ポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダーの競演で黒人と白人の間にある溝を知ったKダブシャイン「ラップシーンにおけるエンパシーの存在が日本は希薄だ」
集英社オンライン / 2023年8月13日 17時1分
洗練された文学的な「韻(ライム)」表現と社会的な「詞(リリック)」の世界を表現し続ける、日本屈指の“社会派ラッパー”が、アメリカと日本のヒップホップシーンについて話した『Kダブシャインの学問のすゝめ』(星海社)より一部抜粋・再構成してお届けする。
アメリカの黒人たちへのエンパシー(感情移入)
エンパシーについて少し話そう。
自分が中学生の時、ポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダーの「Ebony and Ivory」という歌が大ヒットしていた。ピアノの黒鍵と白鍵を黒人と白人にたとえて、一緒にハーモニーを奏でよう、調和でお互いに引き立て合おうという歌だ。自分はその時これを聞いて、そんな歌を歌うということはまだ白人と黒人が仲良くできていない現実があるんだな、と感じたことをよく覚えている。
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写真:AP/アフロ
それに6日連続で放映されたテレビドラマ「The Roots」から学ぶものも多かった。黒人がアフリカからアメリカ大陸に無理矢理連れてこられて……という話なんだけど、作者が自分のルーツの物語を先祖から言い伝えられてきた一族の歴史をもとにドラマ化したものだ。それはすさまじい内容の描写を小学生の時に観たんだけど、今思うと、この頃から自分の黒人に対するエンパシーが始まったのかもしれない。
何も知らない子どもの頃は、単純に黒人のほうが身体もたくましいし強そうだから、「みんなで集まって立ち向かったら人種差別なんかされないんじゃない?」って思っていた。でもあとから調べてみたら、制度上の問題もあったし、人数も圧倒的に白人のほうが多く、まだ黒人全員が集まって団結する術もないし、当時の彼らにはそれをするための情報も知識も充分なかったことがわかってきた。
それを自分が理解できるようになったのは、ブラックミュージックやヒップホップに傾倒し始めた頃であり、自分なりにブラック・ヒストリー(黒人たちの歴史)を本や映画から学んだからだ。そしてその後アメリカに渡ってからは、アジア人の自分もどちらかと言えばマイノリティとして見られる側になり、そこから黒人たちへのエンパシーがシンパシーへと変わっていった。
アメリカの黒人にとってのヒップホップ
極端に言ってしまえば、その頃のアメリカの体制は恐ろしいことに「黒人同士が殺しあって、死んでも別に構わない」というくらいに考えていた。白人の警察官が黒人を殴ったりするのも、当時ははっきり言って日常茶飯事だったのだ。
そこで、その時代のそういう悲惨な現実をはねのける力となったのが当時のヒップホップだった。
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ラップがアメリカ中に広まったことで、それまで全米各地でバラバラに差別を受けていた黒人たちが少しずつ繫がることができた。ラップの歌詞を通してそれぞれ別々の場所にいるみんながどこでも同じ仕打ちを受けていた、ということを知ることができたのだ。
日本のラップシーンに、悲劇的なストーリーをラップするメッセージの強い歌を求めると、「自分はそこまで苦しい目にあったことはないから、そういう内容のラップをするのはおこがましい」とか、「日本では現実的に想像できない」とか「自分たちにはそこまでの資格がない」などと言って、作ろうとしない雰囲気がある。
ところが、アメリカでは黒人でも中流階級で両親も揃っていて、教育もしっかり受けられたような人が、自分たちより恵まれていなく、苦しい目にあっている他の黒人たちの窮状を代弁しようと作品にする。
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これはシンパシーというよりエンパシーなのだ。
もちろん「自分の親やおじいちゃんおばあちゃんもそういう扱いを受けてきた」とか。
先祖ががんばってくれたから今のオレたちがいる」とか。
自分はたまたまこの家庭に生まれてきたからまともな教育を受けられたが、もっと劣悪な環境に生まれ、不幸なことに親も揃ってなく、適切なガイドを得られず、悪いことに手を染めるしか選択肢がなかったという者も大勢いる。そんな境遇で育つことしかできなかった同胞を気の毒に思う。そういう生き方を愚かだとは思わない。
ゲットーの住人たちに示す共感
それしか方法がなかったのだろう。
そこで生きていくために悪いことをしてでもなんとか這い上がるしか他に選択肢がなかったのだと、そういうことを考え思いやる。これがエンパシーだ。
「自分はそこにいなかったから」という理由でそれを表現することから逃げてしまったら、アーティストとしては終わりじゃないかと思う。
自分自身は比較的貧乏な家だったし、両親も結婚してなかった。幼少の頃は病気がちだったから、少年時代を「オレには力がない」って思いながら過ごした。「死ぬかもしれない」「貧乏」「よその家にあるものがない」とかなりコンプレックスを持っていた。こういう背景もあったことが、アメリカに行った時にそこでの黒人差別に共感しやすかったのかもしれない。
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かなりの確率でアメリカのラッパーは、ゲットーの住人たちに共感を示す。親がいなかったり、無責任でしっかりした教育を受けられなかった、という現実に対してだ。
それ以外も、若くして年上の悪い男と付き合って子供ができちゃって、自分の将来を棒に振らざるを得ない女の子が子供を食べさせるために売春することになったり、仕事が無いのでドラッグを売らなきゃならなくて危険なことに巻き込まれ、死んでしまう子がいた。「そんな無念な人生ってあるかよ!」という感情をラップしていた。
文/Kダブシャイン
『Kダブシャインの学問のすゝめ』(星海社)
Kダブシャイン
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2023年6月21日
192ページ
¥1,485
978-4-532626-8
洗練された文学的な「韻(ライム)」表現と社会的な「詞(リリック)」の世界を表現し続ける、日本屈指の“社会派ラッパー”が、日本の教育制度に、そして現代社会に、物申す
ーーーーーー
自分が自分であることを誇る
そういうヤツが最後に残る
――Kダブシャイン「ラストエンペラー」より
ーーーーーー
稀代のラッパーが提言する、個人の自立と日本の教育大国化
真実が軽視される議論の横行や広がり続ける格差と貧困など、目を背けることができない複雑な問題を抱えた日本の現状を憂うのは、30年にもわたり社会問題をラップで訴え続けてきた稀代のラッパー、Kダブシャインだ。この状況を打破する最善策は、新たな教育制度を根付かせることだと彼は主張する。十代で渡米した彼は、差別で苦しむ黒人達がラップでその苦境を打開し、世界を変える様を目撃した。その原動力は「教育」にありーーそう確信したKダブシャインは、本書に自らの経験に基づく「学問のすゝめ」を書き記した。日本が世界最高レベルの教育を提供できる国となり、新しい教育で社会が変わることを切に願う。
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