった。マンガを読むだけでなく、SNSや友人とのやりとりなども増えていき、気づけば常にスマホを見ているのが日常になった。

脳がスマホに支配されるメカニズム

私たち人間は、自分では処理しきれないような出来事に出合ったとき、そのストレスから目をそらそうとする。スマホは、嫌なことから意識をそらすのにもってこいのツールだ。私たちは、視覚、聴覚、嗅覚、体性感覚、味覚などのうち、情報の9割以上を視覚から得ている。目から入ってくる情報に、私たちの意識は釘付けになりやすい性質を持っているのだ。

スマホに入っているアプリは、初期設定で入っているもの以外は、自分で選んでダウンロードしている。好きなもので溢れた宝箱のようなものだ。さらにアプリは、通知を(設定オフにしない限り)送ってくる。スマホの画面を見るたびに、「今すぐ見てください」と言わんばかりの通知マークがあるのに気づき、ついそれを開いてしまう。

「その通知があるアプリを開くと何があるのだろう?」と興味を持って引き寄せられるそのとき、ドーパミンが分泌されている。ニュースアプリなら、驚くような事件や誰かの不幸について興味をそそられるタイトル付きの画像が示されるだろう。今見る必要はないのに、また自動的にそれを開いてしまう。この繰り返しによって私たちの脳は、スマホに支配されっぱなしになる。

そのうち、特に用事がなくてもスマホを見るのが日課になる。自分から通知を見にいき、ドーパミンを出そうとするのだ。

2012年に中国で行われた研究によると、ネット依存症の人とそうでない人の脳をMRIで調べたところ、眼窩前頭葉、前帯状回、外包、脳梁などの大脳白質で神経ネットワークの統合性の低下を認めていた。この変化は、コカイン、ヘロイン、大麻といった物質への依存症の患者で認められる変化と同じものだ。

スマホやゲーム機を取り上げた親を殺した中高生のニュース

先述したように眼窩前頭葉は、やってはいけない行為にブレーキをかける役割を持っている。この部分の神経ネットワークに不具合が起こるということは、ダメだと思っていてもやめられない状態になっていることを示している。

つまり、依存や中毒の状態である。麻薬中毒のときに起こる脳の変化が、スマホを見続けるだけで起こっているなんて信じたくはないだろう。多くの人が1日3時間以上もスマホを見続けているのだから。

前帯状回という部分は、共感や感情の調整、選択的注意などに関わっている。依存症になっていると、依存している物質や行為以外のことに無関心になりやすい。明日のために宿題をする、明日の仕事のために早寝をする、といった簡単なことにさえ無関心になって、毎日夜ふかししてスマホを見る方を選んでしまうのは、依存の症状の一つなのだ。

大切な用事や自分の未来のためにすべきこと、さらに大切な人の気持ちにさえ無関心になり、人間関係よりも「依存の対象」にしがみつくのに必死になってしまう。スマホやゲーム機を取り上げた親を殺した中高生のニュースは、全世界で後を絶たないが、これはまさに発達途上の前帯状回に深刻なダメージを起こしていた可能性が高い。

スマホ依存、ネット依存の問題は深刻だ。2017年の時点で、厚生労働省は、ネット依存の人口が成人で421万人、中高生で93万人と発表した。若い世代のメンタルヘルスの不調が増加しているのは明らかで、米国では10代でうつの診断を受けた人口は7年間で60%も増加した。

利用する時間が10時間を超えるティーンエイジャーが最も幸せでない

この理由としてスマホやパソコンの利用が関係している可能性がある。『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセン氏は著書の中で、パソコンやスマホを利用する時間が10時間を超えるティーンエイジャーが最も幸せでないと感じているという調査結果を紹介している。

韓国の建国大学校で行われた思春期の学生を対象にした調査では、インターネット依存は、うつ病の発症と強い関連が見られていた。そして、嫌なことから逃れようとする危機回避性が強く、自己指向性が低いという傾向が見られた。自己指向性が低いと、目的意識、決断力、責任感などが低くなる。

こころにとってマンガは、初めは趣味だった。紙のコミックで読んでいたときは、少し夜ふかしすることはあっても、明け方になるまで読み続けることはなかった。ところが、いつの間にか好きなマンガを読み終わったら、自動的にSNSや動画のアプリを開くようになった。

SNSは、友人の情報やこころが好きなお店の商品が現れ、いつまで見ていても飽きない。たまに自分で投稿すると、それに対して「いいね」が何件ついたのか、どんなコメントが入ったのか見たくなって、何度も自分の投稿を見たりする。次々と興味が移り変わり、没頭する。

いつの間にかこころにとって、スマホは心の安定剤のようになっていた。忙しくて遅く帰宅した日や仕事がうまくいかずに落ち込んだ日は特に、寝床に入る前にマンガアプリを開いてしまう。

看護師になってからは毎日忙しく働いているのに、スクリーンタイムは、なぜか毎日4時間を超えている。明日は朝から仕事だから早く寝たほうがいいとわかっていても、毎晩睡眠を削ってスマホを見続けることがやめられない。朝起きるときには、いつも昨日早く寝ればよかったと後悔し、仕事に行くのが億劫になり、暗い気持ちでなんとか体を起こして1日が始まる。今晩こそは早く寝るぞと思いながらできない自分は、本当にダメな人間だと思えてくる。

仕事に遅刻し、休憩室での出来事があったその夜、こころはうたた寝から目を覚ますとベッドの上でぼんやりスマホを見続けた。ニュース、SNS、動画、そしてマンガを読みふける。「そろそろお風呂に入らないと……」そう思いながらもやめられない。やがて時間が過ぎ、途中で時計を見ると深夜3時を回っていた。ちゃんと眠ろうと思って目を閉じても眠れないので、再びスマホを見る。マンガを見たり、うとうとしたりを繰り返しながら時間が過ぎていった。

スマホのアラームが鳴った。朝の7時だった。いつの間にか眠っていた。シャワーを浴びて仕事に行く時間だったが、体が動かなかった。閉じたカーテンから朝の光が透けて見えるが、部屋の中は薄暗い。「もう、どうでもいいや」と、静かで暗い部屋の中で、こころはベッドの上でまたスマホに手を伸ばし、マンガのアプリを開いた。

文/山下あきこ

『悪習慣の罠』 (扶桑社新書)

山下 あきこ

2023年7月1日

1,100円

256ページ

ISBN:

978-4594095130

タバコ、酒、甘いもの、ラーメン、スマホ、パチンコ、恋愛…
なぜ、好き・楽しい・おいしいが病気になるのか?
多くの患者を診察してきた専門医が説く!


◎脳は快楽を求める
◎「物への依存」と「行為への依存」
◎糖質の鎮痛効果
◎小麦の強い依存性
◎スマホを見る時間の減らし方
◎ギャンブル大国日本は依存者が多い
◎相手との適切な距離を保てなくなる恋愛依存症
◎酒好きとアルコール依存症の違い
◎依存のできあがっていく仕組み
◎恐怖だけでは悪習慣を断ち切れない
◎自分の依存を直視し言葉にして伝える
◎ワクワクし幸福度を高める行動を習慣にする

【目次】
はじめに――退屈に耐えられず私たちは刺激を求め続ける
第1章 依存を招く悪習慣の罠
第2章 悪習慣の罠にハマった人たち
第3章 飲酒と喫煙の悪習慣が及ぼす害
第4章 飲酒の悪習慣を断ち切る
第5章 悪習慣の罠からの脱却
第6章 現在の快楽を得るか未来の幸せを求めるか

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