【慶應決勝進出・甲子園に”非丸刈り”旋風】知られざる強豪校「野球部規則」の今。ベスト5は「髪型・挨拶・学業・言葉遣い・携帯電話」
集英社オンライン / 2023年8月22日 8時1分
国際武道大学・大西基也准教授らが、甲子園出場校に行ったアンケート調査などから、強豪校の意外な共通点を浮き彫りにするシリーズ。前編の「ヒト」「モノ」に続き、今回は「カネ」「情報」編をお届する。今夏の甲子園、「非丸刈り校」の躍進は高校野球のトレンドを変えるのか?
強豪校には羽振りのいい会社経営者が道具を寄贈?
「甲子園ベスト16以上」の成績を収めた経験がある46校へのアンケート調査を元に研究する「強豪高校野球部のマネジメント」。「ヒト」「モノ」について分析した前編に続き、後編では「カネ」「情報」にまつわるデータをご紹介しながら、甲子園の強豪チームの実態に迫ります。
まずは「カネ」にまつわるデータから。高校野球部の活動資金になるのは、基本的に学校から下りる予算と生徒から徴収する部費になります。データからは「甲子園ベスト16以上」の成績を収めた経験がある46校の年間予算は「11~50万円」が47.8%ですが、強豪高校のほとんどは、その金額だけでは賄えません。
▼年間予算の金額
11~ 50万円 47.8%
51~100万円 23.9%
無記入 13.0%
201~400万円 6.5%
401~600万円 4.3%
1~ 10万円 2.2%
101~200万円 2.2%
▼金銭支援の有無
あり 71.7%
なし 23.9%
無記入 4.3%
そのため、支援団体である後援会や、OB会、父母会から活動資金を援助してもらうのです。高額の寄付をしてくれる支援者がいると、部の強化に直結します。高校野球部のマネジメントを考えるうえで、お金は非常に重要な要因です。
甲子園常連校になると「羽振りのいい会社経営者が、バットやボールなどの道具を寄贈してくれた」という話も耳にします。
▼年間予算の使用用途(複数回答可)
道具費 91.3%
施設管理費 34.8%
交通費 15.2%
光熱費 13.0%
遠征費 10.9%
その他 2.2%
無記入 2.2%
上記のデータを見てのとおり、野球部の活動予算を圧迫するのは道具費。ボール、バットに代表される道具は消耗品でもあり、いくらあっても足りないのが実情です。
前編でも触れたように、グラウンドの維持費にも金がかかります。そこで建築関係の経営者が野球部のグラウンドや施設を整備してくれることもあるそうです。降雪量の多い地域では、グラウンドの除雪作業をしてくれる会社もあると聞きます。
▼寮費の月額
50,001~60,000円 37.5%
40,001~50,000円 21.9%
30,001~40,000円 12.5%
60,001~70,000円 12.5%
20,001~30,000円 6.3%
70,001~80,000円 6.3%
10,001~20,000円 3.1%
学校に寮を建設・運営する資金がない場合は、寮にまつわる業務を一切民間企業に委託するケースもあるようです。
公立校でも優秀な選手を集められる仕組み
続いて「情報」にまつわるデータです。強豪高の多くは、様々な制度を使って、有望な選手を入学させています。入学金や授業料が免除されるのがスポーツ特待生制度、入学金や授業料の免除はないもののスポーツでの推薦枠で入学できるのがスポーツ推薦生制度です。
▼スポーツ特待生制度
あり 58.7%
なし 41.3%
▼スポーツ推薦生制度
あり 43.5%
なし 56.5%
▼スポーツ特待生・スポーツ推薦生の人数
1~ 20人 42.4%
21~ 40人 21.2%
41~ 60人 21.2%
61~ 80人 6.1%
無記入 6.1%
81~100人 3.0%
スポーツ特待生やスポーツ推薦生以外にも、入学してからスポーツや学業での成績が優秀な生徒に対して、奨学金を出す学校もあるそうです。
甲子園で私立優位の勢力図になっている一因と考えられる一方、公立校でも地域によっては優秀な選手を集める仕組みがあります。東京都では「文化・スポーツ等特別推薦」という制度があり、実質的なスポーツ推薦生を募集する公立校も存在します。
私立高校の指導者から「学費を考えれば公立は全員特待生のようなもの」という声を聞いたのは、一度や二度ではありません。
公立・私立にかかわらず、それぞれの方法で優秀な人材を確保するために躍起になっているのです。
「招待試合」の功罪
次に強豪校の年間練習試合数です。ここえは「51~100試合」が6割以上となりました。
▼年間練習試合数
51~100試合 63.0%
101~150試合 26.1%
151~200試合 4.3%
1~ 50試合 2.2%
201~250試合 2.2%
無記入 2.2%
チームを強化するためには、実戦経験は欠かせません。そのため、強豪校と練習試合を組みたいと考えているチームはたくさんあるでしょう。
しかし、強豪校に練習試合を申し込んでも、スケジュールが埋まっていると断られるケースが多いはずです。なぜなら、毎年同じ時期に同じチームと練習試合をする定期戦のような形式が多いためです。練習試合をした際に「来年もこの時期でお願いします」と、1年後のスケジュールを押さえておくのです。
また、高校野球には「招待試合」というイベントがあります。都道府県の高野連や自治体などが主催となり、強豪校を文字通り「招待」して試合を行うのです。
招待する側は強豪と対戦する機会が得られて地域のレベルアップにつながり、招待されたチームは高額な遠征費が抑えられ、地元の野球ファンは有名チームが見られて喜ぶ。それぞれにとってメリットは大きく見えます。
ただし、招待試合で戦えるのは公式戦で上位進出した限られた学校だけ。試合ができず、不公平だと感じている野球部もあるそうです。特定のチームが戦うのではなく、地域内で選抜チームを組むという方法もあるでしょう。
長髪野球部の増加と「丸刈り」のメリット
今夏の甲子園では、慶應義塾(神奈川)の躍進とともに、「非丸刈り頭」にも注目が集まりました。野球部の規則内容にも徐々に変化の兆しがあるようですが、そもそも強豪校にはどんな規則があるのでしょうか。
▼野球部の規則内容(複数回答可)
髪型 76.1%
挨拶 63.0%
学業 56.5%
言葉づかい 54.3%
携帯電話 45.7%
上下関係 32.6%
男女交際 19.6%
その他 4.3%
データを見ると、試合の結果だけを求めるのではなく、髪型などの身だしなみや挨拶、言葉づかいといった人として大切な人間教育を行なっていることがうかがえます。さらに高校生の本分である学業においても、疎かにならないように指導していると考えられます。
たとえ甲子園に出場できたとしても、卒業後に野球を職業として生活できる人間などほんのひと握り。野球部での活動を通して、社会貢献できる人材を育成しているとも言えます。
野球部員といえば、以前までは丸刈り頭が定番でしたが、最近は時代の流れで、髪を伸ばしてもいい野球部が劇的に増えました。
とはいえ、今までも「非丸刈り」の野球部がなかったわけではありません。今夏の甲子園にも出場している慶應義塾のように「非丸刈り」であることにプライドを持ち、「丸刈りのチームには負けない」と闘志を燃やすチームもありました。なお、今夏の甲子園ベスト8には、慶應義塾、花巻東(岩手)、土浦日大(茨城)と3校の非丸刈り校が勝ち上がりました。
最近の「脱丸刈り」の風潮を見ていると、「慶應のような非丸刈りの骨のあるチームが増えた」というよりは、「みんながやってるからウチもそうしよう」という連鎖反応のような気がしてなりません。いずれにしても、脱丸刈りをきっかけに「野球をやろう」と決める子が増えれば野球界にとって歓迎すべきことです。
一方で、丸刈りを貫くチームもあります。チームによって理念が異なり、人それぞれに価値観がありますから、「どちらがいい・悪い」という答えは出ません。
丸刈りをするメリットも十分に考えられます。まずはコスト面。寮で生活する部員が多い場合、バリカンさえあれば全員の散髪代が浮きます。頭部についた汚れ、雑菌をきれいに洗い流せるため、衛生的にもいいでしょう。
また、土・日曜日に練習試合が入る野球部は、大半の理髪店と同じく月曜日が休みになることが多いという事情もあります。
野球は団体スポーツであり、協調性が求められます。丸刈り頭で統一することで、一体感を生み出す狙いがあるとも考えられます。若者から自由を奪い、我慢を強いているという考えもあるでしょうが、野球部員全員による丸刈りというのも無意味とは断定できません。ひとつの集団をまとめる手法として、これからも残り続けるのではないでしょうか。
取材・構成/大西基也 百武憲一 菊地高弘
写真/shutterstock 共同通信社
引用・参考文献
大西基也,百武憲一,岩井美樹(2018)高等学校硬式野球部の経営に関する研究-甲子園ベスト16経験のある硬式野球部を対象として-.国際武道大学研究紀要,34:21-27.
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