伝説の漫才コンビ「やすきよ」結成前夜。「ワシ崖っぷちやねん」“コンビ別れ”を繰り返していた天才・横山やすしからの熱烈ラブコール…悩むきよしの背中を押したのは
集英社オンライン / 2023年8月8日 11時1分
吉本で下積み生活を送る中、舞台芸人だった西川が漫才の道へと踏み出すきっかけとなる出会いが訪れた。“破天荒”で知られ、コンビ別れを繰り返してきた「天才」横山やすしからのラブコール…後の漫才ブームを牽引することになる「やすきよ」コンビ結成までを、『小さなことからコツコツと 西川きよし自伝』(文藝春秋)より、一部抜粋、再構成してお届けする。〈サムネイル写真/吉本興業提供〉
「一度会ってみない?」中山礼子師匠を通じた誘い
昭和39年に松竹から吉本に移籍し、「通行人A」として、日々励んでいました。
とは言え出番時間は短かいのであとの時間は何をしているのかと言えば、客席に回って先輩方の芸を観ることに専念していました。松竹時代に石井均先生から「人の舞台を観るのがお前の給料や」と教えられたことを忠実に守っていた私は、吉本に移ってからもそれを続けていたのです。後ろのほうの空席に座って舞台を凝視していました。
舞台を観ていて気づいたことがあると、忘れないように手帳に書き込みます。
「△△師匠はこういう“笑いの方程式”をよく使う」
「××師匠はオチの前の盛り上げを意識的に長く引っ張る」
人それぞれ異なる舞台上でのテクニックや特徴を書いていくのですが、これが後になって大いに役に立ったものです。
そんな日々を送っていたある日、浪曲漫才で活躍された中山礼子師匠から声をかけられました。
「横山やすしというのが漫才の相方を探しているんやけど、一度会ってみない?」
聞けば、やすしさんが私とコンビを組みたがっているというのです。でも、私は漫才などやったこともない、ただの「通行人A」です。その演技を見て、「こいつとコンビを組んで漫才をやろう!」なんて思う人が本当にいるのだろうか──。私は不思議で仕方ありませんでした。でも、大先輩の中山さんからのお声がけなので、一度会ってみることにしました。昭和41年1月のことです。
塩をかけたトマトジュースを一気飲み
京都花月の前にある「水車」という喫茶店で会ったやすしさんは、トマトジュースを注文し、私はミックスジュースを頼みました。それぞれのジュースが運ばれてくると、やすしさんはテーブルに置いてある食塩をトマトジュースにどっさりかけて、豪快にかき混ぜると一気に飲み干します。めったに飲めないミックスジュースを少しずつストローでチューチューすすっている私とは大違いです。
「トマトジュースがお好きなんですか?」
「ああ、ワシはこれが好きやねん」
なんだかお見合いの席のような会話ですが、これがやすしさんと私の最初の会話です。
ワシ崖っぷちやねん。
そやから引き受けてもらわな困るんや
やすしさんはこう言って私を口説きにかかりました。
「あのな、君の舞台を見ていると、芝居よりも漫才のしゃべくりのほうが似合うていると思うんや」
漫才というのは、相手が何を言っても必ず、瞬時に反応して言い返さなければいけません。やすしさんは中学生のころからの経験があるけれど、私は新喜劇で「通行人A」とか「クマ」とか「ヒヒ」しかやったことがない人間です。
「いや、私には無理です」
と断るのですが、やすしさんは、「大丈夫、大丈夫、何とかなるから安心せい」と譲りません。
そして最後にこう付け加えたのです。
「ワシ崖っぷちやねん。そやから引き受けてもらわな困るんや」
天才少年漫才師として華々しくデビューしたものの、なかなかうまくいかずに、コンビを結成しては解散を繰り返していたやすしさん。私に声をかける以前は、後にレツゴー正児となる横山たかしさんと「横山やすし・たかし」として活動していましたが、これも長くは続きませんでした。だけど普通の人と違って彼は中学生時代からメディアでも注目される存在でした。
吉本は反対…「4回別れたやつは5回目も別れる」
一方の私は、駆け出しの舞台役者です。漫才なんてやったこともないし、やろうと思ったこともありません。そんな私のどこを見て「大丈夫」とか「何とかなる」と言うのか、その理由も分からないのですが、簡単にお引き受けできる相談ではありませんでした。
そこで吉本興業に相談に行くと、即答されました。
「絶対にあかん」
会社としては新喜劇の役者として大切に育てていく計画があるのに、4回もコンビ別れをしている男とコンビを組んで、そのプランが崩れるなんてもったいない、ということなのです。
「あのな、4回別れたやつは5回目も別れるもんや。悪いこと言わんからやめとけ」
私もそうだと思ってやすしさんにお断りの返事を入れるのですが、彼はなかなか引き下がりません。何回も「話を聞いてくれ」と言い、喫茶店に呼び出されてはトマトジュースに塩を振りかけて私を口説くのです。
何度も何度も話を聞くうちに、私は「やってみてもいいかな......」と思う気持ちが少しずつ湧き上がってくるのを感じていました。
交際中のヘレンが後押し、漫才の世界へ
そこで、まだ交際中だったヘレンに相談しました。やすしさんと違って喫茶店に行くお金はないので、中之島公園のベンチに2人で座って、近くの店で買ってきたごぼ天やらイカ天やらを食べながらの話し合いです。
横山やすしという漫才師のことを知らなかったヘレンは、初めはあまり真剣に考えていなかったようです。しかし、やすしさんからの相談の回数が増えるにつれて「今日はどない言われたん」と真剣に耳を傾けるようになり、最後にはこう言ったのです。
「そこまで愛されてるんやったら、いっぺんやってみたら?」
そのころには私の気持ちもかなり傾いていました。大勢の役者に交じって舞台の隅っこに立ち、セリフと言っても「へえ、おおきに」くらいしかない役者に甘んじているより、2人っきりでセンターマイクの前に立って“主役”として芸を披露できる漫才師のほうが、私にとって大きなチャンスと言えるかもしれません。
それでも心配性の私は決心がつきません。
「失敗したらどうすんねん」
「2人で北海道に行って、アパートの2階の一番奥の部屋を借りて、サンマでも焼いて食べて暮らそ」
どこからそういう発想が湧くのか分かりませんが、おそらく演歌を聴いていてそんなイメージを持ったのでしょう。私も言い返します。
「北海道はニシンや。サンマやない!」
じつにどうでもいい会話ですが、この時の2人にとっては人生を左右する話し合いだったのです。
そして、腹をくくったヘレンの後押しで私もようやく決心し、二十数回目にしてやすしさんからのプロポーズを受け入れることにしました。
やすしさんは大喜びです。
「よっしゃ!よう決めてくれた!おおきに!」
その足で私は吉本興業に行き、やすしさんとコンビを組んで漫才をやることにしたと報告しました。当然ながら会社は渋い顔です。
「もし失敗しても新喜劇には戻れんぞ」
「わかりました。一所懸命やらせていただきます」
こうして若手漫才コンビ「横山やすし・西川きよし」は誕生しました。
時は昭和41年の3月。大阪にも桜前線が近づいていました。
文/西川きよし
写真/吉本興業提供
『小さなことからコツコツと 西川きよし自伝』
2023年6月28日
1,760円
192ページ
94763140609
17歳で喜劇役者の石井均に弟子入りし、翌年に吉本新喜劇へ。ヘレン夫人との出会い、歴代総理との交流など秘話満載。
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