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全国最少人口県・故郷の鳥取に移住した元プロ野球選手・川口和久が農業を始めて手に入れた3つの新たな夢

集英社オンライン / 2023年8月31日 18時1分

母の葬儀をきっかけに、故郷である鳥取に本格的に移住した元プロ野球選手の川口和久氏。還暦を過ぎてから始まった第3の人生で川口氏が見つけた新たな3つの夢とは…。『「我がまち」からの地方創生』(平凡社)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

移住で宿った3つの夢

「えっ、あのご夫婦、元ジャイアンツの川口さんご夫妻なの?」

鳥取市の移住相談窓口で、スタッフの驚きの声があがったのは2021年秋のことだった。川口氏は、自ら市や県の移住担当の窓口を訪ねて、移住の注意事項を聞いたりした。空き家探しも自分で行った。

元プロ野球選手の川口和久さん

自治体の担当者には、移住に関してその胸に宿った3つの夢を相談したという。



1つはアマチュア野球のレベルが低いと言われる鳥取から、プロ選手を輩出するお手伝いをしたいということ。

移住の前から、川口氏は県内の少年野球チームから声がかかれば、ギャラは二の次にしてNOはなかった。2018年には元大リーガーのイチロー氏らとともにアマチュア野球の指導者の資格もとり、NHKの高校野球の解説者も引き受けた。

「いい投手を育てたい。投手が育てばいい打者が生まれてきますから」というのが口癖だ。つまり口には出さないが、川口二世を育てたいという夢がある。

同時に「誰でも参加できる野球教室」開催を目指して、グラウンド探しも始めた。

この夢は、現在着々と成果を出しつつある。

2つ目の夢は農業だった。農地を手に入れて、米づくりをしてみたい。しかも鳥取で誕生して間もない品種「星空舞」の栽培にチャレンジしてみたい。

それを叶えるために市の相談室に出向くと、県の担当者に話が通じて「星空舞」の苗が手に入ることになった。県庁の農業担当スタッフにとっても、川口氏の米づくりは「星空舞」ブランドのPRのためには朗報だったのだ。

農地は、市内から車で30分ほどの実家近くにある、吉岡温泉に二反(約1983平方メートル)の休耕田が見つかった。この地を、兄の木村秀明氏の農業資格を使って借りて、星空舞の米づくりが始まった。

このとき川口氏が選択したのは、新人農家にはハードルの高い「無農薬栽培」だった。草取り等の手間はかかるが、川口夫妻は黙々とその作業に取り組んだ。県の農林水産課星空舞普及担当者はこう語る。

「川口さんご夫婦は普通の農家よりもはるかに手間隙かけて米づくりに取り組んでいらっしゃいます。無農薬ですから草取りも大変なはずです。途中で何かあったらどうしようとハラハラしていましたが、時折いただくLINEの報告などでも順調そうで、私たちも喜んでいます」

還暦を過ぎてから始める米づくり

もちろん、米づくり1年生なのだから、全てが手さぐりの連続だ。「新米が新米をつくっています」と笑いをとりながら、川口氏は慣れない田んぼ作業に打ち込んだ。

田んぼ作業をする川口さん夫妻

当初は、田起こしするトラクターも、まっすぐに走らせることが難しかった。田植えしたあとには、8月末の台風や大雨で稲がすっかり倒れてしまうハプニングもあった。普通の農家は、倒れた稲をそのまま放っておいて時期がきたらコンバインをかける。ところが川口氏は、稲への日当たりがよくなるように、倒れた稲を一つ一つ束ねて立てた。

田んぼの水の管理も周到だ。水を入れすぎると太陽の光で水が温まってしまい、根が枯れる原因になる。兄の秀明氏のアドバイスで、夏の間には何回か水を抜き、数日後に水を入れ直す作業を繰り返した。そうすると稲は一気に成長する。

そのことを、川口氏は笑顔でこう言った。

「ストレスを与えて負荷をかけて、その試練を乗り越えたときにご褒美(水)をあげると、稲はぐっと成長する。米も人間も育てる極意は同じなんですね。それがわかったときに、米づくりの奥の深さを感じました。だから仕事で東京にいると、田んぼのことが気になって仕方ない」

もちろんこれらの全ての作業は手作業の重労働だ。けれど川口氏はめげない。苦にならない。米づくりが楽しいと言う。

「プロ野球の一流選手は切り替えが早いんです。特に投手は目の前の現実を受け止め、すぐに次の最善策を考えて実践するのみ。クヨクヨしない。めげないんです」

さらにこう続けた。

「みんななんで農業を嫌がるんだろう。こんなに面白いものはないのに。手をかければ植物はきちんと応えてくれる。日々の成長もしてくれる。私たちの仕事にありがとうと応えてくれるんだから、こんな楽しい仕事は他にはないですよ」

自ら掲げた2つ目の夢が、楽しくて仕方ないのだ。

故郷・鳥取をPRする

さらに3つ目の夢もある。川口氏はこう語る。

「この自分の移住体験を通して、もっともっと鳥取の魅力を発信したいと思います。移住前から市や県の担当の方には、私たちにできることなら何でもしますと伝えてあります」

するとその声が平井伸治県知事に届き、2022年1月には県から移住とスポーツ普及のために「とっとりへ ウェルカニスポーツ総合アンバサダー」に任命された。

鳥取県としても、移住人口の獲得は至上命題なのだ。

毎年8月に開催される鳥取しゃんしゃん祭り

全国の都道府県の中で最も人口が少ない鳥取県では、1995年の約61.5万人から2020年には55.3万人へと長期人口減少傾向が止まらない。鳥取県人口政策課の担当者は言う。

「平井知事の就任直後から移住者獲得に向けてさまざまな対策を講じてきました」

そこに登場した川口夫妻は、まさに鳥取県における地方創生の大きな原動力であり、期待の星でもある。

日本最大の砂丘・鳥取砂丘

その登場とともに、朗報もある。

総務省の発表によれば、川口氏が移住した2021年の人口移動報告では、東京都から鳥取県への移住の増加率は、コロナ前の19年と比べると25.1%の増加を記録。長野県の19.6%を抜いて、全国一位となった。ところがその実数では713人と全国最下位でもある。つまり19年以前の実数が少なく、それでいてコロナ禍での人気が高まったというデータだ。

このコロナ禍での鳥取県への移住人気の高まりは、移住支援の細やかさにあると言われている。2007年度以降、県では移住の相談機能や補助制度をさまざまに充実させてきた。15年度からは移住者は目標を上回り毎年2000人ペースで増えている。22年には正社員の副業を認めた全日空空輸と協力して、客室乗務員に県庁や地元の放送局での仕事と移住を斡旋してもいる。

さらに川口氏が自らの移住体験をYouTube 等で発信していけば、こんなに強力なPRもない。川口氏はこう語る。

「若い人たちに、人生の選択肢はいろいろあることを、還暦を過ぎてからの移住生活を通して伝えたいです。故郷にはこんなに豊かな自然と暮らしがある。農業にはこんな喜びがある。それを示していきたいと思っています」

移住1年目は80点

さて、2023年には、川口夫妻の移住も2年目に入っていた。

当初の1年間のことを、どんな思いで振り返るのか。川口氏はテレビのインタビューでこう語った。

「移住1年目は自分の中ではだいたい80点。自分としては充実感があります。2年目を迎える23年も同じリズムで生活すると思います。楽しく歳をとっていきたいし、年齢を重ねて体力は落ちていくけれど、その分経験とか新しいことへの挑戦とか、そういうことをやると歳をとらないんじゃないかと思います」

そして冬場に始めたのは、鳥取県東部の若桜町での味噌づくりだった。

鳥取県若桜町

自分で育てた米と、県内三朝町でとれる甘くて美味しい「神倉大豆」。そして味の決め手となる塩は「大山の藻塩」。全て鳥取産の材料を使って、川口氏は4日間かけて手製の味噌を仕込んだ。大粒の汗をかきながら作業が終了すると、笑顔とともに川口氏はこう語った。

「できあがるのは1年後です。田植えして稲刈りしてちょっと落ち着いたころ、10月後半にできあがってくるはず。楽しみですね」

もちろん、22年の秋には自分で収穫した新米を食べて、至福の味も経験している。

「小さな稲穂がついたときは本当に嬉しくて……。思わず写メ撮って、巨人時代にお世話になった原辰徳監督に送りました。収穫したコメも食べましたが、今まではお腹を満たすだけのコメがこんなに甘いと思わなかった」
(フライデーデジタル、2022年11月5日号)

川口氏は、移住と米づくりを通しての生活の変化をこう語る。

「野球も人生も流れがあります。野球にたとえると、いまは六イニングス目。新たなステージで自分の流れをつくっていくという感じかな」

まさにいま、川口夫妻の「メークドラマ」は始まったところだ。

文/神山典士

『「我がまち」からの地方創生』(平凡社)

石破茂 神山典士

2023年8月16日

¥1,012

200ページ

ISBN:

978-4-582-86035-1

コロナ禍以降、東京二三区(特別区)で転出超過となるなど、急速に地方分散へと動き始めている日本社会。

こうした東京一極集中から地方分散型社会へと向かう流れの中で、「自分たちがつくる未来」への意識を止めないために、シニア世代、女性、ロック歌手、元プロ野球選手など、さまざまな来歴を持つプレイヤーの活躍を通して、地方創生の本質・真髄とは何かを改めて問う。

全国各地の「希望の点」を「線」や「面」へと広げるために、初代地方創生大臣・石破茂が語る!

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