第3次世界大戦はすでに始まっている…ロシアへの経済制裁はアメリカにむしろマイナスに効き、ウクライナ戦争から抜け出せなくなっている
集英社オンライン / 2023年8月8日 8時1分
2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻した日から今日まで続く、ウクライナ戦争。このままでは世界的な戦争に発展するのではないかという危惧もあるが、すでに第3次世界大戦は始まっているという…それはいったいどういうことなのか。フランス人人口学者のエマニュエル・トッド氏と、ジャーナリストの池上彰氏による対談本『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』(朝日新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
第3次世界対戦はもう始まっている
池上彰(以下、池上) トッドさんは22年から、ウクライナ戦争によって「第3次世界大戦はもう始まっている」ともおっしゃっています。どうしてそういうことが言えるのでしょうか。
エマニュエル・トッド(以下、トッド) ロシアとウクライナ2国間のこの戦争が、世界大戦に発展するのではと心配している人は多いと思います。でも、もうすでにアメリカを中心とする西側とロシアの間で展開されている世界戦争、という段階に入っていると見ています。
そしてそれは「まず経済面から始まった」とも言えると思います。
ウクライナへの爆撃で市民の多くが殺されていることはもちろん、まさに戦争という状態なのですが、ヨーロッパやアメリカがロシアという国を経済的に、最終的には社会的にもつぶすという目的で始めた経済制裁もまた、戦争の一端であるわけです。
この経済制裁に、ロシアは耐えています【図3】。その後ろには中国やインド、それからもしかしたらサウジアラビアなどの国がいるわけです。
そして、この対立、戦争が、こうしてヨーロッパの制裁が失敗することによってさらに広がっていった。つまり経済面で広がっていっているわけですね。そしてこの経済の問題というのは、今は西ヨーロッパのほうでも、その影響がひじょうに感じられるようになってきているわけです。
この「制裁のメカニズム」というのは、その本質からして、自然と広がっていくものなんです。それを広げるために、世界に対して、それぞれの国に立場を取ることを求めたりするのが制裁なんですね。そういう意味では、制裁の失敗というのは世界システムというものにとって、ひじょうに危険だったのではないかと思います。
経済制裁は、アメリカにむしろマイナスに効いてくる可能性がある
池上 確かに、いまだにロシアの経済が安定していることは、西側が驚いている点だと思います。これはなぜなのでしょうか。
トッド 実は経済のグローバリゼーションが進んでいくなかで、「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」と「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」との分岐がますます進んでいるんです。ロシアはインドや中国とともにまさに後者の代表で、天然ガスや安くて高性能な兵器、原発や農産物を世界市場に供給する「産業大国」であり続けています【図4】。
一方で、前者の貿易赤字の国とはアメリカ、イギリス、フランスなどです。財の輸入大国としてグローバリゼーションのなか国の産業基盤を失ってきている。つまり互いに科している経済制裁は、消費に特化したこれらの国のほうにむしろマイナスに効いてくる可能性があるわけです。
一種の神話的な立場だった「経済大国アメリカ」は、いまは生産力の点で非常に弱体化してきています。1945年時点でアメリカは世界の工業生産の約半分を占めていましたが、いまは違います。ウクライナ戦争はロシアにとって死活問題であると同時に、アメリカにも大問題なのです。
先ほども少し触れましたが、アメリカの生産力でとくに問題となってくるのが「兵器の生産力」です。
この先、ウクライナ戦争が長期化したとき、工業生産力の低下するなかでウクライナへの軍需品の供給が続けられるのか。むしろロシアの兵器生産力のほうが上回っていくのではないか。そこは西側としては心配な点でしょう。
ただそれでも、アメリカはこの戦争から抜け出せないのではないか、とも言えると思います。アメリカがこの戦争から抜ける、それはアメリカにとって「ウクライナへ供給する兵器の生産力が追いつかなかった」という点で、「負け」を意味するからです。
ウクライナ政権が危機的状況にあるということを明らかにしているソ連時代的な汚職の対処
池上 その世界大戦に巻き込まれた形のウクライナですが、トッドさんは戦争が始まる前の段階で、ウクライナは破綻国家であり、国家としての体をなしていないとおっしゃっていました。
ただ、戦争が始まり、その真っただなかで政府の汚職高官が追放されるなど汚職撲滅の動きもあるようです。国としてのまとまりが全くなかったウクライナが、ロシアの攻撃で自分たちの土地を守らなければならなくなったという、きわめて皮肉な形ではありますが、むしろウクライナの民族意識が深まってきた。この戦争をきっかけに国家として成立しつつあるようにも見えるのですが。
トッド そのとおりだと思います。この戦争によって国家意識、国民意識が強化されている面はあるでしょう。戦争前は、私はウクライナの国家意識がどれほど強いのか疑問に思っていたのですが、軍事的に非常に耐えている姿を見て、その意識が強くなっていると認めるようになりました。
ただ、ウクライナにおけるロシア語圏は、この戦争によって崩壊しつつあるのではとも思っています。ロシア語圏にいる中流階級がどんどん国外に流出しているからです。中流階級がいなくなった国は崩壊していく傾向があります。国家意識、国民意識というのはウクライナ語圏で強化された、と言えるのではないかと思います。
一方で、ご指摘のように国内のさまざまな汚職に関して、いろんな、謎の多いことが行われているようなんですね。いま、「汚職撲滅に取り組んでいるように見える」とおっしゃいましたけれども、たとえば、辞めさせられた人々の、その国のなかでの立場的なものを見てみると、かなり粛清に近いような、なんとなくソ連時代的なものを感じてしまうわけです。
そういうやり方で汚職に対処しているとしたら、これはウクライナ政権が危機的状況にあるということを明らかにしているだけのことであって、ウクライナがこれからしっかりとした民主主義の国になろうとしているというようには、私は解釈できないんじゃないかなと思いますね。
池上 ウクライナ戦争が始まる前には「ウクライナって、やっぱり破綻国家だ」と思っていたトッドさんも、極めて皮肉なことですけれど、侵略を受けてしまったことによって国家のまとまりというものが出てきた。あるいはウクライナが民族主義的に団結心というのが出てきたということを、お認めになったのは印象的です。
文/エマニュエル・ドット、池上彰
『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』 (朝日新書)
エマニュエル・トッド (著)、池上 彰 (著)、 大野 舞 (通訳)
2023/6/13
869円
200ページ
978-4022952233
ウクライナ戦争について、メディアで飛び交うさまざまな言説とは異なる新たなる視点。
「こんなことを話すのは、今日が初めてです」(エマニュエル・トッド)
「新たな視座を獲得するでしょう」(池上彰)
世界の頭脳であるフランス人人口学者のエマニュエル・トッド氏と、ジャーナリストの池上彰氏による初対談本。
なぜウクライナ戦争は起きたのか、いまだ終わりの見えない戦争の行方、長らく1強の覇権国家として君臨してきたアメリカの弱体化、それによって多極化、多様化していく世界をどう生きていけばいいのかーー。G7を含めた西側諸国がもはや少数派となる中で、日本の進むべき道とは? 全3日間にわたる白熱対談!
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