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外国人が理解できない「義理チョコ」という同調圧力…バレンタインが「女性から男性へ贈るチョコ」に特化しているのは日本と韓国ぐらい。消えない、性別による社会的役割

集英社オンライン / 2023年8月9日 10時31分

日本人は、なぜこれほどまでに「同調圧力」に弱いのか? その構造を読み解き、正体を浮かび上がらせようとする『この国の同調圧力』(SB新書)より、日本社会に潜む見えない「性別による社会的役割の幻」について一部抜粋・再構成してお届けする。

外国の人たちには理解不能な「義理チョコ制度」

日本人に多く見られる「みんながしているから、自分もそうする」という行動様式については、意外な形で外国人からの指摘を受けることもあります。

2018年2月1日付日本経済新聞朝刊に、ベルギーの高級チョコレートブランド「ゴディバ」の広告が掲載されましたが、そのメインコピーは次のようなものでした。

「日本は、義理チョコをやめよう。」



そして広告の本文には、こんな文章が記されていました。

バレンタインデーは嫌いだ、という女性がいます。
その日が休日だと、内心ホッとするという女性がいます。
なぜなら、義理チョコを誰にあげるかを考えたり、準備をしたりするのがあまりにもタイヘンだから、というのです。
気を使う。お金も使う。でも自分からはやめづらい。〔略〕
もちろん本命はあっていいけど、義理チョコはなくてもいい。
いや、この時代、ないほうがいい。そう思うに至ったのです。
そもそもバレンタインは、純粋に気持ちを伝える日。
社内の人間関係を調整する日ではない。だから男性のみなさんから、
とりわけそれぞれの会社のトップから、彼女たちにまずひと言、
言ってあげてください。「義理チョコ、ムリしないで」と。〔略〕

不合理さを解決するために、アクションを起こすべきなのは男性

文の終わりには、ゴディバジャパンのジェローム・シュシャン社長の名前が記されていましたが、実際にこの広告を企画・制作したのは、クリエイティブディレクターの原野守弘(株式会社「もり」社長)でした。2018年3月14日、ネット媒体「ハフポスト」はこのゴディバの広告に関する原野のインタビューを掲載しました。

そこで原野は、制作意図について、こう説明しました。

バレンタインの意義の問い直しは、日本の会社の中にある様々な抑圧への問題提起でもありました。「みんながあげているから、私もあげないと……」という同調圧力もそう。
だからこの広告は、チョコレートを贈る女性ではなく、チョコレートを贈られる男性に呼びかける形にしたんです。
残念ながら今の日本企業だと、男性の方が権力や実行力を持っていることが多いじゃないですか。
同調圧力みたいな会社にはびこる色んな不合理さを解決するために、アクションを起こすべきなのは男性ではないか。そう思っていました。

バレンタインにチョコを贈るのは「義務」なのか?

それから2年後の2020年2月12日、朝日新聞(ネット版)は「『義理チョコやめよう』賛否呼んだ広告、ゴディバの真意」と題した記事を公開しました。

ゴディバの「日本は、義理チョコをやめよう。」という広告が日本社会に巻き起こしたさまざまな議論について、多面的に振り返るという内容構成でしたが、その記事ではゴディバジャパンのシュシャン社長もインタビューを受けて、広告の意図についてこう話していました。

「元々日本は贈り物で相手に尊敬や感謝の気持ちを表してきた文化があり、『義理』という言葉にも深い意味がある。でも最近の義理チョコは良い意味での日本らしさが消え『must do(やらなくちゃいけない)』『duty(義務)』になっているのではないか」

「ギフトをやめようではなく、ギフト本来の意味を考えてほしくて問題提起したのです」

三世紀のローマに実在した司教、聖バレンタイン(ウァレンティヌス)の命日である2月14日を「バレンタインの日(バレンタインズ・デー)」と呼んで、恋人や家族が花やカード、菓子などを贈る習慣は、欧米などのキリスト教の国々から始まったものですが、バレンタインデーの贈り物が「女性から男性へ贈るチョコレート」に特化しているのは、日本とその影響を受けた韓国ぐらいだそうです。

この朝日新聞の記事で、テンプル大学ジャパンキャンパスの堀口佐知子上級准教授(文化人類学)は「義理チョコという文化は日本独特のもの」と指摘しています。

日本でバレンタインデーを始めたモロゾフ

同記事によれば、バレンタインデーにチョコレートを贈るという習慣を日本で始めたのは、神戸の洋菓子店「モロゾフ」でした。第二次世界大戦より前の1932年に発行した商品カタログで、当時の経営者が外国の習慣(イギリスでは十九世紀にバレンタインデーのプレゼントとしてチョコレートが商品化)を参考にして、「バレンタインの愛の贈物」としてチョコレートを提案していました。

そして、「働く女性が職場の同僚や上司に渡す『義理チョコ』」の風習が日本社会で広がったのは、1980年代頃だと同記事は書いています。

この「義理チョコ」については、読者の方々も実際にいろんな経験をされたかと思いますが、本当はそんなことをしたくないのに、女性社員だからという理由で、社内の同じ部署の男性社員や上司の男性幹部に、バレンタインの日にチョコレートをあげることを強いられてしまう、というのは、典型的とも言える同調圧力です。

中には、それによってコミュニケーションが円滑になるなら別にかまわない、という女性もおられるでしょうが、それはあくまで「厚意」で許すということであり、明文化されていない制度に女性社員が従わされる図式は、客観的に見ても理不尽です。正社員ではない(つまり給料の低い)派遣社員の女性までもが、義理チョコで余計な出費を強いられたりします。

このゴディバの広告に前後して、「うちは義理チョコ制度をやめました」という会社もいくつかメディアに取り上げられていました。暗黙のうちに「女性だから」という理由で負担や我慢を強いられる不条理な状況に光が当たり、もうこんな風習はやめる頃合いではないか、という意見が、女性と男性の両方から出る状況になりつつあるようです。

見えない同調圧力としての「性別による社会的役割の幻」

先に紹介した「ハフポスト」のインタビューで、原野守弘は自身が手がけた別の広告企画についても、意図や問題意識を説明していました。

それは、2016年7月21日から8月3日(一部地域では7月27日)までテレビで放映されたPOLAという化粧品会社のテレビCMで、「この国は、女性にとって発展途上国だ。」という冒頭のナレーションも含めて大きな反響を呼び起こしました。

映像に映し出されるのは、会社に勤める女性社員たちの姿。コピー機の前に立つ女性。会議が終わった後にテーブルに残った(男性社員たちの)コーヒーの飲みさしを片づける女性。洗面台の前でうつむく女性。オフィスの椅子に座って、大きなお腹を撫でる妊娠中の女性。でも、多くのテレビコマーシャルと違い、登場する女性たちはみんな無表情です。

そんな映像に、次のようなナレーションが重なります。

「この国は、女性にとって発展途上国だ。
限られたチャンス、
立ちはだかるアンフェア。
かつての常識はただのしがらみになっている。
それが私には不自由だ。
迷うな、惑わされるな。
大切なことは、私自身が知っている。
これからだ、私。」

この国には、幻の女性が住んでいる

このCMは、POLAの店頭販売員を募集するための広告でしたが、会社の中で女性社員が「女性だから」というだけで特定の役割を押し付けられているのも、性差別であるのと同時に、集団内での同調圧力だと言えます。

原野はこのインタビューで「この企画の出発点には、作り手である僕の個人的なジェンダー意識がありました」と語り、男女格差を示すジェンダーギャップ指数で世界一四四か国中一一四位(当時)という順位を自分たちにとって「恥ずべき状況」と捉え、

「今より女性差別が少ない社会を少しでも予感させることができたら」と、制作の意図を説明しました。

このCMには、同じく原野が制作した第二弾があり、第一弾と同様に「女性に与えられた社会的役割」を淡々と行う女性の映像と共に、「この国には、幻の女性が住んでいる」というナレーションで受け手に問題が提起されました。

「誰かの〝そうあるべき〟が重なって、いつのまにか私が私の鎖になりそうになる。
縛るな。縛られるな。」

私が私の鎖になりそうになる

ここで描かれているのも、女性はこうであるべきという「イメージ(幻)」に合致する行動を会社などで強いられる状況への疑問です。「私が私の鎖になりそうになる」という表現は、性差別と同調圧力に迎合することで女性が自分をさらに圧迫しているという、理不尽な現実のつらさを表現しているように感じます。

ネット媒体「ビジネス・インサイダー・ジャパン」が2017年8月11日に公開した「このCMは男性にこそ見て欲しい─幻の男女像にとらわれる日本」という記事も、このシリーズの制作総責任者である原野とコピーライターの山根哲也のインタビューを掲載していましたが、コピーを書いた山根はコンセプトについて、こう語りました。

「女性だけではありません。幻の男性もいるし、幻のお父さんも幻のお母さんもいる。同調圧力の強い日本では、社会的な理想像が支配している」

原野も、日本社会に潜む見えない同調圧力として「性別による社会的役割の幻」が存在する事実について、こう指摘しました。

「日本では女性はこう生きた方がいい、男性はこう生きた方がいいというジェンダー的なステレオタイプが強く存在している。そこから解放されていくことが、日本が(第1弾CMのコピーである)『発展途上国』から『先進国』への仲間入りをする道なのではないかと考えました」

文/山崎雅弘

『この国の同調圧力』(SB新書)

山崎雅弘

2023年7月6日

990円

264ページ

ISBN:

978-4815619206

私たちを縛る「見えない力」から自由になるヒント

日本はなぜ、
ここまで息苦しいのか?


日本人は、なぜこれほどまでに「同調圧力」に弱いのか? 私たちの心と行動から自由を奪う「見えない力」をさまざまな角度から分析し、その構造を読み解き、正体を浮かび上がらせる、現代人必読の書。

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