「40歳くらいで売りをやめたら、さっさと死にたい」──自分への仕送りのために兄は町内会費を横領、自宅の売却話まで。家族と絶縁状態になった歌舞伎町に立つ32歳の街娼の物語
集英社オンライン / 2023年8月20日 18時1分
40歳くらいで売りをやめたら、さっさと死にたい
── もうずっとやるつもり?
「そうですね。40(歳)ぐらいまではやるんじゃないんですかね」
── なぜ40歳まで?
「やっぱ40ぐらいが限度じゃないですか」
── でも、公園には老女もいるよね。
「そうですね。でも、売れてるところをほとんど見たことないんですよ。むしろ『売れない』っていう見本になっちゃってます」
── その先のことは考えてる?
「そのころには犬もいないんでもう、さっさと死にたいですね」
── 琴音と「一緒に死のう」って話してるんだよね。ビルの屋上から「手を繋いで飛び降りよう」って。飛び降りるっていうのは、やっぱり人目に触れたいから?
「それもあるし、落ちるだけだからいちばん楽そう。誰かがポンと突き飛ばしてくれれば、それで終わりじゃないですか」
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── 自分が死ぬことを、なぜ誰かに知らせたいの? 誰に知らせたいの?
「え、あいつ死んだんだ、みたいに思われたいだけ」
── でも、自分ではその確認はできないわけだよね。
「まあ、そうなんですけどね」
突然途絶えた、未華子からの連絡――
誰かがポンと突き飛ばしてくれれば──喜怒哀楽を示すことなく淡々と語るなか、その言葉に強い引っ掛かりを覚えた。見えない猿ぐつわが、未華子のなかにある。言い換えれば、自分から飛び降りる勇気はない──つまり本音では生き続けたいと、強く警告しているように僕には思えてならない。
それを裏付ける証言を得るべく、僕は琴音と同じように長期の密着取材を願い出ると、未華子は笑顔でそれに応じる。
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しかし未華子は3回目に会う約束を反故にしたばかりか、次の約束を取り付けるため僕がLINEで送ったメッセージを既読することはなかった。
めんどくさくなった。よく考えたらメリットがない。理由はいくつも考えられるし、むろん拒否する選択権は未華子にある。未華子のフトコロに入り込んでいたつもりでいても、いつでも裏切っていい存在でしかない。未華子は琴音と「同じ病院に通っている」と話していたことからしても、琴音と同様に統合失調症やASDの症状も多分に影響しているのだろう。そんなはかなさも感じた幕切れだった。
「自分を捨てた母が自分に贖罪をするのは当然のこと」
未華子はインタビューのなかで、「せびる」という言葉を使い、母親からの仕送りがあることも明かしていた。「20歳からつい半年前ぐらいまで。15万の月もあれば、一切もらわない月もありました」と語っていた。
17歳で上京した未華子だが、母親とは交流があったようだ。
未華子はそのカネの大半を、ホスト遊びで作った借金にあてた。当初は売り掛けして返済に困っていることを「正直に話した」と言った。そして、「もうホストには行かないで」と釘を刺されたことで、次からは「生活費が足りない」などと嘘をついて無心したという。
自分がまだホスト遊びを続けていることは、母親も「薄々感づいていたと思う」と未華子は回顧した。それでも母親は、娘の要求に応じ、そのつど言われた額のカネを送金し続けた。自分の子供はやはり心配なのだ。
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母親からすれば、月に15万円ものカネを捻出するのは大変な苦労があったに違いない。母親の貯金は300万円ほどあったというが、それは長きにわたり身を粉にして働いたり、家計をやりくりした結果だろう。果たして貯金は底をつき、未華子が言うように仕送りは、いまから半年前にストップした。
だが自分を捨てた母が自分に贖罪をするのは当然のことであり、それの何が問題なのかと未華子は思っている。だからこそ、今度は憎し母親と同類のもうひとりの家族、未婚で実家暮らしを続けていた実兄からも「カネを無心した」と、どこか他人事のように飄々と語る。
当初、自分の給料の中から支払っていたが、未華子の「せびる」回数が増えてくるととても足りなくなったのか、兄は町内会で集めていた会費を横領してまで未華子にカネを送ったらしい。合計金額が160万円を超えたところで、やがて横領はバレて、地元に居られなくなってしまったという兄。果ては、そのカネの返済のため家を売る話まで出ているという。
カネをせびり過ぎて家族から縁を切られた
自分に余裕があるならまだしも、一般的にはたとえ兄弟のためとはいえそこまで飛躍はしない。なぜ、兄は犯罪までしてカネを作ったのか。
「なんでですかね。母みたいに兄も少しは悪いって気持ちがあったんですかね」
未華子は贖罪の気持ちがあったのではと持論を述べた。
ともかく、実家売却の話を最後に、「もう縁を切る」という通告と同時に母と兄に着信拒否された未華子は、もう家族と連絡を取れる状況にない。自業自得だが天涯孤独の状況にある。
それでも未華子から謝罪の言葉が聞かれることはついになかった。どころか、「母も兄も、別に死んだって何とも思わないです。葬式に行く気もないですし。でも、遺産はもらいます」と話していた。つまり未華子の路上売春は、憎き家族に刃を向け続ける延長線上にあると考えるのが自然なのだ。
だが、すべては母親への愛情の裏返しに違いない。死ぬにしても、人目がつく場所での自殺を望み、誰かに知らせたいと語るその誰かは、母親だと僕は考える。
事実、母親のことを語る未華子は、いつもより饒舌になったことをよく覚えている。
文/高木瑞穂
『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』
高木瑞穂
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2023年7月26日
1,760円
256ページ
978-4865372601
ここ最近、新宿歌舞伎町のハイジア・大久保公園外周、通称「交縁」(こうえん)には、若い日本人女性の立ちんぼが急増している。その様子が動画サイトにアップされ、多くのギャラリーが集まり、現地でトラブルが起きるなど、ちょっとした社会現象にもなっている。
彼女たちはなぜ路上に立つのか。他に選択肢はなかったのか。SNS売春が全盛のこの時代に、わざわざ路上で客を引く以上、そこには彼女たちなりの事情が存在するに違いない。
「まだ死ねないからここにいるの」
一人の立ちんぼが力なく笑った。
本書では、ベストセラーノンフィクション『売春島』の著者・高木瑞穂が、「交縁」の立ちんぼに約1年の密着取材を敢行。路上売春の“現在地”をあぶり出すとともに、彼女たちそれぞれの「事情」と「深い闇」を追った――。
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