ずいぶん昔、知人の紹介で、イタリアの貴族のお城を訪ねたことがあります。ヴィスコンティの映画そのままに、それはそれは見事なお屋敷でした。老執事に招き入れられると、広い居間には大きな暖炉があり、その前にはチンチラの毛皮の敷物が無造作に広げられていました。家具調度はため息が出てしまうほど見事なものばかり。車も洋服も宝石も時計も何もかもが、贅の極みでした。
ところが城の主は、暗い顔をした中年男。そして言うのです、
「僕は醜いので、親ですら愛してくれませんでした。人並みに恋もしたけれど、みんな僕ではなく、僕の後ろにある財産を愛していただけなんだ。だから僕は、愛とか恋とか、そんなものは信じない。この世に本当の愛など、存在しないのです。どんなに素敵な男でも美しい女でも、お金を出せばいくらでも買えます」と。
父親亡き後、遺産争いで兄は姉を殺し、刑務所へ。八十歳の母親には、金目当ての五十代の愛人がいるとか。私が、「でも、人の心は買えませんよ」と言うと、悲しそうに笑って、「その通りです」と言いました。
想像を絶する財産を持ちながら、彼は孤独でした。ちっとも幸せではありませんでした。どんなにたくさんお金があっても、それだけでは、人は幸せにはなれません。逆にお金はときに不幸や不運を呼びこみ、大きな悲劇を招いてしまうのです。