ウクライナ戦争でロシアが勝者になる可能性があるのか。「この争いは単なる軍事的な衝突ではなく、価値観の戦争でもあります」
集英社オンライン / 2023年8月9日 8時1分
ウクライナ情勢をめぐって国際社会の分断が深まる中、俄然注目を集め始めたグローバルサウスと呼ばれる国々。この戦争が終わった後、彼らはどのような存在になっていくのか。そもそもこの戦争に終わりはやって来るのか。フランス人人口学者のエマニュエル・トッド氏と、ジャーナリストの池上彰氏による対談本『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』(朝日新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
グローバルサウスはむしろロシアに近い
池上彰(以下、池上) 「グローバルサウス」(南半球を中心とする新興・途上国)という言葉があります。
アメリカとロシアのどちらにも与しない、インドやインドネシア、中東などのグローバルサウスの国々は、今回のウクライナ戦争が終わった後、どのような存在に、あるいはどのような立ち位置になっていくとお考えでしょうか。
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エマニュエル・トッド(以下、ドット) この戦争が明らかにした問題の一つは、グローバルサウスと呼ばれる国々が、「どちらにも与しない」ではなくて、「むしろロシアに近い」ということが明らかになってきたことだと考えています。
いわゆる白人という人種を裏切った国、みたいな立ち位置にいまのロシアはいるわけですね。だからこそ、ヨーロッパからあれほどまでに憎まれることになったのだと思います。
ロシア人は、たとえばプーチンなんかを見ても、見た目はヨーロッパ人なわけですね。白人で金髪で青い目といった白人です。
それでも、基本的にいまは中国やインドやサウジアラビアと近く、その関係を保ちたいというふうに願っている。それが、いまの西側諸国からひじょうに憎まれる理由の一つになっていて、そしてそれは、この戦争が明らかにした点なのではないかと思います。
池上 ということは、この後、さらにグローバルサウスが発展していくということは、アメリカの没落につながっていくということなんでしょうか。
トッド これは別に私がその答えを持っているというわけではないんですけれども、確かに、まさにそれが今回のウクライナ戦争の真の問題です。
というのは、アメリカの没落の可能性、ということなんですね。これは、あり得るかどうかという回答を私は持っていないんですけれども、それこそがまさに、いま、真の問題としてそこにある、と考えているのです。
問題はウクライナでも、日本でも中国でもなく、まさに「アメリカが脱落するかどうか」というこの点なんですね。
みんなが負ける負け戦が続く
池上 この先、この戦争はどうなっていくのか。ウクライナとしてはロシアを国内から追い出すまでは戦争を続ける。一方で、プーチン大統領にしてみれば、ドネツクやルハンスクなどウクライナ4州をロシア領として「併合」した以上、そこから撤退することはできない。
アメリカも、この戦争から抜け出すことは難しい。ヨーロッパ諸国もロシアへの経済制裁をした結果、天然ガスが入ってこないなどさまざまな経済的打撃を受けている。
結局、この戦争に勝者はいない。延々と、みんなが負ける負け戦が続く、そんな未来が来るのではないでしょうか。
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トッド この戦争が始まったとき、私は地政学の本を書き始めていました。そのとき世界は中国対アメリカという構図で見ることができると考えていました。しかし、アメリカの生産力がひじょうに弱まっていることや、中国も出生率がひじょうに低下していることから、その構図で世界を見るのは正しくないことに気づきました。
私は焦点をロシアに移していきました。すると、ロシアは保守的ではありますが、たとえば乳幼児死亡率がいまはアメリカを下回るなど、社会としてある程度安定した国であることが見えてきました。
ただ、人口は減少傾向にあり、ロシア的な帝国主義を世界に広めていくほどの勢力ではないことにも気づきました。そして中国も同様に出生率が低下しているので、これらの国がこの世界システムのなかで問題なのではないということに気づいたんですね。
一方、ヨーロッパは、混乱しつつも、社会的にはまあまあ安定しているといったような姿に見えてきました。
そして、イギリスが危機的な状況にあるということから、アメリカの問題にも向き合うことになったんです。
世界のシステムを考えていくうえで、どの国が問題なのか。世界が不安定化していくその中心にあり、世界がこれから先に向き合わないといけないのはアングロサクソン圏、とくにアメリカの「後退のスパイラル」なのだということに気づいたんです。問題はロシアでも中国でもなく、アメリカなのです。
人類が直面しているたった2つの問題は、「地球温暖化」と「アメリカ」
私はいま、よくこう言います。いまの人類が直面している問題は二つある。地球温暖化と、アメリカだと。
この戦争がどういう形で終わるのか、はたして終わりがあるのかわかりません。その理由としては、不確実性ですね。
ロシアやアメリカの軍需生産力というのが不確実ななかで、どう終わるのかということは、なかなか見えづらいということはあります。
ただ、さまざまな終わり方の可能性を考えていくと、アメリカ社会が貧困化などの問題で後退のスパイラルにますます入り込んでいくことによる「アメリカの崩壊」もあり得るのではないかと考えています。
フランスのジャーナリストは恐らくロシアのほうが50%くらいの確率で崩壊すると見ているでしょう。でも、私は5%ほどではありますが、アメリカが崩壊することもあると見ています。
そして、イギリスもおそらくこれから後退し、崩壊を迎えるのではないかと。その可能性があるというふうに思います。
池上 実は一番の危機は、アメリカの危機ではないのか。みんなロシアが危機だ危機だと、日本ではいろんな人が言っているんですけど、実はアメリカが大変な危機的な状況なんだということですね。
確かに、アメリカ国内での分断ということは、明らかに進んでいるように見えます。共和党自身の内部が分裂をしてしまって、下院の議長が15回も投票しなければ決まらないような状態になっているときに、トランプさんが「選挙に出るんだ」と言ってしゃしゃり出てくる。だけど、共和党のなかでも、そのトランプさんについていくという人ばかりではない。
一方で、じゃあバイデン大統領は大丈夫なのかというと、機密文書の問題も出てきたり、高齢であったりということで、本当にアメリカ自身が迷走している。そういうような、アメリカ自身が危機的な状況にあるんだっていうことを、あらためて考えなければいけないということだろうと思いますね。
そして、実はロシアがこの戦争の前から、とにかく世界においてアメリカが唯一の大国であってはいけない、多様な世界でなければいけないと言っていたんです。今回のウクライナ戦争をきっかけに、結果的に世界がさまざまに分断し、多様になっていくということになると、それって、ロシアの世界戦略が成功するということになってしまうかもしれませんよね。
ウクライナでは大変な苦戦をしている。つい私たちはそこだけを見てしまうんだけど、もっと広い、長いスパンで見ると、実はロシアの世界戦略が成功しつつあるのかもしれないということですね。
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トッド ただ、この分断した世界というものが、不安定な世界だ、とも限らないんですね。
分断した世界が不安定だと言い切ってしまうのは、間違いだというふうに思います。人口的にそこでは停滞した世界があって、でもある程度、平和的で安定した社会があるんじゃないかと、私は想像するんですね。
一方で、たとえばアメリカが1国の覇権国家として存在し続けるといった世界のほうがむしろ危うくて、不安定化を招くのではないかというふうに私は思います。分断した世界というものは、不安定ではない可能性もあるわけです。
池上 なるほど。メディアが一方的に伝えているなかで、「ちょっと待てよ」「いやいや、問われているのは実はアメリカなんだ」という、オルタナティブな、多様なものの見方も提示しつつ、冷静な視点でこの戦争を見ていかなければいけないのかなということを、トッドさんから教わっている気がしています。
ところで、では、この戦争はどういう形で終わるんでしょうか。とてもこの戦争の終わり方が私は見えないんですけど、どういう形で広がるのか、あるいは終わるとすればこういう形だという点については、どのようにお考えですか。
どこにも勝者がいないという戦争がいま展開されている
トッド そうですね……。この戦争は「終わらない」というふうに思います。
池上 私は、このウクライナ戦争はこの先10年は続く「10年戦争」になると言っています。
トッド 私は5年だと思いますね。人口動態で見ると、ロシアの人口が最も減り始めるのが5年後であること、また第1次世界大戦、第2次世界大戦ともに5年ほどで終わったということもあります。
池上 おそらく私が推測するに、プーチン大統領の頭のなかは第2次世界大戦中の1941年6月から45年5月にかけて戦った「独ソ戦」があると思います。
このとき、ドイツの侵略を受けてまさに現在のウクライナの土地で大戦車戦が展開され、4年かかってドイツを追い出した。だから、少なくとも4年ぐらいは続くだろう、くらいのことはプーチン大統領は考えているのではないかなと思っています。
だから、少なくともあと3年間くらいは、やはり私たちも残念ながら、覚悟しなければいけないのかもしれないですね。
それで結果的に、どこにも勝者がいないという戦争がいま展開されているんだということを、これも残念ながら私たちは認識しなければいけないのかなと思っています。
それとも、この戦争が終わったとき、たとえば中国、インド、サウジアラビアといった国が勝者として生き残っているという可能性も考えられるでしょうか。
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トッド そうですね。たとえば二つの国の勢力が対立すると、その後にはその周りにいた国が台頭してくる、ということは歴史のなかでもありました。
第1次世界大戦もヨーロッパのなかで対立が起き、ヨーロッパは自殺するような形で崩れていきました。一方で、対立のなかからアメリカの覇権というものが生まれましたよね。
その意味で、池上さんのおっしゃったような国々が勝者のような形になることはあり得ると思います。ただ、それらの国は世界の覇権を取るほどではありません。
インドという国は、確かに人口が多いんですけれども、ひじょうに多様な国で、またムスリムの人口も多いなど多宗教で本当に不確実なので、ちょっとわからないというところがあるんですけれども、そこまで世界を支配するほどの勢力ではまだない。サウジアラビアなんかもそこまででもないですね。
むしろ、ロシアが勝者になる可能性があるんです。この戦争は単なる軍事的な衝突ではなく、実は価値観の戦争でもあります。西側の国は、アングロサクソン的な自由と民主主義が普遍的で正しいと考えています。一方のロシアは権威主義でありつつも、あらゆる文明や国家の特殊性を尊重するという考えが正しいと考えています。そして中国、インド、中東やアフリカなど、このロシアの価値観のほうに共感する国は意外に多いのです。
文/エマニュエル・ドット、池上彰
『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』 (朝日新書)
エマニュエル・トッド (著)、池上 彰 (著)、 大野 舞 (通訳)
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2023/6/13
869円
200ページ
978-4022952233
ウクライナ戦争について、メディアで飛び交うさまざまな言説とは異なる新たなる視点。
「こんなことを話すのは、今日が初めてです」(エマニュエル・トッド)
「新たな視座を獲得するでしょう」(池上彰)
世界の頭脳であるフランス人人口学者のエマニュエル・トッド氏と、ジャーナリストの池上彰氏による初対談本。
なぜウクライナ戦争は起きたのか、いまだ終わりの見えない戦争の行方、長らく1強の覇権国家として君臨してきたアメリカの弱体化、それによって多極化、多様化していく世界をどう生きていけばいいのかーー。G7を含めた西側諸国がもはや少数派となる中で、日本の進むべき道とは? 全3日間にわたる白熱対談!
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