【ギャンブル依存大国ニッポン】電子ギャンブル機を圧倒的世界最多で持つ日本で江戸時代から続くホームレスとの関係
集英社オンライン / 2023年8月6日 19時1分
どうして人は何かに依存するのか? コロナ禍で公営ギャンブルが売上前年比を伸ばした背景もあり、ギャンブル依存症への対策は国を挙げての課題となっている。人生の危機に陥った依存症者たちを取材した『ギャンブル依存 日本人はなぜ、その沼にはまり込むのか』 (平凡社) より一部抜粋・再構成してお届けする。
ギャンブルが原因でホームレスに
厚労省が2022年に発表した「ホームレスの実態に関する全国調査」によると、全国で確認されたホームレスの数は3448人だった。ちなみに、「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」、および「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」では、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」がホームレスと定義される。調査方法は「市区町村による巡回での目視」なので、曖昧さや認知バイアスなども考慮に入れなければならないが、ほかに資料が見当たらないので、この数字が現状を示していると考えたい。
約3500人という数字が多いかどうかの判断は難しいが、日本国憲法第25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と「生存権」が保障されている。定住地、定職を持たず、社会保障など「国民のだれもが持っている権利」さえも放棄しているのだから、人数の多寡は別にして、ホームレスはすべて「わけあり」と考えていい。
国内でホームレスへの支援をしてきた「ビッグイシュー日本」共同代表の佐野章二さんは、長年の経験からこう断言する。
「ホームレスになってしまう最大のきっかけは、借金からの逃亡。とくにギャンブルが原因である割合が大きい」
1991年に英国で生まれた雑誌『ビッグイシュー』は、月2回、発行されてきた。それを翻訳したものを日本版として刊行。2003年から街角でホームレスが1部450円で販売して、1冊の売り上げのうち230円のインセンティブ(歩合)が売り手の手元に残るモデルをつくり上げた。東京や大阪の繁華街などでは、道端に立ったまま雑誌を掲げている人を見かけることがある。
これまで日本では累計で900万部以上が売れ、労働対価としての収入機会を提供することで、ホームレスの自立を支援してきた。もちろん、全員がギャンブル問題を抱えているわけではない。それでも、数えきれないほどのホームレスと向き合ってきた佐野さんはこう訴える。
「人間の当たり前の生活を破壊する可能性には、職場での人間関係、恋愛、アルコール、薬物などさまざまあります。でも、たちまちのうちに、1人の人間、一つの家族を完璧に崩壊させてしまう可能性があるのがギャンブルと薬物です。そもそも、借金してまで酒を飲む人はいないからね」
江戸時代から続くホームレスとギャンブルの関係
実は、ホームレスとギャンブルの関係はすでに江戸時代から続いていた。
江戸時代の後半に記された随筆で、前者の『後見草』(天明七〈一七八七〉年頃板)によれば、大道で猥褻な絵を公然と販売し、千住や浅草ではさいころ賭博の丁半やちょぼ一の店が一里(約三・七五キロメートル)も続いていたという。また、吉原などの廓の近くでは、お花独楽という独楽賭博や役者の紋を描いた台紙を賭紙にする賭博がおこなわれ、夜間も灯火の下で人々が賭博に群がり、人品賤しからぬ者たちも多勢集まっていたという。
後者はその少し前に出板された『北里劇場隣の疝気』(宝暦一三〈一七六三〉年板)で、もうこの頃から独楽賭博は盛んで、賭博で渡世する者も少なくないという。賽賭博やかるた賭博も流行していて、賭博の方法を知らない者は「野暮」とよばれて馬鹿にされた、と述べている。(増川宏一『賭博の日本史』平凡社)
ささやかな金額や身の回りの品物を賭けて、大小のギャンブルが行われていた賭場に集まる者には、農民だけでなく、下級武士も混じるようになり、江戸時代中期には全国にたくさんの賭場が出現したという。
当時の主要産業といえば、言うまでもなく農業である。作物の生産力がピークアウトし、封建制度の矛盾や相次いだ天災などが理由となって、農村から離脱したり、無宿になったりする者が増加した。江戸時代は、ちょっと奮発すれば庶民も楽しめる歌舞伎や浄瑠璃、寄席、相撲などの娯楽はあったが、生活困窮者の農民や無宿者には高嶺の花だったに違いない。
基本、人生が退屈なものなのは、今も昔も変わらないのだろう。それでも、スマホやパソコンがあれば、あっという間に時間が飛んでいってしまう現代とは違い、かつての人々にとっては、平均寿命の短かった人生でさえ、長く感じたのかもしれない。
当時の賭博が人を吸引する力は、かなりのものだっただろうし、今日明日の食事や寝床を得ようと、もしくは人生の一発逆転があると信じて、無宿者がサイコロの出目にわずかな有り金を託していたのだろう。
日本は世界一のギャンブル依存大国
運用方法に課題はあるにしても、生活保護というシステムがあり、国民皆保険に守られている日本でも、ホームレスが後を絶たない現実を踏まえ、独自に「ギャンブル依存症問題研究会」を立ち上げた「ビッグイシュー基金」は2016年、ギャンブル問題当事者の体験談集『ギャンブル依存症からの生還──回復者12人の記録』を発行した。
「高校生のときにパチンコにはまり、消費者金融からの借金を重ねて、最後にはコンビニ強盗で逮捕された20代男性」「育児ノイローゼのため、子供を預けて逃避したパチンコがやめられなくなり、やがて精神科にかかって安定剤の薬剤治療を受けつつも、泣きながら打ち続けた40代主婦」……。
掲載された体験談を目で追っているだけで、読む側の胸は張り裂けそうになる。
さらに、ビッグイシュー基金は、2015年、18年の2度にわたって冊子『疑似カジノ化している日本』を発行し、気鋭の学者らと一緒に、統計的な根拠などに基づいてギャンブル依存の問題を多角的に検証した。GDP世界第3位の先進国が「国家的疑似カジノ」とはなかなか過激だが、まとめられたデータを見る限り、それが決して大げさではないことが理解できる。
たとえば、各国の「ギャンブル障害(依存)」の有病者割合。
アメリカ0・42(ラスベガスに限ると3・5)%、カナダ0・5%、英国0・5%、スイス0・8%などの数字が並ぶが、日本はなんと3・6%だった。アジアでも、カジノが盛んなマカオでさえ1・8%なので、日本の突出ぶりは際立っている。しかも、日本国内の2008年の調査にさかのぼると、男性9・6%、女性でも1・6%と、目を疑うような結果が出た。
電子ギャンブル機数は米国の5倍、イタリアの10倍以上
驚くデータはまだある。
もともと、ギャンブル(賭博)は、伝統的にルーレットやカードなどのテーブルゲームが主流だった。日本でも、江戸時代にはサイコロを使った「丁半賭博」、昭和になると「花札」「賭けマージャン」が中心だった。
ところが、1990年代からは、スロットマシンなどに代表されるEGM(Electronic Gaming Machine)、いわば電子ギャンブル機が、世界的に広がりを見せた。
「ゲーム機械世界統計2016」の国別EGM設置台数によると、米国86万5800台、イタリア45万6300台、ドイツ27万7300台などの2位以下を大きく引き離し、日本は457万5500台。文字通り、桁違いの結果となっている。それがパチンコ台、パチスロ台であることに疑問を挟む余地はない。
国ごとの調査方法の違いを考慮したとしても、ビッグイシュー基金が「日本は疑似カジノ化している」と断言していることは大げさではなさそうだ。
文/染谷一
『ギャンブル依存: 日本人はなぜ、その沼にはまり込むのか』(平凡社)
染谷一
2023年7月19日
1012円(税込)
224ページ
978-4-58-286033-7
折に触れ、ギャンブル関連のCMが射幸心をあおり、ネットの世界や至る所にあるパチンコ店が、私たちを日々誘惑してくる。誰もが、いつ、その沼から抜け出せなくなっても不思議ではない。はたして、ギャンブル依存に陥ってしまった人を、「自業自得」「意志が弱い」と切り捨てていいのか。長年にわたって医療の現場を歩いてきた著者が、ギャンブル依存によって人生の危機に陥った人々を取材。私たちは、この問題とどう向き合うべきかを考える。
《目次》
はじめに
序章 日本に根づく賭け事とは
第1章 元刑事の転落と再起
第2章 競艇の刺激に溺れた「彼」と「彼女」
第3章 一攫千金の誘惑
第4章 ギャンブル依存と家族の共依存
第5章 闇カジノの誘惑とワナ
第6章 ポケットのなかの断崖絶壁
おわりに
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