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「性的欲求なんかもないですしね」。恋愛よりも勉強の方が楽しいと言い切る35歳・処女のリアルな欲望

集英社オンライン / 2023年8月18日 19時1分

日本の有名私立大学で研究員をしている35歳のシンガポール人のシェリーさん(仮名)は、これまで一度も性経験がない“処女”だ。彼女はなぜそれを選択したのか。作家の家田荘子がインタビュー。『大人処女ーー彼女たちの選択には理由がある』(祥伝社新書)より一部抜粋・再構成してお届けする。

#1

ハグされ、キスされても感情が湧かず…

その男性は同じ大学の研究生で、これまでも「友達の範囲内」として皆と一緒に話をしたり、彼の家に遊びに行ったりもした。その日も、いつものように友達として、その彼の家へ遊びに行った。日本では男性の家へ行ったら、何かあっても「OK」と解釈されやすいが、どうやら感覚が違うらしい。

その日、突然、彼がシェリーさんをハグし、キスをしてきた。そのキスは、次の段階に進む気配の感じられるキスだった。



「これまでずっと普通の友達だったから、ちょっと嫌だった。だから逃げたんです」
「気持ちよかった?」
「別に」

写真はイメージです

即答したあと、シェリーさんは小首を傾げて笑った。本当にそうだったのだろうか。私はシェリーさんが「実は──」と、本当のことを言い出しやすいように質問を続けてみた。

「もっとしたいと思った?」
「ないですね」
「欲情したとかは?」
「ない」
「その先には進まなかった?」
「そう」

短い問答が続いた。あまりにあっさりしていて、私は笑いをこらえられなくなった。つられてシェリーさんも笑い出した。裏なんかなかった。「ない」。たったのこれだけが事実だったのだ。

「友達だから、その人の悪いところもこれまで見すぎてきちゃってて、感情が湧かなかったです。キスのあと『ちょっと待って』と言ったら、『わかった……』って。そこから先はまた、今まで通りの友達」

途中であきらめる男性もあっさりした紳士だが、シェリーさんのほうもあっさりしすぎている。それだから、相手も前に進めなかったのではないだろうか──と、私は勝手に想像した。

人の体に興味がない

この男性とは、何ごともなかったように「普通の友達」に戻っているが、大学でけっして出逢いがないわけではなかったはずだ。おそらく、シェリーさんが男性に対してアンテナを立てていなかっただけではないか、と私には思えた。現にジェンダーの研究関係で、オーストラリアでも日本でも、食事に一緒に行くくらいの男友達はいる。

「でも今、会ってる友達は研究の対象だから、あまり深くは……」

あくまでも研究のために時間を共有している、とシェリーさんは言う。
が、もしかして? と、閃いた私は質問の方法を変えてみた。

「好きなのは男性と女性、どっち?」
「誰でも。どっちでも」

シェリーさんは笑っていなかった。私は、国際人のジェンダー意識の高さを知った。

「子供の時から、どっちがとか、あまり考えてなかったですね。あまり人を男性・女性として見てないのかもしれないんですね。男性である〇〇さんじゃなくて、〇〇さんとして見てますよね。性的対象としては別に……」

研究者らしい答えが返ってきた。しつこいと思われそうだったが、まだ私はあきらめきれない。35歳の女性がどうして恋愛をひとつもしてこなかったのか。理解しにくいのだ。私は質問を続けた。

「男性の体に本当に興味ないの?」
「人の体にあまり興味ない」

写真はイメージです

淡々と答えるシェリーさんに、
「逞しい男性のシックスパック(腹筋割れ)を見ても?」
と聞いても、
「ない。私の場合は、野菜しか食べない人がお肉を見ても『別に』と思うのと一緒の感覚」

淡々としている。このように言われてしまうと、長年肉断ちをしている私は、納得できてしまうのだ。ならば、シェリーさんは肉体ではなく、顔のほうに重きを置いているのだろうか。

「頭がいいと、釣り合う男性って…」

「景色と一緒」

シェリーさんは、並びのいびつな歯を見せて笑った。面白い表現をする人だ。

「顔いいねという程度。肌きれいね、目きれいだね、そんなもん」

そのかっこいい容姿のそんなもんに抱きしめられたいと思ったことはないのか……?
シェリーさんは、私の質問を切って、

「いやぁ。思わない」

笑顔を苦笑いに変えた。それでは、相手が何だったらシェリーさんは「オチる」のだろうか。たとえば歌の上手な人に弱いとか、笑顔の美しい人に弱いとか、きれいな声の人に惹かれるとか……。人は得てして弱点というものを持っている。

すると今回は即答ではなく、一瞬だが考えてから、シェリーさんは顎に手をやり、

写真はイメージです

「ないね。考えたことない」

と言って、軽く笑った。そういう人もいるのかと、私は先入観を持っていた自分を反省した。

「そこまで興味が行かない。やりたいことがいっぱいあって、誰かとつきあうっていうこと自体が自分のなかに入っていないの。これは、海外へ遊びに行きたいという欲のない人や、お肉を食べない人と同じ」

また肉を例に出して、私を納得させようとする。しかし人と、肉や旅行とは違う。人に対しても、本当にそう思えてしまうものなのだろうか。いったいどういう人なら、シェリーさんは存在する「人」として認めることができるのだろう……。私はインタビューをしながら思い巡らしていて、ハタッと閃いた。

頭脳に違いない! そこで、

「それだけ頭がいいと、釣り合う男性って、なかなかいませんよね?」

と、聞いてみた。はたして、

「それもありますね」

シェリーさんは素直に認めた。どうやらシェリーさんより賢い男性でないと、つきあう基準にも満たないようだ。
「頭がいい人ねぇ……」

シェリーさんは苦々しくつぶやいたきり、宙を見ている。いったい、最低どれくらいのレベルの人だったら、釣り合うとみなしてくれるのだろうか。

研究や論文を完成させることに勝る快感はない

「ん……」

シェリーさんはかなり時間をかけて考えた。これまで、この件について考えたことがなかったようだ。

「感覚かなぁ……。学歴よりも話が合うかどうか……」
ということは、そんじょそこらの庶民男性では、とても釣り合いそうもない。
「たぶんね」

(やっぱり……)と、私はため息をついていた。

話が合うということはシェリーさんと同等、またはそれ以上の賢い人を望んでいるのだ。感情で動きやすいタイプの人は、惹かれてしまったら条件など大したことではなくなってしまう。ところがシェリーさんのような一目惚れなど絶対しないタイプの人は、まず条件の最低ラインを決め、それに満たない人はふるいにかけるまでもなく落としていく。恋をして夢中になるという、ステキかつ厄介で幸せでもあり寂しくもあり……といった経験をしたことがないのだ。

それはもったいないと私なら思うが、シェリーさんにとっては、恋人や恋愛よりも研究や勉強のほうが、よっぽど面白いということなのだ。

写真はイメージです

「楽しいですね。研究のほうに興味が行っちゃってる。勉強するの、大好きだから。とにかく私、ずーっと忙しいんです。いつもやることがいっぱい」

とはいえ、忙しくても興味がなくても、性的欲求というのは別モノかもしれない。頭と体が別の欲求をすることだってありえる。シェリーさんの体は、性的欲求というものを起こすのだろうか。

「いや、時間ないんで。性的欲求なんかもないですしね」

と、シェリーさんは、すこし高い声を上げて笑った。無理しているようには思えなかった。肉体的快感の経験も求めていないとすると……。私はシェリーさんにとっての快感を勝手に探していた。そして見つかった。いい研究結果が出た時ではないか──それがシェリーさんにとっての喜びでありエクスタシーなのではないのか。私がそれをシェリーさんに告げると、

「快感かなぁ……? でも、とても楽しいです。研究をやり遂げたという達成感があります。だから毎日、原稿を書くか、本を読むか、インタビューで誰かに会うかを続けられるんです」

小さな顔にピンク色が加わったように、私には見えた。忙しい忙しいとシェリーさんは言うが、研究のために相当な努力と勉強を重ねているのだ。だからこそ論文が完成したり、研究結果が出た時、満足感が得られる。それは、苦しく厳しい練習を重ねて試合で勝った時のアスリートの気持ちと似ているかもしれない。

つまり研究や論文を完成させたその瞬間に、快感の頂点に登りつめることができるのだ。となれば、この快感に勝つ男性を見つけるのは、相当難しそうだ。

「うん」
シェリーさんは、他人事のように軽く言った。
「でも、別にいなくても」

その言い方は、小気味良いほどさっぱりしていた。これまで人を好きになって恋愛したことは、「そんな時間はない」ので一度もなかったそうだ。このままいくと、男性経験だけでなく結婚もしないで、研究を一生続けていきそうな予感がする。するとシェリーさんが、

「結婚制度は反対です。私は結婚しないかもしれない」

はっきりとした口調で主張した。

文/家田荘子

『大人処女ーー彼女たちの選択には理由がある』(祥伝社)

家田荘子

2023年8月1日

1,056円

272ページ

ISBN:

978-4-396-11685-9

9者9様のドラマ
不倫、少女売春、風俗、高齢者の性など光の当たっていない世界を取材してきた著者は、池袋の淫靡な雰囲気が漂うバーで、男性経験のない清楚な女性従業員・梓さん(仮名、28歳)に出逢う。5年後、19歳年上のイラン人男性と結婚した彼女と再会し話を聞くと、結婚前も結婚後も夫と肉体関係はないと言う(夫以外ともない)。30歳を過ぎて性経験がない女性、大人処女。彼女たちは、なぜそれを選択したのか。著者は、梓さんを含む9人に寄り添うように取材、すこしずつ聞き出していく。そこには、9者9様のドラマがあった。さまざまな価値観と生き方を伝えるノンフィクション。

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