「読んでから見るか、見てから読むか」
これは1977年秋に公開された角川映画『人間の証明』のキャッチコピーである。当時、この惹句に胸をときめかせながら映画とその原作小説の双方に接し、お互いの相違点などを認識しながら、映画を見ること、小説を読むことに目覚めた若者層は数多い。
私自身がまさにそれで、多感な思春期に『人間の証明』の小説と映画の両方を見たことが、現在のこういったモノ書き仕事をする上での礎になっている。ちなみに私は当時、小説を読んでから映画を見た。
「読んでから見るか、見てから読むか」小説と映画の麗しき関係性を教えてくれた『人間の証明』『野性の証明』の森村誠一。晩年まで貫いた反戦と平和の思想
集英社オンライン / 2023年8月10日 17時1分
7月24日に90歳で死去した森村誠一。著作の多くが映像化されたベストセラー作家が、作品を通して伝え続けたメッセージとは。(トップ画像:共同通信)
映画製作を前提に執筆した『人間の証明』
角川映画によって日本中が森村誠一を知ることに
出版社・角川書店の当時の総帥・角川春樹が映画製作に乗り出し、その第1作『犬神家の一族』(1976)が大ヒット。それに伴い、原作者・横溝正史のブームが日本中で巻き起こる。続く第2のブームとして、角川春樹は森村誠一の『人間の証明』の映画化を推進していく。もともと角川春樹は『犬神家の一族』を完成させる前から、森村誠一に映画製作を前提とした小説をオーダーしており、それに応えたものが『人間の証明』であった。
1933年1月2日生まれの森村誠一は出世作『高層の死角』をはじめ、ホテルマン出身のキャリアを生かしたミステリ小説などで知られる存在であり、1976年には『超高層ホテル殺人事件』が映画化されるなど注目株の作家ではあった。だが、その都会派的スタンスもあってか、都心部に比べて地方での人気や知名度は今ひとつといった印象があったという。
そこを角川春樹は映画製作とそれに伴う大量宣伝をもって、森村を大々的に売り出すことを決意し、その目論見は見事に成功する。映画が公開される頃には日本在住者で彼の名前を知らない者はほとんどいないであろうといっても過言ではないほどの存在と化していた。
12歳で経験した戦争体験を色濃く反映
角川映画は続けて森村原作の『野性の証明』(1978)を発表。こちらは原作のラストの後に映画独自のクライマックスを設ける趣向で「映画は原作をしのげるか」という、これまた挑戦的なコピーで全国を席捲した。
それにしても『人間の証明』が戦後の闇を背景に親子の絆を濃厚に照らしてゆく悲劇であり、『野性の証明』は陸軍中野学校のような特殊部隊が現代の日本に存在したら、というポリティカル・サスペンスであったが、いずれも戦争の惨禍が基軸となっている感もある。
これは森村が12歳で日本最後の空襲と言われる熊谷空襲を体験していることもひとつの大きな起因となっているようで、1981年には旧日本軍第731部隊の蛮行を暴露した『悪魔の飽食』を発表。
これがセンセーショナルな話題となり、『戦争と人間』シリーズや『華麗なる一族』などで知られる反骨の巨匠・山本薩夫監督のメガホンで映画化が発表されるが、間もなくして山本監督は死去し、企画は立ち消えになってしまった。もしこれが映画化実現していたら、日本映画の歴史もまた大きく変わったことだろう。
ドラマ作品として数多くシリーズ化
この後、森村誠一小説の映画化は不思議なことに2007年の『蒼き狼~地果て海尽きるまで~』(原作は『地果て海尽きるまで 小説チンギスハン』)までない。しかしテレビドラマ化は圧倒的多数で、特に『人間の証明』の主人公・棟居刑事シリーズは2時間ドラマなどで数多く映像化されては好評を博した。また『人間の証明』そのものも映画化の後で4回ドラマ化されている。
なお『人間の証明』『野性の証明』と並ぶ「証明」3部作の1本で唯一映画化されなかった『青春の証明』も、1978年に『森村誠一シリーズ』の1作品としてドラマシリーズ化された(映画版『人間の証明』『野性の証明』の佐藤純彌監督は、小説の「証明」3部作で最も好きなのは『青春の証明』だが、大河的な展開なので2時間前後の映画にするのは難しいと語っている。角川春樹も同様の発言をしている)。
作品を通して発信した反戦メッセージ
一見ミステリ作家としてみなされがちな森村誠一ではあるが、実際は『青春の源流』シリーズや『非道人別帳』シリーズなど時代歴史小説においても才を発揮している。先述の『地果て海尽きるまで 小説チンギスハン』もその延長にあるといってよいだろう。赤穂浪士の討ち入りにも興味を示し、1986年に執筆した『忠臣蔵』は1989年のテレビ東京12時間ドラマにもなった。
晩年は写真を用いた俳句に興味を抱き『森村誠一の写真俳句のすすめ』などを出版しつつ、当時の安倍晋三政権が推し進めていた憲法改正に激しく反対の意を表明するなど、「日本を二度と戦争可能な国家にしてはいけない」という反戦と平和の思想を強く打ち出し続けた。
彼の反骨の信念は「証明」3部作や『悪魔の飽食』などの時代から晩年の最後まで変わることはなかったのだ。今改めて彼の小説や映画&ドラマ化作品を見直すことで、そういったメッセージをより感じることができるのではないだろうか。
そして「読んでから見てもいい、見てから読んでもいい」そんな小説と映画の麗しき関係性を教えてくれた森村誠一には、心より感謝している。繰り返すが、少なくともあの時期、小説&映画の『人間の証明』『野性の証明』に接していなかったら、私は今の仕事に就いていなかった。
文/増當竜也
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