「なかには13歳の少女も」1万円以下で春を売るトー横キッズから20代のフリー街娼、30代のベテラン立ちんぼまで―歌舞伎町の案内人とめぐる「交縁」路上売春の最前線
集英社オンライン / 2023年8月20日 18時1分
歌舞伎町案内人と巡る〝交縁〟の現在
2022年10月中旬──。同年3月21日に終わったまん延防止等重点措置の適用期間から半年以上が経つ夜の東京・新宿歌舞伎町は、我が国で新型コロナの猛威が始まる前だった約3年前と遜色ないほど活気が戻っている。
JR新宿駅の東口改札を出て、駅を背にしてまっすぐ進み新宿通り、靖国通りと渡って総合ディスカウントストア『ドン・キホーテ』前で立ち止まると、ゴジラのハリボテで知られる、新宿コマ劇場跡地に建設された高層ビル『新宿東宝ビル』が見える。
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昨今、「トー横キッズ」と呼ばれる少年・少女たちが新宿東宝ビルとシネシティ広場に夜な夜なたむろして非行を繰り返し社会問題になっていたこの界隈だが、同時に別の問題も進行する。「トー横キッズ」ばかりが社会を揺り動かす裏で、フリーの街娼、それも10代から20代前半の若い女性が路上で春を売るという特異な現象が起きている。舞台はハイジア・大久保公園外周、路上売春の〝現在地〟だ。
日本人にも年齢別に縄張りがある
歌舞伎町の最深部にある大久保公園には連日、方々から男たちが集まってくる。仲間と路上で缶ビールを飲みながらダベったり、ひとり周辺を行ったり来たりして思い思いに過ごす。学生風、スーツ姿のサラリーマン、革ジャンを着たバンドマンのような男、どんな仕事をしているかわからない初老の男──界隈に集う男たちの群れ、その数およそ50人以上。
夜7時──。友人のライター・仙頭正教と現地で合流し、ふたりで界隈を歩く。目的は立ちんぼエリアをガイドしてもらうことである。〝歌舞伎町案内人〟を自称する仙頭は長年この界隈をウオッチし、ときには街娼や買春客らに話を聞いて、それを発信し続けている男だ。
「みんな必ずしも買いに来ているわけじゃないけどね。いまや観光地化していて、どんなものかと見に来ているだけだったり、あの子は新顔だ、いや前にも見たことがあると、仲間とワーワー言いながら酒飲んでるだけの男も多いよ」
もっとも多くの男たちが訪れる理由は、ここに来れば実物を見て女性を選び簡単にセックスできるからだ。出会いカフェは入場料や外出料など売春代以外のカネがかかるが、ここではそれがないため、格安で遊べる格好の猟場になっている。
「外国人の立ちんぼが出身国別に固まってるならわかるけど、日本人にも年齢別に縄張りがあるっていうのも面白いよね」
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縄張り──。いみじくも仙頭が語ったように、街娼たちが商売をするエリアは、10代から20代前半の若い女性は大久保病院側、30代以上のベテラン勢は『公益社団法人日本駆け込み寺』や『真野美容専門学校』がある公園裏の路地と、きっちり棲み分けされている。
この日、公園裏の路地の街娼はわずか数人である。対して大久保病院側は、20人弱が2、3メートル間隔で立つ異様な光景が広がる。大久保病院側は直線距離にして50メートルほどしかないため、そこからあぶれて数軒のラブホテルがあるハイジア西側の細い路地に立つ女性もいた。
売買春目的の街娼や好事家たちを取り巻くのは大久保病院、歌舞伎町交番、ハイジアなどの施設だ。これほどまでに相容れないものが共存しているエリアも珍しい。しかもこの日、公園内は次世代を担う若手店主の人気店から老舗有名店までが出店し売り上げを競うイベント『大つけ麺博』の真っ最中で、界隈を行き来する若いカップルも少なくない。うち、ひと組の女性のほうが、奇異の目をして街娼たちへ関心を示すのを僕は見逃さなかった。対する街娼たちはしかし、何食わぬ顔だ。
「公園」で売春することを「交縁」と呼ぶ
かつて街娼も買春客も「ハイジア」と呼んでいたこの地の顔つきの変化を表すように、新語も生まれた。先に触れたように、いまの街娼たちは、この地での売春行為を隠語で「公園」と呼ぶ。大久保公園界隈でカラダを売ることを指す。対して買春客は、「公園」で女性を買うことを「交縁」と呼ぶ。公園で交渉── その公と交をかけて、さらに女性と〝縁を結ぶ〟という意味だ。時は流れ、いまでは街娼たちも「公園」で売春することを「交縁」と呼ぶようになった。
「交縁」というワードが世間に認知されたのにはこんな経緯がある。
「2022年の3月ごろだった。ツイッターで、買春目的の男たちがこの地のことをツイートし始めた。その男たちっていうのは、ベースは海外風俗とかが好きな人種で、なかでも有名なのが『M』さん。そのMさんが、かつての呼び名『ハイジア』じゃなくて『交縁』という造語を使った。そのワードがどこかなんか刺さったんだろうね。するとMさんのフォロワーたちが『交縁』を使い始めた」(仙頭)
「#交縁」ワードは徐々に盛り上がりをみせ、ツイッターに限らず、やがてマスコミまでもがこの言葉を使う形で定着する。
ツイッターで拡散されたのは、盗撮された風景写真に添えられた「いま何人が立っている」という情報や「この子はいくらで買えた」という売値の話だ。ばかりかハメ撮り動画まで。一部の発信者は、ツイッターから有料サイトに誘導し、女の子の顔のモザイクなし写真や動画を販売して利益を得ることを原動力にしている。
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2023年4月に開業した東急歌舞伎町タワー。大久保公園からもその姿は見える(高木氏撮影)
そこにはルール無用の空間が広がっていた。だが、それにより買春客が劇的に増えたことで、さらに新顔が増えたというのがいまの〝現在地〟の状況だ。街娼の人数からすれば、2022年6月末がピークであるものの── むろん、新旧入れ替わりはあるが── その後は横ばいを続け、それがいまも続いている(2023年6月現在)。
新顔たちは大久保病院側を主戦場にしている。つまり大久保病院側に立っているのは── 盗撮を気にしない── 盗撮されてでも稼ぎたい── 稼がなければいけない女の子たちである。
もっとも、なかには盗撮を恐れて少し外れに立つ者もいる。例えばラブホ『COLORFUL P&A』前の自販機横など、盗撮犯から身を隠しやすい場所だ。
1万円以下で売る「トー横キッズ」
「属性」もはっきりしている。大久保病院側に立つのはホスト、メンコン、メン地下に狂う女の子たちである。かつては夕方過ぎからぽつん、ぽつんと立ち始めていたが、近ごろは日中からも立つようになった。客数は少ないが、そのぶん商売敵も少なく、稼げると認知されてきたからだ。
やはり夜7時くらいにピークを迎え、朝方まで続く。日付が変わってからは、ホストクラブを退店して担当と離れたホス狂いや、ライブがなければ時間帯を気にせず立てるメン地下推し勢が占める。
売春が専業で、風俗未経験者であったり、過去に経験はあっても風俗店に籍だけを置いていまはもう出勤をしていない者が主だ。「貧困」や「家族や友人との関係が希薄で頼る人がいない」ことを背景にする者は、若い世代に限りほとんどいない。
対して公園裏の路地に立つのは、琴音や未華子のように、かつてはセックスワークを流浪しながらホストに貢ぐホス狂いだったが、いまはそれも少し落ち着きここに流れ着いた、30代以上のベテラン勢だ。新顔のように見えるが、いまも風俗や出会いカフェと兼業する者が多く──一部は貧困や頼る人がいないという背景があるが── 立つ理由も「風俗よりラクだから」といった怠惰なものでしかない。以前は知る人ぞ知る場所だった界隈は、SNSが駆動力になり深刻化するばかりで、誰もが簡単に売り買いをする危機的状況に陥っている。
そこに「トー横キッズ」が流入しさらに混沌とするのは、2022年7月ごろからのことだ。理由は例の「トー横」の一斉補導に違いはなかった。
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トー横には、家庭環境などに問題を抱えた若者が集まる(高木氏撮影)
大人たちに紛れて路上に立つ「トー横キッズ」。多くは10代半ばの未成年である。若さを下敷きに相場より高値で売っているのだと、当初僕は思っていた。
だが仙頭の答えは違っていた。大人たちの売春相場が2万円前後であるのに対し、「トー横キッズ」はシネシティ広場からふらっとやってきて1万円以下で売るというから驚いた。
「このままずっと立ちんぼで生きるって感じじゃなくて、いまからビジホに泊まるとりあえずのカネがほしいからと7千円、8千円でもヘーキで売春するんだって。大人たちからすれば『相場が崩れるから困る』って」
ホスト、メンコン、メン地下などが路上売春を生む舞台装置に
事情に詳しい知人によると、下は13歳からの少女たちが売春目的で路上に立つ。緩く組織化もされていて、ヤクザや、ヤクザまがいの男を後ろ盾にして、トー横仲間で年が少し上の青年が近くで見張り、何をするわけでもないが少女たちが売春で得たカネのなかから数千円の上前をはねている。未成年が絡むと、また2012年の「女子高生立ちんぼ」現象のように、そうした影もつきまとうのか。
問題視する側も、警察が摘発に乗り出したり、ボランティア団体が注意喚起をしたり、NPO団体が女の子に聞き取り調査をして救いの手を差し伸べたり、さまざまな努力をしてはいる。
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警察によるハイジア・大久保公園周辺の巡回が強化された(2022年10月/高木氏撮影)
それでも改善されないのは、売春防止法には売春自体の処罰規定がないことでホスト、メンコン、メン地下などが問題を生み出す舞台装置になっているからだ。彼女たちにしてみれば、担当や推しに貢ぐカネが必要なときは「立つ」のがもっとも手っ取り早いのである。
だが、ある街娼が「警察とかほんと迷惑。ウチらはこれが仕事だし、好きでやってるし」と話したように── その是非は別として── 資本主義というわが国が推奨する理念で、担当と女の子とは繋がっている。仮に大きな権力で一掃したところで、つまり土壌が残る以上、少し場所が移動するだけだったり、首を挿げ替えることに成功しただけになる可能性は残り続ける。
文/高木 瑞穂
『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』
高木瑞穂
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2023年7月26日
1,760円
256ページ
978-4865372601
ここ最近、新宿歌舞伎町のハイジア・大久保公園外周、通称「交縁」(こうえん)には、若い日本人女性の立ちんぼが急増している。その様子が動画サイトにアップされ、多くのギャラリーが集まり、現地でトラブルが起きるなど、ちょっとした社会現象にもなっている。
彼女たちはなぜ路上に立つのか。他に選択肢はなかったのか。SNS売春が全盛のこの時代に、わざわざ路上で客を引く以上、そこには彼女たちなりの事情が存在するに違いない。
「まだ死ねないからここにいるの」
一人の立ちんぼが力なく笑った。
本書では、ベストセラーノンフィクション『売春島』の著者・高木瑞穂が、「交縁」の立ちんぼに約1年の密着取材を敢行。路上売春の“現在地”をあぶり出すとともに、彼女たちそれぞれの「事情」と「深い闇」を追った――。
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