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「国境なき医師団のスタッフの半分が非医療従事者と知って『俺は何もしないのか』と突きつけられたんです」いとうせいこうが加藤寛幸と語った“人道支援のリアル”

集英社オンライン / 2023年8月29日 10時1分

「人道支援はけっして“意識の高い”人だけのものではない」と話すのは、「国境なき医師団(MSF)」の活動に密着し、世界各地の生の声を届けてきた作家・いとうせいこうさん。そして、「国境なき医師団」のメンバーとして、シエラレオネをはじめ、さまざまな現場で医療活動をおこなってきた小児科医・加藤寛幸さんだ。<世界のリアル>を知る二人がMSFの知られざる実態などについて対談した。(7月30日、ジュンク堂書店池袋本店でのトークイベントより)

人前で涙を流せるリーダーだからこそ、人が付いてくる

いとう 加藤さんは、MSF日本の会長時代に僕の本(『「国境なき医師団」をもっと見に行く』)で取材させてもらったので、ある程度お人柄は知っていたんですが、『生命(いのち)の旅、シエラレオネ』を読んで、あらためて感動したんです。誤解を恐れずに言うと、「弱いリーダー」であるというのは、凄いことだなと思って。リーダーはずっと強くなくちゃいけなかった。弱い姿を見せるなんて許されない、という感じが今もあるんだけど、加藤さんは全くそういう方ではない。言ってみれば、人前で涙を流せる人です。



加藤 本を読んだ人からは、泣きすぎだというご批判もあるんですが……。

いとう 僕はとてもいいことだと思います。自分が救えなかった命に対して涙を流すことができる。そういうリーダーだから、人が付いていくんだろうと。もちろんお医者さんは、鈍感にならないとやっていけないところもあると思うんです。でも加藤さんは、いい意味で、慣れないんですよね。救えなかったことに、毎回、涙を流し、打ちひしがれている。

いとうせうこう。作家・クリエイター。2016年以来、「国境なき医師団」の活動に同行して、ハイチ、ギリシャ、フィリピンなどの現場を取材し、『「国境なき医師団」を見に行く』を上梓。続編の文庫版『「国境なき医師団」をもっと見に行く ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本』が23年6月に出版された。

加藤 進歩がないということかもしれません。現地に行っては、毎回へこたれて帰ってくるので。開き直って、常に新鮮な気持ちでいられるのは、自分のいいところだと思うようにはしていますが。

いとう めちゃくちゃいいところです。人道支援というと、素晴らしい面とか、成果が強調されがちですが、加藤さんは、「我々は救えなかったんだ」ということを伝えてくれるし、それを忘れないんですよね。自分は立派な人間でもないし、タフな人間でもないと率直に書かれていて、信頼できると同時に、極めて文学的な人だと思いました。

加藤 ありがとうございます。僕はいとうさんの本を読んで、「一緒だな」と感じるところが多々あってほっとしました。いとうさん、MSFに行って取材して、現地の子どもたちや患者さん、スタッフの人たちと交流した後、日本に帰る段になって、何か後ろめたく感じていますよね。僕も同じような思いを抱くので、自分だけじゃなかったんだなと。

それから、MSFに応募して、2回も落っこちたのが僕だけじゃなかったことも、いとうさんの本で知ってほっとしました(笑)。MSFの人事の方は「不合格」ではなく、「もう少し準備が必要ですね」といった表現をされますが、落とされる方からしたら、いずれにしても大ショックなわけです。

いとう でも加藤さん、応募前も落ちた後も、MSFのTシャツをずっと着てたと聞きました。

加藤 はい。当時はMSFのTシャツを購入できたんです(現在は不可)。それを白衣の下に着てる、ヘンな人でした。僕としては、いつか行ってやるぞと思って。

いとう ヘンすぎますよ!(笑) それだけ、MSFへの思いが強かったんでしょう。本の中に、「損をすると思う方を選びなさい」という印象的な言葉が出てきます。加藤さんが進路に悩んで教会に出入りされていたときに、その教会の指導者にかけられた言葉です。小児科医に進まれたこととか、MSFに参加するようになったのには、その言葉の影響もありますか?

加藤 聞いたときは、あまりピンとこなかったんです。ただ、損得を考えるのはやめようと思いました。で、自分は子供が好きだから、小児科医を選んだんです。その後、MSFを知ったときは衝撃でした。教会の先生がくださったもう一つのアドバイス「一番弱い人たちのために働きなさい」という言葉も思い出して、これだ! と思ったんです。行くと決意してから、実際に行くまでに10年かかりましたが。

いとう 10年かけて入って、大喜びで行った現場で、とんでもない現実を見る。その経験がまた大きく加藤さんを変えるんですよね。そうした揺れが『生命の旅、シエラレオネ』にはロジカルかつエモーショナルに書かれていて、素晴らしい本だと思いました。

俺は何もしないのか、と突きつけられた

加藤 いとうさんはなぜ、MSFの取材を始めたんですか?

いとう MSFスタッフの半分がノンメディカル(非医療)であることを知って、びっくりしたんですよ。でも考えたら、現地でプレハブの診察室や手術室を作って、スタッフの泊まる宿舎も建てて、電気通してWi-Fi飛ばしてといったインフラの整備もして……のようなことはドクターではできないわけで、なるほどなと。それを伝えたら、興味を持つ人がいるに違いない、と思ったのが発端でした。

加藤 それはあまり知られてなくて、講演会などで話すと、驚かれる方が多いんです。ただ、普通は驚いただけで終わるわけですが、その先に進んだのは?

加藤寛幸。小児科医、人道援助活動家。2003年より国境なき医師団の活動に参加し、アフリカやアジアの他、国内の災害支援にも従事。2015年〜2020年、国境なき医師団日本会長を務める。

いとう ノンメディカルといったら俺もじゃん、となったんです。ノンメディカルでもやれるんだって聞いて、俺は何もしないのかと突きつけられた。と同時に、ここを掘っていくと面白い言葉が出てくるんじゃないかという、物書きとしての好奇心も湧きました。「戦争や紛争が起きました」は報道されても、そこで人々がどんな思いで何をしているかまでは報道されないから、それを伝えることが自分だったらできるのではないかと思ったんですね。

加藤 MSFが支援に入るのはやっぱり大変な地域が多いので、テレビ報道のスタッフなどはなかなか入れないんです。

いとう はい、僕が現地に行くと、宿舎のベッドの一つを、僕が占めてしまうわけです。僕ではなくドクターがいたら、もっとたくさんの命を救えるのではないか。だから緊迫した状況になったら、僕はすぐに帰らなければいけない。そういう難しい状況のなかで取材させてもらっていて、MSFには感謝しています。

加藤 「緊急医療援助」と「証言活動」が、MSFの活動の2本柱です。いとうさんがベッドの一つを埋められても、いとうさんが発信してくださる現地の情報が、次に命を救う力になっています。

いとう ありがとうございます。でもやっぱり僕が行ける国やエリアは限られていて、これまでに行ったのはハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダ、南スーダン、パレスチナ……。最近は危険な場所が増えていて、だからこそ、MSFの存在意義が増していると思うんですが、人道支援団体が攻撃されてしまうということも頻発していると聞きます。

なぜ日本では人道支援=「意識高い」「変わった人がやること」なのか

加藤 僕が「国境なき医師団日本」の会長を務めているとき、アフガニスタンの北部にあるMSFの病院が攻撃されて、患者さんやスタッフらが亡くなりました。国際人道法が守られないため、今はウクライナの戦闘地域に医療援助が入れなくなっています。

いとう これは大問題ですよね。

加藤 はい。国際人道法が守られていないことが問題にならないことが大問題です。

いとう 大問題なので、小さいながらここでこうして声を挙げているわけですが、日本では人道支援というと、もの好きな人とか、変わった人がやるという感覚がまだあるんですよね。

──それと関連する声が会場からもあがっています。MSFに寄附をするとか、人道支援という言葉を使うと、「意識高いんだね」と友達に距離を取られると。お二人はどう考えますか?

いとう それはもう、「高いですが何か」って言っていいんじゃないかな。僕なら友達に、「意識低いね」って言っちゃいますけど。

加藤 「意識高い」レベルが普通のレベルにならなければいけないと思います。今、いとうさんがおっしゃったように、日本は西欧に比べて、人道援助に対する関心が低いです。これはジャーナリズムにも言えると思います。

といっても人道支援って特別なことではなくて、困っている人がいたら心が痛むし、手を差し伸べたくなるといった、誰もが持っている感情から始まるものです。誰でもできることであって、意識が高いとか低いとかは関係ない。MSFのことも特別視しないで、もっと知ってもらえたらと思います。そのためにはアニメとかドラマとか……、身近なところに入っていくのも大事かなと思っています。

いとう それは僕もよく考えます。こういう本を僕だけじゃなく、アイドルとか、影響力のある人気者が書いてくれたらなとか。そういう世の中であるほうがカッコいいでしょうって思いますね。加藤さんも、また本を書いてくださいね。

加藤 ありがとうございます。でもこの本、7年かかりましたから……(笑)。いとうさんは、またMSFの現場に行かないんですか?

いとう コロナで控えていましたけど、そろそろ行きたいと思っています。僕はやっぱり見たいんですよ。世界で何が起きているかをこの目で見て、伝えたい。

加藤 いつか僕が支援活動に行った先で、いとうさんにお会いできたらいいなと思っています。


構成/砂田明子 撮影/須古恵

『生命の旅、シエラレオネ』

加藤 寛幸

2023年2月24日

1,980円(税込)

四六判/292ページ

ISBN:

978-4-8342-5371-9

ひとつでも多くの生命を救いたい。
国境なき医師団の小児科医のエボラとの壮絶な戦いや葛藤、かわいい患者のこどもたちの姿を通し、生命とは何か、利他とは何かを問う感動のノンフィクション。
凄惨なエボラの現場で、生きる意味を見失っていた医師は再生へと導かれていった——。

2014年、西アフリカのシエラレオネ。人類と、致死率60%とも90%とも言われるエボラとの戦いは想像を絶していた。人員も設備も不足した現場では、誰に看取られることもなく、多くの命が失われていく。
著者はこの数カ月前、南スーダンで活動していた。溢れかえるマラリア患者、病室の床まで埋め尽くす新生児破傷風患者などが、バタバタと命を落としていく。その現状に圧倒され、無力感と敗北感に囚われ帰国。帰国後は、PTSDに苦しみ、生きる意味を見失い、仕事や家族など多くの大切にしてきたものをも手放した。
そんななかで参加したエボラの活動。
40度近い気温のなか、防護服と二重の手袋、ゴーグルを着けて何リットルもの汗をかきながら治療にあたったが、できることは限られている。ここでも医師としての無力感に苛まれ、国際社会への疑念も生じた。だが家族をなくしながらも必死にエボラに立ち向かい、他のこどもの看病をするこどもたちとの関わりを通して、著者の生きることへの疑問は次第に薄れていく。
しかし、そんな著者を待ち受けていたのは意外な結末だった。

世界が新型コロナや戦争に揺れるなか、私たちは、自国や自分の利益を離れて行動することができるのだろうか。危機的な状況に置かれた今だからこそ、伝えたい。

第20回開高健ノンフィクション賞最終候補作。

さだまさしさん絶賛!

『「国境なき医師団」をもっと見に行く ガザ、西岸地区、アンマン、南スーダン、日本』

いとうせいこう

2023年06月15日

913円(税込)

416ページ

ISBN:

978-4-06-532079-2

世界の矛盾が凝縮された場所――パレスチナ。そこで作家は何を見て、何を感じたのか?
同時代の「世界のリアル」を伝える傑作ルポルタージュ!

抗議デモで銃撃されるガザの若者たち、巨大な分離壁で囲まれたヨルダン川西岸地区、中東全域から紛争被害者が集まるアンマンの再建外科病院ーー。
「国境なき医師団」に同行して現地を訪ねた作家が、そこに生きる人たちの困難と希望を伝える好評シリーズ最新刊。

文庫版では、新たに「南スーダン編」「日本編」を追加。

「見つめるほうも、見つめられるほうも、その瞬間を生きている。戸惑いの中から漏れる言葉に吸い寄せられた。」
――武田砂鉄さん(ライター)

「いとうさんだからかけた、ニュースでは見えない人間のドラマ。最前線のリアルが立体的に伝わる一冊です。」
――白川優子さん(「国境なき医師団」看護師)

本書は単行本『ガザ、西岸地区、アンマン 「国境なき医師団」を見に行く』を文庫化にあたり改題したものです。

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