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“無所属・漫才師”の西川きよしを参議院選挙“3期連続トップ当選”に導いた「福祉」への熱い思いとは…「小さなことからコツコツと」をスローガンに飛び込んだ政治の世界

集英社オンライン / 2023年8月8日 11時1分

「小さなことからコツコツと頑張っていきます」昭和61年7月6日投票の第14回参議院議員選挙に、西川きよしは大阪選挙区から出馬し、約102万票を獲得してトップ当選を果たす。「これまでの恩返しがしたい」…政界進出の原動力となった「福祉」への情熱、“無所属で漫才師”だった西川の政治挑戦の始まりを、『小さなことからコツコツと 西川きよし自伝』(文藝春秋)より、一部抜粋、再構成してお届けする。〈サムネイル写真/吉本興業提供〉

政治を志したきっかけ

私が政治に興味を持ち始めたのは、やすきよが絶頂期を迎える前の20代のころのこと。きっかけは、「ぼやき漫才」で一世を風靡(ふうび)した人生幸朗(じんせいこうろう)・生恵幸子(いくえさちこ)師匠のお誘いで、刑務所や拘置所などの矯正施設、老人ホームや児童養護施設などに慰問活動に行ったことでした。これを機会に、福祉政策について考えるようになったのです。



師匠お2人とも、晩年は特に慰問活動に力を入れていらっしゃいましたが、施設慰問を始めたきっかけは、人生幸朗師匠がかかりつけにされていた歯医者さんとのご縁からだったそうです。

毎週土曜日になると歯医者さんの息子さんとお孫さんと3人で、福祉施設に訪問診療をされていました。ご自分の診療所に新しい機器が入ると、それまで使っていた機器を施設に寄付することで、訪問診療の質を高める取り組みを独自にされていたのです。こうした活動を知って、師匠たちもボランティアで慰問を始めたそうです。

芽生えた「福祉」への思い…夢は老人ホームを建てること

そんな形で20代のころから始めた施設慰問の経験から、私は「福祉」に興味を持つようになります。当時から日本がいずれ高齢化社会を通り越して「超高齢化社会」になることは分かっていました。そんな中で介護を必要とする人に十分なお世話をするにはどうすればいいのか──ということを真剣に考えるようになっていたのです。30歳の時に出させていただいた『ただいま奮戦中』(ペップ出版)という本の中で、「ボクには夢があります。それは老人ホームの建設です」と書いたくらいです。

というのも、いまは3人とも亡くなりましたが、当時の我が家には私の両親とヘレンのお母さんという3人の高齢者がいました。父親は胃潰瘍を悪化させてうつ病を併発して寝たり起きたりの生活、母親は認知症、ヘレンのお母さんもその後寝たきりになっていきます。

テレビや舞台の仕事の忙しさを理由に、我が家のお年寄りたちの世話をすべてヘレンに任せていた私は、彼女に感謝しかありません。

しかし、ヘレンは介護疲れに加えて更年期障害も発症し、本当に大変な思いをすることになります。そしてそれは、これからの日本では、どの家庭でも起き得ることなのです。

こうした問題を解決するには、各家庭に任せていたのでは無理があります。国が、政治が本気で取り組まなければ、問題の解決にはならない。そう、当時は高齢化社会の問題に目を向けている人は少なく、「解決に向けた動き」すら乏しい時代だったのです。

30歳で妻・ヘレンに打ち明ける

最初に私が政治の世界に挑みたいとヘレンに打ち明けたのは、30歳のころだったと思います。参議院選挙の被選挙権は30歳からなので、そのタイミングで話したと思うのですが、その時はまるで取り合ってもらえませんでした。

子どもは小さい、世話をする親が3人いる、そして家のローンも残っている……。私としてもようやくテレビのレギュラー番組が増えて忙しくなってきたところでの政界進出は、あまりにもリスクが大きすぎることは理解していました。

ただ、「いつか機会があれば」という思いだけは持ち続けていたのです。小学生のころから働いて、行きたかった高校進学もあきらめて、大やけどを負って芸人になった私が、いろいろと苦労はあったものの、身に余る幸せをいただくことができました。その恩返しをしなければ罰が当たります。

それから10年近くが過ぎ、40歳を目前にした私は、再び政治家への転身を真剣に考えるようになりました。もちろん不安はあります。

ようやく安定した生活を捨てて政治家になることが、果たして夫として、父親として正しい選択なのか──。正直言って悩みました。そうした悩みも含めてヘレンに相談したところ、彼女は前向きに考えてくれるようになりました。そして何度も何度も真剣に話し合った末に、ヘレンは「うん」と頷いてくれたのです。

これで自らの人生の方向性は定まりました。

初の政界進出を側で支えたヘレン夫人〈写真/文藝春秋提供〉

「ワシも応援するわ!」やすしさんに出馬を伝える

昭和61年3月24日、吉本興業本社で記者会見を開き、参議院選挙への出馬表明をしました。やすしさんに出馬を打ち明けたのは、その3週間ほど前のことでした。

「じつはな、私、次の参院選に立候補しようと思うんです」

出馬を決めた理由を説明しました。

「いままで何十回と施設慰問に行かせてもらったけれど、福祉をやっている事業者にも“いい事業者”と“そうでもない事業者”があることが分かってきたんです。中には利用者のことなど二の次で利益を出すことしか考えない事業者もいました。窓ガラスが割れているのに新しいガラスを入れるわけでもなく、ビニールを貼っただけの寒い部屋がある施設もある。政治家が知らないそんな問題を取り上げて、政治の力で解決していきたいんや」

我が家にはヘレンの母と、私の両親がいて、高齢の親をサポートしてくれる妻と家族を支えてくれるような社会の仕組みが必要だと痛感したこと。これからは子どもからお年寄りまで目配りをした福祉が必要なこと。芸人として世に出て、多くの方々に応援していただいたのだから、これからは恩返しをさせてもらいたいと考えていることなどを説明しました。すると、やすしさんはこう言ってくれたのです。

「そりゃええこっちゃ。ワシも応援するわ!」

第一声は“第二の実家”岡田青果店の前で

選挙運動初日の“第一声”をどこにするか──。

いくつかの候補地が出ましたが、私の中ではある場所に決めていました。大阪市港区の繁栄商店街にある岡田青果店の前です。高知から大阪に移ってきた小学生の私が、最初にアルバイトをさせてもらった八百屋さんです。

すでに触れましたが、芸人になってからも近くを通る用事があれば寄らせてもらい昔話に花を咲かせていた、私にとっては第二の故郷、いや第二の実家のような場所です。私が社会に出た最初の地であり、初心に帰って自分を見つめ直すのには一番の舞台だと考えたのです。

最初は出馬に難色を示したヘレン夫人も、演説に同行してくれた。〈写真/吉本興業提供〉

ただ、このお店は商店街の中にあります。商店街にはいろいろなお店が軒を連ねていて、それぞれで様々な意見をお持ちの方がご商売をされています。そのため「商店街」として許可することは難しい──というお返事をいただきました。

すると、岡田青果店のご主人から連絡がありました。

「商店街としては許可できなくても、うちが許可すればうちの店の前で演説することくらいはできる。小さいころから頑張って働いてくれたんや。うちの前でしゃべってくれ」

ありがたい申し出に涙が出そうになりました。

その後ご主人は亡くなられたのですが、いまでもおじさんと三輪トラックで奈良の農家に買い出しに行った時のことなどが鮮明に思い出されます。行きは助手席に乗っていき、帰りは野菜と一緒に荷台に乗り込み、大切な野菜が落ちないように押さえつけながらお店に帰ってきたものです。

ご主人の計らいのおかげで、私の選挙運動は「岡田青果店前」からスタートすることができました。

「小さなこともできません」!?

初めての選挙戦は、失敗の連続です。何しろ選挙運動の経験がない素人ばかりの寄せ集めですから、うまくいくはずがありません。

ある日の朝8時。大きな駅の前で選挙カーの中から支援を呼びかけます。車には私と妻のヘレン、運転手さんとウグイス嬢が2人、それに私のマネージャーがマイクを調整するミキサー役として乗り込んでいます。

ウグイス嬢も初めての選挙運動なので緊張していたようです。

「おはようございます。西川きよしでございます。立候補するのは今回が初めてでございます。初めてなので大きなことはできませんが、小さなこともできません……」

極度の緊張状態に置かれた人間は、思いもかけないことを口走るものですね。

お嬢さんはすっかり恐縮してしまい、「すみません」「ごめんなさい」と謝っています。

そこで私が慰めます。

「大丈夫。間違いは誰にでもあることだから気にしないで。でも、ここはちょっと恥ずかしいから次の場所に移りましょう」

初選挙でトップ当選。支援者らとバンザイする西川きよし〈写真/吉本興業提供〉

じつはこのやり取りがマイクを通じて車の外に全部流れていたのです。いまとなっては笑い話ですが、思い返しただけで赤面してしまいます。

「小さなことからコツコツと」はそもそも、次のような訴えの中で生まれたフレーズです。

「わたくし西川きよしにとって今回が初めての選挙です。初めてですから大きなことはできません。空港や高速道路を作ったりということはわたくしにはできません。でも、そんな西川きよしにも、福祉の領域ではできることがあるはずです。大きなことはできませんが、小さなことからコツコツと頑張っていきます」

特に原稿を準備したわけでもなく、ふと口をついて出た表現なのですが、周囲のみんなが
「ええ言葉じゃないですか」と言ってくれて、いつしか私のキャッチフレーズになりました。

なんだか不思議な気分です。

でもこれ、二宮金次郎さんも言っているんです。「積小為大(せきしょういだい)」といって、小さなことも積み重ねていけば、いずれ大きなことを成し遂げることができる──という意味なんだそうです。


文/西川きよし
写真/吉本興業提供、photoAC

『小さなことからコツコツと 西川きよし自伝』

2023年6月28日

1,760円

192ページ

ISBN:

94763140609

17歳で喜劇役者の石井均に弟子入りし、翌年に吉本新喜劇へ。ヘレン夫人との出会い、歴代総理との交流など秘話満載。

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