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『幻の湖』への失望の後、大作を経て、樋口真嗣の心に映画作りへの自我が生まれる。「俺のほうがうまく作れるのでは?」という、修羅の道への志が!【『海峡』】

集英社オンライン / 2023年8月12日 12時1分

『シン・ウルトラマン』Blu-ray特別版&配信、著書『樋口真嗣特撮野帳』も大好評の樋口真嗣監督が、1982年、高校生時点で見た原点ともいうべき映画たちについて熱く語るシリーズ連載。前回に続いて東宝50周年記念大作と、芽生え始めた映画製作への情熱がテーマだ。

1980年代の映画雑誌の役割

映画雑誌に限ったことではないですが、雑誌を読むときに「最新情報をいち早くキャッチ」できる喜びは欠かせません。その役割は今ではネットの情報に取って代わられてしまった感も無きにしも非ずですが、映画を見ることよりもまず、どんな映画がこれから作られるのか? それはどんな内容なのか? 原作は何か? キャストは誰か?といった、今でこそ手に入って当たり前のことを雑誌やラジオ、テレビを通して収集しなければならず、あの頃の高校生であった私は、製作ニュースを誰よりも早く耳にすると、まるで仕事として映画に関わっているかのような気分で高揚し(あくまでも気分に過ぎないのに!)、その続報を誰よりも先に手に入れ(といっても情報ソースは書店で普通に売ってる雑誌だから誰でも平等に手に入れることができるものなのに!)、完成を楽しみにすることで自身が映画に近づいたかのような錯覚を起こし始めていました。



その発端は遡ること3年ほど前、中学生の頃に一世を風靡した、角川春樹事務所製作のベストセラー小説を原作とした大作映画群…それらを紹介するために刊行された映画を中心とする情報誌「月刊バラエティ」。今なお刊行されているアメリカのエンタテインメント情報紙と同じ名前だけど、その日本語版として発売されたわけではなかったようで、誌面は大原則として角川映画の宣伝が第一義でした。それまでの常識的な慣習を破った角川映画の大胆な作りかたを紹介する傍ら、ほかの面白そうな日本映画の紹介にも誌面が割かれるようになっていきました。

日本映画の情報はといえば、もっぱら「キネマ旬報」。当連載の源流でもある「ロードショー」、同日発売の競合誌「スクリーン」はともに洋画スター専門を謳っており、邦画の紹介なんかごくわずか。その頃の日本映画同様に困窮を極めていたのが、とにかく日本映画を紹介するメディアだったのです。その閉じた状況下に突如として現れたのが、映画では角川映画であり、雑誌では「月刊バラエティ」だったのです。

ジャッキー・チェン以外、全員欧米女優の1982年のロードショー表紙。 特集にも、薬師丸ひろ子の名前が散見されるほかは、邦画は1本もない。
©ロードショー1982年/集英社

宮崎駿も大友克洋も、その名を知ったのは「キネマ旬報」や「アニメージュ」ではなく、「バラエティ」のインタビュー記事や連載でした。佐藤慶、成田三樹夫といった個性派俳優のインタビューが読めるのも——。
思えばその頃から、新しく作られる映画を誰よりも先に知るための情報源であり、その映画がどんな映画になるかを予測するためにその映画に関わるクリエイター…もっぱら監督だったりするのですが…その監督の作品履歴を遡り追いかけたりして、予測と期待を膨らませるのです。

1982年にもなるとその角川映画の破竹の進撃もピークに達し、その年の暮れにはプロデューサーを務めてきた角川春樹が、大藪春彦の最高傑作である小説に基づき、遂に監督としてメガホンを取る『汚れた英雄』(1982)が公開され、後の世をして俯瞰すると、あれがいろんな意味でピークだったなと思えたりもしますが、それはまた別のお話。

上映打ち切りになった『幻の湖』

何が言いたいかといえば、ただ単に公開される映画をぼんやり待つのではなく、もっと積極的に動いて映画を体感できるのではないか? それこそが映画が好きな人間ならではの楽しみ方なのではないか? そう思えて居ても立っても居られなくなり、監督自らが新作映画のために書き下ろした小説をいち早く手に入れて読みふけり、ミクロの集積回路から静止衛星軌道上の宇宙までを舞台にして、戦国時代から現代、そして未来までもを自由に往還し横断する物語の飛躍がどう映画になるのか、脚本家として参加した『砂の器』(1974)や『八つ墓村』(1977)で見せた大胆な構成の進化系ではないかと、胸躍らせて初日に劇場に馳せ参じた橋本忍監督作品『幻の湖』。…田舎の高校生には雄琴のソープ嬢が主人公であることがどういう意味なのががまずわからないし、ジョギングをすることで精神にどのような変化が生まれるのかもわかりませんでした。

包丁をもって走る女性がメインビジュアルの『幻の湖』
「幻の湖 <東宝DVD名作セレクション>」 DVD発売中 2,750円(税抜価格 2,500円)発売・販売元:東宝

病に蝕まれた父親とその幼い息子が厳冬の日本海の海岸線を歩く遍路や、前人未到の冬の八甲田山を踏破する明治の軍人たちの行軍は、映画としての感動をもたらし観客の深層心理に訴えかけるには充分すぎるのに、雄琴のソープ嬢が愛犬と一緒にジョギングをする行為はそこに至ることはなかったし、あれから40年の歳月が過ぎた今なお、答えは誰も導き出していないのです。

せっかくバイブルとも言える原作小説を読んで予習を積んできたのに、釈然としないまま映画館を後にしましたが、も一度小説を読んだ後なら見え方は変わるのではないかと再度劇場に行っても2度目の鑑賞は叶いませんでした。記録的な不入りであっという間に公開は打ち切られ、夏に大ヒットした、たのきんトリオの映画『ハイティーン・ブギ』(1982)と『ブルージーンズメモリー』(1981)の2本立て再映に差し代わってしまっていたのです。

映画を観ているだけなら幸せだったのに

『幻の湖』に続く東宝五十周年記念作品として、その翌月に、橋本忍さんの脚本で『日本沈没』(1973)『八甲田山』(1977)を大ヒットさせ、高倉健さんを代表とする“男”の生き様をストイックな描写の積み重ねで描き、日本映画の大作を一手に担った森谷司郎監督の超大作『海峡』(1982)が公開されました。

本州と北海道をつなぐ青函トンネルを実現するために日本中からトンネル堀りの職人たちが集結、北海道と青森からそれぞれが海底にトンネルを掘り始めます。数々の苦難を乗り越えて先進坑(径の大きな本坑を掘る前に先行して掘削するパイロットトンネル)が開通するまでを、豪華キャストの顔面力で見せ切る超大作に相応しい内容で、これはもう期待した通りの大スケールの、漢による漢たちのためのドラマだったので大満足でしたが、森谷監督はそのわずか2年後に病に倒れ、53歳の若さでこの世を去ってしまいます。

これを自我の芽生えと言い切って良いのかわかりませんが、観ることだけでは飽き足らず、どうしてこうなったのか?から、どうしてこうしないのか?になり、それがみるみるうちに自分だったらこうする、に膨らんでいくのです。今だから客観的にわかることですが、無意識下で自分のほうがうまく映画が作れるのではないかという慢心から映画を作りたいという気持ちが芽吹いているではありませんか。なぜあの時この芽を摘み取っておかなかったのか?

身の程を知り、映画の公開だけを楽しみにして思ったり感じたりすることをSNSで発信し、同じ趣味を持つ仲間と繋がり、映画を語る——そんな幸福な映画生活をドブに捨てて、修羅の道、地獄巡りを選ぶ過ちを冒し始めているなんてこの頃はまったく気づいていなかい私だったのです。

文/樋口真嗣

『海峡』(1982)上映時間・2時間22分/日本
監督・共同脚本:森谷司郎
出演:高倉健、吉永小百合、三浦友和、大谷直子、伊佐山ひろ子、笠智衆、森繁久弥 他

「海峡 <東宝DVD名作セレクション>」DVD発売中 2,750円(税抜価格2,500円) 発売・販売元:東宝


鉄道技師の阿久津(高倉健)を中心に、青函トンネル開通に命を賭けた昭和の男たち、彼らをめぐる女たちの30年にもわたる努力を描いた大作。同名の小説(岩川隆・著)を元に、名匠・森谷司郎監督が脚本化、時代を代表する俳優陣が集結した。

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